ぴくの〜ほかんこ

物語

【ぴくし〜のーと】 【ほかんこいちらん】 【みんなの感想】

[863] R団カントー地区第二ブロック基地

かきくけ子 #1★2006.06/12(月)14:54
・START・


ここはポケモン学園の校庭。

校庭といっても、だだっ広いし、草が生えているから校庭というより草原に近い。

その草原で、青空に浮かんでいる雲をぼんやりと見つめる少年…藍。

男なのにアイ≠ネんて…と、思う人も居るだろうが、本人はさほど気にしていない。

ポケモン嫌いの彼は、本来10歳で卒業するはずの学園を、15になっても卒業していなかった。

ぱたぱたと、軽い足音が藍の耳にも入ってくる。

「藍ーっ!藍ってばぁ〜…」

その声は紛れもなく、学級委員長の瑠璃。

藍が最も苦手とするタイプの人間だ。

明るく、元気で、頭がいい。

まさに完璧。パーフェクト。ちなみに年は10。

視界に瑠璃の姿が入ってくると、藍はおもむろに駆け出した。

「あ!コイツ…逃がすかっ、コノヤロ!」

二人の追いかけっこが始まった。

とはいえ、中3男子vs小4女子の本気勝負。

圧倒的に瑠璃の方が不利である。

こうなればもう、最終手段。

瑠璃はポイと、モンスターボールを投げた。

「ダネフシャぁ」

出てきたのはフシギダネさん。

藍はびくっと体を引きつらせ、眉をしかめた。

「ああもう…分かったよ」

息を整えながら観念したように藍は言った。

ふわりと髪が揺れた。

太陽の光をそのまま髪にしたような…綺麗な金髪。

そして、その長い髪に負けないくらい、綺麗な顔立ちをしている。

藍は、その場にどさっと座り込んだ。

「説教ならお断りだぜ、瑠璃…」

「そうもいかないんだなぁ、これが」

フシギダネをボールに戻しながら、瑠璃が呟いた。

「ムッチョがうるさいんだもん。アンタを改心させなきゃ私まで留年させるって、息巻いててさぁ
 絶対責任逃れしてるね、あのムチムチマッチョ…」

ムッチョとはムチムチマッチョの略称で、そのムチムチマッチョとは、このポケモン学園の教師の愛称である。

つまり、ムチムチでマッチョの先生。と言う事。

瑠璃が上質紙にプリントされた進路調査用紙を、ひょいと取り出した。

一番上には藍の名前が記されている。

「ほら、ここ!『第一希望:ポケモンと関係のない仕事に就く。』」

「勝手に人の進路公表してんじゃねぇよ…」

「公表じゃないわよ。ここには私しか居ないんだし…。
 そーれーよーりっ、今のご時世、ポケモンと関係のない仕事なんて無いわ。どーすんの?」

「――…るっせぇ」

藍は、瑠璃から進路調査用紙を奪い取ると、びりびりとそれを破き始めた。

「あ…っちょ!んもーっ
 いい加減にしてよ!アンタ才能あるんだから、トレーナーにでもなればいいでしょ!?
 事実上のフリーターじゃない、あんなの!
 あんたはただの『ポケモン嫌い』で、『ポケモン恐怖症』な訳じゃないんだからっ
 適当な一匹捕まえて、ずーっとモンスターボール入れときゃいいのよ」

「だぁっ!好きにさせてくれよ!お前には関係ないだろ!?」

「大アリも大アリ!オオアリクイよっ!
 私だって留年かかってなかったらこんな事しないわっ」

「っ…チクショー…」

細切れになった進路用紙が風で遠くに飛んでいく。

二人の間に沈黙が流れる。

瑠璃も藍の側に座り込み、いよいよ長い口論が始まろうとしていたその時…

「もし…ちょっとよろしいかしら?」

妖艶な女性が、二人の間に割って入ってきた。

「何でしょうか?」

瑠璃が警戒するような視線をその女に突き刺した。

女はくすりと笑って、10歳になる女の子…瑠璃を見下ろす。

「何でしょうかと聞いています!」

瑠璃は憤慨するように言った。

それもそうだ。5つも年上の男子でさえ尻に敷いている瑠璃にとって

見下ろされながら笑われるなんてのは、とてつもない侮辱なのだ。

「ごめんくださいね?
 この方…お聞きする所によりますと…関城 藍くん…?
 藍くんをウチの会社で雇いたいと思いまして…」

今の今まで嫌悪に染まっていた瑠璃の顔は、見る見る内に歓喜の色に変わっていく。

はきはきとした声と行動で、資料やら了承やらを集めていく瑠璃。

ものの30分後には、卒業証書を手にした藍が居た。

「おめでとう、関城君!
 いやあ…5年連続留年だなんて…一時はどうなることかと…」

ムッチョの長ったらしいスピーチと小さな会が開かれ、藍はポケモン学園を卒業した。

――随分あっ気ないんだな…

藍はゆっくりとその女性…カムサという名らしい…に、付いて行った。

先ほどの会話には「ポケモン」なんて出てなかったけど…一体何の会社だろう…

――ロケットコーポレーション(株)

貰った名刺にはそう書かれている。

「株式会社なんですか?」

藍は聞いてみた…ロケット…コーポレーション…何か引っかかるが…

「いいえ。違いますわ」

「ぇ…ええっ!? だってここに『(株)』って…」

「それはウソの名刺ですわ。私たちはロケット団。貴方にはカントー地区第二ブロックで働いて貰います。」

藍は絶句した…
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かきくけ子 #2★2006.06/12(月)15:04
・FULL MARKS・


「か…カントー地区第二ブロック基地?」

「そう。よく暗唱できたわね」

唖然としている藍をよそに、カムサはモンスターボールを取り出した。

「…あ」

藍の小さな悲鳴など、カムサの耳には入らない。

…いっそここから全力ダッシュで逃げ出すか…?

チラとそんな事も考えたが、相手はポケモンを持っている。

自然の摂理とは無縁に育ったモンスター…

そう。

いくら「ポケット」だの「ピカチュウ」だの可愛い感じに仕上げたって結局の所怪物≠ネんだ。

…狂ってるぜ、人類すべて…

藍はぼんやりと思案に暮れた。

ポケモン、ポケモンって

こんなバケモノの何処がいいっていうんだ。

愛だ友情だ言って、バケモノにしがみ付いてよぉ

勝手に人間側が勘違いしてるだけでさ。

奴らが生きるために、ステキに利用されてるだけなんだぜ。

…そりゃ…そりゃあ、ポケモンに「情もへったくれもない」って言っちゃぁ…アレだけど…

…案外人間の方が薄情だったりするけど…

に…人間の方が利用してる場合もあるけど…

そして、それに気付かない…利用してる事にさえ気付かない人間が…居る…けど…

そんで、そういう奴らに限って、そんな感情知った時…

…「捨てる」んだよな…

ん?

何か話題がすり替わってるぞ…おいおい…;

ばっかじゃねーの?俺…

何どーしようもない事考えてんだ…!

あー、馬鹿馬鹿っ

ちくしょー…

…捨てられる側の気持ち、考えたコトあんのかよ…

「関城君?」

「―…っ!?」

「あら。人間、本当に驚いた時は奇声なんか上げないって話、本当だったのね」

心臓の音が血液の流れる音となって、藍の耳を振るわせた。

それはまるで大河を流れる水のよう…

「…どこの噂話だよ…それ…」

一息付いて、藍はそう切り返した。

今までの脈絡も何も関係ない考え事…

カムサには分かってしまう様な気がして…

いや、実際分かる訳ないんだけどね。

「私の頭の中。」

言葉の語尾に、あからさまに句読点をつけてカムサはそう言った。

「それより関城君…」

「…『君』なんていらねーよっ!」

今更になって君付けが恥ずかしくなった藍。

カムサは照れる藍に対して、ニッコリ笑うとこう言った。

「じゃあ、藍ちゃん」

それならまだ君付けの方がマシだった。

が、何となく「君付けでいい」と言うのも気後れがして…

藍がそのまま何も言わずにじっとカムサを睨みつけていると、カムサは軽くボールを投げた。

もちろん、モンスターボールを…だ。

「オニドぉおリャァーっ」

オニドリルがけたたましい声で鳴く。

藍はその場でそのオニドリルを凝視した。

「ああ、藍ちゃんはポケモンが嫌いなのよね。大丈夫よ。藍ちゃん。顔は怖いけど優しいの」

別に嫌いって訳でも、恐怖の対象って訳でも…無いんだけどなポケモンは…

藍はオニドリルに近付きつつ、そう考えた。

「ま、貴方にとってポケモンは嫌いなモノでも、恐怖の対象でもないのでしょうけれどね」

「!…おう」

自分の考えた事を復唱したカムサに衝撃を受けつつも、藍はそれを悟られないように努めた。

『オニドリルは首筋を撫でると喜ぶ』…

たしか以前読んだ本にはそう書いてあったな。

藍はそれを実行した。

「くぇぇえぇー…」

柔らかい鳴き声を漏らす。

オニドリルは嬉しそうに目をつぶった。

…何だ、落ち着いて考えれば簡単なことじゃないか…

「この間の実技テスト見てた。とか…だろ?」

「ピンポン♪正解よ」

ふん。と鼻を鳴らして、藍はそっぽを向いた。

ポケモン学園には講義・実技の二種類の授業があり、それに伴い、テストも筆記・実技がある。

筆記は主にポケモンに関する知識とか、タイプの事について。

そして実技は…ポケモンバトル…。

と言っても、学園に通う大半が…というより、藍以外の生徒全員が10歳以下。

なので、レンタルポケモンで正式な指導員同伴の上でのポケモンバトルである。

「ちなみに筆記テストも拝見させて頂きました」

「はあ?何だよそれ…俺の個人情報流れまくりじゃんか」

進路用紙だって…そう藍が言いかけたとき、カムサが一枚の紙を取り出した。

A4サイズ程度の紙だったが、何やら数字が事細かに記されている。

「筆記:100点満点中94点。実技:50点満点中44点」

「…?おい、何だ…でまかせかよ…俺の成績じゃねぇよ、それ」

「判断力:95パーセント。適応力:98パーセント。」

「何言ってんだよ…あんな小っちぇ学校じゃあ、そんな所まで見てねぇだろ?」

「想像力:89パーセント。判断力:97パーセント…」

その他様々な項目を読み上げていくカムサ。

とうとう目線が紙の一番右下に来て、こう締めくくった。

「以上。関城藍、5歳時挑戦、第二十七回国立ポケットモンスター学園能力テスト結果」

唖然とする藍。

そんな藍を横目で覗き、カムサはもう一枚紙を取り出した。

今度は先ほどと比べて明らかに、文字の量が少ない。

「筆記:100点満点中100点。実技:50点満点中50点」

そこでカムサが深い息を付いた。

そして、締めの言葉を告げた。

「以下、すべての項目につき、この生徒は満点とする。
 以上。関城藍、15歳時挑戦、第六十七回国立ポケットモンスター学園能力テスト結果」
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かきくけ子 #3★2006.06/12(月)15:06
・UNDERSTANDING・


「それがどうしたよ…」

藍は怪訝そうに顔をしかめた。

「10歳児が受けるようなテスト、15のオレが満点でどこがおかしいんだよ」

「あのテストは国で決められた能力テスト…」

「だから…」

「大人が受けての平均点がやっと60か…良くて70…よ」

「…ウソだろ…あんな常識問題…」

藍は思案顔でそう言った。

カムサが真剣に話しているのは空気で伝わってくる。

が、藍にはそれが信じられなかった。

「それを貴方は5歳の時、既に90パーセント以上理解していた…」

カムサの目が一瞬怪しげに光った。

―そう。私が求めていたのは…この子…

「…っだから何だよ…」

ザッと、藍がつま先で地面を蹴った。

カムサの目の光はどんどんと濃くなる一方…。

「くわァぁあッ!」

不意にオニドリルが叫んだ。

はっとしてオニドリルを見る二人。

しかし、オニドリルの方は怒っている訳でもないらしい。

だが、カムサは慌ててこう言った。

「え…あ…さ、さあっ;貴方はそちらにお乗りなさい?
 私はこの…ピジョットに乗っていきますからっ」

言いながらカムサはもう一つのモンスターボールを取り出し、ポイと投げた。

出てきたのはもちろん、ピジョットである。

「…ああ…?」

何故カムサがそうも慌てるのか、藍には分からなかった。

さっきの目の光は…何だ?

