ぴくの〜ほかんこ

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[88] ひとかけらの勇気。

夕凪みかん #1★2004.01/01(木)10:07
ひとかけらの勇気。


スバメ

こツバメポケモン。高さ0.3m、重さ2.3kg。
巣立ちを終えたばかりなので、
夜になるとさみしくなって泣いてしまうこともある。
森にすむケムッソをつかまえてたべる。

++図鑑より抜粋(ばっすい)++


ほしいのは、ひとかけらの勇気。

___その日は、待ちに待った日だった。


…風がぼくのそばを優しく吹き抜けていく。
今日は天気もいい。絶好の巣立ち日和だ。加えて、高さも申し分ない。
これなら飛べるはずだ。さあ、深呼吸だ。吸って、はいて。…よし、完璧だ。
すこし後ろに下がる。助走をつけて、風に翼を広げて。
今だ!思いっきり踏み切れー!!

勢いをつけ、翼を広げてジャンプして。すぐそばで風がうなる。
こスバメ__ぼくの翼が、風を受けてひるがえる!

………………………

………………………

………あれ???

いくら待っても、風はすこしもうならない。どうしてなんだろう?
というか、この感触は、地面??

…ぼく、ひょっとして。…飛べてない?
風が下から吹き付けてくる。そういえばここはガケだったな。
そう思い、ふと足元を見る。

…ひゅおおおぉぉおおお…

「〜〜〜〜〜っ!!?」

・・やばい。腰が抜けて、とても飛ぶどころじゃない。
仕方ない。また明日にしよ・・。今日はもう家に帰ろう。
明日になったら・・きっと飛べるさ。

「__それで、今日もまた巣立てずに帰ってきたの?バッカみたい」
「そ、そんなんじゃないよ!・・ただ、その…」
「ただ、何!?・・あのね、お兄ちゃんは鳥ポケモンなのよ!?
空を飛べない鳥ポケモンなんて、コイキングの『はねる』以上に意味ないわよ!」

・・家に帰ってきたぼくを待ってたのは、
来年巣立つ妹__リアの、きっつい一言だった。
確かにそうだよね・・。羽を持ってるのに飛べない鳥ポケモンなんて。意味ないや・・。
ぼくと同い年のみんなは、二年前にあっさり巣立ってしまった。
スピも、ハルも、そして・・、仲の良かったルカも。
飛べないぼくにぎりぎりまで付き合ってくれたけど、春が終わる前、行ってしまった。
ただ『待ってるよ』という言葉だけを残して…。

「ちょっとお兄ちゃん!聞いてるの!?大体お兄ちゃんは昔から…!」
リアが何か言ってるけど、ぼくにはもうそれに答える気力はない。
明日こそ飛ぶと心に誓い、ぼくは眠ることにした。

今日は昨日と同じく、よく晴れていた。明日もきっと晴れるだろう。
ぼくは昨日と同じ場所に来て飛ぶ練習をしていた。
今はもう昼で、太陽はほとんど真上にあり、春の暖かい陽射しが降り注ぐ。
これまでの練習で、踏み切るまではうまくいった。でも、空に飛び上がれない。
どうしても、・・怖いんだ。落ちることが?・・いや、落ちるのは怖くない。
なんせ、練習のときに低い木からも散々落ちたしね…って、自慢にならないや。
ぼくが怖いのはぼくの心。
巣立ちたいはずなのに、心のどこかでそんなことどうでもいいと思ってる自分。
友達に__ルカに会いたい気持ちは本物なのに。
どうしてだろう…。

そんなことを考えてたら、
あたりはすっかり暗くなってしまっていた。
ぼくはとぼとぼと家へ向かった。
生まれてから一度も飛べたことのないぼくは、いつも歩いて家まで帰る。
そんなぼくを、通りすがりのこスバメやスバメ達は笑う。

「今の見た?あれがうわさの落ちこぼれ。羽があるのに空を飛べない」
「見た見た。あんなのにはなりたくないね。知ってる?
あいつ生まれてから一度も飛べないんだって」

そんな声を後ろに聞きながら、ぼくはようやく家に着く。
また今日が終わり、そしてまた明日が来る。でもぼくは飛べないまま。

…ねえ、ぼくはいつになったら飛べるんだろう?
…いつになったら、友達と___ルカとまた逢えるんだろう?
翼を見て、自分に問いかけてみても、答えはいつも出ないまま。
ぼくは眠りにつく。あの時の『待ってるよ』を思い浮かべながら…。

