ぴくの〜ほかんこ

物語

【ぴくし〜のーと】 【ほかんこいちらん】 【みんなの感想】

[724] ミナモ

鋼彗☆β #1☆2005.06/25(土)22:05
『ミナモ』


◆みなものかこばなし 


―――空は青く澄み渡り、綿菓子のような雲がふわふわと浮かんでいる。
海は青々と透き通り、射し込んだ日光でキラキラと輝く。
私は…私は…

―――私はここで生きていくんだ!


「―――お前、バカだろ」
クラスの男子は嘲笑した。
私―――水上みなもは、ホウエンはミナモシティに住むごくごく普通の中学3年生。
今の時期、私は卒業を目の前にし、将来何をしたいかでディスカッションをしていたところだ。
私は正直に言った。私の誇れる夢を胸張って言ってやった。

「ホウエン全土釣り行脚!」

―――その瞬間、私は思いっきりあざ笑われたのである。
クラスの笑いの渦は、私が作り上げた。

そうだよ。私は「釣りバカ」だよ!

いつもいつも四六時中、釣りのことばかり考えてる釣りバカだ。
釣り釣り釣り釣り釣り釣り釣り釣り―――と、ずっと頭の中で反芻されているようである。
放課後、解散になれば新幹線のようにビューンと飛んで帰宅し、釣竿片手に浜へ出て釣り!
休日、朝早く起きて海釣り!川釣り!それかポケモンフィッシング専門ショップで買い物!
みんなそんな私を「釣りバカ」って揶揄するし、「女なのに釣りにハマるなんて可笑しい」とか言われる。
だけど私は周りの目なんか気にせずできる。だって釣りが好きだから。周りの反応なんて関係ない!
「できればジョウト・カントーも制覇したい!3地方全土釣り行脚!何とも素晴らしい夢なんだろう…」
私が付け加えたこの言葉で、クラス中の笑いはさらに大きくなった。
勝手に胸をときめかせる私の周りには、後ろ指を差している人がたくさんいる。
(―――この高尚な夢が理解できないなんて…どうかしてるんじゃないの…)
私を笑っている奴らに、怒りを覚えた。
私のコブシが、プルプルと震えだす。プルプルガクガク。プルプルガクガク。
プルプル―――ん?
「ははは!バカらしい!ひーひー、お前にゃいつも笑わされるなあ!」
―――スパーン!
私のコブシは、男子の頬をえぐるようにすっ飛んで行った。
いい音がした。ええ、本当にすがすがしい音だ。
「別に何だっていいじゃん夢なんて!釣り行脚をするのが私の夢なのっ!」
「じゃあ勝手にやればいいじゃねえかよ!」
だんだん殴った男子とケンカくさくなってきて、私は気が大きくなってきた。
そして、ノリで言ってしまった。ノリで。

「行ってやろうじゃないの!今すぐ夢を実現してやろうじゃないのっ!」

―――これは失言だったのだろうか。
言ってしまった。
言ってしまったことは変更できない。
「やっぱり今のなし」なんて言えない。
「言ったね!言ったよね!じゃあやってみなよ!ははははは!ぶぅッ」
―――私のコブシは、再びアイツの頬へと飛んでいって激突した。
アイツはきれいな三日月形の曲線を描き、宙を舞っていた。
「―――笑うんじゃないッ!」


ゆうべ。
空が朱色の絵の具を水で溶いたような紅に染まり、一日が終わりを告げようとしている。
「―――行ってよし」
家に帰って、私はじっちゃんに「釣り行脚に行く」と言ったのだが…
本当にOKしてくれるとは思わなかった。
普段私と同じように釣りに興じる毎日を送っているじっちゃんだが、案外頑固気質である。
でも、今日は妙に柔軟だ。違和感を覚えるくらい。
「ついに孫が行脚をしたいと言い出すようになったか。時の流れは早いもんじゃのう…わしも若い頃、3地方を釣りして回ったもんじゃ…だがわしはもうジジイ、無理はできん」
―――かのオーキド博士の言葉を引用したな…
無理はできんと言ってるわりには、足腰丈夫で滅茶苦茶元気なおじいちゃんだよ…
まあ、若い者と比べると、という解釈だろうか。
「行って来なさいみなも。釣り行脚をすればたくさんの人との出会いもあるだろうし、いろいろなことを学べるに違いない。わしの経験からしてもそうじゃ。一回り成長して帰ってくるときを待っておるぞ」
―――じっちゃんの温かい笑顔に、私の顔がほころんだ。
「ありがとう、じっちゃん!」

私の夢という風船に、ヘリウムは今入り始めた。


―――3月も中旬に入った頃。
私は中学を卒業し、今日から釣り行脚へ出かけることとなった。
これから、どんな水棲ポケモンと出会えるんだろう。
ミナモの近くじゃ見られない種類にも会えるかもしれない。
そして自分は存分に釣りを楽しみ、図鑑でしか見たことのないポケモンを自分の目で見る。
こんな幸せが待っていると私は信じ、ミナモの自宅を出たのである。

私はミナモから海を東へ進み、ルネへと向かう予定。
大まかなルートとしては、ルネへ向かった後トクサネ経由でサイユウ方向へと回り、キナギを抜けて本土へ戻ってくるコースだ。
まずは南の港町・カイナを目指して行脚をする。


―――「ミナモのみなも」が巻き起こす痛快フィッシングコメディは、今始まったばかりである。
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鋼彗☆β #2☆2005.06/26(日)22:16
◆その1  カルデラ湖での釣りを楽しむ方法


―――1日目から、空はピーカンの青空。
ラプラスに乗ってミナモ沖に出た私は、やってみたいことがあった。
勿論、釣り以外のことでね。
この辺りは浅瀬や岩場が少なく、釣り人がほとんどいない。
温暖なホウエン地方は、春先でも泳いでいる人がいる。

―――ジーランスを、見てみたかった。

はるか昔、恐竜時代から存在しているといわれる生きた化石。
博物館や水族館では見たことがある。
だけど、私はそんなのじゃ満足できない。
私の水棲ポケモンに対する欲求は、その程度で満たされるものじゃなかった。
野生のジーランスをこの目で見てみたい。
このミナモ・トクサネ地域は海底に何本もの亀裂―――海溝がある。
深海に生息するジーランスにとっては最高の生息地であろう。
―――でも、どうやって深海に行こう?
ダイビングで行くのも一つであるが、そんな高等技は使えない。
というか、エラ呼吸のポケモンは大丈夫でも私がお陀仏しちゃう。水中では当然、息ができないから…


「あのう、すいません」
私は近くにいた男性スイマーに声をかける。
この辺をぐるぐる遊泳している人なら、この辺りには絶対詳しいはず。ただの観光でこんな深いところを泳いでいる人なんていないと思う。
「この辺りで、ダイビングを使わないで深海に行く方法ってありますかね?」
私は素直に尋ねた。
すると男性は黒いゴーグルを上げ、海面に露出した岩につかまって答える。

「ああ、ルネから観光用の潜水艦が出てるけどね。ルネ海溝を一周するやつね。でも、1日に何本も運行してないみたいだからね。そんだけは注意してね」
この人、語尾に「ね」を付けるのが癖のようだ。
しかも、みんな用法が違うような…
「ありがとうございます。行ってみますね」
私も「ね」がうつっていた。
男性の接尾語は、好意的じゃなく鬱陶しく感じられる。
まあ、とりあえずこの男とさっさと別れてルネに行ってみることにした。


―――空を飛んで、上空からルネの街へ入る。
死火山のカルデラにあるこの街だから、上か下しか入る手段がない。
「…まだ2時間くらいあるよ…」
観光潜水艦の発着所に行ってみた私だったが、時刻表を見て落胆した。
今ちょうど出てしまったところだそうで、次の艦まで2時間の間があるそうだ。
「まあ、その間釣りをしてればいいことだけどね!」
私は釣りをするために発着所の建物から出て、カルデラ湖の湖畔へ向かったのである。
やっぱり、釣りバカは釣りバカであった。


…小さいアウトドアチェアーを広げ、川釣り用の竿を取り出す。
釣り針の先っぽに灰色のポロックを付け、私は勢いよく竿をスイングさせた。
桟橋やなんやがないルネのカルデラ湖では、ただボーっと待つしかなさそう。
真ん丸い空から降り注ぐ春の日差しが、私の頭を熱くさせる。
「…暑いねえ…」
この暑さに耐え切れなくなった私は、アイボリーのキャップをかぶる。
前についたひさしのおかげで、少しだけ涼しくなったようだ。
…浮きは、動いてくれない。
しかし、かかるまで気長に待つのも釣りの醍醐味である。
短気になってはいけない。
「―――釣れますかい、お嬢さん」
そのとき突然、隣に釣り人らしき男性がやってきた。
クーラーボックスを肩から提げ、竿を担いでいる。
「いえ…でも、さっき始めたばっかりですし」
私は釣り人と話していながらも、浮きから目を離さない。
引かれるときを集中して待つ。
沈黙している時間が長くなるにつれ、私の表情も真剣みを帯びてきていた。
「お嬢さん、見ない顔だね。観光客?」
「ええ…そんな、ところです」
だからと言って、金は払ってないけど…
懐には福沢諭吉が何枚かあるだけで、資金は財布の中だけだ。
「観光というより、旅ですけどね。ジャーニーです。釣り行脚をしてるんですよ」
私は茶化すように言う。
確かに、トリップじゃなくてジャーニーである。無料で来てるんだからね。
すると釣り人はにっこり微笑み、私に話してくる。
「ほお、釣り行脚かい。女の子の釣り人なんて珍しいねえ。何年ぶりだろうねえ」
「って、いたんですか?女で釣りに熱中してるのなんて本当に珍しいんじゃ…」


―――そのとき、私の竿に付いた浮きがクイッと動いた。
待ちかねていたお出ましだ。
私は立ち上がり、思い切り踏ん張って竿を引く。
私の池釣り用の竿にはリールが付いていない。だからただ引くしかないのだ。
「…やあっ!」
私が声を漏らして一引きすると、ポロックを喰ったポケモンが姿を現す。
この瞬間がたまらない。快感である。
何がつれようが、このときはたまらない。

