ぴくの〜ほかんこ

物語

【ぴくし〜のーと】 【ほかんこいちらん】 【みんなの感想】

[726] 誰かの思いに過ぎない話

一匹ウルフ #1☆2005.06/26(日)15:26
助けたい。
ただ、助けてくれた人を助けたい。
それだけ思って、ここに居る。

自分を助けてくれた、何も解らない自分を拾い上げてくれた人。
たったそれだけなのに。
助けたいと思ったから。
だからこうして、少女はここに居る。

薄暗い、とある建物の一室。
水色の長い髪に、水色の瞳の少女が、おもむろに手渡された本を開く。
「う…」
絶句した。
同時に押し寄せるのは絶望にも似た感情。
本に書かれているのは、全く見たこと無い文字ばかり。
その少女には、当然それは読めない。
「…全然解らないわね。他をあたらない?」
少女の顔の横から声がする。
そこには、一匹のポケモンの顔。
犬にも良く似た美しい顔立ちをしたそれは、何だか呆れているようにも見える。
「…それが最後だぜ。俺が引っ張り出したんだ。間違いねぇ」
更に、背後から声。
それを聞いて、少女と水色のポケモン…スイクンは振り返る。

果たして。
視線の先にあったのは、既に空となった巨大な本棚と、それを眺めながら、目を細める鋼色の鳥ポケモン…エアームド。
「我ながら良くこれだけ引っ張り出したもんだ。…ったく、これだけ引っ張り出して最後に出した訳わかんねぇ本が、本当に訳わかんねーってんだからギャグにもなりゃしねぇよ」
ケッ、と悪態をつきながら足元の本を蹴り飛ばすそれ。
それを見て、スイクンは僅かに顔をしかめる。
「…エデン、本を大切にしなさい」
「…もう半日以上本を引っ張り出してたんだぜ?嫌にもなるっつーの。ショウロウもミナも気づいてねーみたいだけどな、周り見てみろっての!」
慌てて辺りを見回す少女とスイクン…もとい、少女ミナとスイクンのショウロウ。
自分達の周り、というか部屋の床全体が本だらけ。
この部屋はこの建物…というより秘密基地として使っている遺跡の主人の部屋であり、それなりに広い。
その広い部屋を埋め尽くすほどに本が散乱している。と言う事は、少女とショウロウはそれにも気づかなかったほど集中していた、と言う事になる。
「…片付け頑張ってちょうだい?エデン」
と、ショウロウははエアームドに向かって冷たく言い放つ。
エアームド…エデンはうっ…と言葉を詰まらせて、しぶしぶ自分の周りの本から順番に本棚に戻し始めた。
その様子を一瞥してから、ショウロウはミナの方に顔を向ける。
「…さて、絶望的ね。たった一つ…全く読めない本はあるけど」
「…」
少女は、未だ手の中にある、読めない本を見つめている。
この本に何が書いてあるのか。
それ以上に、何だか、この本には何か恐ろしい、しかし重要なことが描かれているような気すらした。
少女は魅入られたようにその本のページを繰る。
…特に先程とは変わらない、全く読めない文字の羅列が、目の前にはあった。

「…ショウロウ」
ミナが、この部屋に入ってから初めて言葉をつむいだ。
「この本…持ってこ?ううん…持ってかなきゃ」
ミナはショウロウを見据えて、静かに、しかししっかりと言う。
ショウロウは、少しの間それを見つめ、くるりときびすを返すと、部屋の出入り口まで歩き、部屋を出る間際に、ミナに向けて、こう言い放った。
「…そうね。あいつを助けるヒントくらいにはなるかも知れないし」
それだけ言って、ショウロウは部屋を出て行った。

ショウロウが出て行った後、数秒間、何故だか呆けてしまった。
そしてはっ、と気がつくと、ミナは本を抱きかかえて、小走りで部屋を出て行った。
…で、部屋には。
「…なぁ、俺を手伝うって気はねーのか?全部読んだのはお前らなのに」
一人、いや、一羽空しく、エデンは本を片付けながら、ぽつり、と呟いた。
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一匹ウルフ #2☆2005.06/26(日)21:19
「で、戦果がこれだけ…って訳ねぇ…100冊以上あったのに。クックック…で?何でこれをボクのところに?」
「…貴方なら読めるかと思って」
ぱらり。ページが捲られる。
他の部屋よりいっそう薄暗く、色々な物が散乱したその部屋に、ショウロウとミナはやって来ていた。
そして、その部屋の主を見た瞬間、ミナは驚き、固まった。
それもその筈。
その部屋の主は、大きなセミの抜け殻、というよりはそういうポケモン…ヌケニンだったのだから。
「残念賞…ボクも読めないよ。…ていうかさ、ショウロウ姉さん…ボクを彼女に見せるのは一寸ばかり刺激が強かったんじゃないかなぁ…クックック、ボクとしては面白いけど、彼女…固まってるよ?」
「…え?私?」
と。
ヌケサクに直々に指名され、やっとミナの硬直が解ける。
だが、一瞬後、ミナはひゃっ!と声を上げて飛び上がった。
「せ…セミの抜け殻…」
「ヌケニンっていうポケモンだよ…聞いた事…ないよね。クックック…名前はヌケサク…。まぁ、宜しくね、ミナ姉さん…クックック」
と、ヌケサクは自分から名乗り、再び本に目を落とす。
ショウロウは、
「ああいう奴なのよ。気にしないで」
とミナにそっと耳打ちする。
それにミナは頷いて、ヌケサクを見る。
…と、ヌケサクがおもむろにページを繰りながら、言葉を発した。
「…これ、さ。すっごい怨念憑いてるよね…。クックック…しかもこれ、人間のでもポケモンのでも無いね…。凄いよ、ボクが欲しいくらいさ…」
うっとりとそう言い、再びページを繰る。
その言い方に、ミナは恐ろしいまでの悪寒を感じた。
「うぅ…ちょっと。そんな事言わないでよ…」
ショウロウの声は、微妙に震えていた。
…ほんの少しの付き合いでもわかるほど気丈なショウロウが、声を震わせた…?
「ショウロウ…オバケ、嫌い?」
ほんの少しの好奇心から、ミナがショウロウに尋ねる。
返ってきた答えには、ほんの少し嫌悪の感情が混じっていたような気がする。
「…悪かったわね。小さい時からこれだけは駄目なのよ…」
「…それにしては、ボクやシェイドには容赦してないけどね…」
ヌケサクが、ぽつりと小声で呟く。
…補足すると、シェイドというのは彼等の仲間のゲンガーの事である。
「黙りなさい抜け殻。貴方もシェイド達も別に本物の幽霊って訳じゃないから怖い訳ないじゃない。ポケモンはポケモンよ」
「…ま、そういう事にしといてあげるよ…クックック」
言いながらヌケサクはぽん、とその本を閉じた。
そして、ミナに手渡しながら、くくく…と薄笑いを浮かべる。
「そうそう、これ持って旅に出るなら…ボクも連れてってくれない?最近シャドーボールが鈍って鈍って…それに、その本が何なのか…興味あるしね」
そういうと、ふよふよと漂ってこの部屋から出て行くべく、出入り口に近づく。
「…エデンなら、ウルフの部屋よ」
「…良く解ってるね。一寸からかってくるよ…クックック…」
ショウロウの言葉を受けて、先程より意地悪く笑い、部屋から出てく抜け殻。
それを、やはり呆気にとられてミナは見つめていた。
…で。
ウルフの部屋の方から、何だか叫びが聞こえてきたのは気のせいではないのだろう。

