翠 | #1★2006.12/03(日)15:58 |
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第1話 white(ホワイト) 信華(のぶか)は小学校の門を飛び出すと、一目散に自宅へと走った。 東京湾にかかる橋を越え、地元球団の「応援ありがとうセール」と書かれた幕の掛かったスーパーの脇を通り過ぎ、潮風の吹く坂道のてっぺんに建つ家の門をくぐる。 表札には「武井」の文字。信華の自宅である。 「ただいま!」 「おかえりなさい、信華。」 リビングでテレビを観ていた母親が、顔だけを信華に向けて声をかける。 「お母さん、ゲーム買ってきてくれた?」 「うん、部屋の机の上に置いておいたからね。」 「ありがとう。」 信華は階段を登り、自室のドアを開けた。 机の上にはゲーム「ポケモン不思議のダンジョン」がぽつりと置かれていた。 何日も前からこの時を待っていた。 今晩なんてワクワクして眠れなかった。 信華はランドセルを下ろすと、紙の箱からカートリッジを取り出し、説明書も読まず早速電源をつけた。 ―ようこそ! ―ここは ポケモンたちの せかいへ つうじる いりぐちだ! ―でも ここを とおる まえに キミに いくつか しつもんが あるんだ ―すなおな きもちで こたえてくれ (なるほど、質問に答えて自分がなるポケモンをきめるんだー…) (わたしは…) ―キミは どうやら… ―とても むじゃきな ようだね ―こうきしんが おうせいで めずらしいものが だいすき ―あかるく じゆうな キミは まわりの ひとを たのしく させてるはずだ ―でも ちょっと こどもっぽい ところが たまにキズ ―じっとして いられず つねに うごいている ―わがままな ところも あるので そこは ちゅうい しよう (わぁ…よく当たってる。確かにわたしは珍しいもの大好きだし、子供っぽいだとか、ワガママだとかも言われたことある…。) (でも…周りを楽しませているかというと、それは違う気がする。) ―そんな むじゃきな キミは… ―と そのまえに ―キミは じぶんが ほんとうに まわりの ひとを たのしく させているか じしんが ないんだね? (…?) ―ならば これから じぶんの いいところを かくにんする たびにでるんだ 信華の手の中で突如ゲーム機が光り出した。 「えっ!?な…何!?」 ―ひとは わるいところには すぐに きづくもの ―そして いいところは それに かくれて よく みえないもの ―そのことを よく おぼえておいて ―たにんの いいところを みつけたら キミが おしえて あげるんだ ―それでは ポケモンたちの せかいへ はいっていこう! ―がんばってくれ! 信華の体はゲーム機から放たれた光に包まれ、やがて消えた。 無人となった部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。 「信華ー、おやつ持ってきたけど…」 当然返事はない。 信華の母は、ケーキと紅茶の載ったトレイを片手に部屋へと入った。 「あら…トイレにでも行ったのかしら…」 トレイを机の上に置き、信華の母は部屋を後にした。 |
翠 | #2☆2006.09/19(火)17:53 |
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第2話 shocking pink(ショッキングピンク) ここは一体どこだろう? 風が気持ちいい。 …そうだ、わたしは家の前の坂を駆け登って…。 でも少し違う。潮の香りがしないもん。 「…。」 誰?今声が聞こえたような…。 「…ねぇ。」 お母さん…? 「ねぇ、ちょっと起きてってば。」 信華はそっと瞳を開いた。見知らぬ景色が目に飛び込んでくる。 (どこ?ここ…。) 「あ、気付いたみたいね。」 ぼんやりと、周りを囲む木々と、その上に広がるスカイブルーを仰向けのまま見つめていると、その間にピンク色の何かが割り込んできた。 「大丈夫?目、イッちゃってるよ?」 信華は自分の目を疑った。眼前に現れたのは、ゲームの画面で何度も見た、エネコだったのだ。 「エ、エネコ!?」 驚きのあまり信華は飛び上がり、正体不明のそのエネコから距離をとろうと後ずさりした。 だが、何かが変だ。視線の位置が妙に低い。 「そんなに驚くことないじゃん。…あ、ひょっとしてアンタも…!」 エネコは信華の行動を見て何を思ったのか、細い目を見開いた。 