―――コイキングだった。
それも、あまり大きくない。

「まあ、ここはコイキングしかいないからね。そんなにがっかりしないようにね」
「―――いえ、がっかりなんてしてないですよ。コイキング釣りは奥深いですし。大きいものは本当に大きいですからね」
「ほお、よくわかる嬢ちゃんじゃないか。ははは」
私はコイキングの体長をメジャーで軽く測ると、すぐに野生に帰してあげた。
記録・43cm。まあ平均なみだ。
大きいものは1m以上にもなるというから驚き。私もそんなに大きいコイキングは見たことがない。
まあそんなこんなで、1時間半の間釣りを楽しんだのである。


―――釣り人と別れ、私は潜水艦の発着所に再び向かった。
既に待っている人が何人かいるようで、緑色のベンチがいくらか埋まっている。
私も券売機で乗艦券を買うと、いくらかスペースがあるベンチへ腰を下ろした。
竿(川釣り用・海釣り用)は壁に立てかけておく。
「―――見られるかなあ、ジーランス」
私は、密かに期待をふくらませていた。
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鋼彗☆β #3☆2005.06/27(月)22:24
◆その2  深海での観察を楽しむ方法

―――私は潜水艦に搭乗し、ついに深海へ行くこととなった。
レベルの高いトレーナーならダイビングで潜っちゃうけど、私はただの釣り人だから、そんな高等な技は使えない。
だからこうやって、金を払って観光遊覧潜水艦に乗っているのだ…

ルネのカルデラ湖へとダイブし、ずんずんと深いところへと進んでゆく潜水艦。
私の緊張の度合いは、沈んでゆく潜水艦と比例するように高まっていった。
これまで15年ちょい生きてきて、深海へ潜るのは初めてだから。
どんなポケモンがいるんだろうか…私の期待も、緊張と同時に膨らんでいくのがわかった。
私がそんなことを思いながら外を見ていた刹那、外の天井が低くなった。
おそらく、ここがルネの死火山と海の境目だろう。
天井の低い場所を抜けると、再び開放感のある海へと戻ってきた。


「―――すごい…」
潜水艦の丸い窓から見えるのは、たくさんの水棲ポケモンたち。
まだあまり深くないところのようで、上から差し込んでくる光がわかった。
コンブやワカメなどの海藻が生え、群れをなして泳ぐきれいな魚にまぎれてパールルやチョンチーの姿が見える。
パールルについては、釣りでは絶対に釣れない種類。
だから、こうやって見るのは初めてだ。
チョンチーは上の方まで上がってくることがあるから、何度か釣った。
「ジーランスは、いないのかな…」
きっと、お目当てのジーランスはもっと深いところへ行かないと見られないのだろう。姿が見当たらない。
ジーランスが見られなくても、私の心は躍っていた。
完全にうきうきモードの私。丸い窓に顔をくっつけるように覗きこんでいる。
「ジーランスはなかなか見られない種類だからねぇ。よほど運がよくないと会えないよ」
ちょうど私の前に座っていた女性観光客が私にそそのかす。
でも、私は聞き流すように「そうですよね」と言ったきり、再び外へと視線を戻した。
ジーランスの出現率が低いのは百も承知。でも私は欲求が抑えられないんだ。
だからこうやって、外に集中してるんでしょうが…
さらにジーランスの体色は保護色。岩と同じような色なのである。
とにかく集中第一、後は根気よく待って…

「―――ん?」

私は声を漏らした。
今、今さっきのは…まさか…

「―――ジーランス?!」
私の目の前を一瞬かすめた、茶色い魚。
ヒレがたくさんあって、頭が硬そうな…まだら模様の…

―――間違いない。
あれは、ジーランスだった。
岩と岩の間を一瞬移動した、あの茶色い魚はジーランスだった。紛れもなく、私の目はその姿を捉えた。
「…ジーランス…本物のジーランスを見られたんだ…」
私は1人で感動に浸っていた。
ほんの一瞬だったけど、私は本当に満足だ。
野生のジーランスを見られて、本当に嬉しい。
ものすごい充実感のような気持ちが、私の中から一気に湧き上がってきた。

でもルネに戻ってくるまで、再びジーランスにお目にかかることはなかった。
あれが、最初で最後。
「―――すごく、大きい収穫だった」
ルネ海溝を一周してきて潜水艦を降りると、私はつぶやいた。
顔が自然とにやける。
私はザックと2本の竿を担ぐと、残った時間でルネを観光しようと街へ出たのである…
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鋼彗☆β #4☆2005.06/28(火)22:40
◆その3  神秘の街での散策を楽しむ方法


―――ルネの街角にある公園。
私は経費節約のために、ここで野宿。
風の当たらない土管の中にシュラフを広げ、それにくるまって身をうずめた。
まだ3月で虫ポケモンが出てきていないのか、辺りはいやに静かだ。
あと1ヶ月も経つと、モルフォンやズバットやでうるさくなるんだけどね…
少し寒かったが、私はそれも我慢して一夜を越した。


翌朝。
私は朝早く目を覚まし、再びカルデラ湖へ向かった。
ここから見ることは出来ないが、東から昇りかけた太陽の光が目にしみる。
昨日のようにアウトドアチェアーを広げ、ザックを地に下ろす。
川釣り用の竿にポロックを付け、キャスティングした。
「―――朝もはよから…鳥は美しいねえ…」
水面を泳ぐマガモ。
ポケモンの世界にも、普通の動物はいる。
カモはそろそろ、北へ帰ってしまう時期だ。
そいつらにまぎれて、カモネギも数羽いたりする。妙に滑稽な光景だ。
「でも、私の浮きは動かない…」
私は大きな欠伸をする。
昨日の晩は早かったのに、なぜか眠い。
瞼がトロンと落ちる感覚があったが、私は根性で目を開けていた。

―――クンッ…
私の手に、魚の感覚。
トロンと落ちかけた瞼は瞬時に開き、私の脳を覚醒させた。
椅子から立ち上がり、両足で思い切り踏ん張る。
「…くっ…くく…」
私の口から、自然と声が漏れる。
さらに手足に力を入れ、一引き、二引き。
「それーっ!」
私が叫ぶと、その「赤い魚」は宙を舞った。
赤くて、ヒレとひげが黄色い、間抜けな目をした「あれ」だ。
俗に「コイキング」と呼ばれているかな。
私はコイキングをネットでキャッチすると、釣り針を器用に外した。
ザックからメジャーを取り出し、暴れるコイキングを押さえつけて体長を計る。

「―――86cm」

何と、大きい。
昨日の平均の2倍近くある大きさだ。
「これは大きいね…」
私はとても感動しつつ、じたばたするコイキングを水の中へ帰す。
「ちょっと、励みになるね」
私は独り言をつぶやき、コンビニで買ったオレンジジュースを口にしながら再び竿を握った。


―――さて、朝釣り終了後に私は街へ出た。
今日はルネ観光をしてみようと思う。
「釣り行脚」という名目だけど、ただ釣りをやってるだけじゃ面白くない。
少しは観光もしないともったいないだろう。
ルネはカイオーガ伝説で有名な地、水タイプには目がない私にとって、詳しく調べたい町でもあった。
そんな私がまず向かったのが、ルネの展望台。
死火山のてっぺん。青い海も、白い街も同時に望める美しい場所だ。
上から段々になっている街は、上から一望してもとても綺麗。
青い海。ミナモも見えるかな…と思ったけど、朝霧が薄くかかってて見えなかった。ちょっと残念。
私はルネの町を見下ろしながら、簡易食をほおばる。
コンビニおにぎり。立派な簡易食である。
栄養が偏らないように、サラダも。
自炊をすれば立派なアウトドアなんだけど、1人でやるのも物寂しいよね…


―――午前10時になると殆どの店が開店し、街も賑わいを見せてくるようになった。
白い街の土産屋で、私はカイオーガにちなんだ物品をたくさん発見。
カイオーガ神話が編纂された本を始め、ストラップやらプリントタオルやらなんやら、たくさん売られている。
昨日見ることができたジーランスの商品もある。
私はこの衝動に駆られ、タオルと神話本を購入。
「ありがとうございましたー」
店員のおばさんは、非常に好意的だった。


だけど、世の中いい人ばっかじゃない。
「ちょっとお嬢さん」
私は、白い町並みの途中で呼びとめられた。
足を止め、振り返った先には、おっさん。
路傍で椅子に腰掛け、何か売っているようだ。
「買ってかないかい、コイキングの置物」
おっさんが手に取ったのは、金のコイキングの置物である。
巨大なコイキングが、七福神を背中に乗っけている。何とも珍奇なデザインだ。
(―――せこっちい…)
私はそのせこさに呆れた。
どう見てもこれはメッキ、軽そう…100円ショップで売っても遜色ないだろう、これは。
「いえ…いいです」
―――立派な、失言だった。
私はギョッとして、自分の失言が放たれた口を両手で覆う。
「ほお、いいのね。じゃあ買ってってね。500円にまけてやるよ」
おっさんは勝ち誇ったように、ニタリと怪しい笑みを浮かべる。
私は、ここで「遠慮します」と断れなかった。
そして、金色の500円玉で金色のコイキングフィギュアを買うハメに。

「ありがとう、また来てね」

―――おっさんの笑顔に、酷く恨みと怒気を覚えたのは私だけだろうか。
私の手に握られたコイキングフィギュアは、力を込められ、痛そうにしていた。


―――とんでもない、失敗だった。
観光地ではこんなこともあるのね…次からは気をつけなくちゃ。ハァ。
それにしても、このフィギュアどうしようかなあ…
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鋼彗☆β #5☆2005.07/12(火)21:56
◆その4  自然島発の鯨見物を楽しむ方法(その1)


―――私はその日も公園の土管で寝泊りし、朝早くルネを出発した。
ラプラスに乗って、青い海の上をプカプカ。
まだ朝が早く、大きなエンジン音を上げて海上を行く漁船が見える。
今日は、進路を東へ取ってトクサネへ向かう。


―――朝も7時になると、私はトクサネへ上陸した。
ホウエンで宇宙に最も近い町・トクサネ。
ヒワマキに次いでたくさんの自然が保存されているこの町だが、それに似つかわしくない建物が建っている。
それが、トクサネ宇宙センター。
よくよくバキュバキュと音を立ててロケットの発射実験が行われているらしい。
まあ、私は宇宙に興味なんてないんだけれど。ニュースでときたまやってるにも関わらず、目も向けていないのが事実である。

私がこのトクサネでやりたいのは、ホエルコウォッチングだ。
トクサネは全国でも有数のホエルコ繁殖地。
たくさんのホエルコが見られるに違いない。というか、それを名物にしちゃってるんだから見られないと詐欺になる。
私は期待に胸を膨らませている。野生の、ありのままのホエルコを見られるのだから。
これも遊覧船が出ているみたいだが、出港まではまだ時間があるよう。

―――何だか、ルネの時と同じパターンになってないか…?