―ぶぉっ…!

二羽の鳥ポケモンが宙を舞う。

たしか、「そらをとぶ」を行う時の諸注意もどこかで読んだ事があるな…

藍がぶつぶつと独り言を言い始めた。

「『一、羽毛ではなくそのポケモンの肩を掴む事』…って、鳥の肩って何処だよ…」

両翼の付け根あたりか…?

藍はぐっと、そこを掴んだ。

なるほど…安定する…

『風の抵抗を受けないように体は絶対に前かがみ』

藍はオニドリルにぴたりとくっついた。

すると…

どくん どくん どくん

オニドリルの鼓動が聞こえる。

それに伴い、自分の心臓の音まで聞こえてくる。

どっどっどっどっど…

急に息が苦しくなる。

心臓が破裂するようだ。

手は震えるほどに強く、オニドリルの両翼を掴んでいる。

ゴウゴウと流れる風が、藍の体を締め付けた。

叫びたいような、泣きたい様な

大笑いしたいような、怒りたいような…

訳の分からない感情が、風のように頭の周りを通り抜けては現れる。

もうダメだ…

藍がそう思ったとき…

… ふ わ り …

軽く、本当に軽く。

オニドリルは着地した。

「…っは…ぁ」

どさりと、腰が抜けたかのように藍はその場に座り込んだ。

オニドリルがカムサのモンスターボールに帰る。

「やっぱり、いきなり『そらをとぶ』は辛かった?藍ちゃん」

カムサが心配そうに声を掛ける。

「…いえ…」

ぶっきらぼうにそう答えると、藍はぱんぱんと服についた汚れを落としながらゆっくりと立ち上った。

辺りの風景を眺める。

廃れたビル。

廃墟となった住宅街。

祭りの後のような寂しさが、そこの空気を支配していた。

一番手近にある建物の看板。

そのほこりを落とし、藍は文字を読み上げた。

「ぽ・け・も・ん…えーと…センター…ポケモンセンター…TAMAMUSHI」

タマムシ…?

数年前までは大都市だったとか言ってた…が…

今はたしかロケット団とかいう組織に…

「…ロケット団…ああ!どっかで聞いたことあると思ったら…≪ポケモンマフィア≫…か!」

「何?ロケット団の事知らなかったの?」

カムサが呆れた様な声を出したので、藍はムッとした。
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かきくけ子 #4★2006.06/14(水)22:43
・TEST TUBE・


「さて…と、付いて来て下さる?」

藍の返事も聞かぬ内に、カムサはずんずんと進んでいった。

慌てて後を追う藍。

着いた所は少し大きめの建物。

ピーク時はよっぽどにぎやかであったであろう…。

オレンジを基調としたネオンがぶらりと垂れ下がっている。

が、今はそれも虚しく、壁一面にツタの葉が這っていた。

ドアの部分だけがくっきりとキレイになっている。

カムサは無言のままパチリと、何か…ケータイの様なものを開いた。

「こちらカントー地区第一幹部カムサ。
 暗証番号打ち込み、開始します。(ボタンを押す音が数秒)

 …っあ。ボス…お久しぶりです。はい、はい…カムサです。はい…
 いえ、新入りのテストを開始したいのですが…あ、はい。
 名前?あ…えー、関城藍。出身校は国立ポケットモンスター学園。
 あ…ああっ、いえ。男です。はい…はい。…べオさん…ですか…。いえ…
 あ、あの。では、開始して宜しいでしょうか?
 はい。では始めます」

―プツ…

ふう、と深い息を一度つくと、カムサは藍には目もくれず、建物の中にずけずけと上がりこんだ。

もちろん土足。

中にはずらりと、スロットマシンが並んでいる。

「…すげぇな…おい」

照明は薄暗いものの、中は何故か活気に満ち溢れている。

カムサはその内の一台の前に腰を降ろすと、これまた物凄いスピードでボタンを叩き始めた。

すると…スロット画面の前に垂れ幕のようなものが下がってきた。

よく見ると、超薄型テレビ。

―ワァン…ッ

画面の中に、しょぼくれた老人が現れた。

「どうも。カムサさんかえ?ふむ…となると、向こうに居るのが藍くんじゃな?」

カムサが凄い強さで藍の手を引いたので、藍は一瞬脱臼するかとさえ思った。

「―ッ…痛ぇーっな!名前を呼びゃぁいいだろ!?」

「どうも。威勢の良い青年じゃな。名前は関城藍で確かか?」

「…ああ…」

「ワシは試験管の、ブグドラジェ・エルッセングッディ・オーパルホーム。
 長いので皆にはべオ爺さんと呼ばれとる。
 何故べオかと言えばな…ほら、頭文字を取ると…B・E・O。
 つまりは『べオ』と言うわけじゃ♪ふぉっふぉっふぉ」

愉快そうに笑う、その爺さんはハタから見れば、

茶目っ気溢れる「愉快なおじいさん」だろう。

だが、藍はそう思わなかった。

いや…思えなかった…。

年寄りとは思えぬその鋭い眼光は、藍の行動…時には心理…すべてを見通している様だった。

カムサの肩から伝わる緊張の意味が、やっと分かった様な気がする。

「ぅえっほん。さて藍くん。これから君に、とても簡・単・な・テストを受けてもらおう。
 良い結果が出る事を楽しみに、しておるぞ。
 ではカムサさん。初めておくれ」

「はい」

微かにかすれたその声が、より一層藍の緊張を高めた。
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かきくけ子 #5★2006.06/18(日)14:56
・TEST(1)・


「いい?藍ちゃん。よく聞いてね…
 テストの制限時間は一時間。その間、このアジトを見回って問題点を探し出す。
 そして一時間後、見つけ出した問題点を改善するための策をこの…べオに言うの。
 判定権はすべてべオが握ってるから、私からは何も言えないけれど…
 とにかく頑張って頂戴。期待してるわ…それじゃあ、グット・ラッグ」

早口でそう言い切ると、カムサは否応なくスロットマシンの一番左側にあるボタンを押した。

―ぶー…っ

低いブザー音と共に、タイマーが現れ、藍は試験が始まった事を悟った。

―それにしても…

藍は考える。

整然と並んだスロットマシン。

しんと静まり返った…アジト…

―ここがアジトだなんてな。団員も居ねぇし…問題点だらけだろ…

チラリとカムサの方を見ると、カムサはじっとこちらを睨み返してきた。

―!

これといった根拠があるわけではない。

だが、何かが藍の頭の中を突き抜けた。

―ここに入った時に感じた…活気…

何かに向かって大勢が、機械の様に…歯車の様に…動いている。

まだ人は居るんだ。

大量に…。

―居るとしたら何処だ?

限られた敷地。

人を押し込むのに最適なのは、空間を立体的に使うこと。

マンションがその代表的な例だろう…

しかし、この建物は平屋だ。

上に空間を使わないのなら…

―…下…か。

地下。

地下があるんだ…このどこかに…

―パッと見、階段らしきものは見当たらないな。って、当たり前か…

藍はぐるりと首を回した。

整然と並べられたスロットマシン…

―これをすべて調べるとしたら…一時間じゃ無理だ。

無理な課題を出す訳が無い。

もし万が一スロットに仕掛けが有るとしたら…

―ヒントは必ずどこかにある!

もう一度藍は辺りをじっくりと見回した。

汚れの少ない真っ白な壁。

その壁に「疑って下さい」とでも言う様に、一枚のポスターが貼ってあった。

【『スロットで大金持ち!』
 〜「まさかぁ」と思ったアナタ。損をしますよ!〜
 プロが教えます。スロット成功の秘訣! 定価:525円(税込)】

そこにはいかにも怪しげな本の広告。

しかし藍は真剣に、じっとそのポスターを見つめた。

オーバーに大口を開けているオバサン。

サングラスに白スーツの男…。

―これはヒントじゃないな…

次に藍は文面を指でなぞり始めた。

―スロットで大金持ち…か。本当にスロットに何かあるのか…?

次の段。

〜「まさかぁ」と思ったアナ…

―!

微かにポスターがデコボコしている…?

次の瞬間、藍は思いっきりポスターを破り捨てた。

出てきたのは赤いボタン。

「!…これ…自爆装置ではないよな…」

ぼそりと呟く。

ここにはカムサも居る。

見たところ、カムサはずい分と偉い立場のようだ。

あのべオ爺さんを呼び捨てにしていたし…

こんな、うっかり新入りが押してしまいそうな所に、自爆ボタンを取り付ける訳が無い。

藍は一度深呼吸して、赤いボタンをぐいっと押した。

―ごぉおおぉォ…

何か巨大な装置が動く音と共に、建物の隅に階段が現れた。

―ほっ、良かったぁ。

「ほら。見なさいよべオ。4分32秒しか経ってないわ。
 この時間で地下への入り口を見つけるなんて…過去最速だわ」

「うむ」

べオ爺さんの眉がぴくりと動いた。
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かきくけ子 #6★2006.06/23(金)13:48
・TEST(2)・


階段を降りるとそこはジメジメした地下室。

まだ階段が続いていることから、まだ先があるらしい事に気付く。

が、藍はとりあえずこの階を見回ることにした。

―使ってるポケモンがワンパ(ワンパターン)だな。
 ズバット・ドガース・べトベター・ワンリキー・スリープ…

それにレベルも低い。

これじゃあ、これといった作戦無しでも普通に勝たれるぞ。

毒で相手の体力減少を誘うにしても…

普通の「どく」じゃな…

毒消し使われたら意味無いし。

やっぱここは「もうどく」かけて、持久戦に持ち込んで…

ロケット団の事だ。

技マシン複製機とかだって作ってるだろう。

すべてのポケモンに「どくどく」を覚えさせるか…

―それにしても…

この床の仕掛けは必用あるのか?

…鈍い音が足元から響く…

何かの催眠作用がある訳でも無し。

こんな事で狭苦しい、いかにも小物そうな雰囲気にして…

バカじゃないのか?

動く床で動揺を誘えるとでも思ったのか…?