「アンタ、人間なんでしょ?」 信華はさらにワケが分からなくなった。おかしなことを聞くエネコだ。きっと自分は変な夢を見ているに違いない。 「当たり前だよ。見て分からないの?」 「…クク…キャハハハハハハハ!!」 今度は笑い始めた!?一体何がおかしいのだろう? 「そこに川があるから一回自分の姿、見てくれば?」 信華は近くを流れる小川まで早足で歩いていった。エネコはまだ笑っている。 心の中で悪態をつきながら、信華は川の流れに顔を近づけた。 「!?」 そこに写ったのは、自分が想像していた人間の顔ではなかった。 あのエネコのように、ゲームの画面で何度も見た、イーブイだったのである。 (夢だ、夢だ、これは夢なんだ…!) 夢だと確認するには、この方法が一般的だ。 信華は自分の頬をつねって…つまめない! 信華は思い出した。自分は新作のゲームの中に吸い込まれてしまったのだ。 ショックの余り、信華はそこに立ち尽くしてしまった。 「あは、超ウケる☆」 そんな信華を見て、エネコは再び笑った。 信華の空っぽの心に徐々に怒りが込み上げてきた。 「もう!どうしろって言うの!?だいたいあなたは何なの!?」 エネコの笑いが止まった。まるでこの言葉を待っていたとばかりに。 「アタシも人間。江神ねねっていうの。」 信華はその意外なセリフにどう答えるべきか戸惑った。 「新しいゲームを始めたら、いきなり機械が光り出して、気が付いたらアンタみたいにここに倒れてたってワケ。この姿でね。」 (そっか…この子、わたしと同じなんだ…。) 信華は自分の仲間に出会えたことで少しホッとした。 「ところで名前なんていうの?教えてくれない?」 この子になら自分の名前を言っても大丈夫そうだ。そう感じた信華は素直に、ねねと名乗ったエネコに自分の名前を告げた。 「わたしは武井信華。」 「そう、信華って言うんだ。仲間がいて安心した。とにかく、もとの世界に帰らなきゃね!」 信華は頷いた。ゲームの画面に映し出された『たびにでる』という言葉が気になっていたが、きっとすぐに帰れるだろうと、根拠はないが楽観的に考えていた。 ふと、遠くの景色を見ると、森の向こうに小さな村があるのが見えた。 「とりあえず、あそこの村で情報を集めてみようか?」 「うん、そうしよう。自分から動いてみなきゃ何も分からないしね。」 信華がねねに言うと、ねねは賛成し、二人は並んで村へと歩いていった。 |
翠 | #3★2006.09/26(火)18:31 |
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第3話 forest green(フォレストグリーン) 信華とねねは、左右に木々が立ち並ぶ森の小道を歩いていた。 道は舗装こそはされていないが、それほど歩きづらくはなかった。獣道のように誰かが歩いた場所がそのまま道路になったらしい。 時折、聞き慣れない音が森の中から聞こえてくる。これが「ポケモンのなきごえ」と言うものなのだろうか。 「待って、ねねちゃん。」 信華は前方に何者かの気配を感じ、隣を歩くねねを呼び止めた。 「何か来る…。」 遠くに、高速飛行しながらこちらに猛スピードで向かってくる物体が見える。 「ポケモン…!」 信華とねねは、初めての戦いを予感し、とっさに身構えた。 ☆ ☆ ☆ ☆ 「うーん、ここは一体…?」 落ち葉に埋もれた体をゆっくりと起こし、辺りを見回す。 「ボーイスカウトのキャンプの予定、今日だったっけ…?」 意識のはっきりしないまま、少年は歩き出した。 眠気を吹き飛ばすべく、目をこする。 「いてっ!?」 右目の下に鋭い痛みを感じた。どうやら爪が当たり、引っ掻いてしまったらしい。 出血をしていないか確認するため指に視線を移す。 「な…なんじゃこりゃ!?」 皮膚が赤い。爪が鋭く長い。体を見回すと、挙句の果てに尻尾まである。 そして、髪の毛がない…。 「うわ…。」 「ヒトカゲ、なのか…?」 少年は、自身のこの姿にただ困惑するばかりだった。 冷たい風が、辺りを吹き抜ける。 …と、その時。 「助けて!誰か助けてください!」 かすかに、森の奥から子供の声が聞こえてきた。 助けを求めている! 彼を動かすのに、それ以上の理由はいらなかった。 「どこだ! 待ってろ、今助けてやるからな!!」 声を頼りに、少年は慣れない足で駆け出した。 ☆ ☆ ☆ ☆ 近づいてくるポケモンは、どうやらバタフリーのようである。 