翌朝。
天気は晴れだった。
遺跡の出入り口の門を開き、一歩、足を踏み出す。
「…お前等で大丈夫なのか…?」
心底心配そうに見送るのは、一匹のアブソル。
「うん…大丈夫。リュートは…ウルフさんを診ててね…」
「…ミナとショウロウは良いが…エデンとヌケサクがなぁ…」
はぁ…と。
一つ溜息をついて、リュートは悪態をつくエアームドと、いつもの薄ら笑いを浮かべるヌケニンを見やる。
「確かに、不安要素だらけね。特にヌケサク」
ミナの隣で、やはり憂鬱そうに、半眼でエデンとヌケサクを見やる。
「一緒にされるのは気にくわねぇが、不安なのは俺も同じだぜ…てか助けてくれ…」
「だって…エデンが居なきゃつまんないし…。クックック…まぁ、本当に大丈夫…なのかは知らないけどね…」
溜息をつくエデンを見て、面白そうにふよふよと漂うヌケサク。
「…まぁ、いいか。ウルフは…俺とラーフォスとサティアに任せとけ…まぁ、不安要素はお前等の3倍くらいのを一匹抱えてるけどな」
と、リュートは苦笑。
で、遺跡の中から
「オレサマを呼んだKA?☆」
とか聞こえてくる。
で、エデンが絶叫。
「テメェなんか呼ぶか!」
「OH…そりゃないぜマイフレンド☆!」
影だけ見えたフーディンは、涙を滝のように流しながら遺跡の中へと引き返す。
それを見て、リュートは溜息。
そして、表情を直し、真剣な眼差しでミナを見て、一言。
「…ウルフの薬の事、頼む」
「…うん。絶対、私が助けるから…待ってて」

そして、ミナ達は遺跡に背を向けた。
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一匹ウルフ #3☆2005.06/28(火)03:51
まさか。
まさか、こんな所で。
「…迷ったわね」
ショウロウが辺りを見回し、淡々とつぶやく。
旅に出てからたった2時間後。
突然居なくなったヌケサクを探して、森に入って。
で、抜けられなくなってしまった。

「ふぇ…私の所為じゃないからね!ヌケサクの所為だからね!」
ミナの弁明が、薄暗い森に木霊する。
当のヌケサクは、森に入って数分の所に居た訳だが。
「いや…この森は実に興味深いね…クックック、凄い怨念が溜まってるよ…遭難者の。なんだろうね…ボク達を引きずり込もうとしてるみたいだよ…。で…見事に引きずり込まれたみたいだねぇ…」
「冗談じゃねーよバカ!テメェが勝手に入っちまったから俺等が追いかけたんだ!ちょっとは反省しやがれ!」
エデンの叫び声が、森に響く。
その叫びに呼応するかのように、ギャアギャアと何かが鳴く声が、同時に轟いた。
「うぅ…勘弁して…そんな森が近くにあるなんて聞いて無いわよ…」
エデンの隣から、弱々しい涙声が聞こえる。
ミナも、エデンにひっついて辺りをしきりに見回していた。
ショウロウとミナ、二人にひっつかれるエデンの姿は、この夏という季節からして、いっそ哀れだ。
当然、エデンの動きも鈍くなる。
対するヌケサクの動きは、更に活性化して速くなる。
「女の子二人…っていうか一匹と一人にくっつかれる気分は?」
「あぢぃ…」
クックック、と面白がって問うヌケサクに返す言葉には力が無い。
今の気温は三十度以上。
既に昼。空腹もあり、エデンの体力は限界である。
大してヌケサクはどんどん元気になっているような気がする。気のせいだろうか。…いや、それはない。
何故なら彼は非常にうきうきしているし。
自然と、胃が痛む。
はぁ…と、口から一つ溜息が漏れた。

と、突然。
がさり。
目の前の茂みが動く。
「!」
びくり。ショウロウの体が反応する。
「なっ何?くっ来るなら…来なさい!」
普段の迫力が、全く無い。
ミナはきっと茂みを見つめる。
…こんな所で、負けてられない。
その思いが、ミナを強気にさせる。
ウルフから借り受けたポケモン図鑑で、自分のポケモン達の技を確認。
「…エデン、お願いね…」
「チッ…来るならきやがれ!」
ガサッ!
先程より、大きく揺れた。

そして、それは。いや、それらは姿を現した。
で、直後。
ばたり、と。
その中の、人型をした影が、音を立て、倒れた。

「うぅ…ミナさん、エデンさん、ショウロウさん、ヌケサクさんごめんなさいすみません許してください…」
いっそ哀れみを誘う声。
その声の主の隣には、ミナ達が用意した食事をむさぼる一人の少年。
声の主は、気高き炎の化身。
伝説にも綴られているポケモン、ウインディである。
「でも早とちりしかけたのもこっちだし…私たちの方こそ、ごめんね」
ミナが申し訳なさそうにレッカに謝る。
が、その答えは別の方向…食事をむさぼる少年の方から帰ってきた。
「いーよ。謝るのはレッカの癖だから」
「イリアスの所為なんだし、少しは反省したらどうだよ」
半眼になって少年…イリアスを睨むのはラグラージ。
更に、ウインディ…レッカにくっついているジュペッタも、思いっきりイリアスを睨む。
…で。
イリアスは気づいた。彼等よりもっと威圧感を放ち、此方を見ているポケモンに。
「…礼の一つも言えないのかしら?その貴重な食材は、全部此方の物なの。後、勿論謝罪の言葉も欲しいわね。そうね…逆立ちしてこの森を一周したら冷凍ビームで氷付けにせずにおいてあげようかしら」
雰囲気が、凍りつく。
あのヌケサクすらも凍らせる、氷点下の言葉を吐くのは、散々怖い目に遭い、今非常に機嫌の悪い伝説のポケモン…スイクンのショウロウだった。
「…ホンッとスミマセンでした…」
気おされたイリアスは、その場に這い蹲り、土下座の格好をした。
だが、しかし。
「…その程度?なら…氷付け確定ね…」
「わーっ!それだけは止めて!これ以上この森にとどまりたくないし!」
レッカ、必死の弁明。
「僕からもお願いします!此処はどうか!師匠とこのナイトの顔に免じて…」
「嫌よ」
ジュペッタのナイトも加わっての弁明を、たった一言で蹴る。
レッカは助けを求めるように、エデンとヌケサクの方に目を走らせる。
が、しかし。
エデンは我関せずとばかりにそっぽを向いているし、ヌケサクの方はその状況をクックック…と、面白そうに眺めていた。
「…覚悟なさい」
「…ねぇ、ショウロウ…それはちょっと…」
と、ショウロウの威圧感が薄まる。
ミナは多少戸惑ったが、そのまま弁明を続けた。
「謝ってくれてるし…ね?許してあげようよ…」
ショウロウは少し考え込み、そして。
「…仕方ないわね。今回だけ、特別に許してあげるわ」
そう言って、ふぅ…と溜息をついて座り込んだ。
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一匹ウルフ #4☆2005.06/29(水)00:33
「…何週したと思う?」
「…5週かなぁ」
ミナとイリアスのそのやり取りには、何か哀愁が混じっていて。
まだまだ、彼等は迷っていた。

