「――待てっ!!」

陰の熱気に満ちた喧騒の空気に一筋の鋭い音が響く。
場をシンと静ませるその声に
息を荒げて目を広げていた男。
軽蔑の目を向けていた女。
怪盗少女に向いていたカメラ。
少女の白絹のような肌を蹂躙していた覗井。
笑みを浮かべて状況を楽しんでいた夜暗。
そして、あとほんの一捻りで手錠を外すところまできていた美音。
その場にいた全ての人間がその声の発生源へと目を向けた。

「な、なんだ? まさか…」

覗井の口からあからさまな動揺の声が発せられた。
彼だけではない。
野次馬たちも皆ざわめきを起こし始めていた。
唯一、動きのない夜暗にしろ視線は少女から外れ、声の主へと向いている。
美音も例外ではなく、思わず手を止めて視線を向けてしまっていた。

「どけ!」

声を上げたのは若い男だった。
動揺収まらない野次馬と警官を押しのけて道路に出てくるその男の顔は美音からは見えない。
単なる目立ちたがり屋なのか、それとも正義感に溢れるバカなのか…
いずれにせよ、男は場の注目を一身に集めている中、姿を現した。

「あの…」

真っ直ぐに近づいてくる男に覗井は果敢にも声をかけた。
にこやかに応対しているようだが、その実目は決して笑っていない。
ここまできて番組をぶち壊されてはたまらない。
覗井は、レポーターとしての矜持、そして男としての欲望のために一歩も通さないとばかりに進行方向に立ちふさがる。

「…ひっ!?」

だが、その勇敢さも男の一睨みの前では何の役にも立たなかった。
一歩も引かぬと踏みしめられていたはずの足は男の踏み込みと共に即座に引かれ、あっさりと道を譲るように後ずさってしまう。
覗井の弱腰に少なからぬブーイングが飛ぶ。

(な、なんだアイツ…)

覗井は呆然と男の背を見送りながらぶるりと震えた。
彼とて百戦錬磨のレポーターである。
そんじょそこらのヤクザの眼光にすら立ち向かえるだけの胆力はあった。

しかし、そんな覗井ですら男の前では足を引くことしかできなかった。
理由は男の目だった。
前髪の間からチラリと見えた眼光、それは覗井が今まで見たことがない不気味な光を放っていたのだ。

「さ、さあ突然現れた謎の男! 彼は一体…!?」

恐怖と動揺に声を震わせつつもプロとして覗井はカメラの前に立つ。
しかし心の中は予定にはないハプニングに乱れに乱れていた。
チラ、と視線を夜暗へと向ける。
だが彼は黙して動かない。
少なくとも目に動揺の色は見えないが、その心中は当然覗井には計り知ることができないため、不安は高まる一方だった。

(だ、大丈夫なのか旦那…?)

覗井の心配を他所に、男は更に歩を進めていた。
勿論、その足どりは囚われの怪盗少女の元へとはっきりと向かっている。

(あ……!)

ドクンッ!
期待と希望に美音の胸の鼓動が高く跳ね上がる。
近づいてくる男は顔を伏せているために距離が近くなってもその顔を確認することはできなかった。
だが、その足は一歩一歩確実に自分の元へと向かっている。
ここまでくればもはや疑いようがない。
彼は義憤を感じて自分を助けに来てくれたのだ。

(はぁぅっ…! よ、よかった…こんな人もいてくれ…たっ…)

振動と寒さ、そして尿意への我慢でふるふると揺れる胸の奥で美音は暖かいものを感じていた。
一時は絶望を感じていたことが嘘の様だった。
怪盗という裏稼業こなしていれば当然人間の闇を見ることは多い。
実際、今まで見てきた富豪は皆欲の権化ともいえる最低の人間ばかりだった。
目の前にいる覗井や夜暗もそうだ。
だが、根がお人よしの美音にとって彼らはあくまで例外である。
彼ら以外の大半の人間は皆善良な心を持っているはずなのだ。
しかしそんな希望はこうして晒し者にされた事によって粉々に打ち砕かれた。
色欲と好奇心にまみれた目で自分を凝視し、助けようともしてくれない市民たち。
それでも、その中にはやはりこんな善良な正義の人がいたのだ。
美音は近寄ってくる男に尊敬の瞳を向け、感動に打ち震えた。

「アイツ勇気あるなぁ」
「ああ、よかった、これで終わる…」
「余計なことを…」
「空気読めよ」

が、そんな美音を他所に野次馬たちの反応は様々だった。
ある者は男の勇気を称え、ある者は少女怪盗陵辱の終焉に安堵する。
ある者はちっと舌打ちをし、またある者は無念の溜息を吐く。
誰もに共通しているのはこのゲームの終幕の予感だった。