ならまだ何の変哲もない床が動く方がいい。

こんな…動く方向まで示してちゃあ…

ただの「便利な床」だぜ、おい。

こんなことならこの空間を堂々と使って、雰囲気で相手を圧倒する方が…マシだ。

ん?

…エレベーター…?

「何考えてるんだ?」

思わず藍は口に出してしまった。

こんな、トレーナーに楽させる機械ばかり作りやがって…

行き先を決めるボタンには鍵が掛かっている…が、

「でんきタイプのポケモンを使えば楽々…だぞ?」

いや、ポケモンを使うまでも無い。

こんな簡単な鍵ならピッキングでいくらでも…

案の定、藍がガチャガチャと鍵穴をいじると、エレベーターは動き出した。

「俺、ピッキング初挑戦なんだけどな」

些かげんなりしながら、藍は幹部室へ行った。

途中に使われているポケモンは、アーボとサンドパン…

幹部室には鍵すら掛かっていない。

「…酷いもんだな」

近くに居た団員がキッと藍を睨みつけたが、藍は何の反応もしない。

くるりと回れ右をしてエレベーターに戻ると、今度は少し上の階へ行ってみた。

その光景を見て藍は思わず、「こんな所で働くのか」と考え込んでしまった。

そこにあったのは、上の階で散々批判した『動く床』

藍はイライラとしてその床に乗った。

鈍い音が藍を運んでいく。

そして、階段を音を立てて登ると、藍はべオ爺さんの所まで戻っていった。

「おう?どうしたんじゃ、キミ…まだ試験時間は残っているぞ?」

「もういいさ」

藍は吐き捨てるように言った。

「決めたよ。俺がここを最高のアジトにしてみせる。
 今の…現状じゃあコレ、ただトレーナーのレベル上げを支援する団体だぜ」

「しかし、キミがここで働くか否かの決定権は、ワシが持ってるでな…」

「まず一つ目の問題点は!」

藍の大声がアジトに響いた。

「この階にある、ボタンの隠し方について」

破り捨てたはずのポスターを、藍が手品の様にポケットから取り出す。

「俺はこのスロットマシンから薄型テレビが降りてくるのを見て、
 マシンに何か鍵があるんじゃないかと疑った…
 だが、普通の奴らはまず最初にこの不審なポスターを疑う。
 容易に推測できる事だろう?
 そしてそこに実際…あるんだ。スイッチが!馬鹿だろう?爺さん」

べオ爺さんの目が光り、しっかりとした口調で藍に聞いた。

「じゃがな、それはアジトの能力をあげれば、どうでもいいことじゃろう」

「やっぱ馬鹿だな。アンタ」

藍の毒舌が飛ぶ。

その様をカムサがまじまじと眺めている。

―やっぱり、大物ね。この子…

「どんな天才が強化したアジトだって、必ず弱みは現れる。
 だとしたら、探りを入れられない様にするのが、最大の防衛策だろ。
 …とりあえず、スイッチの場所は動かせないから…そうだな…」
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かきくけ子 #7★2006.06/23(金)14:55
・TEST(3)・


…鍵付きの鉄扉でスイッチを隠す。

ほら、よくあるだろ?学校とかによ。

なんか防災グッツだか、電気回線だか…そんなのが入ってる鉄扉が。

それで、偶然スイッチを押す事はほとんどなくなるだろう…

―「ロケット団員すら出入り出来ないのは困るぞい?」

そこだよ。

いかにも厳重に鍵が掛かっているように見せて、実は鍵なんて無いんだ。

けど、押しても引いても開かないようにする。

つまり、ふすまみたいにスライド式の扉にするんだ。

そしてその隣に、いかにも意味ありげなポスターを貼る。

そうだな…犯行声明みたいな…ガキが見ても分かるくらい怪しいヤツ。

それで『スリーセブンが集まるとき、地下への扉が開かれる』…なんて書くのはどうだ?

ここのスロットで「777」を出すのは相当難しいだろうし、それを集めるとなると…

諦めてくれるぜ。きっと。

―「ふむ…」

あと、あの動く床。

意味無いものは取り去れよ。

それと、仕切りとなっている壁も一回壊せ。

「じばく」とかでどうにもなるだろう…?

フロアを大きく使うんだ。

雰囲気が大切なんだぜ…そして、階段に行き着くまでの道のりを一本にする。

そう、仕切りとなる壁…壁を全面工事するんだ。

ワンリキーの使用頻度も中々のモノだったしな…そいつを使えばあっという間だろう。

そして全ての階に…5,6人くらい…

トレーナーを置け。

絶対戦うポジションに、だぞ?

そして、最初に戦う事となるポジションには今の幹部を置く。

最初が肝心なんだ…

―「…ほう?」

次は使っているポケモン。

変えようかとも思ったが、これを利用する策も思いついた。

言わせて貰おう。

使っているポケモン。ほとんどが、「どくタイプ」だと言うコト…

これを利用するんだ。

「どくタイプ」に効果的なのは、「じめんタイプ」。

すぐそこの、クチバやハナダで捕まえられる、ディグダ・サンド…

それに「どく」状態にならないニドキング。

こいつらが主な敵だろう…

幹部となるものだけに、様々なタイプのポケモンを持たせるんだ。

そうすれば、使われるポケモンだって限られてくる…

考えてる所じゃぁ…

ギャラドス・ニドキング・カビゴン・パラセクト・レアコイル…あと…リ…ウインディ

この6匹を幹部…恐らく俺だろうな…に持たせる。

―「ふぉっふぉっふぉ。
  ずい分勝気じゃのう…じゃが、お前さん。今までのは全て「改善策」じゃ。
  新しい作戦を考えられる、柔らかい脳を持った奴がロケット団は欲しいのじゃ。」

ふん。あるよ…新しい作戦。だろ?

ここの団員は合計、25人だったな?

―「…そうじゃが?」

その内20人にサイホーンを持たせる。

―「?」

その20人の内、10人のサイホーンには「つのドリル」か「じわれ」を覚えさせる。

―「…一撃必殺じゃな?
  しかし、そんなに沢山の技マシンは…」

あるんだろ?

技マシンをコピーする原理なんて、とうの昔に開発されたんだ。

ただそれが違法だってだけで…

技マシンを「ひでんマシン」にする事だって出来るんじゃないのか?

―「うむ。その通りじゃ」

…どーも。

それで…そう。それで皆の昇進意欲を掻き立てるんだ…

サイホーンを持ってない奴は20人の中に入れるように…

20人の奴らは、10人に入れるように…10人の中で、一番になれるように…

―「一撃必殺の意味は何なのじゃ?
  格付けしたいなら、他にも方法は…」

脅しだよ。

はっきり言って、一撃必殺は策が無い限りほとんど戦力にならない。

命中率は悪いし、PPは少ないし…

けどな、当たらなくても使うだけでいいんだ。

(一撃必殺持ちが居る…ヒラの団員でさえ、一撃必殺を持っている)

そうトレーナーに思わせるんだよ。

実際、一撃必殺持ちは10人しか居ないのに、20人全員が持っているように思えてくる。

当たったら、有無を言わさずやられるからな…

25人全員に一撃必殺を持たせないのは、さっきも言ったように昇進意欲を掻き立てるためだ。

―「しかし、その二つの技じゃと、ゴース系には効かんな。
  奴らの特性は…たしか「ふゆう」じゃったろう?」

ああ。

そこでさっきのカビゴンが生きてくる訳さ…

カビゴンに「シャドーボール」を覚えさせる。

―「…!」

いや…カビゴンでなくても構わない…「シャドーボール」…

覚えるポケモンには覚えさせておくんだ。

―「…」

油断は禁物だって事を、教えてやるためにも…な。

どうだい、爺さん。

俺、合格だろう…?

―「…うぇっほん…そうじゃな、お前さんは…」
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かきくけ子 #8★2006.06/23(金)16:40
・FEAR・


「…合格じゃ。
 三日もすれば、お前さんの言ったとおりのアジトになるじゃろ…
 じゃあな、カムサ。頼んだぞ…―(プツ)」

早口でそこまで言うと、べオ爺さんはそそくさと回線を切ってしまった。

よっぽど藍が気に食わなかったのか…

それに、非の打ち所がないのだから、どうしようもない。

隠れていく薄型テレビを眺めていると、カムサが藍に鍵を渡した。

「…何だ…?」

「エレベーターの鍵よ」

カムサは緊張が解けたのか、元の喋り方に戻っていた。

「ああ…!」

そういえば、エレベーターの事言うの忘れてたな。

そんな事を考えながら、藍はその鍵をまじまじと見た。

古い、凝った彫刻が彫られている。

―きったねぇ鍵…

何気なく、藍はこびり付いていた汚れを落とした。

「この鍵がここの幹部だっていう、証になるから」

―この彫刻…
 …!

「エレベーターは好きなようにしていいけど、
 この鍵は首から下げとくなり、何なりしておいてね」

「…おぅ…」

藍の生返事が気になったのか…

カムサが藍の方をじっと見た。

その視線にも気付かないかの様に、藍は鍵を凝視している。

彫刻…

この彫刻…!

手垢や赤サビなどの汚れをを丹念に落とすと、竜の全身像が現れた。

巨大な二本のツノ。

コウモリの様な羽。

長い爪を付けた後ろ足。

笑ってしまうほど小さな前足。

太い尻尾。

その先には、赤々と燃える炎…

―リザードン―

「藍ちゃん?」

「わッ;何だよ!」

「何って…ボーっとしてるから…」

「そりゃ、たまにはボーっとだってするさ!」

「何か意外だったのよ…」

パチクリと藍を見つめるカムサ。

鍵をぎゅっと握りしめ、何気なくリザードンを隠す藍。

そんな二人を眺めつつ、時は流れて三日後へ…。


「ふぅん。幹部室も立派なもんだな…」

ポケモン学園から送られてきた、個人的な品々を箱詰めにしながら、藍は呟いた。

カムサはもう本部の方へ戻ったため、藍の側には居ない。

幹部室のあるフロアにも、6人の団員は居るには居た。

だが、藍の指揮により、幹部室には入ってこない。

「…ふー」

箱詰めが終わった。

どっかりとイスに腰掛け、目の前にあるコンピューターの電源を入れた。

暗い画面がパッと明るくなる。

藍は、このアジトの情報を入力した。

「…何か役立つプログラムでも設定するか…?
 ふん…人相証明システムなんてのはどうだ?
 何年前の写真でも、それが本人か確かめられるヤツ。
 スパイ調査に役立つかもな…」

カタカタとキーを打ち出したとき、強制的にメール画面が開いた。

『【題名:無題  送信者:Sakaki】
 望まれた通りのポケモンを送る。
 カムサから報告があった。才能があるらしいな。
 私はカントー地区第一ブロック基地に来ている。つまり本部だ。
 隣町のヤマブキの、元・シルフカンパニー社の土地の所にある。
 まあ、せいぜい頑張ってくれたまえ。』