そんなことはいいとして、空き時間を利用して私は海に出る。


海。
何が釣れるのか、詳しいことは知らない。
でも、ホエルコはまず釣れないだろう。仮にかかったとしても、私が海の藻屑になってしまう。
もしくは、かなり大切な釣り竿に別れを告げなければならなくなってしまう。
多分、いい線でメノクラゲとかそこらだろう。サニーゴやラブカスはもっと暖かいところへ行かないといない。
私はそれを承知でイスを広げ、キャップをかぶって釣りを始めた。


―――予想は、裏切らない。
私の予想は見事に的中。
当然ながらメノクラゲだけだった。
海にコイキングがいるはずがなく、この辺りは浅いのでチョンチーもいない。
海中を優雅に、かつ怪しげに漂っているメノクラゲのみが私の竿にかかって下さったのである。
「…ちょっぴり、屈辱じゃない?」
私はちょっと残念な気持ちを抑えられず、暗い顔でつぶやいた。
キャップのひさしが顔にうっすらと影を落とし、より一層暗そうに見えるのである。
「まあ、でも仕方ないよね。うん、仕方ない仕方ない」
落ち込んでいても仕方ない。ああ、仕方ない。
私は自分にそう言い聞かせ、アウトドアチェアーをたたんでその場を後にしたのである。


―――そろそろ出港の時刻だ。
私は遊覧船の発着所へ向かった。
何人かの人が、平日にも関わらずベンチに腰掛けている。
私も、ザックを下ろして座った。
この光景、ルネの潜水艦発着所を彷彿とさせる。
それもそうか。この辺り一帯は、そんなことが観光対象になってるんだから。
『本日も、トクサネホエルコウォッチング遊覧船をご利用いただき、誠にありがとうございます…』
女声のアナウンスが聞こえてくる。
ああ、何でアナウンスってのはどこでも同じようなものなのだろうか。
このお決まり文句で始まるアナウンスを、私はボーっとして聞き流す。
『―――まもなく出港となります。ご乗船される方は、桟橋へお向かいください…』
そんな機械的な女声を聞くと、私はザックを背負い、2本の釣り竿を持って桟橋へ向かった。
今日は平日と言うこともあり、客は少ないようだ。私を含めても何人もいない。
…小さな遊覧船が、桟橋の端に停まっていた。
私はそれに乗り込むと、甲板の席に腰掛ける。
―――広大な海が、私の目の前に広がっている。
今日は雲ひとつない快晴で、ホウエンの本土がうっすらと見えるのだ。
…私は、一瞬だけミナモのことを思い出した。
帰るのは、随分と未来のことになるんだろうな。

私がそんなことを思っている刹那、纜は外されていた。
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鋼彗☆β #6☆2005.08/03(水)19:31
◆その5 自然島発の鯨見物を楽しむ方法(その2)


小さな小さな遊覧船はトクサネを出発し、沖へと向かっていた。
EEと広がる海が、私の目と心を癒してくれる。
私は甲板の手すりに体重をかけ、遠くの方をじっと見つめている。
いや、ホエルコを見るのが目的なんだけど…目的のそれが見えないので、ついつい遠くに目が行ってしまう。
『本日は、トクサネホエルコウォッチング遊覧船をご利用いただき、誠にありがとうございます…』
停留所にいたときと同じようなアナウンスが船内に流れる。
これには、私の心もうんざりしてくる。
妙な倦怠感と怒りを覚えたような気がする。つまり、うざったいということだ。
同じことを何度も繰り返すな!といったところだ。

『ホエルコは、古くはホウエンのすべての海にたくさん生息しておりました。しかし、人々が乱獲することによってその数は激減し、今ではあまり姿を見られなくなっています。このトクサネ沖は、今ホエルコが最も多く見られる地域です…』
やはり遊覧船、その地についての説明は丁寧にしてくれる。
アナウンスを聞き流すように、私は甲板でのんびりしていた。
もう、だいぶ沖にやってきたようだ。トクサネの島が段々と小さく見えてくる。
私はそろそろ気張った。波に揺られて眠ってはいけない。
ここまで来ると、ホエルコは目の前に違いないのだ。
金を取ってるんだから、それだけの価値があるモノを見せてほしい。というか、見せてもらわないと困る。
甲板の手すりにへばりつくようにして、私は波立つ海を眺めている。


―――ザザァン…

刹那、妙に大きな波の音が立った。
ホエルコである。
丸々とした身体を空中へ浮かび上がらせ、細かい雫を太陽に反射させた。
1匹目が現れたと思ったら、2匹目、3匹目と、次々に姿を見せるホエルコ。
私は臨場感と歓喜で胸を一杯にしつつ、ホエルコの「舞」に見入っていた。
「…すごい…」
すごいとしか、表現のしようがなかった。
まん丸で可愛い顔つきをしているホエルコが、今ここまでダイナミックな動きを見せてくれている。
ホエルコが動くたびに海面がうねり、船を揺らす。
時たま飛んでくる水しぶき。光り輝くホエルコの身体。
私、とても満悦した。ここまでのものを見ることができたのならば、船の乗船料も安いものだ。
―――しかし、世の中いいことばっかりじゃない。
仏教の教えにある「無常」とは、まさにこのことであった。


「―――ノオオゥ…」
船を降りた後、私はトイレにいた。
熱中しすぎたのだろうか…急に気分が悪くなってきたのだ。
俗に言う船酔いというやつだ。
しかも、服は水でびしょ濡れ。このままでは風邪を引きそうで怖い。
「いや、いかんよ、うああ…」
私は不明瞭な言葉を発しながら、トコトン上げていた。


「―――私を回復してください」
トクサネのポケモンセンターに駆け込み、私は一言ポツリ。
カウンターのお姉さんは非常に困ったような苦笑を浮かべ、戸惑っていた。
「えと、それは病院にかかられたほうがよろしいと存じますが…?」
「…はい、そうですよね」


ポケモンセンターは、私にとっても快適だった。
明日に続くか続かぬか。
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鋼彗☆β #7☆2005.08/14(日)22:12
◆その6 早く風邪を治す方法(1)


私に明日はあった。
だけど、ぼやけた天井から始まる。
「うー…寒っ…」
鼻水をてろんと垂らしながら、私はイスの上で凍えていた。
勿論、春先で朝は冷える。
しかし、ポケモンセンターは当然冷暖房完備なわけだ。
でも、私には寒く感じる。
「おはようございます」
1人のナースが、私のもとへ歩み寄ってくる。
私は頭の重さを感じながらも、ムリヤリ笑顔を作って「おはようございます」と挨拶を返した。
ああ、今私の顔はどんな感じなのだろうか…
青いのだろうか、醜いのだろうか…
鏡がないから、確認なんてできやしない。

「―――顔が青いですよ。体調悪そうですね」
ポケモンのナースでもナースはナースなのか、私の顔を覗きこんで気遣うように声をかける。
「いえ、平気ですよ。私は脚力自慢の釣り人ですから!ちょっとしたことでへこたれたりなんか」
その瞬間、私の身を悪寒が襲った。
ゾクッと、背中に痺れるような寒気。
肩が震えた。弥生の半ばで暖かくなってきているというのに、私の中だけ極寒のようだ。
「うう、寒い」
私は身をこごめて、体内の熱を逃がさないようにする。
ポケットティッシュを1枚取り、流れ出る鼻水をかんだ。

「やっぱり、お医者さんに診てもらわれたほうがいいですよ。この辺りだと…トクサネ市民病院が近いですね。ここを出られるとすぐ丁字路があるんですけど、そこのすぐ右手に茶色の建物が見られます」
トクサネ市民病院―――ナースは病院行きを勧める。
私もこの悪寒と腹痛に耐えられなくなったのか、折れて病院へ行くことにした。
荷物は親切なナースにまとめてもらい、それと2本の竿を背負って私はポケモンセンターを出る。
「大変ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。お大事になさってください」
私はうわべだけ丁寧な、あまり中身のない詫びを言ってポケセンをあとにした。


―――さて、ナースが言うには丁字路の右にあるそうだが…
私が牛の歩みで歩道を歩いていくと、やがて丁字路にたどり着いた。
右、チェック。
あった。茶色の高い建物。
壁面には十字マークと、「トクサネ市民病院」の文字が。
私は相変わらず牛の歩みで、その建物の方へと向かっていた。


「―――やっと着いた…」
やっとの思いで病院に着いた私は、崩れるようにイスに座った。
バッグは投げるように床へ下ろす。竿は適当に立てかけておく。
体が重い。だるい。
悪寒と腹痛がどんどん増してきているようだ。
最初は大したことないと言い張ることができたが、今はそんな気力も残っていない。
まだ診察がすぐだというのに、30分ちょっと待たされた。


診察と相談の結果、点滴をすることになった。
左の腕に針を突き刺し、私はベッドに横たわっている。
「そのまま2時間ほど横になっていてください」
ナースは笑顔で告げる。
しかし、その笑顔も私にとっては悪魔のように見えたのである。
白衣の天使ならぬ、白衣の悪魔。
私は釣りをしたい衝動に駆られ、自然と身体がもぞもぞ動いていた。
私も一応釣り人だから、待つのが得意な気質だ。
だけど、晴れているのに釣りができないのはつらい…
「…早く終わらないかなぁ…」
私は黄色い液体が入ったパックを見つめて、悲しげにつぶやいた。
じれったい。そしてつまらない。
中学生―――否、高校生の女子が「2時間じっとしていろ」と言われて、本当に2時間黙ってじっとしていられるのか。
それは無理だ。おそらく9割くらいは無理だと思われる。
結局、何かをやりたい衝動に駆られるわけだ。
「釣り、したいなあ…」


私の禁欲生活は、始まったばかり。残り1時間57分34秒。
私に明日はあるか。
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鋼彗☆β #8☆2005.08/22(月)21:24
◆その7 早く風邪を治す方法(2)


腕に針をぶっ刺したまま、2時間ほど私は眠った。
最初のうちは欲求不満になって身体がむずむずしたが、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
「お目覚めになりましたか」
ピンクのナース服に身を包んだ看護婦が、私の顔を覗きこんでくる。
「ああ、はい」
私は生ぬるい返事をした。
私がそう答えると、カーテンの奥からやってきた医師が、私の腕に刺さった針を抜いた。
その時ちょっとした痛みが走り、私は顔をしかめる。

―――でも、ついに私は解放された!
この地獄の点滴から!ベッドから!


