「ううっ…どうしよう…」

夜風の寒さに身を震わせながら茂みの中で一人の少女が呟いた。
少女の名前はアクアメロディ。
サクリファイスシティに名を馳せる美少女怪盗である。
だが、今現在怪盗少女に仮面はなく、水無月美音という素顔を月の下に曝け出していた。
それだけではない。
深青の衣装は上半身に糸クズ一本も残さず消え去り、Dカップの見事な双乳を冷たい空気に晒している。
ミニのスカートもボロボロになって所々から白と青の縞々下着を見え隠れさせ、正にその格好は満身創痍というにふさわしい。

「ああ、私ったらなんてミスを…」

頭を抱える少女の耳に聞きなれた音が近づいてくる。
パトカーのサイレンの音だった。
美音は自分をこんな格好にした男、風見を倒した後服を求めて屋敷を探索していた。
だが、そこで見つけたのは風見によって囚われ、薬と暴力で正気をなくした女性たちだった。
元々正義感の強い美音はその光景に激怒した。
彼女はすぐさま屋敷の電話を使って密告者を装い風見の罪を警察にリークしたのである。

しかし、それはタイミングが悪かった。
風見によって警備を断られていた警察だったが、諦めきれずに怪盗捕縛チームだけは塔亜邸付近に待機していたのだ。
そして本部から連絡を受けたチームの動きは素早かった。
怪盗という手ごわい犯罪者を相手にするだけに様々なエキスパートによってチームは構成されている。
人員こそ少ないが、その優秀さは普通の警察を遥かに凌駕するのだ。
普段はアクアメロディにいいようにしてやられる彼らだったが、決して実力は低いものではない。
そしてその能力は今如何なく発揮されていた。
つまり、アクアメロディが屋敷から逃げ出す前に包囲が完成してしまったのである。

「人数が少ないのがせめてもの救いね…」

セミヌードの身体を両手で隠しつつ包囲の穴を探す美音。
本来ならば塔亜邸で服を調達したかったのだが、怪盗捕縛チームの急行にその暇がなくなってしまったのだ。

「お父さんの発明品もない、服もない、仮面もない、余裕もない。ないないづくし…」

しかしここで見つかり、捕まるわけにはいかない。
エレメントジュエル最後の一つダークを確保するという使命があるのだから。
美音は四つん這いになるとこっそり、しかし迅速にサーチライトの光を避けながら移動を開始するのだった。

(…眠いなぁ)

美音が移動を開始する数分前。
怪盗捕縛チーム構成員の一人にして、メンバーの中で最も年下で新人の間貫巡査はあくびをかみ殺していた。
目の前ではチームのリーダー小銭警部が大声でがなっている。

「いいかぁ! 我らの今回の任務はこの塔亜邸に囚われた女性たちを救出すること。
 そしてその確認の後に塔亜風見及びその一味を確保することだ!」
『はい!』
「しかぁし! 我らが宿敵怪盗アクアメロディがまだこの屋敷に潜伏しているかもしれん! しっかり注意するように!」
『了解!』
「では、散開っ!」

小銭の号令と共に十数人の捜査員たちが駆け出していく。
間貫もその中の一人だ。

(…ったく塔亜風見はともかく、アクアメロディがまだ居残ってるわけねーだろ)

庭に倒れこんでいる警備たちの姿を見ればアクアメロディの侵入は間違いない。
だが、それにも関わらず屋敷は静かなままだ。
となると既にウインドルは盗まれているというのが普通の見解というものなのだ。
一応アクアメロディが風見に捕まっているという可能性もなくはないが、その場合は密告者の存在に矛盾が発生する。
電話の声は女だったというし、密告者はアクアメロディによって救出された女性の誰かに決まってる。
ならば救出者であるアクアメロディがのうのうとこのあたりに残っているはずがないではないか。
と、推理を脳内で披露する間貫。
しかし、さしもの彼もまさか密告者がアクアメロディ本人だったとは夢にも思っていなかった。

「ま、アクアメロディだろうが風見だろうが囚われた女性だろうが誰でもいいや、とっととお手柄ゲットして帰るべ」

エキスパート揃いの怪盗捕縛チーム。
そんなチームに間貫が所属している理由は一つだ。
彼は非常に目がいいのである。
しかも夜目もきく彼は夜中に犯行を行うことが多い怪盗相手にはうってつけの人員なのだ。

「……んん?」

散開から数分後。
間貫は不審な人影を見つけていた。
場所は屋敷外れの庭園。
普通ならば誰も探索を考えない場所だったが、間貫は絶対の自信を持ってこの場所に来ていた。
何故ならば、屋敷の中には逃げ場がない。
となればまだ自分ら警察の動きが把握しやすい外にいたほうが逃げの目があるというもの。
彼はそう考えて逃げをうとうとしている人間を捕まえることを選択したのだ。

(よっしゃ、ビンゴっ!)