先程の場所を出発してから、どの位経ったのだろう。
薄暗いこの森の中では時間感覚も薄れてくる。
ただ、一つだけ確かな事は。
「…このゴミさ、絶対イリアスの食べ残しだよね」
ひょいと、イリアスのラグラージ、ライウが落ちていたリンゴの芯を持ち上げ、イリアスの前でちらつかせる。
「…だから!俺は戻ってるっつったんだよ!人の話は聞きやがれ!」
「貴方は人じゃないわね」
エデンのツッコミを、ショウロウは軽く一蹴。
一蹴されたエデンの方は、はぁ…と深い溜息をついた。

…暫く考え込んでいたふミナは、ふと何かに気づいたようにヌケサクに問いかけた。
「ねぇ…ヌケサク、案内…できないの?」
「…無理だね…。怨念が強すぎてさ、ボクの感覚も狂ってるんだよ…クックック、まぁ…それが面白いんだけどね…」
「…あんたさ、それ、楽しそうに言う事か…?」
だが、レッカのツッコミはヌケサクに効く事は無く。
「…ちょっと、休憩しよっか」
更に、全員に普通にスルーされた。
と、ぽん、と横から置かれる手…もとい、翼。
レッカが横を見ると、そこには、うんうん、と頷くエデンの姿。
…奇妙な友情が、芽生えた瞬間だった。

全員、ミナの提案には賛成。
再び出発してから歩きっぱなしで、全員既に体力の限界だった。一匹を除いて。
そして、沈黙。
疲れすぎて、喋る気すら起きなかった。

沈黙を破ったのは、エデンだった。
「…どーすんだよ」
「俺に聞くなよ」
イリアスは、微妙に目を逸らしながら答える。
そして、再び沈黙。
…誰も、動こうとする気配も無く。
ただただ、沈黙と共に時間が過ぎる。

「…ね、行こ?」
一つの提案。
視線が、声の主…ミナに集中する。
「こうしてたって…出られないよ…。私たちには、やらなきゃいけない事があるから…ね?」
「…それもそうね…。此処に居ても、何かがある訳でもないし」
すっくと、ショウロウが立ち上がる。
それに呼応して、エデンも無言で立ち上がる。
「…なぁ、それ、何?」
突然上がる声。
それは、先程までぼーっとしていたイリアスの物。
「その、やらなきゃならない事って、何?」

ミナは、自分の見た全てを話した。
自分がウルフに助けられた事。
自分の境遇。
そして、ウルフが倒れ、死に瀕している事。
全て、知る限りのことを話した。

「…イリアス、どうする?」
「…決まってんだろ?」
レッカの問いに、イリアスは静かに答える。
そして、ニヤリと笑み、自分のポケモン達を見回した。
「此処まできたら、やるだけやってやるってーの」
その答えに、イリアスのポケモン達は苦笑。
そして、レッカが彼等を代表し、一言。
「…そういうと思ったよ」

がしっ!
「へっ?」
突然、ミナの腕が誰かに掴まれる。
イリアスではない、恐らく女性の手。
そして、次の瞬間。
「きゃ…」
物凄い力で引っ張られた。
そしてそのまま、ミナの腕を掴んだ者は、疾走を開始した。
「待ちやがれ!!」
…エデンの声が、森に轟いた。

森の中を、誰かに引っ張られて疾走する。
隣にはイリアス。彼もまた、前を走る者に腕を掴まれている。
「…誰?」
答えを期待せずに、前を走る者に問う。
が、答えは返ってきた。
それも、声の高さからして、恐らく自分くらいの少女の声で。
「今は出るのが先決!大丈夫!任せときなよ!」
「俺としては全然信用出来ねーけどな!」
隣からイリアスの声がする。
刹那、視界が広がった。
気がつけば、ミナとイリアス、そして前を走る者は森を抜けていた。

既に夜。
月明かりを頼りに、前に立つ者の姿を見る。
…そこには、真紅の短い髪と、同じ真紅の瞳の少女。
が、彼女は、自分達とは違った。
頭には、二本の角。
背には、鳥の物とは違う…ポケモンで言えば、リザードンのような真紅の翼。
そして、少女が背に背負うのは、ウルフの物とは違う、片刃の大剣。
「…誰?」
ミナは、先程の問いをもう一度。
そして少女は、その顔に笑みを浮かべて、答えた。
「あたし?あたしはファルア。しがない旅人さ」

「待ちやがれーっ!」
エデンの声が近づいてくる。
彼等も、もうすぐ森を抜けるだろう。
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一匹ウルフ #5☆2005.07/01(金)16:58
何者?
いや、それ以前に人間?
彼女の姿は人間に近い。
でも、人間ではない。そんな気がした。

森の中から、他の皆が駆けて来る。
…良かった。皆居る。
「…っ!テメェ!何のつもりだ!」
「いや、別に…あたしはアンタ達を助けただけだよ。だって、出られなかっただろ?」
開口一番怒鳴るエデンに、ファルアと名乗る少女は苦笑。
「そりゃそうだけどよ…それならちゃんとあの時出て来い!」
「だって、どうせ信用しないだろ?だったら強引にやった方が早いってもんだし。皆出てこられたんだから、結果オーライって事で!」
「オーライじゃねぇ!」
「俺も驚いたし!」
エデンに続き、イリアスも。
静かな夜の闇の中、二つの男の声が木霊した。
…と、そこで。
今まで黙り込んで考えていたショウロウが、唐突に顔を上げた。
「…ちゃんと…貴女が何者か、説明してくれない?そうしないと、私達を助けた理由も見えてこないし」
「まぁ、あんた達を助けたのはただ助けたかったから。実際、助かったろ?」
「それはそうね」
ショウロウは言葉と共に相打ちを打つ。
ファルアは、話しにくそうに苦笑して、言葉を続けた。
「あー、でさ、あたしの正体だけど…ま、秘密って事で。秘密があったほうが、女は魅力が出るっていうからね」
そうなのか。
ミナは心の中で納得。
じゃあ、男の人は素直な方が良いのかな…と、何となく自己完結してみた。
で、そう言葉を返されたショウロウの方は。
何だか訝しげに目を細めて、話し出した。
「…秘密ねぇ。まぁ…助けられたのは事実だし、聞かないことにしておいてあげましょう」
「…何か悪いね…」
バツが悪そうにファルアが一言…と、はっとファルアが何かに気づいた。
「そうそう!あんた達、名前は?」
…そういえば、自己紹介がまだだったような。
それを考えると、勝手に質問しっぱなしだった事に、何となく罪悪感を覚えてしまう。
「あ…ごめんね…私、ミナ。えっと…スイクンがショウロウで、エアームドがエデン…ヌケニンは…」
「ヌケサクだよ…まぁ、宜しく…」
ミナの言葉を遮り、何故か代表のように、爪でファルアと握手を交わす。
そして、次は俺の番!とばかりにイリアスが口を開いた。
「俺は「これ、イリアスね。僕達のトレーナー。僕はライウでそっちのジュペッタがナイト、ジュペッタにくっつかれてるウインディがレッカ。宜しく」
…イリアスの気合は、ライウによって無駄に終わった。