と思ったのも束の間、私はエントランスロビーにいた。
まだ会計の作業が残っていたのだ。
すぐに帰れると思っていた私は、ものすごくがっかりした。
点滴のおかげで体調はだいぶよくなってきたというのに…
「水上みなもさーん」
30分も待つと、やっと名前が呼ばれた。
そして、私は立ち上がって会計窓口へと向かう。
ズボンのポケットから、財布を出しながら。

―――おっきいお金が、なくなっていった。
私の心とお財布が泣いていた。


気がつけば、もう午後3時である。
身体はだいぶ楽になったとはいえ、油断は禁物である。
今日はポケモンセンターに戻って、ゆっくり休むことにする。
「こんにちはー」
私は妙な笑顔でポケモンセンターに入る。
入るのと同時に目に入ったのが、昨日と今朝のナース。
「また一泊させてください」
ポケモンセンターは、ポケモンを回復したり、トレーナーと対戦したりするだけの場所じゃない。
ポケモントレーナーに格安で宿を提供するのも仕事である。
ただし、夕食・朝食はついていない。寝床だけ提供である。
ベッドは貸してやるからメシは自分で食えよ、ってことだ。
ルネの時、いちいち寒い公園で野宿をした自分がバカみたいに思えた。
ポケセンはポケモンを回復する場所だとばかり…
私はナースに部屋を指定されると、その部屋に入ってゆっくり休むことにした。
まあ、1人用の狭い部屋だ。
ただベッドがあるだけ。ホテルじゃないから、テレビやラジオなんてあるはずがない。
ポケセンの4階にあるこの部屋、トクサネの海が一望できるいい部屋だ。
入り組んだ海岸線にマングローブ、そこに飛び交うキャモメ。
ベッドに半身を入れ、私はゆっくり外を眺めていた。
テレビやらラジオやらがないならないで、自然との一体感を感じることができる。
窓を開ける。
岩肌にぶつかる波の音が、私の耳朶を打つ。
「やっぱり…海はいいね」
私はボソリとつぶやいた。
窓から吹き込んでくる潮風に、私の長髪が揺れ、たなびいた。


自然を楽しみつつ、一夜を過ごした私。
風邪は完治した。あまり断言はできないが、治ったように身体が軽い。
「今日からまた…旅を再開できるかな」
東から昇る太陽は眩しく、私の目をくらませる。
また、窓を開放した。
気持ちのいい潮風が、入ってくる。
この磯の香りが、私の釣り意欲を高めてくれる。
海が私を呼んでいる。
「さて、行きましょう」
気合を入れるように顔を両手で叩き、2本の釣り竿とザックを背負った。

「磯は、私を誘っている」
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鋼彗☆β #9☆2005.09/24(土)11:35
◆その8 磯の香に包まれての釣りを楽しむ方法


まだ朝は早い。しかし私はトクサネ市街を出て、海岸の磯へ向かった。
どれかというと、広くて安定した岩に腰を下ろす。
「早速だけど、始めますよ」
この海域はメノクラゲしか釣れないことはわかっている。だけど、何が釣れるかじゃなくて、私は釣りそのものを楽しみたいのだ。
掛かったときも、掛かる前も緊張するあの感じ。あれが欲しいのだ。
朝用のルアーをつけ、オーバーヘッドキャスティングでルアーを静かな海へ落とす。
魚がかかるように、巧みなリーリングを行う。いつも浜釣りしかやらない私にとって、リーリングは慣れたものだ。
リーリングとは、ルアーを泳がせる作業のことだ。ルアーを本物の魚のように見せるため、巧みな竿さばきが必要になる。
「―――かかった!」
私は、竿を握る手に重い何かを感じた。
魚―――否、メノクラゲが掛かったのだ。
メノクラゲは小さな体のわりに案外重い。釣り上げるにはそれなりの力が必要だ。
私は両足に力を込め、一生懸命踏ん張る。
(上がる!)
ふとそう思った瞬間、私はグッと竿を振り上げた。
水面から水しぶきをまとい、朝の日差しに反射したメノクラゲが勢いよく飛び上がる。
爽快。昨日まで病院で苦しんでいた私にとって、素晴らしい快楽の一瞬だ。
たとえそれがメノクラゲだって構わない。釣れたこのときの感触が大好きなのだ。
私によって釣り上げられたメノクラゲは、岩の上でピチピチと跳ねている。
メノクラゲを長らく地上に上げているわけにもいかない。ひからびて死んでしまったらかわいそうだから…
「ありがとうね」
私は笑顔でそう言いながら、メノクラゲを海に帰してあげた。
なぜ、こんな言葉が口から出てしまったのかわからない。普段は出やしないポケモンへの感謝の気持ちが、一気に湧き上がってきたのだ。


2時間ほどこの磯で釣りをしていたが、釣れたのはメノクラゲのみ。わかりきっていたことだから、へこみなんてしない。
私は、予想外に長く滞在していたトクサネをあとにした。
ラプラスに乗って、南へ航路を取っていく。
後ろを振り返ると、トクサネ島がどんどん小さくなっていくのがわかる。
この辺りは大海原。東西南北どこを見ても、360度真っ青な海だ。
有名なダイビングスポットでもあるこの海域だが、私はやりたいとは思わない。地上で釣りのほうが、私の性に合っている。
しばらく漕ぎ出し、砂の浅瀬へ到着する。
トクサネより、あのサイユウのほうが近い場所まで来たのだ。ポケモンリーグの本部がある町だが、私にとっては関係のない話。ただの観光都市に過ぎない。
今日の夜はサイユウになりそうだ。独特の料理が私を待ち受けているに違いない。
とりあえず、今は釣りに集中しよう。

この海域では―――ここにしかいないポケモンが棲んでるらしいからね。
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鋼彗☆β #10☆2006.02/27(月)21:40
◆その9  南の楽園で常夏気分を味わう方法(1)


浜辺。
まだ3月の半ばだというのに、色とりどりの花が咲き乱れている。ミナモでは絶対に信じられない話だ。
あと1ヶ月もすれば、海で泳げるようにもなる。海水浴場、オープン。海の家も同時開店。
はじける水しぶき。輝く太陽。小麦色の肌に光る白い歯。
早いなあ、時の流れってのは。気がついてみればもう夏だよ。
生憎ミナモではまだ桜も咲いてないけれど。花どころか、蕾さえつけていないかもしれない。
でも、一年中暖かいってのも嫌だ。
季節感があったほうが、私はいい。春には桜、夏は朝顔、秋は紅葉、冬は蝋梅…季節によって色々な花を咲かせる光景の方が、私の好みである。
「―――さて」
私は浜にイスを広げ、釣り竿をオーバーヘッドキャスティングで振る。
ルアーが海中に落ちたら、イスに座ってじっと待つのみ。多少はルアーを泳がせたりするけど、そんなことは無意識のうちにやっている。これこそ、練習の賜物。

―――ビクン!

いきなり引いている。
生憎あまり大きくはないが、手ごたえがある。大物とはいえない小さめの振動が、竿を通じて私の両手に伝わってくる。
「さあさあいきなり来ましたよっ! 何だかちょっと珍魚の予感!」
イスから立ち上がり、両足に力を入れて踏ん張る私。
私の脳裏に、珍魚の姿が一瞬よぎった。
ラブカス、サニーゴ、はたまた…
はたまた…はたまた…
「よっしゃ!」
気合と期待を込めて、一気に引き上げる。
パシャッ…と水しぶきを上げて、魚は地上に姿を現した。
太陽光に反射する体面、2本の触手、赤い目、レーザービーム。
まあ、お気の毒どすえ。なんて、京都の女性が着物の袖で顔を隠して言いそうだ。
私も期待の分だけ幻滅。嗚呼、運はそう簡単に回ってくるものじゃない。
「―――ふっ」
死んだような目をして、背後に黒い影を作って私はそれを海に返してやった。即座に。釣り上げて5秒も経ってないだろう。釣り針を外して即さよなら。
うん、こいつにとってはこっちの方がいいんだよ。人に釣られるより、海で悠々とした生活を送った方が幸せだもんね。きっと。否、絶対。
「私も運がないねぇ…運てのは、掴んでも掴んでも逃げていくものなのね…運は海や川で釣れたりしないのね…」
私、しばしいじける。
周りでは、絶望のBGMが流れ始めている。
大丈夫、私はまだ死ぬ時じゃない。釣りを極めるまでは、死ねない。
「釣りは根気。釣りは忍耐」
私はボソリと呟くと、再び竿を握った。
きっといつか、大物もかかってくれるはず…私はそう信じて、また竿を振る。
―――今度頭をよぎったのは、さっきのアレである。
メで始まってゲで終わるアレ。目が水晶みたいに綺麗なアレ。
目は綺麗だけど毒が怖い。喰らったらひとたまりもないだろう。毒を抜けばペットにもなるかなぁ。ふぅ、と私は軽いため息をついた。

でも、珍魚釣りたいなあ。
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鋼彗☆β #11☆2006.03/29(水)16:55
◆その10  南の楽園で常夏気分を味わう方法(2)


珍魚。
その名の通り、珍しい魚のことである。
具体的に言えば、ヒンバス。あれこそ正に幻である。
この辺りで言えばラブカスであろうか。ハート型。フォーリンラヴ。
サイユウは観光地。カップルで来る人も多かろう。だから、ラブカスもこの地が好きなのだろうか。
あっちでイチャイチャ。こっちでイチャイチャ。そこにラブカスときたら…
―――タイム・プレイス・オケーションを考えてほしい。うんうん。何でそんな所にポケモンリーグの本部があるのかが不明である。
「でも、ラブカス釣りたいねぇ…」
釣り竿をバシバシ引き上げても、掛かってくるのはメノクラゲばかり。かれこれ2時間くらい水面とにらめっこしてるけど、ラブカスのシルエットさえ浮かび上がってこない。ラブカスがどんな姿をしているかさえも忘れてしまうくらい。
当然、図鑑でしか見たことがない種類だから。今、この目で是非。チャンスはしばらくないかもしれない。
「ラブカスラブラブ…以下省略なんて、どこかの誰かさんが言ってるけど、あたしゃ男に縁がないからねぇ。ラブカスゲットでランデブー…なんて言えやしないよねぇ。男子に顔面ストレート喰らわせてるうちは寄り付きゃしないよ、男も」
私も、今は相当な変人になっているに違いない。

ああ、愛しのの変人・みなもよ、
僕は君のことが好きで好きで仕方ないよ、
今すぐ逢いたい、逢いに来てくれないか?