たったひとかけらでも。飛び立つ勇気が、ぼくにあったなら…。


「いよいよ、、今日で巣立ちも終わりよね。
・・ってことは、今日失敗したらお兄ちゃん、あとがないわよ。大丈夫なの」
リアにそう言われ、ぼくはえっ、と思った。記憶を探る。
・・確かに、今日が最終日だった。
今日失敗すれば、あとはリアと同じ年に巣立つしかない。
それだけは、兄として絶対に嫌だ。

それにこの日は____

「あら、そういえばお兄ちゃんの友達のルカさんが巣立ったの、
ちょうど二年前の今日よね。ルカさんも可哀想。
こんなお兄ちゃんのために巣立ちを遅らせるなんて」

そうだ。今日はルカが巣立った日。

リアと一緒に巣立つなんてことを避けるためにも。
もう一度、ルカと会うためにも。
ぼくは、今日こそ巣立たなきゃならない。

思いを胸に、ぼくはいつもの場所へ向かう。

…ひょおおおおぉぉぉおおぉおおお……ぉおおぉお…

昨日より、風が強い気がした。
でも、このくらいでくじけていられない。
何しろ失敗すれば、ぼくの兄としての存在意義にかかわる。
そのためにも。そしてルカと会うためにも。
今日、飛ぶしかない。

・・すこし後ろに下がる。今までやってきたように、深呼吸。吸って、はいて。
こうすると、すこしだけ・・ほんのすこしだけど、気持ちが落ち着くんだ。
今まで一度も、飛べたことはなかったけれど。
今日は何が何でも、飛ばなきゃいけない。
ガケに向かって走り寄る。端まであとすこし__今だっ!踏み切れ!!

思った瞬間、ぼくは風に包まれていた。
風はぼくのそばを、いつもと変わらず優しく吹き抜けていく。
だけど足にいつもの、かたい地面の感触はない。ふと下を見る。

「……っ…」

いつか、リアが言ってたっけ。言葉も出なかった、って。
確かあれはぼくが巣立ちに失敗した年。
あのころのぼくは、巣立ちできなかったショックで、
ほとんど聞いちゃいなかったけど。
今なら、リアの気持ちがわかる。だってぼくは今、はじめて飛べたんだから。


ぼくの下には、一面の緑が広がっていた。
少し羽ばたいて上昇すると、空とも川とも違う、青い、大きな何かが見えた。
今、ここにはぼくがいる。でもそれは、昨日までの弱かったぼくじゃない。

ようやく飛べた、一人前のこスバメ___いや、スバメだ。
今なら、何でもできそうだ。
先に巣立ったみんなに負けないことだって。
それこそ__、どこにいるかもわからない、友達に逢いに行くことだって。

リアにまだ別れのあいさつをしていないけど…今帰ったらどなられそうだ。
リアはきっと、ぼくがいなくても・・いや、ぼくがいない方がいいとか言いそうだ。

思いを振り切り、ぼくは旅に出る。
友達を__ルカを探す旅に。


___その日は、待ちに待った日だった。

半人前のこスバメは、この日、一人前のスバメになった。
今までずっとほしかった、ひとかけらの勇気を手に入れて。
精一杯、広げた翼に風をまとい、空と大地に見守られ。
春の終わり、そして夏のはじまりを告げるたくさんの花びらが、
まるで彼を祝福するかのように、風の中でちらちらと舞い、踊る。

友を探すため、ぎこちないながらもひとりで大空を翔けていく一羽のスバメ。
それを見送り、リアは呟いた。

「まったく・・。炊きつけるのも一苦労ね。いってらっしゃい、お兄ちゃん」

その言葉が彼女の兄に届くことはなかったが、彼女はあえてそう言った。
落ちこぼれだった兄への、ささやかなはなむけとして。

後日、このスバメは無事に友を探し当て、一緒に旅をすることになる。
でもそれはまた、別のお話。
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