「ちょっとー!! そこの人たちー!!」 甲高い声で叫びながら、銀色の羽をばたつかせ飛んでくる。 信華は『たいあたり』の構えに入り、ねねは近くに落ちていた木の枝を、尻尾を使って拾い上げた。 だが、相手の様子が明らかにおかしい。傷ついているのか、飛び方に安定感がない。 「大変なのよ!うちのキャタピーちゃんがほら穴に落っこちちゃったのよ!誰でもいいからどうか助けて!」 バタフリーは信華たちに助けを求めているようだ。 敵意がないことが分かり、2人は戦闘の姿勢を解く。 「あなたたち、救助隊なんでしょう!?だったらお願いなのよ!」 バタフリーは信華たちの前で止まり、2人の顔を交互に見ながら言った。 このポケモンは何か勘違いをしているらしい。 「ちょっと待って!落ち着いてください!一体何があったんですか?」 信華がバタフリーをなだめると、彼女はようやく落ち着きを取り戻し、詳しい事情を話し始めた。 「急に地面が割れて、その中にキャタピーちゃんが…!助けに行ったら森のポケモン達が突然襲ってくるし…。とにかく早くこっちへ!」 バタフリーは信華たちを案内するため、来た道をUターンしていった。 「ど、どうする…? 救助隊って何か分からないけど…。」 「うーん…とりあえず行ってみようか。」 遠くでバタフリーがついて来ない二人を不思議そうに見つめている。 信華とねねは、バタフリーを追って森の奥へと進んでいった。 |
翠 | #4☆2006.09/30(土)11:39 |
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第4話 Scarlet(スカーレット) バタフリーに案内され信華とねねが向かった先は、森の奥にある小さな縦穴だった。 中を覗くと草花の生えた地面が見える。 「ここなのよ!」 この縦穴にキャタピーは落ちてしまったという。 「さあ早く、お願いです!」 顔を見合わせる2人を、バタフリーが急かす。 しばらく沈黙が流れたが、意を決したようにねねが言った。 「…分かったわ。信華、行くよ!」 「えっ!?」 驚く信華をよそに、ねねは縦穴の中へと降りていく。 「待ってよ!!」 続けて信華がその後を追う。 ☆ ☆ ☆ ☆ 茂みをかいくぐっていくと、そこは大きな部屋となっていた。 「…えーん。お母さん…寂しいよ…。」 先程の声の主はどうやらこのポケモンのようだ。母親とはぐれてしまったのだろうか。 少年が草を掻き分ける音を聞き、そのポケモン・キャタピーは振り向いた。 「あっ…わぁぁっ!!」 そうだ、今の自分はヒトカゲだったのだ。むしタイプのキャタピーにとってほのおタイプの自分は、天敵でしかないのだろう。 キャタピーは小さな体を一生懸命くねらせ、部屋の一番隅へと逃げていってしまった。 「お、おい!大丈夫、何も攻撃しないってば!」 一歩一歩、キャタピーへと近づいていく。 徐々に距離は縮まり、2匹の間がおよそ1メートルまでに迫ったその時。 「これでもくらえーっ!!」 「うわぁーっ!?」 キャタピーの『いとをはく』だ! 突然の攻撃を少年は避けられるはずもなく、体中キャタピーの糸まみれになってしまった。 「おいおい、あのなあ。オレはあんたが助けてくれって言ったからここに来たんだ!なのにいきなり攻撃してくるなんて…ひどいじゃないかよ!」 少年の言葉を聞き、キャタピーはようやく攻撃を止めた。 「ごめんなさい…。てっきり襲われてしまうんじゃないかと思って…。」 「いや、まあいいってことよ。」 少年はキャタピーにさらに近づくと、姿勢を低くして尋ねた。 「なあ、お母さんはどこなんだ?」 「それが…。」 「…?」 キャタピーはそれだけ言うと口ごもってしまった。少年の後方を小さな足で指している。 「ん、どうしたんだ?」 「う…後ろ!!」 「なにっ!?」 部屋の入り口から森の野生ポケモンたちが侵入してきていた。 その数ざっと数十匹。 彼らのそわそわした様子から、少年はこれまでにない危険を悟った。 「くっ…こりゃヤバイか…。」 少年はポケモンたちを見回した。 ポッポ、ヒマナッツ、ケムッソ、タマタマ…。 (くそ、ゲームだったら楽勝なのにな…。) ポケモンたちはじわりじわりと迫ってくる。 覚悟を決め、少年はポケモンたちの前に立ちはだかった。 「おい!オレが相手だ!」 少年の叫びに反応し、ポッポは翼をばたつかせ、ケムッソは尻尾のトゲを彼に向け、ヒマナッツとタマタマは怒りの表情を浮かべながら大きく跳ねている。 