と、見ればファルアは何かを取り出していた。
それは、良く見覚えのあるもの…モンスターボール。
「出てきな!アルドル!」
彼女の手から放たれたそれから出てきたのは、一匹のリザードだった。
「よ!俺はアルドル。アネゴのポケモンやってんだ!宜しく!」
「あたしのポケモンはコイツだけさ。結構頼りになるんだよ、コイツ」
「俺のほかにもポケモン捕まえろっつっても、モンスターボールがないから無理だ!」
はっはっはと豪快に笑う、ファルアとアルドル。
…元気だなあ。
そんな姿が、ミナには少し眩しかった。

ヒワマキは、森の中に居る間に通過した後だったようで。
…結局、野宿と言う形をとることとなった。
ファルア達は、結局自分達と一緒には来なかった。
時々会うことはあるかもね、等とは言ってはいたが。
「…結局、何者なんだろ…」
寝袋の中で、彼女の事を思い返してみる。
凄く元気で、病院に居た自分とは全然違った。
自分も性格は明るいとは思うけど、自分はあんなに元気に走り回れない。
…羨ましいと、思ってしまう。

「なーアンタ、ちょっと良いかい?」
突然。
誰も居ない筈の場所から、聞いた事の無い男の声がした。
急いで起き上がり、声のした方を確認。
…そこには、一人の人が居た。
狼の頭の被り物をしていて、目が見えない。
口元にはニヤリと、得体の知れない気味の悪い笑みを浮かべ、じっと此方を見据えている。
体格と声は、自分より少し上くらいの男の物だ。
「誰…?」
「まぁ、イチとでも名乗っとくかな」
男は、笑みを浮かべたまま、名乗る。
何だろう。何故か、この男が怖い。
何もかも知っているような気がして。
「キミは…何?」
「…まー、アンタにとっては死神、みたいなもんなんだろーなぁ」
死神?
私にとって?
「そうそう、アンタが助けようとしてる奴、ほっときゃ後一ヶ月で死ぬね」
さらりと、彼は口にした。
一番、言って欲しくなかった事を。
「そん…な…」
あと一ヶ月。
告げられたタイムリミット。
「…まーまー、そんな絶望しなさんな。アレが死ぬと私も困るし」
男は苦笑し、そして何かを取り出した。
それは、一個のモンスターボール。
「…?」
「見りゃ解るだろ?モンスターボール。コイツにはポケモンが入ってる」
ぽーんぽーんと、彼はそれを弄びながら、続ける。
「こいつをアンタにつけるから、後は精々頑張りなさいな」
ひょいと、彼はミナにボールを投げ渡す。
ボールを受け取り、ミナは当惑した表情で彼…イチを見る。
…イチはおもむろに右手を高く揚げ。
「そいじゃ、お休みなさいな、ミナ」
パチン!と指を鳴らした。

…気がつけば、朝。
「夢…?」
…だが、自分の手の中には。
確かに、あのモンスターボールが握られていた。
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一匹ウルフ #6☆2005.07/02(土)20:31
夜の事を思い出す。
狼の被り物の青年、イチ。
彼が継げた事。
そして、このモンスターボール。
「…あれ?」
ふと、気がついた。
「何で…私の名前知ってたんだろ…」

「それストーカーじゃねえか!」
「そりゃ確かにミナは俺から見ても可愛いとは思うぜ。でも俺はそいつの事は許せないなぁ」
「女の敵ね…次に会ったら教えて頂戴?流してあげるから…」
言った瞬間、全員から口々から非難が飛び交う。
…考えてみればそうかもしれない。
自分の名前を知っていて、自分の目的も知っていて。
とすれば、このボールも何となくクサイ。
だが、一つだけ気がかりな事。
「…でも、あの人の言葉が…本当だったら…」
「出任せね。ほぼ確実に。貴女の気を引くためでしょうね…多分」
…ショウロウはそう言う。
が、ミナは何となく、それは違うんじゃないか、と思った。
根拠も何も無い出鱈目な推測。
…手の中にあるモンスターボール。
あるいは、もしかしたら、この中に居るポケモンに聞けば。
「――出てきて!」
そう思って、ミナはボールを投げた。

光の中から現れたのは、青い体毛の獣ポケモン。
このホウエンには居ないポケモン。
「…あ、えっと、図鑑図鑑…」
慌ててポケモン図鑑を取り出す。
――マグマラシ。
それが、このポケモンの種族名。

マグマラシは、周りを見回してから、怪訝な顔をしてミナに尋ねた。
声の感じからして、♂。
ヌケサクと同じくらいだろうか。
「…彼は?」
「彼って…」
「狼の被り物をした奴…」
「…イチさんの事?」
こくん、とマグマラシは一つ頷く。
そしてもう一度、じっくりと、自分を囲んでいる者達の顔を見ていく。
「…そうか。君が…ミナさんか」
「…名前…知ってるの?」
「イチさんから聞いた」
そして、ふっと彼はショウロウの方へ向き直る。
「…ショウロウさん…だな」
「え…えぇ…」
「で、そっちの人間の男の子がイリアスさん…」
「はぃ?」
彼…マグマラシはどんどん名前を言い連ねる。
しかも、全て当たっている。
…それに何かを感じたか、ショウロウがいつもの調子で質問した。
「…貴方の名前は?」
「ウェルズ…」
「…貴方の前の主人の名前と、目的、そして何故貴方を託したか…これだけ教えて頂戴。じゃないと…貴方を信用できそうもないわね」
言いながら、マグマラシ…ウェルズを睨む。
ウェルズはそれをみてはぁ…と溜息を漏らし、話し出した。
「…前の主人はイチ…って名乗ってる…本名じゃないみたいだ。目的は…知らない。ただ…君たちが思ってるストーカーとか…そんな事じゃない…」
ぎくり。
皆の表情が変わる。
「…そっそそんな訳無いじゃないか!」
…ライウの、5秒ほどあけてからの弁明は、既に弁明であるという意味を成しておらず。
表情と挙動に全てが出ていた。
「…まぁ、いいか。それで…俺が君達に託された理由…これも…知らないんだ」
「…何故?」
ショウロウは、じっと目を逸らさずに、威圧をかける。
それに動じた様子も無く、ウェルズは答えた。
「…それも話してくれない。実際…俺はイチさんに捕まって…イチさんのポケモンとして育てられたけど…イチさんは、そういうことを、全然俺に話してくれなかった」
一旦言葉を切って、俯く。
「…俺の事、信用してないみたいに。雑談とかはしてくれたりしたけど…でも、イチさんは、とりあえず…ミナさん達の助けになってやれ、って…」

