夕凪みかん | #1★2004.01/01(木)10:07 |
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ひとかけらの勇気。 スバメ こツバメポケモン。高さ0.3m、重さ2.3kg。 巣立ちを終えたばかりなので、 夜になるとさみしくなって泣いてしまうこともある。 森にすむケムッソをつかまえてたべる。 ++図鑑より抜粋(ばっすい)++ ほしいのは、ひとかけらの勇気。 ___その日は、待ちに待った日だった。 …風がぼくのそばを優しく吹き抜けていく。 今日は天気もいい。絶好の巣立ち日和だ。加えて、高さも申し分ない。 これなら飛べるはずだ。さあ、深呼吸だ。吸って、はいて。…よし、完璧だ。 すこし後ろに下がる。助走をつけて、風に翼を広げて。 今だ!思いっきり踏み切れー!! 勢いをつけ、翼を広げてジャンプして。すぐそばで風がうなる。 こスバメ__ぼくの翼が、風を受けてひるがえる! ……………………… ……………………… ………あれ??? いくら待っても、風はすこしもうならない。どうしてなんだろう? というか、この感触は、地面?? …ぼく、ひょっとして。…飛べてない? 風が下から吹き付けてくる。そういえばここはガケだったな。 そう思い、ふと足元を見る。 …ひゅおおおぉぉおおお… 「〜〜〜〜〜っ!!?」 ・・やばい。腰が抜けて、とても飛ぶどころじゃない。 仕方ない。また明日にしよ・・。今日はもう家に帰ろう。 明日になったら・・きっと飛べるさ。 「__それで、今日もまた巣立てずに帰ってきたの?バッカみたい」 「そ、そんなんじゃないよ!・・ただ、その…」 「ただ、何!?・・あのね、お兄ちゃんは鳥ポケモンなのよ!? 空を飛べない鳥ポケモンなんて、コイキングの『はねる』以上に意味ないわよ!」 ・・家に帰ってきたぼくを待ってたのは、 来年巣立つ妹__リアの、きっつい一言だった。 確かにそうだよね・・。羽を持ってるのに飛べない鳥ポケモンなんて。意味ないや・・。 ぼくと同い年のみんなは、二年前にあっさり巣立ってしまった。 スピも、ハルも、そして・・、仲の良かったルカも。 飛べないぼくにぎりぎりまで付き合ってくれたけど、春が終わる前、行ってしまった。 ただ『待ってるよ』という言葉だけを残して…。 「ちょっとお兄ちゃん!聞いてるの!?大体お兄ちゃんは昔から…!」 リアが何か言ってるけど、ぼくにはもうそれに答える気力はない。 明日こそ飛ぶと心に誓い、ぼくは眠ることにした。 今日は昨日と同じく、よく晴れていた。明日もきっと晴れるだろう。 ぼくは昨日と同じ場所に来て飛ぶ練習をしていた。 今はもう昼で、太陽はほとんど真上にあり、春の暖かい陽射しが降り注ぐ。 これまでの練習で、踏み切るまではうまくいった。でも、空に飛び上がれない。 どうしても、・・怖いんだ。落ちることが?・・いや、落ちるのは怖くない。 なんせ、練習のときに低い木からも散々落ちたしね…って、自慢にならないや。 ぼくが怖いのはぼくの心。 巣立ちたいはずなのに、心のどこかでそんなことどうでもいいと思ってる自分。 友達に__ルカに会いたい気持ちは本物なのに。 どうしてだろう…。 そんなことを考えてたら、 あたりはすっかり暗くなってしまっていた。 ぼくはとぼとぼと家へ向かった。 生まれてから一度も飛べたことのないぼくは、いつも歩いて家まで帰る。 そんなぼくを、通りすがりのこスバメやスバメ達は笑う。 「今の見た?あれがうわさの落ちこぼれ。羽があるのに空を飛べない」 「見た見た。あんなのにはなりたくないね。知ってる? あいつ生まれてから一度も飛べないんだって」 そんな声を後ろに聞きながら、ぼくはようやく家に着く。 また今日が終わり、そしてまた明日が来る。でもぼくは飛べないまま。 …ねえ、ぼくはいつになったら飛べるんだろう? …いつになったら、友達と___ルカとまた逢えるんだろう? 