ラティアスLOVE | #1★2005.06/21(火)12:54 |
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序章 始まりの世界へ 深い森の中を、一人の少年が突き進む。 トップは青―というかやや緑がかった藍―の半袖ティーシャツの上に、(間近数メートルからしか判らないような)限りなく黒に近い上着を羽織る。ボトムは濃い青色のジーパン。登山に用いるような巨(おお)きなリュックを背負っている。 身長はざっと一五〇cm程度。十三・四歳程だろう。 ここは「トキワ国」。国土―約一〇〇平方キロメートルの五分の四は、森が占めているという小さな島国である。そしてその森には様々な生物が生息している。 彼―アイルの職業は、【観察師】。森の生き物たちを見回り、観察する。さらに、傷ついた生き物には治療をする。この国で最も大切だと言われている職業である。 尤(もっと)も、彼一人だけでは、森すべてを見回ることはできないので、この国には百数十人もの【観察師】がいる。具体的な数字は解らない。 森の風景はいつも同じではない。森を通る風の音や生き物たちの鳴き声などによって森は全く別のそれへと変化する。 だが、今日に限っておかしかった。―現存する言葉では語れない『何か』が森を埋め尽くす感じだ。森がいつになく騒いでいる。 そして、森のざわめきと比例するかのように胸騒ぎがする。 「…」 アイルの胸の中の、大きな太鼓が、これでもかという位に大きな音を出して、彼の恐怖感と緊張感を最大限に煽(あお)っていた。 「―ヴオォン!」 よく鳴り響く音が、森中に響き渡る。アイルがそれを何か獣の叫び声のように感じるのには、大して時間は要(い)らなかった。 アイルの顔に冷や汗が浮かぶ。 森は依然にして騒ぐのを止めない。 アイルの前方にいきなり光の穴のようなものができた。 と思うと、その中から四つ足の大きな獣が現れた。パッと見で体高は、アイルの肩はまである。体からうっすらと、それでいてやわらかに輝きを放っていた。長い水色の鬣(たてがみ)がなびいている。 その美しい体は、アイルの横へと降り立った。彼の体の周りをクルリとひと回りする。その後、走り去ってしまった。 アイルは呆けていた。体感には数時間もそこにいた気がするし、数秒程だった気もしないでもない。 誰かに掴まれたような感覚で、現実に気を戻した。 フと地面に目を落とすと、走り去った跡に、血が点々と続いている。 アイルはその跡を頼りに美しい体を追いかけた。 数百メートル程先に池があった。しかし、池と言うには広すぎるし、かと言って湖にしては小さい。…微妙だ。 そこは森の中だけに、辺りはやはり木々に囲まれているものの、池(微妙)自体に日光を遮る物が無いため、水のある部分だけに光が降り注ぐという不思議な空間だった。波立つ水面が日光を反射し、その不思議さをさらに増すのを手伝っていた。 「あ…」 情けない声を出しながらも、アイルは息を呑んだ。 池(微妙)に、あの美しい体が浸かっていた。腹部には小さいながらも切り傷がある。そこから血は湧き出していた。 アイルが美しい体へと近づく。普通、例え怪我を負っていたとしても、動物は人間への警戒心を弱めるものではない。【観察師】として、それは頭の中に、あるいは本能に、きちんと刻まれていた。 しかし美しい体は、彼に全く抵抗する気を見せなかった。それどころか、「手当てしてくれ」と言わんばかりに、腹部の切り傷を彼に向けた。 アイルはリュックから救急箱を取り出し、手当てしようとした。 「―待て!」 突然黒い装束の集団に取り囲まれた。 |
ラティアスLOVE | #2★2005.06/21(火)12:51 |
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一人の男が喋りだす。 「手当ては必要ない。そいつをこっちに渡せ」 「これは…あんたたちが斬(や)ったのか?」 アイルが尋ねる。さっきの男がその答えを出す。 「そうだ。と言ったら…何だと言うのだ?お前には関係ない事だろう?」 アイルは構わず傷の手当てを始めた。男が怒鳴りつける。 「聞こえなかったか?手当ては必要ない!さっさとこっちに渡せ!」 「俺は【観察師】だぞ!傷ついたヤツが目の前にいるのに、ほっとけない」 黒い集団のなかで、なにかを相談するように、ざわめきが起こった。アイルは聞き耳を立ててみた。「【観察師】ってなんだ?」「俺が知るか」―そんなぼそぼそした声がアイルの耳に届いた。 おかしい。この国の人ならば、【観察師】を知らないワケがない。最も重要な職業だと言われ、男女問わず、なりたい職業ナンバーワンである。 それを、「知らない」。アイルは怪訝な顔でその黒い集団を見ていた。 さっきの男が不敵な顔で喋る。 「命あるもの必ず終わりが来る。それを永らえて何になる」 その男の表情(かお)は不敵な、というより、嘲りのそれだった。 その言葉を聞いて、美しい体が立ち上がった。 自分の血で、何かの模様を地面に描き始めた。次の瞬間、辺りはまばゆい光に包まれた。その光の中、アイルの意識は遠ざかっていった。周りから聞こえた黒い集団のどよめきも、だんだんと遠ざかっていった。 ―夢なのか現実なのか判らない声がした。 「ああ。巻き込まれたのね。【国渡り】に―」 |