その一文を読み終えるかどうかの内に、モンスターボールが6個

隣にある通信装置の上に乗った。

藍はそれをチラとだけ覗くと、触りもせずにまたキーを叩き始めた。

手が微かに震える。

心臓が、痛い。

息づかいが荒くなってくる。

アジトの内部でポケモンを見たときは平気だったのに…

「…落ち着け…」

―ポケモンが嫌いなわけじゃない…

そのはずだ。

いや、実際にその通りなのだ。

何しろ藍は、この動悸の意味を知っている。

それは恐怖に限りなく近く、そして嫌いの反対の意味を持っていた。

「落ち着け…落ち着くんだ…」

自分で自分をなだめ、もう一度ボールを見た。

深い深呼吸をする。

―カチ…

再びキーを叩き始めた。

画面一杯に写し出された不可思議な文字の並び。

それ以外のことは考えない様に…
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かきくけ子 #9★2006.06/25(日)10:23
・INTRUSION・


カチン☆

最後のキーを叩き終え、藍は深いため息をついた。

モンスターボールを見る。

さほど、さっきの様な感情は感じられなかった。

「―…ちぇ」

それでも、それに触れる事は出来ない。

学園の、実技テストのレンタルポケモンとは違う…

これは自分のポケモン。

耐え難い重圧が藍の上に圧し掛かる。

慌てて目線を画面に戻す。

ふと、鈍い足音が聞こえてきた…

―ドタドタドタ

「誰だ!?」

藍が声を張り上げると、その足音はピタリと止まった。

「あ…えと…地下一階担当の…ゴンベエっす」

おどおどとした声でゴンベエは、そう言った。

―ゴンベエ

その名の通り(?)ゴンベエは、ちょっとゴンベに似た団員だった。

まるい体型。

悪の組織に必ず一人は居る、ちょっと間抜けで金に貪欲な…

かといって、良心もきちんと持ち合わせている、

そんなヤツだった。

「何だ?何かあったのか?」

「ヘイ。ゲームコーナーの監視カメラにですね
 …へへっ、見つけたのは本当に偶然なんスよ…」

「―…そんなことはどうでもいい…」

「へえ…すいやせん。
 あーっと、男が映ってたんス。丁度、藍さんと同じくらいの年齢の…
 黒髪で…ニット帽を深く被ってましたねぇ」

ゴンベエが、ガハハッと下品に笑った。

そして、こう付け加えた。

「監視カメラに気付いてるようでした。
 なるべく映らないように、振舞ってるぽかったし…あ。ぽいでしたし…?
 まあいいス。こっち…ってゆーか、画面ですね…見て、ハッとしてましたから。
 結構、かっこいい感じの男でしたよ」

―…監視カメラに気付いていた?

待てよ、カメラは俺が付けたんだぞ。

凡人なんかには絶対に分からないような所に…

藍は沈黙した。

それに気付いたのか…ゴンベエは慌てて口をつぐみ、

「藍さんの方が、一億万千倍カッコイイすけどね」

と、小声で呟いた。

―っふ…

藍が思わず笑みをこぼした。

が、ドア越しではそんな事分からない。

あたふたとその黒髪少年を批判するゴンベエ。

藍は笑っているのを悟られぬように言った。

「その映像を幹部室に送ってくれ…」

「ヘイ」

ゴンベエが鈍い足音を響かせながら、去っていった。

―とにかく…

各階に監視カメラの映像を流しておいて良かった。

ゴンベエが気付かなければ…

―「監視カメラに気付いてるようでした。」

結構な腕のあるトレーナー…もしくは頭の冴える調査員…か?

どちらにしろ、歓迎できない相手だ。

ふと藍は、ゴンベエの事を思い出しクククと小さな声で笑った。

―アイツは、サイホーンを持っていただろうか?

コンピューターが、ピーと受信音を発した。

映像が届いたのだ。
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かきくけ子 #10★2006.07/02(日)12:48
・RIVAL・


腕がいい…頭の冴える…

黒髪、カッコいい感じ。

「コイツ―…!」

それは、かっこいい黒髪ニット帽の少年。

ダボッとした服をまとい、かなり大型のリュックを背負っている。

そのくせ、至る所に置かれた監視カメラの死角を上手く使って姿を眩ませていた。

「飛沫…」

『飛ぶ』に『沫(アワ)』と書いて『しぶき』と読む。

藍は足元にあった箱を引っ張り出し、開封した。

それは先ほど箱詰めした、藍の個人的な品々。

その中から、古めかしいアルバムを取り出してページをめくった。

―…【空組】小島 飛沫(コジマ シブキ)

幼い十歳児の写真。

藍はピンとひらめくモノがあり、アジト中に通達した。

「これから入ってくる人物には戦いを仕掛けるな。
 そのまま幹部室まで連れ込め。
 だが、そいつの行動は随時報告しろ」

その放送をし終えると、藍は、小山飛沫の幼い写真と現在の映像をスキャンした。

コンピューターが、機械的な音を立てながらその情報を処理していく。

―人相証明システムの性能を確かめられる。

この男なら、会えば本人か分かるからな。

少年時代の苦い思い出を噛み締めながら、藍はコンピューターが結果を出すのを待った。

ウィン…ッ

「やった!」

画面には真っ赤な文字で『同一人物』と表示されていた。

―あとはこの判断が正しいか、こっちで見分けるだけ…

藍は自信に満ち溢れた表情で、満足気にその画面を見つめた。
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かきくけ子 #11★2006.07/02(日)11:54
・CONFIRMATION・


「―藍さん!
 今あの男がスイッチを押してアジトまで入ってきました!
 あぁあ…どんどん進んで行きます…いいんですか?」

「ああ…」

藍はぶっきらぼうに答えて無線を切った。

アイツが来るのはもう少しだ…

そう考えると藍は、何かゾクゾクした。

―カンカンカン…

独特の、足音が耳に入る。

そして声。

「おーい。開っけろぉーい」

声の高さこそ変わっているものの、この喋り方…

恐らくアイツだろう…

扉が開く。

黒髪、ニット帽、大きな荷物。

監視カメラに映っていた者と同じだ。

その男はキョトンとした顔で言った。

「藍ちゃん?」

「飛沫…か」

男…飛沫はうなずきつつ、藍に飛びついた。

「そーそーっ!そーよぉ!
 ウッソ、藍ちゃん?マジでぇ!?運命じゃーん!ダダダダーンじゃん」

藍は確信した。

コイツは…完全に飛沫だ。

「うっひょー♪懐かしー…
 卒業できたのかー、ん?俺様?俺様はねぇトレーナーになったのよさ。
 トレーナーっつっても、洋服のトレーナーじゃぁないからNE!」

聞いてもいない質問につらつらと答えていく飛沫。

藍は自分が招き入れたにも関わらず、帰ってくれないかと考えた。

―人相証明システムの正確さはもう分かった…;

「ちなみに今はぁ、ジョウト地方を制覇して帰ってくる所。
 これからホウエンに行くんだ。
 なんなら藍ちゃんも一緒に行かない?」

「行かない…」

ぐいっと飛沫を引き離し、半ばにらみ付ける様な目線を送りながら藍は言った。

「ちぇっ、昔っから連れないんだもんなー…ぷんぷん!
 じゃあ、カード頂戴よ。タマムシ越えるのに何か『カード出せ』って言われてさぁ…
 ここに有るって聞いたんだけど」

「それはできない」

「なんでぇ!?」

「少なくとも、俺を倒さない限りは…な」

―そう、目的はこれだ…
 コイツを倒せば、俺は最強になる。

藍はゆっくりとボールに手を伸ばした。

恐れていることを気付かれぬように、ゆっくりと…

「あんれぇー!?
 藍ちゃんポケモン平気になったの?
 ポケ学時代は、テストの時しか手も触れなかったのにィ」

―どくん
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かきくけ子 #12★2006.07/02(日)11:57
・INTUITION・


飛沫の声に、藍の手がこわばった。

動かない…

「それに、テストの時ですらポケモンと目を合わせよーと、しなかったし…」

「…っ」

当時の記憶が戻ってくると、どうにも体が動かなくなった。

じっと飛沫をにらみ付ける。

「…」

飛沫の方も藍を見る。

目線が、藍の顔から手に…そしてその先のモンスターボールに移った。

「…あ」

飛沫が小さく声を上げた。

「なーんだ、藍ちゃん。
 やっぱポケモン嫌いなんじゃーん。
 だったらやめようよぉ、バトルなんて…」

「違っ…」

藍はガバッと、一気にボールをつかんだ。

どくん どくん どくん…

「…あっ…この」

―カツーン…

ボールが一つ転げてしまった。

藍がびくっとしてボールを見据える。

―ポケモンが出てきたらどうする…

しかし、ポケモンは現れなかった。

「だってさぁ、藍ちゃん。
 そのボール、この機械の上にあったでしょう?」

飛沫がポケモン転送装置を指差して言った。

「転送装置の上に置いてあるって事は、
 ボールが転送されてから一回もボールに触れてないって事でだもんねぇ」

転送装置は、ボールを置くと転送画面が現れ、

そこに行き先を入力すると向こうにポケモンが転送される。

と、言うコトになっている。

つまり、転送装置に乗っているのに、転送画面が出てないと言うコトは

向こうからこちらに送られてきて、そのままなのだ。

と、言う事を飛沫は伝えたかったのだが…難しい…

結論は、飛沫が藍のポケモン嫌いを見抜いた。

そういうことなのだ…;

「ふふん♪」

飛沫が鼻高々に笑った。

その様子を見ていると嫌でも、藍の脳裏には幼い記憶が戻ってくる。

―耐え難い屈辱感…
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かきくけ子 #13★2006.07/02(日)12:41
・MEMORY(1)・


一番最初に飛沫の存在を知ったのが、あの時だった。

俺が7歳。

飛沫も7歳。

入学して2回目の冬、12回目のテスト。

いつも学校中で一位だった俺の成績が揺らいだ日。

ざわついている廊下には、でかでかと紙が張り出されていた。

同級生達が、その紙の一番上を見て驚いている。

「すっげぇじゃん、シブキぃ!
 アイに勝ってるよぉ!?」

―一位:小島 飛沫(筆記=97点 実技=100点)

 二位:関城 藍 (筆記=98点 実技=93点)

廊下に貼りだされた紙には、しっかりとそう書いてあった。

『初めて負けた』

俺の中にはその思いだけが渦巻く。

俺は群衆の中から小島飛沫を目で追った。

「あー…でも筆記はやっぱ負けたなぁ…」

黒髪、長髪…

どこにでも居そうな…平凡な少年だった。

『くやしい…』

チラと飛沫が俺を見た。

『くやしいぃ…っ』

俺はその場を駆け出した。

カツンカツンカツン…

独特の足音。

靴底に何か打ち込んでいるのだろうか。

当時の俺には、そんな事どうでも良かったが…

飛沫が追ってきていた。

俺はやけになって走っていった。

が、飛沫の方が運動能力は上らしい…

すぐに追いつかれてしまった。

肩で息をしながら、俺は走るのをやめて歩く事にした。

飛沫もまた同様に、俺の後をヒョコヒョコついて来る。

「なあ、お前さ『セキジョウアイ』だろ?」

それが、俺の聞いた飛沫の初めての声だった。

「俺さ、コジマシブキってゆーんだ。俺たちって、『らいばる』だなっ♪」

飛沫が嬉々としてそう言った。
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かきくけ子 #14★2006.07/02(日)12:47
・MEMORY(2)・