少しの沈黙の後、口を開いたのはショウロウだった。
「…どうするの?ミナ。決定権は貴女にある訳だけど」
視線がミナに向けられる。
他の皆の視線もミナに向く。

―――心は、既に決まっていた。
「…うん。ウェルズ、大変だけど…これから宜しくね」
「…あぁ。宜しく」

「クックック…新しく面白いのが入ってきたみたいだね…」
「…ヌケサク、テメェ、新入りに何するつもりだ?」
「…別に?ちょっとだけ…脅かしてみたくなっただけさ…クックック…」
「…今、ぞっとしたのは気のせいか?」
影で、こんなやり取りがされたとか、されなかったとか。
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一匹ウルフ #7☆2005.07/10(日)03:03
「やっとついたぁ〜っ」
声と共にベッドに倒れこむ。
久しぶりの感触に、ほぉっと胸をなでおろす。
―――そこは、キンセツのポケモンセンターの一室。
ミナ達は、とりあえず何とか助かった。

「ふいーっ…疲れたねー。これ程疲れるとは思わなかったよ…」
「大部分イリアスの所為のような気もするけど」
隣の部屋ではイリアス達男性陣が休養中。
ヌケサクは既に動かない。エデンも死んだように眠っている。
「…こいつ等、もう寝てるよ…」
「師匠、僕たちも寝ません?」
レッカとナイトが心底羨ましそうに寝ている二人を見やる。
「なぁイリ…」
で、直後。
レッカが声をかけようとしたとき、既に彼らの主人の少年は、夢の中に旅立っていたとか、いないとか。

「…疲れたね」
「えぇ…明日も早いわよ。もう寝たら?貴女は体が弱いんでしょ?」
一人と一匹の女性陣。
彼女達が独占している部屋は、元は4人部屋。ゆえに、何だか広く感じてしまう。
言われるがままに再びベッドに倒れこんでみる。
ショウロウは、既に伏せて目を閉じていた。
「…綺麗だな…」
ふと見てみたショウロウの体。
水色の体に、美しい鬣。
見るものを魅了する、とはこういう事なのだろうか。
ポケモンであれ、人間であれ、男であれ女であれ、そんなのは関係ない。
ただただ、美しい。だから魅入ってしまう。
…そして、ミナは、知らず知らずの内に眠っていた。

ふと、目を開けた。
外は暗い。
「…あれ?ショウロウを見てて…そのまま寝ちゃったのかな…」
時計は…
「2時…」
あまりに早すぎる。
二度寝を決意し、ベッドに潜る。
…が。
「目…冴えちゃった」
辺りをきょろきょろと見回す。
だが、目に入る物で、興味を引くようなものは無い。
ショウロウは、相変わらずの体勢で寝息をたてている。
…ほぼ無音。
聞こえるのは、ショウロウの寝息の音だけ。
何だか、それが妙な気持ちにさせる。
「…外に出てみようかな」
一人呟き、彼女は部屋の扉に向かった。

月は見えない。
辺り一面漆黒の闇。
今日はゲームセンターも休みなのか、人の気配が全くしない。
その闇の中に、ミナは踏み出す。
ポケモンセンターを出て、ゲームセンターの裏を通り過ぎて、そして、「あの場所」にたどり着いた。
「…ここ…だよね…」
…ここから、自分の旅は始まった。
ウルフが、自分を拒絶した場所。
ウルフが、何かで倒れた場所。
あの時、彼はなんと言ったか。
「…人間ではない…だったっけ…」
「…ミナ…さん?」
背後から声。
ドクン、と一際大きく、心臓が鳴る。
…しかし、そういえば、この声には聞き覚えがあって。
恐る恐る、後ろを振り返る。
「…どうしたんだ…?」
そして、そこには、困惑の表情を見せるウェルズの姿があった。
「ウェルズ…」
「…ここで、何か?」
「…うん。ちょっと…ね…」
言葉が濁る。
ウェルズはそれに目を細め、小さい、しかしはっきり聞こえる声で、一言。
「…ウルフさん、だっけ」
「え?」
「…このあたりで…倒れたん…だよな。イチから…それだけ聞いた。もしかしたら…ここが…」
その声のまま、彼はミナに尋ねる。
…鋭いなぁ。
ミナは、頭の中でそう呟いた。
「…うん。そうだよ」
「…その為に、俺たちは旅をしてる…のか…」
「…うん…」
風が吹き、ミナの水色の髪の毛を攫う。
さぁぁ、と辺りの草が風に揺れる。
ウェルズもミナも、ただ黙ってそこに立つ。