ラティアスLOVE | #3★2005.04/21(木)21:55 |
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第一章 出会いの国 「あ…」 アイルが目を覚ましてから初めて見た景色は、木で造られた家の天井だった。アイルはなぜかベッドに寝ていた。森の中にいたはずなのに―。 奥から同じくらいの年ごろの女の子が出てきた。 「あ。目が覚めた。おかあさん、起きたみたい」 女の子は誰かを呼びながら近づいて来た。 「じゃあ、まず自己紹介。私はエンリィっていうの」 …沈黙。 「ちょっと、こっちが自己紹介してんだから、そっちもしてよ」 …沈黙。 「言葉が通じていないのでしょうね」 …沈黙、ではなく、奥の部屋から一人の女性が現れた。 「【国渡り】によって此処(ここ)へ来たのだったら、お互いの言葉が解らなくても不思議ではありません」 「【くにわたり】?」 アイルが呟いた。目の前の少女と女性は目を丸くした。 「言葉が解るの?」「言葉が解るのですか?」 少女と女性がそれぞれの口調で尋ねる。アイルはそれに機械的にカチリと頷いた。 「それならウンとかスンとか言ってくれたっていいじゃない。なんで黙ってんの」 「…ごめん」 なんとなく謝る。 「…何で謝るのよ」 きちんとツッコむ少女。 「じゃあ、改めて自己紹介ね。私(わたし)はエンリィっていうの」 「私(わたくし)はローレイと申します。…一応、このコの母親です」 相手に自己紹介させといて、自分がやらないワケにはいかない。ということで、 「…俺は、アイル。―アイル・ルーシャ」 とりあえず名乗る。すると、 「クぁ!」 と、結構可愛らしい声でベッドの下から登場してくるヤツがいた。エンリィがそいつを抱き上げた。 「そしてこのコはラドス。ココドラのラドスよ」 「え…?」 アイルが口を半開きにして驚いた。 「…ココドラ?」 「え?ココドラがどうかした?」 両者の顔に疑問符が浮かんだ。その横―ローレイはいたって普通である。 「…始めて見る動物。まだ国に登録されていないのかな?」 エンリィは母親と顔を見合わせ、次に腕に抱えているココドラと顔を見合わせた。 結局、話を切り出したのは母親の方だった。 「少し申し上げにくいのですが…、あなたがいた世界と、この世界は、全く別のものです」 暫しの無音の時間が過ぎた。 「…は?」 困惑する少年。 少し怯えた表情の少女。 先程からあまり表情を変えない女性。 そして、少女の腕の中で少年を見つめる動物(?)。 |
ラティアスLOVE | #4★2005.06/21(火)12:50 |
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「意味が解かりません」 多分、十人いたら、八人くらいならアイルと同じ反応をすると思う。 …だって、『異世界』ですよ?普通なら冗談だと思う。いや、普通じゃなくとも冗談だと思う。 「だから、アンタがいた世界と、私たちが今いるこの世界は違うところなの。それ以外、言いようがないんだけど」 …チョー嘘くせぇ。 ―ていうか嘘じゃねぇの? と考えてしまうのは、この人間が正常である証拠だろう。 「信じていない顔ですね」 「―信じてもらうしかないんだけどなあ」 そう言って自分の頭をポリポリと掻き出す少女。それにつられてか、彼女の腕に抱かれているラドスも頭をかく真似をする(もっとも、頭まで腕が届かないので、あくまでも『真似』である)。 「実際、ココドラを初めて見るって言うし、服装だってずいぶんと違うみたいだし。―まあ言葉が同じだっていうのは偶然だとしても、ココが『異世界』だと分かる要素は結構あると思うんだけど」 話がリアルになってきた。そんなことを言われると、さすがに少しは信じてもくる。 「う…」 アイルはたじろいだ。さっきまでは信じる・信じないの割合が一・九ほどだったが、今は三・七ほど。―さあ、もう一息だ。 と言いたいところだが、 残念ながら、これ以上の説明は後回しになるようだ。なぜなら― 室内からでも分かる、強烈な光が森から発せられ、光が弱まった時にはそこに、 ―アイルが会った、黒い集団がいた。 |