「…っ来んなよ!」

俺はなるべく恐く聞こえるように、声を低くして言った。

「へー藍ちゃんって、そーゆー声してんだ。初めて聞いたかもなぁ…」

「藍ちゃ…っ…ふざけんな!
 一回くらいぼくに勝ったからっていい気になんなよ!」

「いいじゃん。
 勝ちは勝ち、決定でしょ?」

「…っの…」

俺の逆鱗に触れている事なんていざ知らず…

飛沫は鼻高々に語っていた。

その時、一瞬俺の目の前が暗くなった…様な気がする。

当時の俺には何だか分からなかったけど。

飛沫の顔が奇妙にゆがんだ。

「…っくそぉおおっ」

カッとなり、飛沫に飛び掛かる。

が、普段ケンカ慣れしてない俺は、前のめりに転んでしまった。

―すたーぁん…っ

顔面強打。

「藍ちゃん!?」

慌てて飛沫が駆け寄ってくるのを、俺は起き上がりながら振り払った。

ゆっくりと立ち上がる。

飛沫をじっとにらみ付けた。

「まあまあ、しょーがないじゃん。
 誰でも調子の悪い時はあるよ。っな?」

そう言いながら、飛沫は明らかに上から目線で俺を見下していた。

「…てめ…っ!」

―ずきんっ

締め付けられるように、頭が痛んだ。

だんだんにひどくなっていく。

目の前がぼうっとする。

俺はその場にしゃがみ込んだ。

「え…っちょ;
 待って、待った待った!待ぁぁったぁ!」

飛沫の大声が異様に響く。

俺はその場に倒れこんでしまった。
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かきくけ子 #15★2006.07/06(木)20:03
・MEMORY(3)・


「…っはぁ…はぁ…」

息が詰まるような、不快な感覚に襲われる。

体の芯がひやりとした何かを発散していた。

俺はどうする事もできずに、ただ飛沫をにらみ付けた。

「待ってろ、藍ちゃん。俺がすぐ保健の…」

「いい…!」

飛沫の言葉を制止する。

―頭が割れる…様な気がする。

ヨロリと立ち上がると、俺は壁で体を支えながら歩き出した。

(とりあえず教室へ…)

しかし、すぐに足がダメになる。

―かくん…っ

鈍い音。

体が床に叩きつけられる。

しばらくして、やっと痛みを感じた。

「痛ぇ…」

「藍ちゃんっ」

飛沫の顔が現れた。

不気味に歪む顔。

世界が揺れる。

―ぐらり ぐらり…

もう、ずっとこのまま横になっていたい。

廊下は永延に続いているように、長く長く伸びている。

「藍ちゃん、俺すぐ戻ってくるから…な?」

ああもう…うるさいな。

「じゃあ、言ってくるね!」

声を掛けるな、うるさい…あっちへ行け!

飛沫が廊下の向こうへ消えていった。

ほっとして、ゴロリと寝返りを打つ。

―ビキッ

「あ…っ」

全身がギリギリと痛んだ。

筋肉がすべて巨大な岩にでもなったかの様に…

身動きが取れない…

指一本たりとも動かせぬまま、俺は凍りついた。
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かきくけ子 #16★2006.07/08(土)14:08
・MEMORY(4)・


―このままぼくはどうなっちゃうんだろう…

俺は漠然とした恐怖に襲われ、泣き出したくなった。

しかし、口が開かない。

あごが…顔が…ビキビキと音を立てる。

( 恐い )

「…ぶき…しぶ…き…来て」

必死に叫んだつもりだったが、口から漏れたのは蚊の鳴くような声。

―いやだ…

息が詰まってくる。

―恐いよ…

恐怖が体を突き抜ける。

―ぼく、死んじゃう…?

のどの奥が熱くなってくる。

何かが、肺からあふれ出してきた。

「―!がはっ…げほっげほ…っくはぁ…はあっ、はあっ」

のど奥が裂かれんばかりのセキ。

少しでも動くと、全身に激痛が走った。

そして、おさまったかと思うと別の症状が現れる。

気持ち悪い…

―気持ち悪いよぉ…

遠い記憶に、優しげな笑顔が浮かんだ。

「お…かあ…さ…」

―『大丈夫よ』

「あぁー…ん」

俺はかぼそい泣き声を上げた。

不意に、保健医の顔が現れた。

にっこり笑うと彼女は俺に向かって、

「大丈夫よ」

と、言った。

必死で彼女にすがりつく俺。

彼女の腕の中で、俺は静かに眠りついた。
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かきくけ子 #17★2006.07/08(土)14:34
・MEMORY(5)・


目を覚ますと、明るい天井が目に入った。

「―…」

声を出すのも面倒くさく、ぼんやりとそれを見続ける。

ぬっと、保健医の顔が現れた。

「あら、関城君。目覚めた?」

うつろな目で彼女を見据えると、俺は小さくうなずいた。

黄金色の笑顔が彼女の顔に浮かぶ。

ひょいと、飛沫もその背後から顔を出した。

不安げに俺を見つめる飛沫。

「よお…お前よお『いんふるえんざ』だって。
 かぜっぴきの大将みたいなモンだって。大変だなぁ…」

それだけ言うと、飛沫はスタコラサッサと俺から離れた。

―インフルエンザ…

きっと、うつるから近付いちゃダメ。とか言われてるんだろう…

「一番初めに気持ち悪くなったりとかしたのは…いつ?」

彼女がそう聞いてきた。

胸に、「氷川」というネームプレートがぶら下がっている。

「きの…う」

「昨日ね。昨日のいつ頃から?」

「テスト…」

「テストをしてる時ね…」

彼女がさらさらっと、紙に何かを書き込んだ。

「書く…テストで…きゅ…に、ぐらぐらっ…てして…
 気持ち…わ…るなっ…た」

喋る事がこんなにも大変だとはその時まで知らなかった。

―疲れた

ほんのりと、体に汗がにじむ。

ぐらぐらと、また世界が揺れたようだ…

「筆記テスト中に?じゃあ、実技テストは辛かったでしょう…?」

俺は声を出さずにコクリと頷いた。

「でも…ぼく、テスト…で頑張る以外…に、いい所…無い…から…」

自分で言ったにも関わらず、じわりと涙が出た。

―どうしてぼく…

俺の目に飛沫が入ってきた。

悔しくて、でもどうすることも出来なくて…

俺はただただ飛沫をにらみ付けた。

7歳、冬の日の事だった…
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かきくけ子 #18★2006.07/08(土)15:08
・DRAIN・


「藍ちゃん?」

藍はびくっとして、飛沫を見た。

感傷に浸っている場合ではない。

―今はコイツをどうやって倒すか…だ。

「飛沫…」

「ん?」

大きく深呼吸して、藍は転げたボールを拾い上げた。

「何よ、藍ちゃん」

おどけた口調で飛沫が言う。

「うるさい、バトルだ」

―どんっ

飛沫の肩を強く押し、右手にしっかりとモンスターボールを握った。

他の5つは、近くの台へ置く。

飛沫が慌てた様子で首を振った。

「待った、待って!
 俺ホントに、とっとと帰りたいの。何ならあとでここ来てやるからさぁ」

「ホウエン行く奴がここに帰る訳無いだろう」

「や…あー…ははは」

飛沫が苦笑いした。

藍がじっと飛沫をにらみ付ける。

幼いあの日の様に…

「ゴメン、藍ちゃん。俺さ、嘘ついてたんだぁ」

「…?」

「ホウエン地方行くんじゃなくって…」

「俺にはそっちの方が、嘘に聞こえるがな…」

ふん。と鼻で笑い、藍は握っていたモンスターボールを台の上に置いた。

目だけは飛沫を放さない。

「俺、瑠璃に会いに行くんだ…♪」

あまりにもサラッと知人の名前が出て、さすがの藍もいささか動転した。

「瑠璃?ポケモン学園の…?」

「あれ?藍ちゃん知ってたっけ、瑠璃のこと…」

「…ついさっきまでその学園に居たからな」

「あ!そーか、へー♪きゃはっ、運命的〜w
 藍ちゃん瑠璃にモーションかけたりしてないでしょーねっ♪」

急に乙女口調になった飛沫。

まあ、そう珍しい事でもないが…

「瑠璃とお前とどういう関係なんだ?」

藍は聞きながら、瑠璃の姿を必死で思い浮かべた。

―瑠璃…

藍がニガテなパーフェクト少女。

たしか薄茶色の髪で、それをショートカットにしていたな。

大きな目には、青色がかった緑のカラーコンタクトを入れて…。

美少女ではないけれど、一般的に「可愛い」タイプの女の子。

「瑠璃は俺の…コレだよ」

飛沫が小指をピンと立てて言った。

「ふざけてるのか…?」

藍が眉間にしわを寄せた。

冷たい空気が、二人の間に流れた。

二人の間には、予想以上に深い溝があるようだ…
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かきくけ子 #19★2006.07/17(月)12:24
・PERSUASION・


飛沫が口を開いた。

「な?いいだろぉ?なっ!?」

「…―いい訳ないだろう、もっとよく考えろ」

藍がため息混じりに呟いた。

「今まで生きてきて『頭いい!』って言われた回数は27回ダヨ?」

「そーゆー無駄な記憶力がムカツクんだよ!」

「あんら、藍ちゃーん♪怒っちゃ嫌ぁよ?」

うひゃひゃ♪と、人をバカにしたような笑い声。

藍はイライラとその笑い声を聞いている。

―だぁ、もう…コイツは…

その内声が遠くなり、ぱったりと聞こえなくなった。

藍が怪訝そうに飛沫を覗き込む。

ふうと、珍しく飛沫の方がため息をつく。

「…藍ちゃん、藍ちゃん」

不意に飛沫が真剣な顔つきで藍の名前を呼んだ。

「何だよ」

「…人の倍も学園に居て天才と呼ばれた藍ちゃんと」

「…?」

「人並み以上の成績で学園を卒業した後、経験を積んだ俺。」

「ああ…」

「ポケモンバトルで…」

「どっちが勝つのか?」

「見ものでショ?」

「だな」

にかっと飛沫が笑った。

不似合いなくらい、幼稚な笑顔である。

「俺も一緒さ」

自分を指差しつつ、飛沫が言った。

「俺も、俺と藍ちゃん。どっちが勝つのかすっげー気になる」

「だから?」

薄っすらと答えは分かっているものの、藍は無表情でそう聞いた…

―ピシリ

かすかな効果音と共に、飛沫に緊張が走る。

(藍ちゃんってばこういう時の圧力すごいんだから…)

心の中で、そう呟きつつ飛沫は藍の顔を直視した。

青い目が突き刺さる。

藍は相変わらずに、無言のままだ…
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かきくけ子 #20★2006.07/17(月)12:38
・REVENGE・


緊張をおくびにも出さず、飛沫が言った。

「俺もフルメンバーで藍ちゃんと戦いたいの。
 逃げも隠れもしないから、またここに戻って来るから、
 とりあえず今日のところは見逃してくれません?」

うひゃひゃと、飛沫が笑った。

藍が眉一つ動かさずに、それを眺めている。

冷たい空気が再び流れた。

(藍ちゃん…―恐っ!)