心の中で喝采をあげながらライトの光を消してそろりそろりと人影へと近づいていく間貫。
新人である彼は目が良いという一点を除けばチーム内で最も弱い。
というか、はっきりいって一般成人男性並の強さしかない。
だが、それゆえに彼は慎重だった。
幸い人影はそれほど大柄ではない、つまりタイミング次第で自分でも十分取り押さえられるのだ。
そろり、そろり
気づかれないよう神経を集中しながら間貫は徐々に人影との距離を縮めていく。

(いまだっ!!)

人影が様子を窺うように動きを止めたその瞬間。
間貫は足に全身全霊の力を込めて、飛んだ。

「なっ!?」
「警察だっ! 大人しくしろっ!!」
「ああっ! は、放して! ちょっと、きゃああああ!!」

ジタバタと暴れる人影。
だが、間貫は怯まない。
折角のお手柄のチャンスなのだ、はなしてなるものか! とばかりに間貫は人影を押しつぶすように抱きつく。
――むにゅ

「へ?」

しかしその瞬間、間貫の両手に柔らかな何かが接触した。
むにゅむにゅ…
なんだこりゃとばかりにその何かを揉みしだく間貫。
だが、彼の優れた目はすぐさまその何かの正体を判明させた。

胸だった。
それもかなりでかい。
瞬間、間貫の脳裏に「おっぱい! おっぱい!」と手を振りながら叫ぶ自分が浮かんだ。

「お、おおお!?」

ふにゅふにゅ
むにむにむに
たぷたぷたぷ
突然の桃源郷の到来に間貫は我を失った。
自分の職務も状況も忘れ、一心不乱に目の前のおっぱいを揉む。
なんという素晴らしい手触り、なんというデカさ、なんというラッキー!
彼女いない歴二十三年の間貫は我が人生に悔いを残さんとばかりに手の中の感触を楽しむ。

「ちょ、あんっ…やめっ…はなしっ…」

だが、そんな至福の時間を邪魔しようと間貫の顔と手に圧力がかかる。
しかし間貫は負けなかった。
この幸せを逃すものか!
そう決意した間貫は妨害をものともせずに更に手に力を込め――顔面にビンタを食らった。

「ぬおっ!?」

危うく手をはなしかける間貫。
だが、彼の手はしっかと目標を握り締めたままだった。
この男、正に勇者である。

「……こ…の…!」

しかし、そんな勇者の頭上に魔王が降臨する。
自分に降りかかる物凄い殺気に間貫は顔をあげた。
もちろん手はおっぱいからはなさないままで。

「うお!?」

その瞬間、間貫は女神を見た。
その少女はストレートロングの黒髪を風になびかせ、目を吊り上げてこちらを睨みつけていた。
顔はまごうことなき美少女。
そして間貫は理解する。
今まで自分が揉んでいたおっぱいの持ち主が目の前の少女なのだと。

「いい加減に…」

少女は拳を高々と振り上げた。
もう懸命なる読者の皆様ならお分かりだと思うが、少女の正体は美音である。
だが、間貫は目の前の少女がアクアメロディだとは欠片も思っていなかった。
それはそうだ、今の美音は仮面をつけていない。
しかも上半身裸、普通に考えてそんな少女が自分らの追う怪盗だと誰が思うだろうか。

「しなさーいっ!」

そして振り下ろされるビンタ。
かくして、間貫巡査はひと時の至福と引き換えに二つの紅葉を頬に獲得し、意識を闇に落とすのだった。





なお、後日談ではあるが、事件後間貫は美音を探して方々を駆けずり回ることになる。
理由は二つ。
ハレンチな行為を働いたことを謝りたかったというのが一点。
そしてもう一点。
彼は美音に一目惚れしたのである。
格好から判断して塔亜風見に捕らえられていた女性だろうと当たりをつけた間貫はシティ全域を探索する。
だが、彼が麗しの君を見つけることは生涯なかったという。