ラティアスLOVE | #5★2005.06/21(火)12:50 |
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★★★ 目の前が、まばゆい光につつまれた。 もう大分コレにも慣れたな…。 シグは【国渡り】の最中、そんな事を考えていた。 彼の手の平には、小型の装置が乗っている。ついでに言うと、光はその装置から放たれている。 一見すると、何の変哲もないただの立方体。面を透過して、内部が見える。中には、羽根がある。 目の前の光が消えていく。 いつまで経ってもコレには慣れないな。 シグは【国渡り】を終え、そんな事を考えていた。 彼の手の平にある装置からは光が弱まっていく。ついでに言うと、内部にある羽根は、だんだんとその形状(かたち)失っていき、やがて消滅した。 移動して来たのは森の中であるが、先程までのそれとは随分と様子が違う。生えている木の種類も違えば、空気の湿度も違うようだ。 前方には村らしきものが見える。 次々と家らしき建物から人―この場合は野次馬と言ってもよさそうである―が飛び出して来る。その人ごみの中に― シグは見た。 ―先程、【観察師】と名乗った少年を。 ★★★ 「そいつ」をひと目見て、アイルの目つきが】変わった。 初めてのモノを見る好奇のそれから、怒気を含んだそれへと。 興奮のあまり、アイルは駆け出した。「そいつ」のところへ、一直線に。 「そいつ」もアイルに反応した。間合いを詰めてくるアイルを、きちんと捕捉している。 アイルが拳を振りかぶり、「そいつ」の黒服とアイルの右手の皮フが触れ―なかった。 カチ☆ かわりに、ボールの開閉スイッチが押された。 「そいつ」―黒服の男が、アイルの攻撃の軌道を見切り、拳が体に当たる寸前、モンスターボールを使ってそれを遮ったのである。 ボールが開いた。 とアイルが認識したと同時に、 アイルの右腕に、一本の線が入る。線は赤くなり、やがて血が噴き出した。―切り傷である。 ボールから飛び出して来たのは、 鋭利なカマをもった、ストライクである。 |
ラティアスLOVE | #6★2005.06/21(火)12:47 |
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アイルの右腕からは、依然として血が滴り落ちている。 黒服の男の隣に立つストライクの右腕(カマ)からも、同じ人間の血が滴り落ちている。 「『急(せ)いては事を仕損じる』というのを知らないか?」 アイルは今、右腕を押さえてしゃがみ込んでいる。黒服の男は直立しているので、同じ平面上で考えると、男が少年を見おろすようなかたちになる。 「急(いそ)いでものごとを行おうとすれば、かえって失敗してしまう・という意味だ。…この場合、きちんと状況を考えて行動すべきだったな」 見おろすようなかたちがなんとなく気に入らなかったので、アイルはたちあがった―が、フラつく。おそらく、血を失っているせいだろう。 「そうか…、そいつか」 やっとしぼりだしたような声を、少年は出した。視線の先は、鋭いカマをもつ虫ポケモン。 「そいつをつかって、『アイツ』を、斬(や)ったんだな…」 どうしていきなり、こんなの―鋭利なカマをもった動物―が現れたんだ? とは、この際どうでもいいので考えない。憎悪の感情の方が強かったからである。 「『アイツ』とは、スイクンのコトか?」 黒服のトレーナー(黒服を着たトレーナーとはこれいかに)は、わざとらしい訊き方をした。 少年の答えを待たずに、トレーナーは続けた。 「我々はあのスイクンを必要としている。傷つけこそすれ、殺しはしない。」 それを聞いて、少年は少し安堵した。そしてそんな自分を責めた。 「どんな理由があっても、生き物を傷つけたりするな!」 少年は興奮していた。脈もはやくなっている。心なしか、腕から滴り落ちている血の量も、さっきよりも多くなっている気がする。 少年の膝が折れた。出血をしているのに、無理をするとこうなる。 「生憎だが、俺はそうは思わん。自然界での生態系も弱肉強食。強い生物は弱い生物を傷つけなければ喰うことができんだろう?」 トレーナーは冷めた口調で言った。そして、 「お前とは話が合いそうにない。…シーザ!」 自分の主の命令を受けて、虫ポケモンは動いた。 あまりの素早さに目では追えない。 シーザが右腕(カマ)を振りあげた。 誰ひとりとして、この攻撃には反応できなかった。 ―ただ一匹のココドラを除いて―。 |
ラティアスLOVE | #7★2005.06/24(金)13:46 |