「だがな…」

藍が口を開いた。

「わ;」

飛沫が声を漏らした事に、疑問詞を浮かべつつ…

藍は先を続けた。

「この先にはヤマブキシティという所がある。
 そこには俺たち、ロケット団のボス、サカキも居るんだ」

「あ…ひゃっ、仮にもボス≠フ名前を呼び捨てデスか?」

「…尊敬するに値しないからな…
 とにかく、お前にそいつが倒せるのか?」

「ま、ね。
 いくらフルメンバーじゃないとはいえ、
 四天王相手にレベル上げしてる子達だからねぇ」

「…」

「大丈夫。四天王といえど、一般人に敗れる弱小チームだから。
 藍ちゃんの方が十万倍強いよ?」

「ああ、そうかい…」

沈黙が流れる。

藍が口の端で笑ったのに、飛沫は気付いただろうか…

飛沫は下唇を噛んで、気を紛らわそうとしている様だ。

(マジ恐ぇーよ、藍ちゃん;)

一方藍は、じわじわと押し寄せてくる感情に、必死で耐えている。

幼い頃、無様な姿を見られたんだ…コイツに

屈辱感をぬぐう為、コイツを倒さなければ…

―復讐―

そう、その感情に近いかもしれない。

この闘争心は…

「分かった」

藍の目に炎が宿る。

「行け…そして帰って来い。
 お前の最強のペット達をつれてな」

―コイツの最高、最強のメンバーの時に勝ってこそ
 俺はコイツを越えられる…!

飛沫がにっと笑って手を振った。

くるりと向きを変え、幹部室を後にして…

軽やかな足音と共に、藍のライバルは視界の中から消えていった――


―…その後の飛沫クン↓

「恐ぇーよ、マジ恐ぇーよ…くすん」

「ぅにゃあー」

「またここ戻ってこなきゃだぜ、ビョウ…」

「にゃん」

ビョウと呼ばれたペルシアンが、軽快に鳴いた。

「ちくしょー、海のバカヤローッ!」

ここは海じゃないけどな、飛沫クン。(笑)
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かきくけ子 #21★2006.07/19(水)23:02
・COME・


「―…ボス…はい。
 今一人の男がそちらに向かっています。はい、そうです…
 コジマシブキ…飛ぶ沫と書いて飛沫です。
 あー…ボス、一応覚悟なされた方がよろしいかと…」

「忠告は無用だ」

低い男の声…そして、

―ぶつっ

鈍い音と共に無線は切れた。

切れた無線に対し、藍はニヤニヤしながら言った。

「忠告はきちんと聞くべきですよー…?」

くすくす…

ちいさな笑い声が、幹部室に響く。

こちらからも無線を切り、藍はその場を離れた。

―少しはアジト内の見回りもしなくちゃな…

そう考え、幹部室のドアを押し開けた時、コンピューター画面に強制電源が入った。

メール画面が開く。

『【題名:無題  送信者:SAKAKI】
 そちらにカムサが向かっている。もうそろそろ着く頃だと思われる。
 彼女自身の願い出があり向かわせているが、
 せいぜい仕事に支障が出ぬよう、気を配ってくれ。
 それでは。』

―さっき言やぁいいのに…

メールに込められた皮肉を口の端で笑い飛ばしながら、藍は思った。

―しかし、それより…

「カムサ、願い出があったのか…?
 何のつもりだ…あの女」

妖艶な姿が浮かぶ。

―…あの女が?

一番初めに藍をロケット団に誘った女性。

カムサの面影は未だ藍の脳裏に焼きついていた。

「…」

かすかな不安が胸をかすめる。

無線が不意に繋がった。

「あ…―ど、どーもです。ゴンベエです。
 あのう…カムサ様がお着きになりましたが…通しちゃっていいっスよね?」

「ああ」

無線の奥で、小さなやり取りが聞こえる。

「はい。じゃあ、カムサ様、そちらへ向かってますんで…では」

―ぶつん

無線が切れた。

遠くから聞こえる、高いヒールの音。

カツーン…  カツーン…

不安に胸が、高鳴った。
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かきくけ子 #22★2006.07/20(木)22:02
・ANXIETY・


足音は、幹部室の前で止まった。

ギイイ…と、重い扉が開く音。

黒髪の、美しい影がゆらりと入ってきた。

しなやかで、しかし強さも感じられる…芯の強い女性だ。

動作こそ緩慢なものの、どこか鋭いものも持ち合わせているような…

そう、猫のような動きだった。

扉が閉まる。

「久しぶり、藍ちゃん」

カムサの声が耳に入った。

不意に藍は、動悸が激しくなるのを感じた。

頭がぼんやりする。

その深い瞳に…カムサの目に…吸い込まれそうだ。

「藍ちゃん?」

びくっとして、藍はカムサを見た。

頭に血が上るような、不思議な感覚に襲われた。

「な…んだよ」

呼吸ができない…

汗が頬を伝って流れた。

「あら?」

くすくすと、女性らしい笑い声が漏れる。

「どうしたの?藍ちゃん。緊張しちゃった?」

―会った頃は何も感じなかった…

何なんだ、この変化は。

息が詰まる。

泣きたい様な…感情があふれ出す。

すっ…

カムサの指が、藍の肌に触れた。

―どくんっ
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かきくけ子 #23★2006.07/24(月)09:28
・BELOVED・


「何しに来たんだよ」

震える声で、藍はゆっくりそう言った。

カムサが藍の頬から指を離す。

「…」

無言のままカムサは、幹部イスに座った。

まるで初めからそこに居た様に…

カムサがそこに座っても、違和感は無かった。

「何だよ…」

まるで富豪の膝の上に居る猫のよう。

あの独特な視線を、カムサは藍に注いだ。

「どけよ、そこは俺の席だ」

「あら、そうなの?」

クスクスと、乾いた笑いが響き渡る。

藍は思わず叫び声ともいえる、大声をあげた。

「どけよ!」

―ぐいっ

カムサの腕をつかむ。

その時…

バランスを崩したカムサが、藍に倒れ掛かってきた。

「きゃぁっ!」

「―…っ」

―ふわり…

受け止めた途端、藍は身動きを取れなくなっていた。

―意外…

カムサからは、ほのかにシャンプーの香りがした。

清潔感漂う、すがすがしい香り。

『これでもか!』と言わんばかりに、香水を付けているタイプかと思ったのに…

「あ…藍ちゃん…」

耳元でカムサが囁く。

びくっと体を震わせ、藍は固まった。

もう、どうしようもない…

「私も昔、このアジトの幹部だったのよ…」

「…ぁ」

相槌を打とうとしたが、声が出ない。

さして気に留める様子も無く、カムサは話を続けた。

「でも…わたしリーダータイプじゃないのね。人望も薄いし…ねえ。
 だから、才能のあるあなたを見つけた時、嬉しかったわ。
 ああ、これでもう…性に合わない仕事をすることは無いのね…って…
 私より、能力のある人を…見つけられて嬉しかったの」

ふいっと、カムサは藍から離れた。

声のトーンを元に戻して、カムサは言った。

「でもだめね。女って醜いわ…
 私、あなたが愛しいの…恋しいわ…」

目に薄っすらと涙を浮かべて…

うわずった声でカムサが叫んだ。

「藍ちゃん!
 私、あなたが好きなの!どうしようもないの!藍ちゃん…っ」

カムサはそのまま泣き崩れてしまった。
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かきくけ子 #24★2006.07/24(月)09:44
・CHAOS・


訳が分からないまま、藍は呆然と立ち尽くした。

ついさっきまで、乾いた笑いを漏らしてた奴が、今は泣き崩れている。

―俺を好きだと言って…

どういうことだ?

これは…

藍は動悸が激しくなるのを感じた。

またあの感じ。

息が詰まる。

―どきっ

好きだと言われて…

そんな事は初めてだった。

顔を真っ赤にして、藍はカムサを見た。

―どきん どきん どきん

どうしよう…

体が震える。

かくんと足を折って、藍はカムサに抱きついた。

「大丈夫…」

大丈夫…どこがだろう。

自分自身、今は大丈夫じゃないのに…

「大丈夫…」

言いながらも、心臓は破裂しそうに波打っていた。

「俺もだから」

「…え」

カムサが顔を上げた。

長いまつげ…

大きな瞳。

「俺も…だから…大丈夫」

「藍ちゃんも?」

藍はじっとその大きな瞳を見つめた。

「藍ちゃんも私の事…好き?」

「…ああ」

この動悸…きっとそうさ。

―俺は…カムサが…
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かきくけ子 #25★2006.07/24(月)10:08
・KISS・


しばらく二人は見つめ合っていた。

藍が不意に立ち上がった。

何となく、苦手な雰囲気だ。

―何故だろう…

あまりカムサと一緒に居たくない。

さっきの動悸は、勘違いなのか?

いや、それは違う。

今現在、この動悸は続いている。

これはきっと…恋情だ。

あまりに唐突すぎて、心がついて行ってないだけさ。

藍は自分自身にそう言い聞かせた。

イスに座りかれると、カムサが背後から…

―ばっ!

本能的に、藍はカムサの腕をひねり上げた。

「痛っ…何?藍ちゃん…?」

「え、いや。ゴメン」

慌ててカムサの腕を放す。

静けさが二人を包む。

カムサがその腕を藍に絡めていた。

「藍ちゃん…どうしたの?」

「…っち」

―カリ…ッ

音を立てて、カムサが噛み付いた。

「カ…」

形のいい唇が、藍の頬に触れている。

―ぎゅうっ

「痛っ」

歯が食い込む。

カムサは何かに酔いしれている様に、まどろんだ目をしていた。

どれだけ経っただろう。

カムサが藍の元を離れると、藍はへたりと座り込んだ。

「お前…」

震える手で右の頬に手をやると、ぬるりとしたモノが感じられた。

―…血

それは血だった。

美しい赤。

「それこそまさに、恋の色」

カムサは言いながら、クスクスと笑った。

「ねえ?」
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かきくけ子 #26★2006.07/25(火)13:19
・TRUTH・


「…何のつもり…だ?」

カムサは相変わらずクスクスと複雑な笑みを浮かべている。

ゆっくりと立ち上がった。

腕組みをして、部屋の奥に歩いていく。

「フフフ…完璧」

「何のことだって…」

くるりと回れ右をして、カムサが振り返った。

顔には満面の笑みが…

狂ったように、カムサは藍に語りかけた。

「完璧!完璧よ!この知能…あなたの能力!
 私は遂に手に入れたのよ!最高…素敵よ…ねえ、藍ちゃん」

ふふふ、といやらしく笑う。

藍は何が何だか分からない。といった様子でカムサを眺めている。

「お前…?」

「…」

先ほどの笑いは何処へやら、凍るような冷たい目。

カムサは本当に狂ってしまったんだろうか。

「もういい頃ね」

ニヤッと口で笑って、カムサが言った。

「そう、これが私の真実の姿」

「何を…」

戸惑いを隠しきれない藍。

「私は宇宙の救世主。この地球という小さな天体を救うために来たの…」

「はあ?」

「手始めに…人類を滅亡させる…!」

―マジでおかしいんじゃないのか…コイツ

藍がそう思ったのも無理はないだろう。
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かきくけ子 #27★2006.07/25(火)13:53
・MONSTER・


「私は、血液などのDNAからその生物の能力を得る事ができるわ。
 多少の血液…そう、血液さえあれば…その者と同じ、同等の力を得る事ができるの」

「…まさか」

「そう、そのまさかよ」

カムサが怪しい笑いを藍に向けた。

「さっきのキス。血を貰ったわ…あなたの知識…知能…すべて、ね」

藍がガタッと立ち上がり、カムサに飛びつこうとした…

が、できなかった。

―ぐらり

目の前が奇妙にゆがみ、一瞬視界が小さくなった。

「テメエ、何しこみやがった…!?」

「何も…ただね、私の唾液には人間がウィルスと呼んでる物質が混入してるわ」

―さっき…!