一羽のポッポが少年に向かって『たいあたり』を仕掛けた。 それをきっかけに次々と森のポケモンたちが彼に襲い掛かる。 ヒトカゲの姿の少年は、『ひっかく』と『ひのこ』を使い果敢にも立ち向かうが、相手の数が多すぎる。 おまけに、先程受けたキャタピーの『いとをはく』の効果で素早く動くことができない。 「あわわ…このままではヒトカゲさんが…!」 キャタピーはただその光景を見ていることしかできなかった。 自分を、命をかけて守ってくれる彼を疑っていたことを後悔し、キャタピーは罪悪感にさいなまれた。 必死に戦っているが、明らかに彼が不利だ。このままではじきにやられてしまう。 「どうすれば…。」 その時、部屋の外から何かを呼ぶ声が聞こえてきた。 キャタピーはその声に耳を傾ける。 「キャタピーちゃーん!」 はぐれた母親の声ではなかったが、誰かが自分を呼んでいる。 と、そこに、一匹のイーブイとエネコが部屋の中へ突撃してきた。 「援軍か、ありがたい!逃げられないんだ、手伝ってくれ!」 ヒトカゲの少年は鋭く反応し、技を繰り出しながら声をかけた。 「う、うん!」(誰あれ…?) 信華とねねはヒトカゲと共に野生ポケモンと対峙した。 ヒトカゲの健闘により野生ポケモンの数はだいぶ少なくなっていたが、まだまだ安全な状態とは言えない。 (これが効くか分からないけど…やってみるしかない!) ねねは先程森の中で拾った『すいみんのタネ』を取り出し、一匹のポッポにむかって投げつけた。 見事、そのタネはポッポに命中し、その衝撃でタネの粉が辺りに撒き散らされた。 「今だ!逃げて!」 少年はキャタピーを連れ、信華とねねと共に逃げ出した。 タネの粉で野生ポケモンたちは眠ってしまったのだろう。追ってくる者はいない。 彼らが目を覚まさないうちにと、信華とねねが降りてきた穴へと全速力で向かう。 「みなさーん!これを使ってください!」 穴の上で待機していたバタフリーが植物のツルで作ったロープを下ろす。 「はあ…助かったぜ。」 信華たちはそのロープを使って穴の外へと脱出した。 「お母さん!」 キャタピーは母親にまっすぐに向かっていった。 「よかった…。この子も無事で何とお礼を言ったらいいか…。」 「いえ、そんな…。お礼だなんて…。」 信華が遠慮がちに言った。 「でも、怪我もなくてホント、良かったね☆」 ねねがキャタピーに笑顔を向ける。 「はい、ヒトカゲさんがボクを野生ポケモンから守ってくれたんです。」 その場の全員が穴のそばに一人立っていたヒトカゲに注目した。 「あはは、いやぁ何かテレるな!」 ヒトカゲは頭に手を当ててはにかんだ。 「そういえば…お名前、何て言うんですか?」 「オレは…。」 キャタピーに名を尋ねられたヒトカゲはこう言った。 「オレは、仁志(ひとし)。」 それを聞いた瞬間、キャタピーはきょとんとした。 「変わった名前…ですね…。」 (しまった…ここは本当にポケモンの世界なんだ。本名を言っては…。) 仁志は動揺した。調子に乗ってつい余計なことを言ったり、ハメをはずしてしまったりするのは、彼の悪い癖だった。 だが、キャタピーの表情は明るい。 「でも…カッコイイ!」 黒い大きな瞳がキラキラと輝いている。 (な、何だ?憧れの目でこっちを見つめてる…。でも、こういうのも悪くないかもな。) 「あなたたちのお名前は?」 今度はバタフリーが信華とねねに尋ねる。 「わたしは信華。」 「アタシはねね。」 「ノブカさん、ネネさん、ヒトシさん、どうもありがとうございました!」 信華たち3人に丁寧に礼を言うと、バタフリーとキャタピーは村がある方角に去って行った。 「アタシたちも村へ行ってみよ!」 ねねと信華も、再び村へと歩き出した。 「なあ、待ってくれよ!」 2人を後ろから仁志が呼び止める。 「オレも一緒に連れて行ってくれ!あてがないんだ…。」 しょんぼりする彼に彼女たちは言った。 「仁志さん…でしたよね?実はわたしたちも同じくあてがなくて…。」 「アタシたち心細かったし、一緒に行こ!」 その言葉を聞き、彼の表情が明るくなった。 「ああ、よろしくな!」 新たに仁志が加わり、3人となった信華たちは森を抜け、町の広場へ向かった。 お互い、人間だと気付かないまま…。 |
翠 | #5☆2006.11/28(火)18:30 |