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★★★ シーザが右腕(カマ)を振りあげた。 誰ひとりとして、この攻撃には反応できなかった。 ―ただ一匹のココドラを除いて―。 ガキン! 金属音が響いた。 シーザの『きりさく』が、ラドスの鋼鉄の体によって止められた。 力を加えたことによる反作用で、シーザの動きが止まり、姿が見えるようになった。 「…ラドス…!」 アイルが口をぽっかりと開けている。―唖然としているのだ。 「え?…ラドス…?…なんで、あんなトコに…?さっきまで、ココに…」 これまで、状況の観察しかできなかったエンリィが、この瞬間やっと音声を発した。彼女は自分の足元と、ストライクと睨み合っているココドラを見比べている。 ラドスは、シーザに負けず劣らずのスピードでもって、およそ二十メートルの距離を移動したのである。 もちろん、『スピーダー』なんかは使っていない。―しかしラドスは素早かった。 その場の誰もが驚いていた。 ―当のラドスでさえも。 ハッと我に返り、シーザのトレーナーは懐から手の平サイズの装置を取り出した。スイッチのひとつを押すと、小さな立方体だったものが、文字通り「あっ」と言う間に液晶テレビのようなものへと展開した。トレーナーはさらにボタンをいじって、装置をラドスへ向ける。 ほんの少しの時間が経過した後、トレーナーはひとり納得した表情を浮かべる。 「そうか…。お前のココドラ、【特殊能力】を持っているのか。…道理で…」 トレーナーはクツクツと笑い出した。 一方でアイルは顔をしかめている。エンリィも同様である。 【特殊能力】って何だ? アイルはそうエンリィに尋ねようとしたが、自分と同じ表情(かお)をしているのを見てとると、それを止めた。 かわりに、と言ってはナンだが、答えは意外にもトレーナーが出してくれた。 「【特殊能力】―『特性』とは違う、ポケモン個々に備わった特別な力だ。どうやらそのココドラ、『腕力転換』というモノ―パワーをスピードへと転換し、素早さが飛躍的にあがる能力のようだ」 …へぇ〜…。 感心してる場合じゃない。 |
ラティアスLOVE | #8☆2005.07/08(金)14:19 |
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ココドラ・ラドスとストライク・シーザはいまだに対立したままでいる。 また一方で、黒服のトレーナー・シグと少年・アイルも、刺々しい眼光を交わしている。 先程から、この体形がくずれていない。 「―シーザ!」 シグの一言で、体形がとうとうくずれた。 シーザが『こうそくいどう』と『きりさく』の併用で、一気にラドスとの間合いを詰める。 攻撃が当たるその瞬間、ラドスは『腕力転換』で飛躍的に上がったスピードで、『きりさく』を避けると同時に光速の『たいあたり』を喰らわす。 シーザはそれにより後方へはじきとばされる。だが、さほどダメージを受けた様子はなく、ピンピンしている。 『腕力転換』は、素早さが上がるかわりに、物理的攻撃の威力が落ちるのだ。 ―やっぱりな…― 自分の手持ちが元気なのを確認すると、シグは口元をニヤリとゆがめた。そして、 「―シーザッ!」 もう一度同じ攻撃をしかけた。先程と同様に、一気に間合いを詰める。 ラドスも同じ動きで、攻撃を避けると同時に『たいあたり』すべくシーザへと突っ込む。 ―と、シーザはここでスピードを落とした。もとい、スピードが落ちた。そして、ラドスの『たいあたり』を真正面から受け止める。だが今度はとばされなかった。両腕(カマ)を交差させてしっかりとラドスのからだを受け止めている。 『腕力転換』で威力が落ちているとはいえ、鋼の重さと光速で、運動エネルギーがおおきくなっているにもかかわらず、シーザはそれをはじきとばされることなく受け止めたのだ。 公差させた両腕(カマ)をバネのように使い、ラドスの『たいあたり』を見事にいなし、逆にラドスをはじきとばした。 「ラドス!」 アイルは叫んだ。はじきとばされたラドスへと駆け寄っていく。 「目には目を、歯には歯を。【特殊能力】には【特殊能力】を」 トレーナーは呟いた。その表情(かお)は勝利を確信しているそれだ。 「お前のココドラがパワーをスピードへと転換できるのと逆に、俺のストライクはスピードをパワーへと転換できる、『速力転換』という【特殊能力】をもっている」 その言葉は、『ラドスの攻撃はシーザには利かない』ということを、遠回しではあるが、しかし確実にアイルへと伝えるものであった。 倒されるのは、時間の問題。 …さすがに危機感というモノを感じる。 |
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