…急に、違和感を感じた。
突然、風が止まった。
今まで無かった物がある。
そんな気がしてならなくて。
…ウェルズも、それは同じらしい。
…いや、ウェルズは更に、ミナ以上の何かを感じ取っていた。
「…ミナさん…気をつけて…前に…何か居る」
「え…?」
闇にまぎれて、何も見えない。
誰か居るといわれても、見えなくては解らない。
…だが、確かにそこからは「変な感じ」がした。
何か、自分の首に突きつけられるような、そんな感じ。
…そして、その「何か」は。
堂々と、髪の毛をナルシストっぽく掻き揚げながら、ミナ達の目の前で立ち止まった。
金色の、ウェーブのかかった髪。
今時見ない、貴族風の派手な服装。
年は20台半ばに見える。
そして、背中に背負った、柄の両端に刃のある、特殊な形状の槍。
一応整った顔立ちはしていて、それなりに美形。
…だが。
この男は危険だ、と、自分の本能が告げていた。
「…あぁ…このような可憐な少女に手を下す事になるとは…運命の女神よ…貴女様は何と残酷な事をなさるのか…」
と、男は大げさに頭を抑えながら、嘆くように言う。
…とりあえず、どういう男か解った気がする。
「…あのぉ…何か…?」
「そう!私は君に用があるのだよ、一輪の可憐な花よ」
「…」
ウェルズの冷たい目線が男に突き刺さっている。
が、男は気にも留めずに続ける。
「我が名はアーヴァイル。君の事は既に知っているよ、可愛い花よ…」
「はぁ…」
「勿論!君がしようとしている…その健気な、だが私にとって、都合の悪い事もね…」
一転、今まで高らかだった口調が、一気に静まる。
…ウルフのことだろうか。
それが何故、彼に都合が悪いのか。
「…あのー…」
「良いのだよ…可愛い小鳥。言わなくても、君が既に私の虜だという事は、解っているのだから…」
…とりあえず逃げたいと、思った。
「しかし…君と私は相容れない…何故なら、君の目的が、私たちを引き裂くことになっているのだから…」
「はぁ…」
「だから…最後にもう一度聞く…。君のその美しさは…この私には劣るが…非常に惜しい…。だから小鳥よ、その目的を捨て、私の伴侶となってはくれないだろうか!」
…今、何と言ったか。
聞き間違いでなければ、今のはとりあえずプロポーズ。
…とりあえず嫌だ。目的を捨てるのも、コレと結婚するのも。
「帰れ」
…と、ウェルズが代弁してくれた。
というか、ウェルズは何だか機嫌が悪い。
目つきも悪いし、これはきっとかなり怒っている。いや、そうに違いない。
「…君、今まで聞いてれば…ミナの目的を要らないとか…勝手なこと言って…それで済むと思ってるのか?」
「…獣の分際で…なんだい?私に意見するのかい?この崇高で、華麗で、美しくて、賢い私に」
「…貴様…ただで済むと思うなよ!」
ウェルズの背から炎が燃え上がる。
それと同時に、目の前のアーヴァイルの目つきが変わった。
…先程の、妙な感じが、いっそう強くなった。
危険だ。このままでは、自分も、ウェルズも。
「そうか…それなら、仕方が無い…この私、『異端排除者』アーヴァイル=スレインの名に懸けて…君を天国へと送ってあげるよ!」
そして、アーヴァイルはポケモンを二匹繰り出した。
一匹は、茶色の体と鋭い背中のトゲが特徴的なポケモン、サンドパン。
もう一匹は、黒いからだと氷のような冷たい目つきのポケモン、ニューラ。
「…さぁ、華麗なる戦いの始まりだよ、私の小鳥…」
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一匹ウルフ #8☆2005.07/14(木)22:08
「ふっふっふ…か弱い小鳥を落とせばそれで終わり…何と楽な、しかし何と嘆かわしい事か…」
相変わらずのオーバーリアクション。
だが、纏う禍々しい気はそのままに。
そして、彼はミナに手を向けて
「さぁ…レルオル…一瞬で、出来るだけあの美しい顔を傷つけずに…やってしまいなさい」
「させるか…!」
ウェルズの放つ業炎が、レルオルと呼ばれたニューラの居た場所を焦がす。
が、そこにはレルオルの姿は無い。
「…がっ!?」
そして次の瞬間、ウェルズは突然視界に現れたレイオルの爪によって、切りつけられ、吹きとんだ。
「ウェルズ!」
「ククク…大丈夫だよ、お嬢さん…このマグマラシでタップリ遊んだ後…君もその後を追わせてやろう」
レルオルが紳士的に、しかし残虐に笑う。
「まだだ!」
ウェルズが起き上がりざまに火炎放射を放つ。
が、それはレルオルが居た場所を焦がすのみ。
そして再びウェルズは切りつけられ、大きく吹き飛んだ。
「ウェルズ!逃げて!」
ミナの叫びは、ウェルズの火炎放射によってかき消される。
…ミナの声は、ウェルズには届かない。
「ククク…逃がしはしない…久しぶりに与えられた獲物だ…じっくりと味あわせてもらおう…」
「抜かせ!」
そして、ウェルズが炎に包まれる。
「…火炎車…面白い。さぁ、来るが良い」
そして、ウェルズは駆け出した。
一気に加速し、レルオルを吹き飛ばそうと突っ込む。
が、レルオルは口元に笑みを浮かべ
「…単なる突撃か…ククク、そんなものは幾らでもかわせる…」
と、嘲笑して、その姿を消した。
…が。
ウェルズは、唐突に向きを変えて、何も無い方向へ突っ込んだ。
そして、ウェルズが向きを変えた瞬間、その方向にレルオルの姿が現れる。
「…っ!な…!」
レルオルの体は、炎を纏った突進を受け、軽々と吹き飛び、近くの柵に激突する。
「っがは…!」
効果は抜群。
ニューラは氷、悪タイプ。元々、炎タイプのウェルズとは相性がすこぶる悪い。
「…少しは…やるようだな…」
ヨロヨロとレルオルが立ち上がる。
柵に手をかけ、フラフラと構えを取る。
「…さて…コレからが…本番だ!」
彼はそう言い、その場から飛び退く。
それと同時に、アーヴァイルが叫ぶ。
「レイオル!レルオルが休んでいる間に…あのマグマラシと華麗に遊んであげるのだ!」
「まっかせてよ♪」
アーヴァイルに呼ばれ、明るく言い放ちながらウェルズへと突っ込むサンドパン…レイオル。
その声は、この戦闘に似つかわしくないほど純粋なもので。
「ねぇ、あそぼ?」
ウェルズの目の前に来た瞬間、彼はそう、明るく、しかし残虐に言い放った。
「ウェルズ!一旦戻ってきて!」
ミナが叫ぶ。
ウェルズは今度はそれに気づき、猛スピードでミナの下へと戻ってくる。
「ミナさん…怪我は?」
「大丈夫。狙われなかったから…それよりもウェルズの方が…たくさん怪我してるよ…」
「あっはは、ほんと、血がいっぱーい!♪」
と、すぐ近くから無邪気な声。
そちらを振り返ると、そこには無邪気に笑うレイオルの姿。
「じゃあ、鬼ごっこしよ♪ぼくが鬼で…おねえちゃんたちが逃げるの!それでねー…」
そして、彼は一瞬で此方の懐に入り込む。
「ミナさん!」
ウェルズがミナを突き飛ばす。
爪が振り下ろされる。
ウェルズは、間一髪のところでそれを横っ飛びにかわす。
「…捕まったら、死んじゃうよ♪」
ウェルズは炎タイプ。
対して、このレイオルはサンドパン。地面タイプだ。
明らかに、不利。
「…ミナさん!逃げよう!」
「うん!」
ウェルズと共に走り出す。
レイオルが、数を数え始める。
「いーち、にーい、さーん…」
声が聞こえなくなる。
出来るだけ、人の居る方へ。
走って、走って、走って。
「…きゅーう…じゅう」
出来るだけ、遠くに。
「…そんな…そんなのって…」
「…捕まえた♪」
逃げられ、なかった。
一瞬で、約100メートルの距離を詰めてきた。
「つまんないなぁ…壊れちゃえ」
爪が振り下ろされる。
「…っ!ミナさんだけでも…!」
「きゃっ!」
再びミナを突き飛ばす。
が、今度は、爪はもう既に振り下ろされていて。
「嫌だよ…ウェルズ…逃げて!」
「…バイバイ」