気付いた時はもう遅かった。

幼い頃の記憶がよみがえる…

胸が締め付けられるように、痛んだ。

苦しい。

「あともう一噛みで…あなたの息の根を止める事ができるわ」

はあはあと、荒い息で何とか酸素を補う。

頭がぼんやりして、何も考えられない。

「ねえ藍ちゃん。今ね、地球はとっても苦しんでいるの。
 それは…人間のせい…人類の…苦しめ、そう地球が言ってるの」

「ああ」

何も分からず、相槌を打つ。

「人間を排除せよ」

カムサの目がキラリと光った。

「だが、この地球上にいる人類の数は…何百億…無理だ。とてもできない」

女性の声とは思えない、しわがれた重い声。

「…」

「しかし都合のいい事に、人間とは秩序を守り、
 正義を語りつつも、偉いものに流される傾向がある…」

「…」

「ならば!
 私がその偉人という立場に立てばいい!
 王になるのだ!人類を滅亡へ導く王へ…地球の真の王は、私だ」

「バカいえ…」

「バカなものか…私は能力のある者の血を吸い、能力を奪い、最後には頂点へ立つのだ!
 地球のために…!」

「地球のためだか何だか知らねーが、俺を巻き込むな。
 血が欲しいのなら、いくらでもやる。だから、出てけ…ここから出て行け!」

強い咳を二、三度こぼしながら、藍が言い切った。

「何故人間は、そうも命に執着するのか…」

「…ッ」

「確実な『今』もまともに生きられぬ人間が…」

「何…のこと…だ?」

「その内に分かる…と、言いたい所だがお前にはその内≠ェ無い」

「何故俺を…」

「同等の力を持つものが二人居ては…真の王にはなれぬからだ」

「ああ…
 …そっか…」

観念したように、藍は目を細めた。

カムサの姿が、醜く歪む。

―これは…?

藍はチラと一瞬考えたが、目の錯覚と、そのまま瞳を閉じた。

横たわる少年の側に立っているモノ。

汚泥ともいえる、そのモノこそ…カムサの真実の姿。

怪物…まさしくモンスター…
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かきくけ子 #28☆2006.07/29(土)11:52
・KAMUSA・


―ずぶ…っ

カムサが一歩踏み出した。

その姿は…骨格は猫≠ナあった。

しかし、身にまとっている物は毛皮でなく汚泥。

背中からは、大小様々な翼が生えている。

鋭い爪が、藍の喉もとを捕らえた。

「…」

藍はピクリとも動かない。

カムサの牙から出たウィルスが体中に回ったのだろう。

その様子を見たカムサがフッと笑って言った。

「お前には教えてやろう。私の正体を…」

「…あ…?」

藍が薄っすらと目を開けた。

カムサの異形の姿に一瞬ドキリとした様だったが、それとなく納得すると、また目を閉じた。

体の節々が、尖った岩でも入っているかのように痛む。

カムサが話し始めた。

「私が生まれたのは、嵐吹き荒れる夏の日。
 人間のマイナス方面の感情が最も高ぶる…そんな日だ。

 そこはとある研究施設。
 人体実験の一歩前、動物実験をする施設だった。
 そこの裏にあるゴミ箱には、大量の死骸があったさ。

 ポケモンの死骸…

 人間に対しての憎しみが…憎悪が…渦巻いていたよ。」

「何だよ」

藍がかすれ声で口を挟んだ。

「地球の事と、何の関係も無ぇじゃんか…」

「結果的には同じだろう」

カムサは吐き捨てるように言った。

話を続ける。

「その感情が、そのゴミ同然に扱われていた私…死骸に宿ったのだ」

「…ゾンビ…か」

「そうだな。
 
 …ペルシアンの骨、ザングースの爪…
 とりポケモン達の翼、ベトベトンの肉体…そして…
 ハブネークの牙…
 それらの集合体が、私…カムサだ」

「…」

「私に宿った感情は一つ。人間を排除せよ!…だ」

―チク…

藍の首に、カムサの爪があたる。

「さよなら…天才くん」

藍は意識が遠のいて行くのを感じた…
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かきくけ子 #29☆2006.08/08(火)13:47
・CATS・


「ビョウ!みずのはどう!」

―バシャァ…!

「…っ」

水の輪がカムサの体にヒットした。

カムサの体が横に飛び、藍は首筋に微かな痛みを覚えて目を開けた。

―…飛沫

飛沫が立っている。

その脇にはペルシアン。

ビョウと呼ばれたのは、あのペルシアンだろう。

―猫の音読みは…たしか、ビョウ…

不覚にも藍はフッと笑ってしまった。

「おい、藍ちゃん?平気かぁ?」

「…ば」

「ほら、あんまり無理しないの!ね?」

―!?

「瑠璃…」

くりりとした目を光らせ、瑠璃が顔を覗き込んだ。

「許せん…」

カムサがゆっくり起き上がった。

「許せんぞ、人間!」

「別にアンタに許しを請いに来たわけじゃ無ぇし…」

けけっとイタズラっぽく飛沫が笑う。

その後ろで、瑠璃がモンスターボールを投げた。

「行け!サンちゃん!」

「サンダァース!」

トゲトゲした黄色い犬の様なそのポケモンは、さっと身構えた。

カムサに対し、フーッと威嚇の声を上げている。

「愚かな…」

空気を切り裂く音がして、サンダースとペルシアンは壁に向かって吹っ飛んだ。

「愚かな!
 何故人間に加担する?何故人間を助けんとする?
 傷を付けられるのはいつもお前達、ポケモンの方だろう?
 私もそうだ。お前達と同じポケモンだ…モンスターだ。

 それだけじゃない。人間は森林を…地球を食いつぶす…
 何故だ、お前達は何故人間に加担する?
 地球を締め上げる人間を…このままでは地球は破滅だ…終わりなんだぞ?
 私欲しか持たぬ人間を、己の事しか考えず、未来などさっぱりの人間を…何故助ける?
 
 …何故だ!?」

カムサはそう言い切ると、藍の頭を強く殴った。

「っう…!」

壁に倒れ掛かる。

―…こつん

赤と白の小さなボールが、藍の前に落ちてきた。
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かきくけ子 #30☆2006.08/08(火)14:11
・SAME・


「だってさぁー、そんなの同しじゃん?」

「ぬ?」

飛沫がニヤリと笑った。

「同じなのヨ、人間も、ポケモンも、キミも」

「そんな訳は無かろう、私は地球の為に人間を排除するのだ。
 己の為に森林を切り刻む人間とは違う」

怒りを含んだ低い声。

飛沫は怯える様子も無く話し続けた。

「だからさぁ、それが一緒なのよ。
 地球なんて生き物じゃないんだからさぁ…
 所詮、鉱物の固まりでしょ?
 全ての生物の長である人間にかなう訳無いじゃん」

「お前のような人間が、いけないのだ
 自分の首を絞めている事を知らずに…」

「あ。すっごーい、俺それよく言われるんだ!
 『自分の首絞めてるぞ』ってね」

嬉々とした表情で、飛沫がまじまじとカムサを見る。

カムサの爪が、ピクリと動いた。

「あ。そうそう。
 えーっと、だからぁ、キミも人間も、自分達のやりたい事やってるだけでしょ?
 キミは、自分が地球を救うっていう自己満足に浸るため。
 人間は生活楽にするため。
 ね?一緒、一緒。どっちも自分の娯楽のためじゃん」

「違う!」

カムサが絶叫した。

「違う、違う!
 私は人間を排除するため…違う…怨念など…私情など無い!
 救うんだ…私が!地球を!
 このままでは地球は…壊れてしまう…私が…」

「そぉかなぁ?」

わざとらしい声で、飛沫が口を挟んだ。

「地球ってそんな弱くないと思うよ?
 もし仮にさ、地球が…こう…ドーンと弾けて飛んだとするでしょ?
 それでもまた星になるわけよ。
 太陽からいい感じの位置につけば、また生命が生まれるわけだし。

 深く考えないでいいの。
 俺ら一人一人にできる事なんて限られてるんだからさ。
 地球の役に立ちたい人は、無理せずゆっくり、皆を味方に付けてから出発しようよ。
 でないと、変な反感くって、余計遠回りになっちゃうから。
 『急がば回れ』ってね」

「…っええい!うるさい!人間の話に聞く耳など持たぬ!
 お前らを倒す!私は地球の使者なのだから!」

カムサが腕を振り上げた…
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かきくけ子 #31☆2006.08/29(火)12:25
・MADNESS・


「うし…行っけェーっ!」

―バリバリ…ぶしゃぁああっ

「ぐあ…っ」

大きな破壊音とともに、カムサが吹っ飛んだ。

飛沫は相変わらずニヤニヤしている。

「ふう…何とか間に合った…かな?」

瑠璃が冷や汗を拭きつつ呟いた。

側には元気になったぺルシアンとサンダース。

そして、キズぐすりの空き缶。

「よっしゃ、ナイスタイミングだよ瑠璃!逆転三振ホームラン!」

「適当な事言うんじゃないの、逆転ホームランは分かるとしても、三振ってどういう…」

「…許せん…ゆる…っぐあぁぁ…あ、ああーっ!」

カムサの様子がおかしい。

不意に、飛沫の眼光が鋭くなった。

「一気に行くよ、瑠璃」

「おっけー」

ペルシアンとサンダースが構える。

「―ッビョウ、はかいこうせん!フルパワー!」
「サンちゃん!10まんボルトぉおーっ」

―ごががぁーッ!
 ピシャァァ…バリバリバリッ

二つの光線が交差しながら、カムサに向かって進んでいく。

そして…

―ばぁァッん!

「決まった♪」

瑠璃がガッツポーズをとる。

しかし、飛沫の目付きは未だに鋭いままだ。

「…見て、瑠璃…」

「え」

もうもうと立ち上る煙の間から、カムサがゆっくり立ち上がった。

無傷で…

「効かぬ」

微笑を浮かべつつ、カムサはそう言い切った。
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かきくけ子 #32☆2006.09/16(土)10:59
・THREE・


「効かぬぅぅーっ!があーぁあーっ」

カムサの巨大な爪が一直線に瑠璃に飛んできた。

―!