―――んー、先頭の辺りが間違ってるような…
漢字の脚の部分を間違えただけで、相手に多大なショックを与えてしまう。感じが変わってしまう。むー、文字って怖い。
イトシノヘンヂンか…私も随分と馬鹿にされるようになったねぇ、だけどこの顔面ストレートの威力が衰えることはないよ。
「―――愛しの変人」
うなじに息を吹きかけられるように、誰かの声が鼓膜に伝わった。
かなり唐突だった。何故存在感を感じ取れない。
「うひゃぅ―――っ!」
銀髪に切れ長の目、不思議な格好をした男が、私の背後に立っていた。
変人さながらの叫び声をあげた私は、アウトドアチェアーを蹴り飛ばすように後ずさりする。
「だっだだっ、誰ですか?!」
「―――んー、誰と言われてもなぁ…」
うっ、コイツの方が変人だ。
この変わった服装といい、キザな態度といい…非の打ち所がありまくりである。でも、あえて指摘しないでおく。
「初めましてだなぁ、変人ポニーテールよ」
「先にそちらが名乗ってください!」
私はこんな状況に遭遇しながらも、冷静さを保って聞き返す。
男は言う。私のカンに障るような口調で。
「名前か? ダイゴだ」
誰でも嘘だとわかる返答である。
確かに髪や目の色はかのチャンピオン・ダイゴ氏と一致している。
しかし、それ以外は全く違うではないか。
威厳は感じられないし、声もこんなバリトンではない。
「失礼ですが、嘘ですよね」
「バレたか、変人ポニー」
「変人ポニーじゃありません。私はみなも、水上みなもですっ」
「そうかそうか、よろしくな、変人みなも」
「変人は余計ですっ!」
ああ、頭にくる。この男のしゃべり方。突然やってきて、馴れ馴れしい奴だ。
いつもだったら顔面にパンチを繰り出しているところだが、相手が年上みたいなので控えておく。
男は一向に去る気配がない。私は再びイスに腰を下ろし、竿を握った。
「ラブカス、釣りたいんだろう?」
男が、背後から話しかけてくる。

―――私の耳朶を打ったその言葉は、瞬間的に聴神経を通って大脳へ伝わっていった。

シナプスが、弾ける。
「―――イカサマじゃ、ないですよね?」
私はくるりと身体を後ろに向け、男に問いただした。
「ああ、勿論。これはイカサマでも虚偽でもない」

―――スッパパーン!

ふっ、遂に見つかったか。珍魚を釣る方法が。
このいかにも怪しげな男が、ラブカスとの対面の鍵を握っているなんて。
あまり信じたくはないが、今は信じるしかない。このキザ男を。

「教えてください。その方法を」

私は、その言葉を口にしてしまった。
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鋼彗☆β #12★2006.04/09(日)11:13
◆その11  南の楽園で常夏気分を味わう方法(3)


―――私と男は、しばらくお互いの顔を黙視し合った。
2人の間に流れる妙な沈黙、静謐とした雰囲気の中、さざ波の音だけが大きく聞こえる。
本当にイカサマくさい。ろくでもない人間に頼んでしまった。口が滑った。と、私は内心後悔している。
「みなもよ、本当にラブカスを釣りたいのか?」
静かな空気を破ったのは、男の方だ。
私はいつになく真剣な顔つきで、答える。
「勿論です。だから頼んでるんじゃないですか」
すると男は、しばらく間を空けて言った。

「ラブカスのエサっていうのは、お前のハートだ! ハート型をしているんだから、『本当に釣りたい』というお前の熱意で寄ってくるはずだ! お前にはハートが足りないんだ!」

―――私は、大きなため息をついた。正直なところ、幻滅して膝が折れてしまいそうだ。
顔面ストレートを喰らわす元気もなくなった。
熱意。そんなもの、とうに持っていますよ。
「そう。そうですか。あんまり意味がないですね。熱意なんて、ハナっからありましたよ。でも釣れないから頼んでみたのに…」
私は、釣りにかける情熱だけは誰にも負けないつもりでいた。
釣りバカと言われようが、オタクと言われようが、私はその熱意を他に注ぎ込もうとなんてしなかった。とにかく、釣り一筋でやっていこうと思っていた。
だけど、私はこの男に負けているというのか。酷く落胆した。こんな不思議な格好をした、いかにも釣りに縁がなさそうな男に馬鹿にされた。
「どうせ、私のハートが足りませんでしたよ。すみませんね。ハートだけは、誰にも負けないと信じてたのに…釣りの初歩も、ルアーの種類もわからないような男に…」
妙に悲しい顔をして、私は再びロッドを振った。
チャポン…と、妙に哀愁が漂う音と共に、ルアーは澄んだ海水の中へと姿をくらませてゆく。
この男のせいで、ルアーを泳がせる気力も失せた。最悪だ。私のハートとプライドが傷ついた。
黙ってるなよ。何とか言えよ。そのまま後ろにつっ立ってるつもりか!

「あー、すまんな、みなも。馬鹿にしているように聞こえたか?」
私は、答えない。
ただ、リールをキリキリと巻くだけ。
「―――釣り人魂を、傷つけられました」
しかし黙っているわけにはいかなくなり、私はそう言った。
「釣り人は誰にだって、プライドってものがあるんです。あなたはそれを易々と傷つけた。通りすがりのぼっと出のくせに…そんな大口叩かないでください」
私は、俯いたままロッドを振り上げた。
少しの間海中に潜っていたルアーが、水しぶきを上げて再び空気に触れる。
私は、そのままアウトドアチェアーを畳んだ。
もう、コイツのそばにはいたくない。
「失礼します」
私は男に軽く会釈をして、ラプラスの背中にまたがった。
目指す先は、サイユウ本島。
怒りと悲しみと憂いが同居したような、不思議な心境であった。
「おい、みなも?」
うるさい、止めるな!
私は叫びたかったが、もう二度とアイツの顔を見たくなかったのでやめた。

明日改めて、またここに来ます。
邪魔が入らないことを祈って。
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鋼彗☆β #13★2006.04/28(金)22:34
◆その12  南の楽園で常夏気分を味わう方法(4)


―――馬鹿な話だ。
私はため息をついた。怒りや何やらがたくさん混じっているのか、いつもより長めに息を吐く。
浜を離れ、向かった先はサイユウのポケモンセンター。
私の足が勝手に向かった先はここだった。ミナモであれサイユウであれ、ポケモンセンターの外見は同じである。
妙な旅愁に駆り立てられるも、沸々と込み上げられる複雑な気持ちで愁いは消えていった。
私の状態と願望を示すように、急に天気が悪くなってきた。
南国特有の気象である。さっきまでピーカンの晴天だったというのに、黒い雲が空を覆い始めている。
雨が降らないうちに、私は建物の中へ入った。


カウンターで手続きをし、今夜の寝床を確保した。
これで安心。少なくとも野宿にはならない。
「天気も悪くなってきたし…今日は休もうかな」
私は1人で呟きながら、明るい廊下を歩く。
窓の外は、更に暗さを増している。どんどん、雨が降りそうになっている。
部屋は、4階の一番端だった。鍵を差し込み、右回りに一回転。

「いやー、今日は変な天気だねー。少し濡れちゃったよ…」
ドアノブに手を触れた瞬間、私の背後で声がした。
午前中の、あの光景が脳裏に浮かび上がってくる。振り返ったら、珍奇な格好をした男がいた。そして、まんまと罠に引っかかる。
トラウマか。いや、そこまでは達しないか。しかし失敗は二度と繰り返したくなく、振り返るのを一瞬躊躇った。
でも、声の主は明らかに女性である。甲高く、幼さを残しながらも、アナウンサーのようにとても澄んだ美声である。
こんな場所で、変声機を使うような人間は考えられない。
私は恐る恐る、鉛のように重たい首を後ろに回した。
「あなたも釣り人でしょう? その竿、すぐにわかったよ」
自分の名前を名乗らず、突然そう言ってきたのは、私と同い年くらいの少女だった。
深い緑色の短いストレートヘアーは落ち着いた印象を与えるが、青い瞳がさりげなく活発なイメージを主張している。
服装もどこか大人しげで、大海原に出て行く釣り人といった感じはあまり受けない。だけど、背中に背負われた1本のロッドは、彼女が立派なフィッシャーガールであることを物語っていた。
私は彼女のフランクさに、正直唖然とする。
「地元の人…じゃ、ないよね。旅、してるの?」
彼女は、気さくに私に話しかけてくる。鬱陶しさは感じない。むしろ、すごく好意的な感じだ。
どうやら、悪い人じゃなさそうである。彼女からは、邪気というものが全く感じられない。
「うん…ミナモから、ここまで。とりあえず、カイナまで行くつもりなんだ」
私は、自分の旅のことを彼女に話した。
すると彼女は明るい笑顔を作り、
「そうなの? じゃあ、私と一緒だね。私もこれからカイナに行くの。私と同じくらいの年の釣り人って珍しいから、つい話しかけちゃった」
彼女は少し照れるように頬を掻き、ぺろっと舌を出した。とことん無邪気な人柄である。
私も、思わず笑顔になってしまった。何か、あの男のことなんて忘れてしまった。
同志って、やっぱりいい。共通点があると、次第に惹かれあうものがある。