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第5話 midnight blue(ミッドナイトブルー) 信華たち3人は、ポケモンたちの集まる町の広場に到着した。 人間である信華たちを何も警戒しないポケモンたちを見て、彼女たちは自分がポケモンの姿になってしまったことを再認識した。 (この町に、元の世界に戻るための手掛かりが何かあればいいんだけど…。) 辺りには、道具屋、倉庫、銀行などしかなく、ここにその手掛かりがあるとは思えなかった。 仕方なく、3人は町の長老がいるという北の池に向かうことにした。 ☆ ☆ ☆ ☆ 町外れの森の中、ひっそりと存在する長老の池。 その水面は波を立てることもなく、浮いた水草が美しい花を咲かせているだけである。 「ここに長老が…?」 信華たちは色々な想像を巡らせた。 (長老って、ミロカロスかなぁ?う〜ん、似合うかも。) (ギャラドスだったりして!暴君ってカンジ?だったらチョーヤバイよね。) (ホエルオーとか?あ…ここは淡水だから違うか…。) 3人がそれぞれ長老の姿を想像していると、池の水面が突然揺らぎ始めた。 「おお、ワシに何か用かのう?」 水しぶきが高く上がり、池の主が姿を現す。 「ナ、ナマズン…。」 3人の予想は大きく外れ、脳内の理想像は音を立てて崩れた。 長老・ナマズンは3人の様子を順に見つめると、全てを理解したようにこう言った。 「まあ、この見かけではそう思うのも仕方なかろうて。じゃが、ワシはギャラドスのように力持ちで、ミロカロスのように優しく、ホエルオーのように大きな心を持っているんじゃよ。ほっほっほ!」 ナマズンはそう言い、柔軟な体を反らせて笑った。 なるほど、長老のわけである。このナマズンは3人の考えていることを見通したのだ。 信華たちが人間であることは見通せなかったみたいだが…。 「それで、用は何じゃ?」 「わたしたち、今日この村に来たんですけど…。どこかに泊まる所はありませんか…?」 信華たちはここに来る途中、この村に留まることを決めていた。 信華とねねはたくさんのポケモンが集まる広場で何か手掛かりをつかむため。仁志は自分の置かれているこの状況をまず理解し、とりあえず一緒にいて安心できそうなポケモンの側で様子を探るため。そう考えての決断だった。 「空き家ならば、村のはずれに一軒あったのう。今は使っておらんから、お前たちで好きに使えばいいぞい。」 ナマズンから空き家の使用許可がおり、とりあえず一安心した一行は、早速その空き家を見に行くことにした。 ☆ ☆ ☆ ☆ 広場の西、森の際に接する小屋。 ここがナマズンの言う空き家だった。 「どれどれ、中はどうだ?」 仁志が木製のドアに手をかけた。コントラバスのような音を立てて扉が開く。 「げげっ…!」 ナマズンの話とは違い、小屋の中はイトマルたちの楽園となっていた。 すると、真っ暗な小屋の中からひときわ大きなイトマル…アリアドスが現れた。 「何だい!真昼から騒がしいね!あんた、何の用だって言うんだい!?」 アリアドスはひどく不機嫌な様子で、入り口に立つ仁志に向かって怒鳴り散らした。 「まったく…!長老に言いつけてやるよ!」 「ちょっと待ってくれよ!俺たちその長老に空き家だって紹介されてここへ来たんだけど…。」 「何だって!?」 アリアドスは仁志のとっさの弁明に目を丸くした。 「はぁ…また長老あたしらの事忘れてるんだね…。いくら外に出ないからって空き家にする事ないじゃないかい…。」 先程の勢いはどこへやら、アリアドスは深くため息をつき、悲しげな様子で小屋の中へと引き返して行った。 「長老の記憶から完全に抹消されてるんだな。このアリアドスたち。」 「ナマズンの『ドわすれ』ってやつ?」 「あ、それウケるね。」 3人が冗談を言い合っていると、再びアリアドスが現れた。今度はイトマルたちを連れて。 「何だよ…。」 「あたしら、ここを出て行くよ。丁度手狭になってきたところさ。気にせずここは好きに使っておくれ。」 そう言い、アリアドスは6本の足で器用に歩き、小屋から出て行った。 「す、すまねぇな…。ってわわっ!?」 「かあちゃーん!!」 仁志がアリアドスに気を取られていると、次はイトマルたちが母親を追って何匹も飛び出していった。 嵐のような一瞬は終わり、辺りは静けさに包まれた。 気を取り直して小屋の中に入ると、そこはイトマルの巣だらけで、このままでは中で食事をとる事も眠る事もままならない状態であった。 「片づける…?」 信華がそう声をかけると、後の2人は黙ってうなずいた。 ☆ ☆ ☆ ☆ この小屋に到着した頃、太陽(のような天体)は空高く輝いていたが、今はもう地平線に沈み、代わりに3人が今まで見たことのないような星空が満天に輝いている。 