キィン!
金属音が響く。
死を覚悟したウェルズは、閉じた目を開ける。
…そして、目の前には、二つの剣でレイオルの爪を受け止める青年の後姿。
そして突然第三者に受け止められ、面食らっているレイオルを蹴り飛ばすバシャーモの姿。
後ろには、キュウコンとリザードンに助け起こされるミナの姿。
そして、隣から声がした。
「ふぅ…危ないですねぇ…命は大切にしなければいけませんよ?」
「…君たちは…」
ウェルズは、白い体を持つそれに問う。
そして、彼は此方に微笑みかけながら、答えた。
「あぁ、申し遅れました。私は見ての通りのアブソルですよ。名前はライウェル。ウルフさんのポケモンをやらせて貰ってます」
そして、目の前の青年が背中越しに答えた。
「俺は…リク。ウルフと決着つけるためにウルフのところに行ったらあの状態で…それで、そいつに案内されて、手伝いにきた、って訳だ」
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一匹ウルフ #9★2005.08/10(水)22:24
「形勢逆転だな」
余裕のある、リクの声。
その声は、追い詰められたアーヴァイルを、更にいらだたせる、筈だった。
が、彼の口から漏れるのは、くっく、とかみ殺した笑いのみ。
「…高々数匹…しかもタイプでは此方が圧倒的に有利なのだ…それに貴様の如く低俗な人間など…いつでも容易く排除できる…」
さらりと、見せ付けるように髪を払い、嘲笑。
「勝利の女神は、私の虜なのさ…そして…そこの小さな小鳥…君も…」
「さーて、何時まで余裕で居られるだろうな?」
リクとアーヴァイルがにらみ合う。
この空間から、音が消える…刹那。
「おにいちゃんも、ボクと遊ぶ?」
「それ」は、一瞬の隙をついて、死角から現れた…が。
「バシャーモ!」
その声に呼応するが如く、真紅の閃光がレイオルを吹き飛ばす。
レイオルは空中で体勢を立て直し…
「レイオル!その無垢なる思い、地の力として放て!」
アーヴァイルの指示…なのかどうかわからない言葉を受けて、地面に向かって思い切り爪を突き立てた。
と同時に、バシャーモの周りの地面が激しく振動、そして砕け、その衝撃がバシャーモを吹き飛ばす。
「…甘いな」
が、それは、レイオル自信の敗北への道に過ぎなかった。
バシャーモは身を翻して地上に降り立ち、何か木の実を口にする。
「起死回生!」
そして、バシャーモは閃光となる。
閃光は今までとは比べ物にならぬスピード、そしてパワーで、レイオルを一撃の下に弾き飛ばした。
「な…」
「…すごい…これが…トレーナーなんだ…」
あっけに取られるミナ、そしてアーヴァイル。
対してリクが見せるのは余裕の笑み。
「堪える、そんでもってカムラの実。知ってるか?起死回生は…体力が低くなれば成る程、強くなる。そしてカムラの実を使って、素早さを上げれば…」
「…ない…」
唐突に、アーヴァイルから発せられる、震える声。
「この完璧な私が…華麗なる私が…このような…このような愚かなる人間などに…負けるなど…ありえない!!」
そして、アーヴァイルは背に背負う、双頭の槍を構える。
「そこの男…貴様は!貴様は絶対に逃さん!我が槍…グレイヴ・ヤードにより、この地面の下にて眠るが…」


と、突然。
険悪なムードには似つかない、ふよふよふよ…という効果音。
「…何?…何なの?」
ミナは辺りを確認。
この音、どうも空から降ってくる。
そして…突然、明りのなかった周辺が、強い光に包まれる。
この場に居る者…気絶しているレイオルは除く…は、同時にばっと上を見上げた。
「…はぁ?」
間の抜けた声が響く。
声の主は、リク。
「…こんな事は…私は知らない…この華麗なる私でも…」
「…ふむ…当然だろうな…アーヴァイル。私も、解らんよ」
先程の怒りは何処へやら。
あっけに取られてそれを見上げる、アーヴァイルとレルオル。
「…え?え?えぇえ…?」
「…落ち着いて…ミナさん…」
「まぁ…仕方ないですね、この場合」
とりあえず、ミナ錯乱中。
そして宥めるウェルズと、やたら落ち着いているライウェル。
…そして、銀色に眩しく発行する「それ」…如何見ても、良くある形の円盤型の、未確認飛行物体、いわゆるUFOは。
ずぅん…と音を立てて、そこに着陸した。
底のハッチが、ウィインと音を立てて開く。
と…同時に。
「…ふるさと…?」
「…なんでふるさとなんでしょうか…」
思わず、バシャーモとキュウコンがツッコミを入れる。
まぁ、あの、アレだ。
あの『兎追いしかの山〜♪』の、アレだ。
アレが円盤から流れてきた。
…何故。
そして、そこから出てきた「それ」は。
「ここが…ワタシの目指した『イイ男』の宝庫…地球ねぇん…」
如何見ても、タコ型の、良くある宇宙人だった。
しかも、やたらとクネクネしながら。
「…ふ…ふん、リクとやら。此処は…見逃してやろう。寛大なるこの私に感謝する事だな…」
微妙に狼狽し、レイオルを回収しながらアーヴァイルはリクに声をかける。
リクの方も呆れながらこくり、と一つ頷く。
「…ってか、見なかった事にして帰るか」
「あらん、そこのお兄さま方ん…こっち向いてぇん…」
そのタコ(仮称)がクネクネクネクネしながら、リクとアーヴァイルに声をかけてきた。
因みに、声は如何考えても男。
「…あのー、私、質問があるんですけど…」
勇気ある少女、ミナ。
一斉に、視線が彼女の方へ向く。
「あの、お名前は?あと…性別…とか…」
性別、の言葉がやたらと聞き取りにくかった気がするが。
「あらぁん、可愛らしいお嬢さんだことん!」
何か、思いっきりミナに、そのうねうねした手(?)でぺたぺた触る。
「私は…もけリアンって言ってぇん…もけ星からはるばるボーイハントにやってきたのん…因みに…私はオ・ン・ナ・ノ・コ!」
野太い声で言われても、全く信用できないのだが。
此処に居るもけリアン以外の全員の顔が、何か青くなったような気がする。いや、確実に青くなった。
「体は♂でもん…心はオ・ト・メ」
「「男か!」」
アーヴァイルとリクから、ツッコミが入る。
「あらぁん…よく見てみたら私ごのみの可愛い男の子が二人もん!」
何か、周りにハートが飛び交いそうな勢いで、何か一気に二人に接近。
「私と、これから一緒に宇宙でデートしなぁいん?」
が、既にそこに二人はおらず。
一緒にキンセツ方面にダッシュしている姿が、かろうじて見えた。
「あらぁん…恥ずかしがって…でもそんな姿もカ・ワ・イ・イ!すぐに捕まえてあげるから…頑張ってねぇん!チャッピー!」
「チャッピーって…?」
胡散臭そうにライウェルが首をかしげる。
…が、その疑問はすぐに解決された。
もけリアンは、突然モンスターボール…らしきものを取り出し、それを投げた。
そして…そこから出てきたのは…
「ごっつぁんです!」
「何これー!?」
「「ってデオキシスー!?」」
DNAポケモン、デオキシス。
思わず叫ぶミナ、そしてライウェルとウェルズ。
しかも何故か漫画とかでありふれた、相撲取りが使う言葉遣いの。
「チャッピー、私のダーリン達を捕まえてぇん…GO!」
「任せるでごわす!」
刹那、チャッピーは形態を変えて、目に見えぬスピードで「彼ら」が走っていった方に飛んでいった。
そして、その後を
「まってぇ、ダ〜リ〜ン♪」
もけリアンが何か素早い動きで追って行った。
そして、残されたミナ達は。
あっけに取られて、その場で固まっていたとか、いなかったとか。