「私、冬華。霧橋冬華。冬華って、音読みだとトウカなの。トウカのフユカだよ。紛らわしいかもしれないけど」

―――ここまで、共通しているとは。
何だか、彼女―――冬華とはすごく仲がよくなれそうな気がした。
「水上みなも。ミナモのみなも。こちらこそ、よろしく」

お互いに微笑みあって、私と冬華は隣同士の部屋に入っていった。
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鋼彗☆β #14☆2006.04/29(土)22:06
◆その13  南の楽園で常夏気分を味わう方法(5)


「―――まあ、そう上手くいくことはないよね」
冬華はこってりとしたラフテーを頬張りながら、そう言った。
私たちは夕食を取るため、サイユウ市街のとある食堂へ来ていた。
客は、私たち以外誰もいない。儲かっていなさそうだが、「こういう店ほど美味しかったりするんだよ」という冬華の意見でこうなった。
聞けば、冬華は私と同い年だという。だが、冬華の方が年上のように思えるのは気のせいだろうか。
私はあっさりとしたそうめん炒め―――ソーミンチャンプルーを頼んだ。大陸人の私にとっては少し違和感を覚える味だが、不味くはない。胃の中に入ってしまえば同じだ。
「気にしない気にしない。そんな奴の言ったことに何の根拠もありませんよーってね」
私は、あの男のことを冬華に打ち明けた。
少し愚痴っぽくなってしまったが、冬華は何も言わずに聞いてくれたのだ。本当、たった4時間前に初めて会ったように感じない。
彼女の皿のラフテーは、茶色い汁を残して全てなくなった。
それに比べて、私の皿はなかなか空にならない。箸が進まないのだ。
「自分のハートが足りないとか、思っちゃダメだよ。マイナスの方向に考えるとね、どんどんどんどんドン底に向かって一直線だからね。常に前向き、ポジティブに、なおかつ頑固さを併せ持つのが釣り人魂」
冬華は既になくなったコーラをすする。氷が融けた分の水だけが、ストローを伝って上がってきた。
「何、みなもってどちらかというとくよくよ悩んじゃうタイプなの?」
グラスと氷がぶつかる甲高い音が、妙に大きく聞こえる。
小型のテレビは赤いランプが消えていて、店主のオバちゃんも店の奥に下がってしまっているからだ。
「ううん、違う…ごめんね、もう大丈夫だよ」
「そっか。あんな男のことは忘れなさい。いつでも陽気でいなくちゃ、女釣り人としてやっていけないよ」
冬華に話を聞いてもらって、私の心は随分と軽くなったような気がする。
箸が、段々進み始めた。変わった味にも慣れて、倍以上のスピードで私はソーミンチャンプルーを平らげた。
「明日、一緒にラブカスを釣りに行こうよ。2人で釣ればハートも2倍! ってね」
茶化すように言った彼女の手には、手書きの伝票が握られていた。
まさかと思いながら、私は冬華の視線の先を追う。
「オバちゃーん、お勘定ー」
手を振り、店の奥に合図を送ると、中年太りでエプロン姿のオバちゃんがせわしく出てきた。

「みなも、今日は私のオゴリね。お近づきの印よ」

ぱたぱたとニワトリのように歩んでいった冬華は、レジで札を何枚か払っていた。
私はちょっと悪いような気もしたが、ここは彼女の好意に甘えることにする。席を立つと、店の入り口のところで待つことにした。
レジの前に立つ冬華の背中は、とても大きく見えた。
いろいろなことを受け入れてくれる寛大さ、ちょっとしたお茶目が憎めない無邪気な人柄。
この人なら、絶対に信用できると思った。
一緒に、旅をしてもいい。彼女と共に。


―――ポケモンセンターに戻り、私はベッドに横たわっていた。
夜遅くまで、冬華と部屋で遊び通した。
もう、10時半。私にとってはかなり遅い時間だ。
ミナモのじっちゃんに、手紙を書こうと思った。
こんな契機を与えてくれたのは、冬華である。
『―――じっちゃんへ
今、サイユウまで来ています。星がとても―――』
―――きれいって、どういう字だっけ?
わからないから、平仮名で書いておく私。帰ったら叱られてしまいそうだ。

『星がとてもきれいな夜です。
私はここで、素敵な仲間と出会いました。
霧橋冬華といいます。無邪気だけど大人びてて、私と同い年とは思えないフィッシャーガールです。
彼女もカイナに向かうそうなので、一緒に旅をすることにしました。
じっちゃんが出発前に言っていた、人との出会いというものを大切にします。帰ったら紹介するね。
じっちゃんは、元気ですか?
私は元気です。心配しないでください。
一回り成長した私を楽しみにしていてね。
みなも』

―――明日の朝、釣りに出かける時にでも、ポストに投函しておこうと思う。

初めて仲間との出会いを与えてくれたこの島。
その島を、私は明日、新たな仲間とともに発つ。
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鋼彗☆β #15☆2006.05/14(日)11:03
◆その14  南の楽園で常夏気分を味わう方法(6)


その晩、私は冬華と遊び通してしまった。
10時半頃まで。釣り人の私にとって、これはかなり遅い時間である。
床に着くのが遅かろうが、私は午前4時に目を覚ます。こういう時、慣れというものは素晴らしいと思うのである。

―――今は3月下旬、まだ太陽は昇っておらず、外は未だ漆黒の闇。
サイユウとはいえど、この時期の朝晩は冷える。私はベストの上に黒いスタジアムジャンパーを羽織り、冬華を呼びに行くことにした。
しかし、その必要は全くなかった。
「やぁ、グッモーニン、みなも」
ドアを開けて廊下に出た途端、冬華とばったりご対面だったからである。
冬華の手に握られているのは、缶コーヒー。自販機で買ってきたのだろうか。
「ああ、朝は寒いからね。カイロ代わりに」
私の視線がコーヒーに注がれているのを冬華は察したのか、懐中に缶を入れた。
見れば、冬華も準備万端なようである。黒いベストの上にはジャンパー、青いジーパン。今はしていないが、左手には紺のキャップにサングラス。すぐに出かけられそうだ。
「んじゃ、行こっか」

      *

―――私たちが向かったのは、サイユウ島西岸にある小さな入り江。
この時間だというのに、先客はいなかった。珍しいこともあるものだ。
紺碧の空に雲の陰は映っておらず、朝から天気はよさそうである。風もなく、波も穏やかで、絶好の釣り日和だ。
私は天候を一通りチェックすると、早速準備に取り掛かった。
やはり、入り江はウキ釣りだ。浅いところを攻めて、掛かりやすくする。
ウキを付けて、しっかり確認。
「とにかく、マイナスの方向に考えないこと。釣れると思えば釣れる。逆に、釣れないと思ったら絶対に―――1%でも釣れる可能性はなくなる。モチベーションが下がるからね。一度下がったモチベーションは、なかなか元に戻らない。ガラスを割るのは簡単だけど、割ったところを直すのは難しいでしょう? それと同じよ」
冬華もウキを付けながら、淡々と語った。
今まで、私は前向きさを欠いた記憶はない。
だけど、あの男のせいで、私はそれを一時的に忘れたような気がした。
今、私はラブカスを釣る。この辺りにしか生息しない、貴重な種類のポケモンを。
さあ、出陣の時。
私は、竿を振った。

      *

―――ウキは遠くに、浮かぶ。
明かりは今、星の輝きのみ。ウキの姿を確認しにくい。
流石に、私も冬華も無口になってきた。ウキを見ることに集中していて、会話を交わす余裕もない。空が暗いなら尚更だ。
しかしちょっと気になって、私は冬華を一瞥する。
彼女の相貌も、真剣そのもの。青く澄んだ瞳が、今は真っ黒に見える。
とにかく、今は集中するべし。ウキが沈むところを、この目で確認せねばならない。
空が、だんだんと白みを帯びていく。日が昇ってきている証拠だ。
ウキも多少、見やすくなってはいる。波も穏やかだから、一瞬の動きも見えるだろう。

「―――来た!」

刹那、ウキが沈み、私の腕に重さが伝わってきた。
冬華も驚いたように、私のほうを見ている。
自慢の脚で踏ん張り、歯を食いしばる私。
しかし、そんなに思い切り力を込める必要もなかったみたいだ―――
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鋼彗☆β #16★2006.05/24(水)22:41
◆その15  南の楽園で常夏気分を味わう方法(7)


―――飛沫と共に、釣り針に掛かったものは宙に浮かんだ。
白い空に、黒い影。
その物体は間抜けな音を立てて、やがて地へと落ちる。
「ドンマイドンマイ。まだ始まったばっかだよ」
掛かったのは、黒い長靴だった。冬華は明るく私を励ます。
海藻が絡まっているが、汚いものではなかった。海の綺麗さを象徴しているようでもある。
私はそれを素手で外し、背後に置いた。釣った以上、そこらへんに捨てるわけにはいかない。
「よーし、もっかい!」
私は再び、竿を振った。
今度は更に気合十分。ここで諦めたりなんかしない。
釣り人に必要なもの、それは根気と忍耐。目的の魚を釣るまで、じっと耐え忍ぶ。気を短くしてはいけないのだ。
しかし、今度はあっさりと獲物が掛かった。
まだウキが浮いてから20秒も経っていないだろう。やけに早いヒットに、私も驚愕の思いを隠せない。
今度は、さっきの長靴より重い感覚が、私の両腕に走る。
自慢の脚力、獲物の重さに負けることはないと信じている。精一杯の力を、両脚と両腕に込める。
力でも、気持ちでも負けない―――その前向きな気持ちが竿を握る手の力を強めてくれていた。
そして、私は大きく、竿を振り上げた。


海面から揚がってきたのは、少々粗めのシルエットであった。
手元まで持ってこなくても、すぐに名前と姿を一致することができる。
「サニーゴだね」
冬華が私にそう言うと、冬華にもアタリが来たようだ。
悪いけど、私は冬華のアタリには全く目をくれていない。
何だか私、今とても複雑な気持ちである。
―――サニーゴ、可愛い。
釣り針が刺さっているのがかわいそう。早急に外してやった。
甲高く、囁くような鳴き声。私の顔は心なしか綻び、鼻の奥でツンとするような感覚が走った。
ラブカスを釣りたい気持ちと、今目の前にいるサニーゴを放したくないという想いが交錯して、ぐちゃぐちゃになっている。
「んー、メノクラゲかぁ」
私の傍で、冬華の声が聞こえた。すぐに水に何かが飛び込む音が聞こえたので、すぐに海に帰してやったのだろう。きっと。
嗚呼、瞳が愛らしい。私、恋をしてしまったようだ。今抱いているこの子に…
「おーいみなもー、大丈夫ー? 戻ってきてーっ」

―――連れて行きたい!