「よし、そろそろいいだろう。」 炎ポケモンである仁志の力で、巣を除去する作業は思いのほか早く終わりそうである。 誤って小屋を燃やさないよう、慎重に糸を燃やしていく。 「キャタピーの時といい、もう糸はこりごりだぜ…。」 仁志がちょうどそんな事をぼやいている時だった。 「オーイ、 ダレカイルカ?」 金属音混じりの声が小屋の外から聞こえてきた。誰かが訪ねて来たようだ。 「誰?」 ねねが面倒くさそうに玄関の扉を開ける。 浮遊する銀の球体、ネジ、磁石…。 これもまたゲームで見た、コイルというポケモンだった。 「何の用なワケ?」 「キミタチノコトハ キャタピーチャン カラ キイタ。 タノム タスケテクレ。 コイルガ ピンチナノダ。」 「どういうこと?」 「ドウクツニ フシギナ デンジハガ ナガレタヒョウシニ… ドウクツノカベニ コイルタチガ クッツイテ シマッタノダ…。」 どうやらこのコイルは仲間たちの救助を求めているようだ。 「急にそんな事言われたってねぇ…。アタシたちにんげ…おっと、何でもない!」 「ム? アタシタチ… ガ ナンダ?」 「いや、何でもないの!」 ねねとコイルが会話していると、いったん作業を中断した信華と仁志もやってきた。 「あ、丁度いいところに来た。このコイルが仲間を助けてほしいって…。」 「タノム オネガイダ。」 信華とねねは困惑した。引き受けたいところだが、無事に助け出せる自信がない。 「分かった!行こう!!」 「えっ!?」 隣にいた仁志の発言に、信華とねねは同時に驚いた。 「ソウカ イッテクレルカ! アリガタイ!!」 彼の発言により、信華たち3人は仲間のコイルが閉じ込められているという『でんじはのどうくつ』へ足を運ぶことになってしまった。 「…ねぇ、このヒトカゲ、すごい自信だよね…。」 「うん…。でも、本当に強いポケモンなのかもしれないよ?」 「ダイジョウブダ ホカニモ スケットヲ ヨンデイル。」 「うーん…。」 出掛けるにはもう今日は夜遅い。出発は明日だ。 クモの糸のなくなった寝床に入り、明日に備えて信華たちは眠りについた。 |
翠 | #6☆2006.12/16(土)10:28 |
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第6話 lemon yellow(レモンイエロー) 体の勝手が違うからだろうか、それとも一日にあまりにたくさんの事が起こりすぎたためか、信華はよく眠れずに苦しんでいた。 目を閉じてもいっこうに眠れそうな気配がない。 …ふと、まぶたの裏がぼんやりと明るい緑色に変化した。 (夜が明けたのかな…?) 「…。」 すると次は、なにやら人の声がかすかに聞こえてきた。 声の感じからすると少女のようだが、何を言っているのかははっきりと聞き取ることができない。 (誰?誰なの?) 「私は…。」 必死に耳を澄ましてみるが、声は肝心なところで途切れてしまう。 おまけに姿も見えない。 (うーん…。この声、どこかで聞いたことがあるのに、思い出せないよ…。) 信華が脳裏でそう呟くと、緑色の光はすうっと退いていった。 同時に、声も聞こえなくなった。 (今のは一体…?) ☆ ☆ ☆ ☆ 「…おい、起きてるか…?」 まぶたの向こう側から、今度ははっきりと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。 仁志の声だ。 「そろそろ出発の時間だぜ。」 「うん…。」 信華は仁志に例の声について話そうかと思ったが、仁志は忙しいらしく信華を起こすとすぐに行ってしまった。 どうやら、『でんじはのどうくつ』への出発の準備が着々と進んでいるらしい。 依頼主のコイルと、助っ人らしきピカチュウも来ている。 信華は急ぎ足で、準備を進めるねねたちの元に向かった。 「あ、信華やっと起きた?よく寝てたね。」 食料のりんごを袋に詰めていたねねが、信華に気付き声を掛ける。 「この子、助っ人のアイちゃん。」 ねねと一緒に準備をしていたピカチュウがとびきり明るい笑顔を向けた。 「ヨロシク〜♪」 「うん、こちらこそよろしくね。」 2人があいさつを終えると、ねねは先程起床したばかりの信華に今回の作戦を説明し始めた。 「さて、今回の作戦なんだけど…。二手に分かれてコイルたちを探そうってことになったの。」 「信華ちゃんはワタシと、ねねちゃんは仁志くんとね。」 