で、翌朝。
げっそりとしたリクが、ポケモンセンターで倒れていたとか。
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一匹ウルフ #10☆2005.08/18(木)00:27
「…酷い目にあった…」
溜息一つ。
げっそりとした表情のまま、カイナを目指して歩いていく。
その青年、リクは昨日のことを思い出す。
あれから…うぅ、思い出したくも無い。
あんなタコ(仮)に惚れられて、あれから朝まで追い掛け回されていたなんて。
で、朝になったら「乙女は紫外線によわいのよん!」とか言って去って行きやがった。
まったくもって冗談じゃない。
「…さん…」
そういえばあのアーヴァイルとか言うのはどうなったんだろう。
俺と一緒の方向に逃げて、あれからどうなったのかがサッパリ。
全く、もう会いたくない。アイツの宇宙船に、探査機能がついていない事を祈るばかりだ。
「リ…さん…」
ってか、俺、何でカイナを目指してるんだっけ。
武者修行?いや、ちがったような。
全く見当がつかない。
やっぱり昨日のアレの所為だ。
もう会いたくない。来るな。
「あのー…リクさん?」
「…何」
「あの、目の前、池ですけど…」
ぼちゃん。
ミナが言うなり、大きな水音。
ミナとイリアスは、目の前の、リクが今しがた落ちた池を覗き込んだ。

「…もっと早く教えてくれ」
「いや、だってリク、あんた呼んでも気づかなかったし」
リクの要請に、イリアスが、サバ缶の蓋を開けながら、あっけらかんと返答する。
「貴方がもっと早く気づいていれば、落ちずに済んだ事よ。自業自得ね」
「…ダメトレはダメトレだな」
ショウロウだけでなく、リクのポケモンである、バシャーモまでもがリクを貶す。
「…飯、これだけかよ…?」
哀れなエデンの目の前にあるのは、サバ缶が一つ。
ミナに缶詰を開けてもらいながら、ショウロウがぶつくさ呼応する。
「…だから私は、キンセツについた時に、ポケモンセンターより買い物を優先しようと言ったのよ。案の定、買い物を忘れたじゃない」
「ゴメンナサイ…何か大部分イリアスの所為です…」
レッカが深く頭を下げる。
それを見て、サバ缶をむさぼっていたイリアスの目つきが変わる。
「何でだよ」
「一番沢山ご飯食べてたのはイリアスだろ、ポケモンセンターに入ろうって言ったのもイリアスだし」
「師匠!顔を上げてください!」
イリアスパーティ、残りの二匹もサバ缶を貪り中。
ナイトは必死にレッカに懇願。が、レッカは必死に謝り続けている。

「あ…あの…缶が開けられないんですけど…」
キュウコンが缶を前に困惑していると、突然どこからか手が伸びて、缶をひったくる。
その手の主をキュウコンは見やる。そこには、仲間のバシャーモの姿。
「…貸せ、俺が開ける」
「…何か、雰囲気ちがわねぇか?」
「俺もそう思う」
リザードンとリク、置いてけぼり。

「…クックック…平和だねぇ…あそこ以外は」
ヌケサクの一言。
それに呼応して、全員がヌケサクの爪が示す方向へ向く。
…そこには。
「お願いだよ!どーしてもそれ欲しいんだ!」
懇願する、ショウロウとエデンにとっては見覚えのあるトレーナーと。
「あかん!もう一円たりともまけられへん!うちも生きる為にやっとるんだからなぁ」
何か、妙な言葉を喋るアブソル。
アブソルの前には、何故か強制ギプスがおいてある。
「…あれは…?」
「…さぁ」
ミナの問いに、帰ってくるのはイリアスからの曖昧な答え。
ふと、人間の少年が此方を向く。
そして、何故だか凄いスピードで、此方まで走って近づいてきた。
「あー!あの時のスイクンとエアームドだよね?あのさ、あれ買いたいんだけど…あのアブソルが頑固で、売ってくれないんだよ。何とかして!」
「あかんっつーに!これでもギリギリまでまけてんのやから、我慢しろや!」
「でも、1000円って高すぎるよ!」
話に割ってはいるアブソルに、少年が果敢に反論。
「…強制ギプス千円って…高いかしら?」
「いーや、間違いなく安い…」
エデンがうんざりとショウロウの問いに答える。
少年は相変わらずアブソルと言い合いを続けている。
…と、アブソルが此方の視線に気づき、声をかけてきた。
「どした!?あんた等、昼飯あらへんから困っとるんか!?」
「え?…なんで解るの?」
「耳がええから話がきこえたんやよ!ささ!こっち来て!食べ物もよーけあるから!」
「…マジ?」
イリアスの目が輝く。
はぁ…とレッカの溜息。
…リクが、確認の意を込めて、ショウロウに問う。
「…如何する?お言葉に甘えるか?」
ショウロウも溜息をつき、次に仕方なさそうに呟いた。
「…そうするのが最良ね…」

「御代はもらうけど、場合によってはまけたるさかい、適当に選んだらボクに教えて、な?」
ニコニコと、食べ物の缶詰の入った袋をおろす。
「…うわ…」
中には、大量の缶詰が。
他にもいくつか袋があるが、全部物が入っているのだろうか。
「あー、そっちの坊ちゃんはちーとばかしまっててな。せやけど、もうまけられへんよ」
「…わかったよ。1000円ね…」
しぶしぶ、といった表情で、少年は財布から1000円を取り出す。
…ふと、イリアスが彼の財布の中身をチラリと見る。
次の瞬間、イリアスの表情は驚きの表情に変わっていた。
「って、お前俺より小さいのにどれだけ持ってるんだよ!」
「…そりゃ、バトルすれば賞金は手に入るけどさ…1000円も…」
リュックにギプスをしまいつつ、ブツブツと小言を言う少年。
…と、彼は突然、思い立ったようにショウロウの方を向いた。
「そうそう、あのさ!君のトレーナーに再戦しよう!って伝えておいて!」
「…ウルフは此処に居ないのに?」
「…へ?」
…空気が硬直する。
少年も硬直する。
「…ポケピン、だったかしら?あいつは今、ちょっと病気で寝てるのよ。だから、今は代理トレーナーの、このミナと行動してるの」
「…あ…よろしくね」
ミナは笑顔で少年…ポケピンに挨拶。
…それを聞いて、ポケピンははっと硬直から解除される。
「…じゃあミナさん、だっけ?僕と勝負…」
「無理よ。ミナはバトルどころか、ゲットすらした事がないんだから…」
「…うん。ごめんね…」
「…へ?」
またも硬直。
「食べ物買うんか?それとも買いまへんの?」
後ろから、アブソルの声がする。

「…あ、買う買う。それもちょうだい」
「はいはい了解!よーけこうてくれておおきに!まだ買うんかい?」
「うん」
…後ろでは、何だかアブソルとイリアスのそんなやり取りが繰り広げられていた。
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