ラブカスへの想いより、今はサニーゴに対する想いのほうが勝っていた。
「一緒に行く?」
私は朗らかな声で尋ねると、サニーゴは高らかに鳴く。
これは旅に同行する意思表示だと、私は受け取った。即・パーティー入り。
「ああん、可愛い奴だなぁもう!」
今の私を、冬華はどんな目で見つめているんだろう。
周りの目なんて、気にする余裕もなかった。私はサニーゴに恋をしてしまったのだから!
「みなもー、ラブカスはー?」
「よし、行こうピア! 海の向こうのカイナの地へ!」
今、名前を即座に決めた。ピーチなアクア、略してピアだ。センスがないと言われても私は揺るがない。
冬華の声が聞こえる。だけど、右の耳から入って左の耳から抜けている。
だけど、隣に冬華がいることは忘れていない。私は冬華の方を向き、
「冬華、行こう。まだ見ぬ土地へ!」
竿とアウトドアチェアーを片付け始める私。余りの興奮に、我を忘れているかのようだ。
冬華は唖然として、こちらを眺めている。それは、びっくりするだろう。突然動き出すんだから。
手際よく道具を片すと、私はザックと竿を背負い、ポケモンセンターに戻ろうとする。
「みなも、もう一度訊くけど…ラブカスはどうするの?」
傍らに腰を下ろしている冬華は、呆れたように尋ねてきた。
私の答えは1つしかない。案外短絡的なので、これ以外答えようがないのだ。

「後で」

今は、サニーゴに対する情熱の方が大きくなってしまった。あれほどラブカスを釣りたいと思っていたのに。
一目惚れ。釣りをやってて本当によかったとまで思ってしまった、運命の出会い。
今まで図鑑でしか見たことがなかったけど、実物がこんなに可愛かったとは!
冬華は私に振り回されてしまったようで、短い時間でも少々お疲れ気味、そして当然、私の気持ちの変わり様に呆れているようだった。
しかし、彼女が私に愚痴をこぼすことは、ない。

      *

ポケモンセンターをチェックアウトして、その朝―――朝食後、私たちはサイユウ島を発った。
2つの大切な出会いを与えてくれたこの島、初めて来たのに離れるのが少し淋しい。
いつか、必ず再訪したいと思っている。
冬華と、ピアと一緒に。
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鋼彗☆β #17☆2006.05/28(日)22:09
◆その16  長距離航海を楽しむ方法


―――私は今、腰が抜けている。
そのポケモンは、絶えず私に尖った牙を向けているような気がする。
つり上がった鋭い眼。数箇所に刻まれた傷跡。
ザラザラの皮膚は包丁も研げる。指に切り傷が出来そうだ。
「大丈夫だよ、そんなにビクビクしなくっても」
冬華は、笑顔で私の緊張をほぐそうとしていた。
彼女が乗っているポケモンに、私は怯えっぱなしである…

「ガグルルルルルル…」
喉の奥で鳴らしたような唸り声が、私の耳朶を打った。
途切れ途切れに続くその声に、私の背中がゾクッとする。
サメハダー。凶悪ポケモンとの異名をとるそいつは、冬華の手持ちにいた。
「大丈夫だってば。人を噛んだりなんてしないから!」
でも、私はビビッていた。


私は、ラプラスに跨ってあるものを取り出した。
さっき釣り上げた長靴だ。残念ながら、右足だけ。
もう片方があれば、十分使える綺麗さだ。私が履いてもいいくらい。
「それ、結局持ってきたんだ」
「まあね。釣ったものをそこら辺に捨てるわけにはいかないし」
私は長靴の中を覗き込んだ。多少砂で汚れているが、海水に浸けて洗い流す。
すると、底の辺りに何か光るものが見えた。張り付いているので、平たいもののようである。
私は改めて底を覗き込む。太陽の光が内部まで照射するように、角度を調整しつつ見ると、
「ん? 何だろ、これ…」
私は長靴に手を突っ込み、その物体を取り出した。
奇妙な感触が、私の指先に伝わる。触れた瞬間、少しギョッとしてしまった。
親指と人差し指で、掴んだ。そのまま腕を引っこ抜く。

「―――青い、ウロコ…?」

青く輝くウロコ。サファイアのような深い色であるか、ターコイズのような水色っぽい色であるか…それは光の角度によって変わる、とても美しい、魚のウロコである。
果たして、これは貴重なのか。釣り人の私でもよくわからない。
「ただの魚のウロコじゃなさそうだね」
「ミロカロス―――なはずはない。ミロカロスは淡水魚だもんね」
ミロカロスが海にいるはずがない。川にいるかどうかも怪しい種類である。よって、それは候補から除外。
「キシャアア―――ッ!」
サメハダーが、異常に反応する。
私は上半身をビクリと震わせ、狭いラプラスの背中から落ちない程度に後ずさりする。
「まあ、この反応はあまり関係のないものとして」
冬華は至って冷静。私の命が危ないとは思わないようだ。
しかし、このまま考えていたら旅が先に進まないので、私はそれをザックのポケットに入れて動き出すことにした。


―――が、それを止める者が約1名。
「それを、私に渡したまえ」

背後から、突然声が聞こえた。テノールである。
私の脳裏に、嫌な感覚が蘇った。出来れば逃げたいところである…
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鋼彗☆β #18☆2006.06/01(木)22:16
◆その17  人によって違う価値観を楽しむ方法


「―――誰ですか、あなたは」
冬華は怪訝そうな顔つきで、怪しげな男を睨み付けるように見た。
私は悪寒がする。あの嫌な記憶が、走馬灯のように蘇ってきたからだ。
しかしよくよくその容姿を確認してみると、以前の男とは似て非なる者とわかった。ひとまず胸を撫で下ろす。
「そんなことはどうでもよかろう。さ、その物を渡したまえ」
自己中心的に話を進める男。
その男に、冬華は微かな苛立ちを見せた。微妙な表情の変化だが、近くで眺めている私にはその変わり様が見て取れる。
「先に貴方に名乗って頂かないと、これは渡せなくてよ」
淡々と、それでいて何かを突き刺すような口調で言う冬華。
私は、傍から傍観するしかなかった。モンスターボールに入れていないピアの方を一瞥したが、ピアは何が起こっているか判らない様子である。縦長の眼をぱちくりさせていた。
「お前にとって、それは大して価値のない物なのだろう?」
「そう決め付ける根拠が、一体どこにあると仰るのでしょうか」
ウロコを取ろうとする男を、冬華は強い眼差しと口調で拒み続ける。
そして、冬華は留めの一声を発した。

「どうせ、これを高く売りつけようとでも仰るのでしょう? そんな自己利益のために、これを渡すわけにはいきません。これは私たちが見つけたものです。所有権を簡単に譲ることはできませんから」

厳密に言えば「私たちが」ではなく「私が」見つけたウロコなのだが、あえて触れないことにしておく。
段々剣呑な雰囲気になってしまった。私は仲裁に入ろうとしたが、そんな隙も見られない。
「―――どうしても欲しいと言うのなら」
2人はしばらく睨み合っていたが、冬華が先にその静寂を打ち破る。

「貴方もこれに値する物を何か出してください。ギブアンドテイクです」

この冬華の案に、男も屈したようである。観念したように、バッグのジッパーを開け始めた。
しばらくそのバッグの中をあさる男。冬華はその男の姿を黙視している。
自分のポケモンの上にしゃがんでいる男を立って見ている冬華。
その眼差しには、男の無礼さに対する見えない憤りと、男そのものに対する嘲笑の意味が込められているように感じられた。
やがて、男は何かを手に取り、冬華に差し出す。
「ほら、神秘の雫だ。これでどうだ」
男の手のひらに乗ったその道具は、それなりに希少価値の高いものであった。
これには、冬華も思わず唇の端を上げる。
「あら、それじゃあ足りなくてよ」
まるで大富豪令嬢のような声を出す冬華。お気に召さぬようだ。
「じゃあ、2個でどうだ。これで満足か!」
男は、本当に観念した様子だった。
今回は奪えなかった…そんな悔しさが伝わってくる。

「ふふ、交渉成立ね」

冬華は青いウロコを男に渡し、神秘の雫2個を受け取った。
男はがっくりとうな垂れたが、冬華はとても満足げな表情である。
「それでは」
冬華は男に軽く会釈をすると、すぐさまその場を立ち去った。
その時から、あの男の顔は見ていない。

      *

「―――これはラッキーですなぁ」
さっきとは打って変わって、弾けるような明るい顔を見せる冬華。
彼女は演技がうますぎる。人を扱うのもうますぎる。
急に態度が豹変したと思ってびっくりしたのだが…後で彼女が言うに、全て演技だったのだという。
「ああいうマナーの悪い旅人は、少し戒めてあげたほうがいいのですよー」
冬華はまた、にははと笑った。
それはミッションを成し遂げた後の盗賊のような笑みで、あながちいいものとは言えない。
だけど、それが案外綺麗だと思えてしまうから不思議である。

「たまには人を欺く悪知恵も必要。狡猾なことも覚えていかないと、世渡り上手にはなれないよ」

私はちょっと頷きながら、苦い笑いを浮かべた。
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鋼彗☆β #19☆2006.06/10(土)13:09
◆その18 大海原での漂流を楽しむ方法


「これ、ピアにつけてやるといいよ」
冬華は神秘の雫を1つ、私に譲ってくれた。
私達のとって価値のない青いウロコとの引き換え品にしては、随分いいものである。不平等トレードと言っても過言ではない。
でも、青いウロコも相手にとっては貴重品なのだ。冬華は全く不満に思っていなそうである。
「綺麗だね…」
私は雫を通して、空を見上げた。