「瑠璃っ!」

飛沫が慌てて瑠璃を引き寄せた。

しかし、なおも巨大な爪は瑠璃を追いかけてくる。

飛沫も瑠璃も、ぐっと目をつぶった。

覚悟を決めて…

しかし、数秒…数十秒たってもその時は来なかった。

薄く目を開けると、そこには藍が立っていた。

カムサの爪が、藍の腹部の端に突き刺さっている。

カムサの顔が驚きに変わった。

藍がカムサをにらみ付ける。

「藍…ちゃん?」

飛沫が問いかけた。

「何こんな化け物もどきにビビってんだよ、飛沫」

「…っ…藍ちゃぁあ〜ん♪」

「寄るな、触るな、喋るな、見るな、地獄のふちで黙って見てろ」

ずぶっと、カムサが爪を抜き後ずさった。

血がどくどくと流れ出る。

「ああ…そんな冷たいお言葉ぁんw」

「誰かコイツを黙らせろ…」

そんな事気にもかけず、二人は会話を続けた。

「くふ。それは…無・理・はあと」

「…(ぶち)」

「ねえ、ちょっと!コントやってる場合じゃないでしょ!
 どうすんのよっ、あの怪物」

瑠璃がコントに終止符を打つと、藍がポイッとボールを投げた。

―モンスターボール…

飛沫がちょっと意外そうに、藍の顔をうかがった。

「オォー…ン」

出てきたのは、ウインディ。

中国にはその伝説さえ持っているという…強大な獅子。

カムサが牙を剥き、威嚇する。

「…さっき俺の前に落ちてきたボールだ。
 賭けてみたが…ふん、結構いいのが入ってたな…」

「藍ちゃん…」

「行くぞ、飛沫、瑠璃」

「え…あ?私もっ!?」

おどおどと、瑠璃と…サンダースにペルシアン。

一人と二匹が前に出てきた。

飛沫と藍が二人で密談をしている。

「行くぞ…」

「よっしゃぁ、OK!
 ビョウっ!みずのはどう!」

リング状になった水が、ペルシアンの口から吹きだした。
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かきくけ子 #33☆2006.09/26(火)23:13
・COMBINATION・


「そこだ!ウインディ…かえんほうしゃ!」

連なった水のリングの中心を、火炎が突っ切る。

炎はカムサに当たったものの今のカムサにはかゆくも無い痛さだろう。

それに、高熱の炎が輪の中心を通ったせいで、水の波動は蒸発してしまった。

「はははっ、所詮私に敵う者など居ないのだ!」

「サンダース、10まんボルト」

何故か藍がサンダースに命令を下した。

少々困惑していたものの、サンダースはすぐに動いた。

激しい閃光が辺りを多い尽くす。

―カ…ッ!

バチバチと火花が飛び、部屋の中の照明が消えた。

「…無駄な事を…」

カムサが腕を振る。

人影がざっと揺れ、二つに割れた。

ところが…影はゆらゆらと揺れ、すうっと消えてしまった。

「何…?」

水蒸気が充満し、照明のない部屋の中、カムサはじっと感覚神経を澄ませた。

そして…

「そこかぁあっ!」

3つの人影をためらうことなく、斬りつけるカムサ。

しかしそれもまたハズレであった。

「…どこだ…」

しんとする室内。

「どこだ!?出て来い、卑怯者ぉー!」

「心配しなくても…」

スッと飛沫がカムサに歩み寄った。

「すぐに現れるつもりだったのにねぇ?」

―ざっ

カムサの爪が飛ぶ。

が、先ほどの揺れる影とは違い、飛沫はヒョイとその爪をかわした。

「ふざけ…」

―ばり…

爪が…ザングースの爪が砕け散った。

「何…!?」

「へえ…ナルホドね」

瑠璃が砕け散った爪に破片を拾い上げた。

「まず炎で高温状態にしておいて、その後、付着した水蒸気と爪を振ることによる風で冷却。
 この時点で既に結構なダメージを与えているのに、濡れた爪へのじわじわとした電撃。
 まさにトリプルパンチ…」

「さっすが藍ちゃん」

飛沫が二カッと笑いながら、カムサを見た。

カムサが低い声で吼えた。

「それに水蒸気をスクリーンにして、人影の映像を見せるとは…」

「敵に回したくないタイプだよな、藍ちゃん」

「ふざけるな」

カムサが低く唸った。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁーっ」

「ふざけてるのはどっちだよ」

藍が、血の流れる腹部を抑えながら言った。
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かきくけ子 #34☆2006.10/19(木)18:31
・CONVERSATION・


「何?」

カムサが唸る。

「だから…ふざけ…てる…は…―」

―すうっ

「藍ちゃん!?」

藍がドサッと崩れ落ちた。

飛沫が慌てて藍に駆け寄る。

「出血がひどいわね…とりあえず、そこに寝かせて…それで…」

瑠璃がテキパキと飛沫に指示を出す。

その指示に従い、飛沫は動いた。

「敵と対峙している最中、お前らは何をやっている!」

カムサが言った。

「見て分からない? 治療よ…」

「敵に背中を向ける事…それ即ち敵前逃亡・士気喪失
 戦う気の無いものに、戦いの中生きる価値などありはせん」

力強くカムサはそう言いきった。

それに瑠璃が答える。

「別に…戦いの中生きているつもりなんてサラサラないし…
 それにあなた、地球の為だか何だか知らないけどねェ
 物事ってのは、人一人の力じゃどうしようもない事が多いのよ」

「それが何だ…」

「だからー…」

瑠璃の呆れた様な言い草に、カムサがキレた。

「それが何なのだ!?
 『どうしようもない』と言ってばかりでは、何にもならないであろう!?
 虐げられるものの苦しみが…傷付けられるだけの者の痛みが…
 お前らに分かるのか!?」

その言葉を聞いていた飛沫が、昏倒している藍の横で、呟いた。

いつもの様に、ちょっとからかうような調子で。

「分かんねぇケドな」

しばし飛沫を睨み付けるカムサ。

だが、ふっと息をつくと静かに言い放った。

「…だろう…なら、私のやる事に口出しするな」

「『ふざけてるのは、どっちだよ』って、藍ちゃん言ったよねェ」

突拍子も無い問いに、カムサは疑問を抱いた。

―何を考えているのだ…この男

「本当、どっちなんだろうねェ…
 どっちも大真面目で…ふざけてる」

「何が…言いたい…?」
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かきくけ子 #35☆2006.10/19(木)18:32
・DEMISE・


「物事にはすべて、裏と表があるんだヨ」

軽い感じでそう言うと、飛沫はにっと笑った。

人を小馬鹿にしたような、あの笑みである。

「君の意見だって『地球を救い隊』みたいな人が聞いたら
 涙流して拍手するほど立派なモンだよ…?
 ホントにね。
 でも、攻撃される側としては『ハイ、そうですか』とは行かないでしょう?
 で、戦った。
 戦ってみてぇ…まあ…俺達が勝った
 勝ったから、君の意見は通らない…そゆことさ」

「納得いかんな…正しい事が通らぬ世の中…狂っている」

カムサがかぶりを振った。

「『正しい事』って何?」

飛沫が聞く。

その問いに、簡潔に答えるカムサ。

「…さっきも話しただろう…」

沈黙が流れる事数秒。

瑠璃が珍しく黙っている飛沫を見上げた。

と、急に飛沫がその場に似つかないほどの明るい大声をあげた。

「ねえ、アンタさぁ『究極の質問』って知ってる?
 『カレー味のう…」

「だあぁぁああー――っ!
 何言ってんのアンタぁぁ!?」

慌ててソレを静止する瑠璃。

な、何言ってんだ、飛沫クン…;

「いや、物事には常に二つの答えがあると言うコトを、簡潔に話したかっただけ…」

「あのねえっ!?」

「…そうか、負けたのか…」

カムサが物々しく言った。

「へ?」

しみじみとしたカムサの物言いに、困惑する瑠璃。

「私は…負けたのか…
 きっと、正義がお前らの味方についたのであろうな」

「だから、正義とかそう言うコトじゃなく…」

飛沫が言いかけると、カムサはそれを静止し、言葉をつなげた。

「なあ、少年…『正義』と言ったって、色々な正義がある
 それこそ矛盾した『正義』が、世の中に満ち溢れている…
 …この世は、狂っている…
 だがな、少年…『正義は必ず勝つ』ものだ…

 今回は、私のほうが『悪』とみなされた様だ
 だが…私…は諦めぬ…いつか、この怨念が…再び肉体と、化す時…
 私は…生まれる…次…こ…わた…が…正義…だ…」

そう言うと、カムサはサラサラとした砂となり、消えた。

儚い命が尽きたのである。
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かきくけ子 #36☆2006.11/03(金)00:06
・MINUS・


藍はカムサの命が尽きた事を知る由も無く、

ただ一人、黒い夢の中さまよっていた。


…ここは…どこ?

真っ暗で、何も見えないよ。

おとうさん?
おかあさん?

どこに居るの?
お願い返事してよ…ねえ

僕は…どうなっちゃったの…?

怖い 怖い 怖い
怖いよう

ねえ…ねえ ねえってば
どこなの?

ここは…何なの?


「…り…―容態…」

「危な… …がも…―」


ああ 遠くで人の声が聞こえるよ…
あそこへ、行きたいな。

―行けばいいじゃないの…

!!

おかあさん!

―あそこへ、行けば、いいじゃないの

おかあさん…

どこ?
見えないよ?

おかあさん…
おかあさん!!

―あなたにはまだ、私の姿は見えないわ

どうして?

―まだここに着いていないから

ここ?
つく?

『つく』ってどこに?
僕はどこに行けば おかあさんと会えるの?

―来ちゃ、駄目よ

…いや…

―藍、あなたは、来ちゃいけないの

いやなのっ!
置いてかないでよ!

“もう”、置いてかないで…っ

―藍…大丈夫よ あなたなら分かるわ

何を?

―これが夢だって事

夢?

―現実じゃない、虚像だって事

…分かんないよ…

―これはあなたが作り出した負の世界 現実じゃないのよ

分かんないよっ!

分かんない…けど…だからっ
独りにしないで…
分かんないのに…僕…何も分かんないのに…っ

独りじゃ 分かりようがないじゃない

―いつか分かるから… その“いつか”を、捨てちゃ駄目
 藍、よく聞いててね

…うん…

―これは地獄でもなんでもない、あなた自身の負の世界。
 ここに堕ちたら、あなたは…立ち上がれない…二度と…
 …藍… あなたは今、とっても苦しんでいるの。
 色々な感情の中で、怖いものもあるでしょう?

ポケモン…

―でもね、物事には全部 裏と表があるのよ 藍
 表ばっかり、裏ばっかり見てるからって、困る事も無いけれど…
 でもやっぱり、悔しいんじゃない?
 “ばっかり”じゃ、1コしか見れないじゃない

 藍 好きと嫌いは紙一重なの

嫌いなものは、嫌いでしょう?

―そうだけど…そうじゃない事もあるのよ

…え

―悔しくなければいいけれど…でもね
 もしちょっとでも、悔しいと思うのならば…
 もう1コの面、見てみてよ? ね、藍

うん…うん、分かった

―じゃあね、藍

…おかあさん…
どうして、僕の作った負の世界なのに、
おかあさんは優しいの?

―表と裏…よ

表と裏

―たとえ「優しい言葉」でも、それから招かれる結果が「痛い」事もあるのよ
 私の言葉で招かれる事は…きっと…
 あなたにとって、「痛い」のね

…そっか…

でも…いーや、それでも
おかあさんの言葉、だって優しかったもん 本当に…

―そう ありがとう 藍

ううんっ
バイバイ、おかあさん

―ええ

“また”ねっ

―ええ…また…


…―瑠璃の高い声が、藍の耳に響く。

「藍!? 藍へーキ!?」
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ぴくの〜ほかんこ