アイが付け加えるように説明する。 「分かった。」 「『でんじはのどうくつ』には何度も行ったことがあるから任せてよ!」 仁志に負けず劣らず、このピカチュウもかなりの自信家のようだ。 「じゃあそろそろ出発しようぜ!早くコイルたちを助けないとな!」 早くも玄関で待機しているもう一人の自信家が、3人を呼ぶ。 いよいよ『でんじはのどうくつ』に出発だ。 ☆ ☆ ☆ ☆ 広場の西に広がる岩山。そこに『でんじはのどうくつ』はあった。 赤茶色の土を踏みしめながら、信華はこれから始まる冒険を不安に思いながらも、心地よい緊張感を感じていた。 「ねぇ、信華ちゃん。救助隊活動は今回が初めてなの?」 隣を歩くアイが信華に話しかける。 「え?救助隊って…?」 「ウソ、知らないの?」 以前バタフリーも同じ事を言っていたような気がする。 しかし、信華はそのことについて未だによく知らなかった。 「この世界では、いろんな災害が何故か急に起きてるんだ。そのせいで多くのポケモンたちが苦しんでいて…そんなポケモンたちを助けるのが救助隊なの。」 「そうなんだー…。」 アイは真剣な表情でさらに語った。 「ワタシ、ポケモンたちを助けたい。ポケモンたちが安心して暮らせる世の中にしたいの。」 このピカチュウはとても強い意志を持っているんだと、信華は思った。 人間で言うと学級委員タイプ…といったところだろうか? 「でも、ところで…さっきの「この世界では」っていうのが気になるんだけど、まさか…。」 「あっ!えーと、それはね…気にしないで!」 信華が台詞を全て言い終わる前に、アイは逃げるように前方へ走り去っていってしまった。 (あやしい…。) ☆ ☆ ☆ ☆ しばらく歩くと、小さく口を開ける『でんじはのどうくつ』が見えてきた。 「コノ ドウクツノ オクニ ワレラノ ナカマガ イルノダ。」 今まで信華たちを先導してきた依頼主のコイルは、安全を考え、洞窟の入り口で待機してもらうことにした。 「ここからは二人ずつに分かれてコイルたちを探そう。」 「分かった、じゃあ気をつけてね。」 信華とアイ、仁志とねねに分かれ、4人はそれぞれ洞窟の奥へと潜っていった…。 |
翠 | #7☆2007.01/24(水)21:14 |
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第7話 raw sienna(ローシェンナ) 電気ポケモンが住んでいるからだろうか、洞窟の中はほのかに明るく、たいまつを持つ必要はなさそうである。 「信華ちゃん、こっちへ!」 道を知るアイが先導する。 「あ、待ってよ!」 アイの姿は細い通路の奥へと消えてゆく。 信華はそれを必死に追いかけるのが精一杯で、途中に何度か通った大きな部屋に落ちている木の実や、便利そうなタネをとても拾っている余裕はなかった。 「わっと!」 小部屋に入ったところでアイが急に走るスピードを緩める。 信華はそれに気付き急停止をかけるが、止まりきれずアイに追突した。 「あいたた…突然何?」 ぶつけた頭をさすりながら信華がアイに尋ねる。 「道…間違えちゃったみたい…。」 「ええーっ!?」 確かに、周囲を見渡してみると、入ってきた場所以外にこの部屋から伸びる通路はない。 要するに、行き止まりというやつである。 「本当に道分かるの…?」 「うん、多分…。」 信華は、急に自信を失うアイの様子にとても不安を覚えた。 「…おい、そこで何してる。」 後方から、突然声がする。 2人が振り返ると、少し離れたところに腕の長い黄色のポケモン…エレキッドが立っていた。 「許可もなくオレの部屋に入ってくるということは、お前らドロボウだな!!」 両腕を振り回し、エレキッドは信華たちに突然襲いかかってきた。 「待って!私たちはドロボウなんかじゃ…!」 「うるさいっ!信用できないな!」 素早い動きから繰り出される「かみなりパンチ」を避けつつ説得を試みるが、どうやら話の通じる相手ではなさそうである。 「かみなりパンチ」の威力は想像以上に高く、硬い岩の壁を打ち砕く程だ。 おそらくまともに技を受けると、立ってはいられないだろう…。 そう悟ったアイは、ある賭けに出ることにした。 「覚悟しろ!」 拳を振り上げ向かってくるエレキッドを確認し、アイは壁を背にして立った。 「アイちゃん危ない!」 信華がそう叫ぶのは聞こえていたが、アイはあえてそこを動かなかった。 徐々にエレキッドとアイの距離は縮まり、エレキッドが「かみなりパンチ」を放ったその時…。 