―――厚い黒雲が、雫の色を濃いものにする。

本当だったら太陽の光でキラキラと神秘的に輝くものなのだが、今は太陽など出ていなかった。
これをトレードで貰った頃は晴れていたのだが、段々と雲行きが怪しくなってきたのだ。
「でも、ちょっと危ない天気になってきたね」
順当に行けば、雨が降り出してくるに違いない。
雨中の航海は危険極まりない。今はどこか上陸できそうな島を探すのが先決だ。
この地方の雨は一瞬だけバケツをひっくり返したように降って、すぐに止んでしまうものだ。
だけど、波が荒くなるのは予想済み。何とかして、視界の悪い中で島を探す。
冬華は双眼鏡で辺りを見回し始めた。雨が降り出す前に、島影を見つけておこうというのだ。
「サイユウまで引き返してもいいんだけど、いかんせん、距離が遠すぎる」

―――その時、私の頭に何かを感じた。
雨が、降り出してきたのである。
少しずつ落ちてきた雨粒が、瞬く間に数を増し、私の視界を妨げるまでにもなった。
「まずいな…どこか陸地を見つけないと…」
色々準備はしたものの、いざとなるとどうしても慌ててしまう。
冬華の双眼鏡にも水滴がびっしりと付いてしまって、拭っても拭っても視界はよくならない。
私は神秘の雫を右手で握り締め、密かにベストのポケットにしまった。
波が荒くなる。余りの揺れに、私は一瞬吐き気を覚えたくらいだ。
「仕方ない、ここは最終手段だ!」
冬華はそう言うと、私に左手を差し伸べてきた。
「こっちに乗って。ラプラスとピアはボールにしまっておいて」
この窮地で私は、冬華に言われるがままに、ラプラスとピアをボールに収め、冬華の手を取った。
そして、粗いサメハダーの背中に飛び乗る。
そこはあまり広いものではなかったが、この状況で文句は言ってられない。
「行こう!」
冬華がそう叫ぶと、サメハダーの臀部から思い切ったジェットが噴き出す。
加速は抜群で、一気に物凄いスピードになった。
まるで屋根のない飛行機のような気分だ。すごいスピードに、私の長髪も逆立っている。
「しっかり掴まっててよ! 振り落とされないでね!」
風圧が高すぎて、冬華の声もよく聞こえなかった。
暴風雨を切り、海上を滑走していくサメハダー。真剣な表情で舵を取る冬華に、悲鳴を上げる余裕もない私。
その2人と1匹は、どこかにある島に向かって一気に突き進んでいた…


「―――島だね」
ずっと走っていくと、やがて島に到着した。
冬華は妙に冷静である。口調も何故か落ち着いている。
サメハダーをボールに戻し、雨で足場が悪くなった砂浜を無意味に歩く。
私はあまりに乱暴な運転だったため、胃の中のものが全て出てきてしまった。もう、ジェットコースターには乗りたくない。
そして私の吐くものがなくなった頃、雨は上がって再び青空が現れた。
雨は上がったのでよかった。
しかし、ここがどこなのかわからない。舵を取った冬華自身もわからないようだ。
「さっぱりだね。携帯電話も圏外だし、余程の僻地なんだろうね」

―――私は、悲鳴を上げる勇気もなかった。
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鋼彗☆β #20☆2006.06/15(木)22:25
◆その19  無人島でのサバイバル生活を楽しむ方法


サバイバルだ。
絶海の孤島とは、まさにここのことであろう。
見渡す限り一面の海。遠くに島はない。再び晴れた空には、少しの雲が浮かぶのみ。飛行機なんて飛んでいやしない。
島の中央に山、木々は密集して生い茂っている。流石は亜熱帯。
マングローブは、この地方には珍しく見られない。
「参ったねぇ、でも焦っても仕方ないね」
携帯電話のアンテナが立つ気配は一向にない。利用可能なネットワークは、依然0のままだ。
食料はおろか、安全な水さえも確保できないかもしれないこの島で、私たちはどうやってこの危機を乗り切ればいいのだろうか。
とにかく、何より食料のことが気がかりであった。


「洞穴があるよ」
冬華と私は、早速島の探検に向かった。
余程のことがない限り、私たちはこの島で一夜を過ごすこととなるだろう。なので、どうしても寝床を確保しなければならない。
少なくとも屋根があり、出来れば寝心地のいい場所。
丁度いいところに、海水の入らない洞穴を見つけた。まるでガマのようである。海水が入ると、潮の満ち引きによって溺れてしまうことがあり、危険だ。それでは笑えない話になってしまう。
「ここでいいんじゃない? シュラフとかあるんでしょう?」
私はいざという時のため、シュラフを持ってきていた。
なので、多少硬いところでも眠ることができる。まさか、本当に使う時が来るとは思ってもいなかったが。
「まあ、そりゃああるけど」
冬華もやはり、持っているようだ。
「じゃあ、寝床はここでいいね」
ベッドは決まった。しかし、更なる試練が私たちを待ち受ける。


―――夕方。
真っ赤な夕日は、とても綺麗だった。
私たちは、海辺でそれを眺めていた。
人は私たち以外誰もおらず、波音だけが聞こえてくる世界。
キャモメが丁度逆光になって、風情ある影を落としている。
「これは絶景。いとをかし。というところで、食事にしようか」

―――食事?
私は少々驚くと共に、耳を疑った。
人間が食べられるような食料があるのだろうか。こんな島に。
私と冬華はずっと一緒に行動していたのだから、食料は取ってきていないはずだ。
「ほら、非常食だよ。イワシの缶詰に乾パン、それから水とビスケット。ぬるくて美味しくないと思うけど、贅沢は言ってられないね」
まるで非常袋に入っているような食べ物が、冬華のザックから出てきた。
しばらく食べられていなかったために、ザックの下の方に入っていたのだろうか。ビスケットはバリバリに欠けていて、完全な丸いものはほとんどない。

食料のことで本当に心配していた私。すごく安心するとともに、私の心から、冬華に対する感謝が一気に込み上げてきた。
私は長い旅になるとわかっていたのに、非常食さえも用意していなかった。
今、冬華がいなかったら私はどうなっていただろうか。きっと、飢えに飢えて餓死していたことだろう。
憎いと思った、あのペテン師もどきの男。あの男に騙されなかったら、私と冬華が出会うことはなかったに違いない。

『釣り行脚をすれば、たくさんの人との出会いもあるだろうし―――』

ミナモのじっちゃんの言葉が、ふと脳裏に浮かんだ。
ここまで旅をしてきて、たくさんの邂逅があった。
名前も聞いていない釣り人や、あのペテン師男、ウロコマニアの男、そして、冬華。
出会いは、何にも代えられないものである。じっちゃんの言っていた何気ない言葉の意味が、ようやくわかったような気がした。
「みなも、どうしたの? 食べようよ」
私、また呆けてた。
冬華の言葉で、ようやく我に返った私。

その刹那、私の頬を一筋の水滴が伝った。

何だか色んな気持ちが詰まった雫は、私の双眸から滴り落ちていった。
「もう、どうしたの? 突然泣き出して―――」
冬華は私の姿を見かねたのか、震える肩に手を置いてくれた。
大切な「親友」の、温もりが伝わってくる。
冬華の柔らかく、温かい手は、私の涙の勢いをより強めるものとなった。
嗚咽まで漏れ始めてしまった。情けない。だけど、冬華の前だったら―――
「冬華…」
私は嗚咽交じりに、呟き始める。

「今度は、私がおごってあげるからね…」

決して忘れない、過去の約束。
夕日は鮮やかすぎる赤を海面に残しつつ、静かに姿を消していった。
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鋼彗☆β #21☆2006.06/25(日)17:41
◆その20  光との同化を楽しむ方法


ビスケットがまるでクラッカーのように感じられたけど、私は冬華が提供してくれた非常食を平らげた。
袋についたカスまでなめた。この状況で、食料を少しでも無駄にすることは許されない。
「南の島とはいえ、やっぱり夜は冷えるね」
冬華は寒さに身体を震わせると、上からベージュのストールを羽織った。
私も、ちょっと寒さを感じ始めていた。
非常食を用意しておかない私でも、防寒具くらいは持参している。黒のスタジアムジャンパーだ。生地は厚くないけれど、丈が長いのでそれなりに暖かい。
「ああそうだ、コーヒーあったんだよね」
冬華はザックのサイドポケットから、1つの缶コーヒーを取り出した。
平気で触っているのを見ると、もう冷めているようだ。
そういえば、今朝サイユウを出るとき懐に入れてたような覚えがある。
カイロ代わりのコーヒーは、冬華の懐中から出されてその役目を終えているような気がした。
しかし、この窮地となれば…
「飲む? あっためて」
私は当然、首を縦に振る。冬華もにっこり。
薪拾いだ。

      *

―――寒い中で飲むホットコーヒーは美味しい。
薪にマッチで火をつけて、缶ごと温めるという危険な方法だったものの、結果オーライだ。今こうやって温かいコーヒーを口にできるのならそれでいい。
かさの少ないコーヒーを、ちょっとずつ味わう。
私は苦いのが得意じゃないけど、このコーヒーはブラックなのに妙に美味しく感じられたのだ。

「星が、綺麗だね」

冬華は、静寂の中ポツリとつぶやいた。
私は促されたように、紺碧の空を仰ぐ。
満天の星空が、私の瞳に映りこんだ。
町では決して見ることのできないこの夜空。光源が一切ないこの島だからこそ、この星々の犇きを見ることができるに違いない。
「ミナモじゃ全然見えないから、何だか新鮮だよ」
ミナモはホウエンの中でも都会。夜も明るいあの町で、星が見えることなんてあまりない。
これこそ、自然の恵みだ。
「トウカもミナモに比べりゃ田舎だけど、町の中じゃねぇ」
冬華はコーヒーを口に含むと、長めに息をついた。
コーヒーを飲みながら星座の観察っていうのも、なかなか一興。
生憎望遠鏡はないけれど、肉眼でもよく見えるからいらない。
不幸中の幸いといっては変だが…遭難もまた一興じゃないのかなぁ?

この危険な島での危険な夜を過ごす私たちを、犇き合う星々が護ってくれる。今夜はゆっくり眠れそうだ。
たった80ミリリットルのコーヒーは、なかなかなくならずに再び冷たくなっていた。
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ぴくの〜ほかんこ