翼を見て、自分に問いかけてみても、答えはいつも出ないまま。 ぼくは眠りにつく。あの時の『待ってるよ』を思い浮かべながら…。 たったひとかけらでも。飛び立つ勇気が、ぼくにあったなら…。 「いよいよ、、今日で巣立ちも終わりよね。 ・・ってことは、今日失敗したらお兄ちゃん、あとがないわよ。大丈夫なの」 リアにそう言われ、ぼくはえっ、と思った。記憶を探る。 ・・確かに、今日が最終日だった。 今日失敗すれば、あとはリアと同じ年に巣立つしかない。 それだけは、兄として絶対に嫌だ。 それにこの日は____ 「あら、そういえばお兄ちゃんの友達のルカさんが巣立ったの、 ちょうど二年前の今日よね。ルカさんも可哀想。 こんなお兄ちゃんのために巣立ちを遅らせるなんて」 そうだ。今日はルカが巣立った日。 リアと一緒に巣立つなんてことを避けるためにも。 もう一度、ルカと会うためにも。 ぼくは、今日こそ巣立たなきゃならない。 思いを胸に、ぼくはいつもの場所へ向かう。 …ひょおおおおぉぉぉおおぉおおお……ぉおおぉお… 昨日より、風が強い気がした。 でも、このくらいでくじけていられない。 何しろ失敗すれば、ぼくの兄としての存在意義にかかわる。 そのためにも。そしてルカと会うためにも。 今日、飛ぶしかない。 ・・すこし後ろに下がる。今までやってきたように、深呼吸。吸って、はいて。 こうすると、すこしだけ・・ほんのすこしだけど、気持ちが落ち着くんだ。 今まで一度も、飛べたことはなかったけれど。 今日は何が何でも、飛ばなきゃいけない。 ガケに向かって走り寄る。端まであとすこし__今だっ!踏み切れ!! 思った瞬間、ぼくは風に包まれていた。 風はぼくのそばを、いつもと変わらず優しく吹き抜けていく。 だけど足にいつもの、かたい地面の感触はない。ふと下を見る。 「……っ…」 いつか、リアが言ってたっけ。言葉も出なかった、って。 確かあれはぼくが巣立ちに失敗した年。 あのころのぼくは、巣立ちできなかったショックで、 ほとんど聞いちゃいなかったけど。 今なら、リアの気持ちがわかる。だってぼくは今、はじめて飛べたんだから。 ぼくの下には、一面の緑が広がっていた。 少し羽ばたいて上昇すると、空とも川とも違う、青い、大きな何かが見えた。 今、ここにはぼくがいる。でもそれは、昨日までの弱かったぼくじゃない。 ようやく飛べた、一人前のこスバメ___いや、スバメだ。 今なら、何でもできそうだ。 先に巣立ったみんなに負けないことだって。 それこそ__、どこにいるかもわからない、友達に逢いに行くことだって。 リアにまだ別れのあいさつをしていないけど…今帰ったらどなられそうだ。 リアはきっと、ぼくがいなくても・・いや、ぼくがいない方がいいとか言いそうだ。 思いを振り切り、ぼくは旅に出る。 友達を__ルカを探す旅に。 ___その日は、待ちに待った日だった。 半人前のこスバメは、この日、一人前のスバメになった。 今までずっとほしかった、ひとかけらの勇気を手に入れて。 精一杯、広げた翼に風をまとい、空と大地に見守られ。 春の終わり、そして夏のはじまりを告げるたくさんの花びらが、 まるで彼を祝福するかのように、風の中でちらちらと舞い、踊る。 友を探すため、ぎこちないながらもひとりで大空を翔けていく一羽のスバメ。 それを見送り、リアは呟いた。 「まったく・・。炊きつけるのも一苦労ね。いってらっしゃい、お兄ちゃん」 その言葉が彼女の兄に届くことはなかったが、彼女はあえてそう言った。 落ちこぼれだった兄への、ささやかなはなむけとして。 後日、このスバメは無事に友を探し当て、一緒に旅をすることになる。 でもそれはまた、別のお話。 |
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