「えいやっ!」 アイはエレキッドの腕をつかんで投げ、その勢いを利用して背後の壁に叩きつけたのである。 「…!」 この一撃で戦意を喪失したのか、エレキッドは再び信華たちを襲ってくることはなかった。 とっさに繰り出した技が決まり得意げになっているアイを見ながら、呆然と座り込んだままである。 「…えっへん!どお?」 「…。」 アイの一言にも何も反応しない。 「何?変なの…。」 気になる存在ではあるが、いつまでもこのエレキッドの相手をしているわけにはいかない。 救助活動中だということをしばらく忘れていたアイと信華は、とりあえずここを立ち去ろうとお互いの顔を見合わせた。 そして、小部屋をあとにしようとしたその時である。 「おまえ…ポケモンじゃないな。」 突然、先程のエレキッドが鋭い一言を放った。 当然信華がこの言葉に反応しないわけがない。 だが、エレキッドが言いたいのは彼女のことではなかった。 「おまえじゃないぜ。そっちのピカチュウだ。」 (ぎく〜っ…;) 「…!? アイちゃん本当なの?」 信華にとってそれは大きな期待であるが、アイは信華が人間であることを知らないため、その疑いを晴らすことしか思いつかなかった。 アイは引きつった笑顔で振り返り、不自然な言い訳を始めた。 「な、何を根拠にそう決めたっていうの? だいたいここはポケモンの世界なんだからそんな事ありえないし、どこからどう見てもピカチュウじゃんか…。」 「違う!戦い方で分かる。あれはポケモンの技じゃない!」 愛の言葉をさえぎるように、エレキッドは強い口調で言った。 「アイちゃん…。」 そこまで言われては、アイも事実を語るしかなかった。 「うん…確かにワタシはポケモンじゃない、人間だよ。 でも、この世界を乗っ取ろうとかそんなことは全然考えてないし、そもそもどうしてこんな姿になっちゃったのかも何も分からないから…。」 信華とエレキッドはアイの言葉を静かに聞いていた。 時折、何かを確かめるようにエレキッドが相づちを打つ。 (この感覚…もしかしてアイちゃんも同じ…。) 急に心細そうな表情になるアイに、信華はついに例の件を伝えようと決めた。 エレキッドも敵意を持っているわけではないようだし、何よりもアイに自分の存在を分かってもらいたい。 そう思っての決断だった。 「あのね、アイちゃん…実はわたしもアイちゃんと同じ、人間なの…。」 「うそっ…!」 意外な事実にアイは目を丸くした。 同じくエレキッドも信華の正体に驚いている。 「よかった…!こんな事になっちゃったのは自分一人かと思ってたよ…!」 涙目になりながら、アイは信華にとびついた。 「それじゃあ、2人もここに人間がいるって事か…。」 すぐに冷静になったエレキッドが独り言のように呟く。 「お前達ならオレの親父を助けられるかもしれない…。」 どうやらこのエレキッドも困っている事があるらしい。 「どういうこと?詳しく話してみてよ。」 「数日前からこの洞窟に流れてる悪い電磁波の影響で、親父が洞窟の奥で暴れ回っているんだ…。 逃げ遅れたポケモンも一緒にいて、そいつらを何とか助けてやりたいんだが、親父はここのボスだから誰にも止める事ができなくてな…。」 「じゃあ、今からわたしたちが救助に向かうコイル達もそこに…。 でも、何でわたしたちが?」 信華とアイは理解できず、首をかしげた。 「知っているかもしれないが、最近世界各地で災害が起こってる。 それを止めるのが、別の世界から来た人間達だという話があるんだ。」 「初めて聞いた…。」 この世界に自分達が連れてこられた理由は、そこにあるのかもしれない。 初めて見つけた大きな手掛かりに、信華とアイの胸は高鳴った。 「とにかく、最下層に来てくれ。」 「うん、分かった。」 エレキッドを先頭に、信華たちはさらに奥を目指して歩いていった。 「そうだ信華、ワタシの本名言ってなかったね。私は比嘉中愛(ひがなか あい)。 変わった苗字でしょ?」 「そうだね〜。 わたしは武井信華。」 「これからいろいろとお世話になりそうだね…。 よろしく!」 信華と愛が笑顔を向け合う。 「ところであなたの名前は…?」 次に、信華がエレキッドに尋ねた。 「オレの名前はナクファ。」 ナクファは振り返り、それだけ言うとまた前を向き歩き出した。 そして2人も、彼に続いて進むのであった…。 |
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