「……」

男は全く周囲の声を気にしていないのか、無言で歩いていた。
だが、その足も止まる。
男はちょうど美音と夜暗の中間に立つ形で夜暗へと視線を向けた。

ゴゥンッ…

護送クレーン車が止まり、夜暗と男が見詰め合う。
そこは奇しくも中央通りを抜けた場所だった。

「確認しますが、あなたは…」

問いかける夜暗に男は無言を貫き通す。
眉をひそめる夜暗を見下ろす形になっている美音は彼の敗北を確信した。
既にクレーン車は規定の位置を越えてはいるものの、男が声をかけたのはその前だ。
つまり、ルールに則るのならば、夜暗は当初の宣言通りこれ以上アクアメロディの仮面に手出しはできない。
勿論、それはあくまでこの場での話であり、護送先では別かもしれないがそれは構わない。
この場で正体を守ることができさえすればこの後の展開はぐっと良くなる。
地面に降りることさえできれば可能性はきっとあるはずなのだから。

「アクアメロディ…」

男は夜暗を無視する形で怪盗少女の下へと歩を向ける。
顔は依然伏せられたままなのでその表情を窺い知ることはできない。

(な、なに…?)

美音は迫りくる尿意に耐えるため足をくねくねと交互にすりあわせつつ男を見下ろす。
ここにきて美音は男の異常に気がついた。
どうにも様子がおかしい。

(この感じ…どこかで…)

美音の胸に尿意とは別の焦燥が浮かび始める。
思えば初めからおかしい。
助けてくれるならゲームの開始の段階で助けてくれればいい。
それに、これはルール上夜暗に一声かけるだけですむことなのだ。
わざわざ自分の下へとやってくる必要はない。

ざわっ…

野次馬も事態の変化に気がついたのか再びざわつき始める。
その時だった。
男がゆっくりと顔をあげ、その顔を衆目に見せ付けた。

「なっ……そんな!」

怪盗少女の引きつったような声が響いた。
ぼさぼさに乱れた前髪の間から現れた顔は、厳重に縛って物置に監禁したはずの塔亜風見のものだったのだ。

「女…オンナァ! アクア…メロディー!」
「きゃあああっ!?」

その場にいた人間たちが事態を把握する間もなく、風見は吊り下げられた怪盗少女へと飛び掛る。
ギシギシッ!
ロープが追加された成人男性分の重量に軋み、悲鳴をあげる。

「なっ、何、うっ!?」
「な、なんということでしょう!? 怪盗少女を助けんと現れたはずの男がアクアメロディに飛び掛った!?」

どんでん返しの展開に、喜声が多分に入り混じった実況をテレビカメラへと向ける覗井。
しかし美音はそれどころではない。
風見の登場といういきなりのショックを消化する間もなく、飛び掛られるなど対処の仕様がない。

「あぐっ!? やぁ、触らないでっ!」

今までの中で一番大きく、怪盗少女の悲鳴があがった。
風見は跳躍すると美音の腰の辺りを両腕で抱擁するように抱きついてきた。
しかもそれだけで風見の侵攻は止まらない。
左手で腰にしがみついたまま右手を上に伸ばし、少女の身体を登ろうとし始めたのだ。

「ちょっ…やめっ…! 痛いっ! うぅっ!」

痛みに顔をしかめる美音。
人二人分の重量が両手首に集中しているのだ。
たとえ手錠が手首を包むようにつけられている特製のものだとはいえ、痛みを感じないはずがない。

それに加え、腰を強くつかまれたことでこれまでにない尿意の衝動が襲い掛かってきていた。
びりびりっと爪先から脳まで電気が走るような感覚が放尿を耐える少女を崩壊へと導いていく。

「あっ…はっ……ん!」

あまりの衝撃に思わず下半身の力が緩んでしまう。
じわ…
僅かにスカートににじむ暖かな液体の感覚を感じた美音は痛みに耐えつつ口を食いしばり股間へと力を込めた。
そのおかげか、かろうじて堤防の決壊は免れる。
状況はもはや一刻の猶予もなかった。
スカートを挟み込んでいたおかげで、幸いにも僅かに漏れた小水はスカートの布地に吸収されたため外部からそれを認識されることはない。
しかし、一度緩んだ出口は既にいつ全開してもおかしくはなかった。
美音は股に力を込めつつも、風見を振り落とすべく必死に身体をよじり抵抗する。

「は、離れて!」
「ま、まどろっこしいことし、しやがって…こんなものはささっと…取っちまえばいいんだよぉ!!」

だが、美音に待つ運命は更なる試練を彼女へと与えた。
カメラのマイクが拾った風見の声。
その内容の意味するところが、彼の目的がなんなのか、その場の人間全てにわかってしまったのだ。

「ま、まさか…!?」
「オラ、見せちまえよ! その可愛いツラをよ!」
「いっ、いや! やめて、離れてぇっ!」

哀願とも取れる悲鳴をあげ、死に物狂いの抵抗を開始する美音。
だが、伸ばされた風見の右手がゆっくりと美音の無防備な仮面へと伸ばされていく。

「へへへ…もうちょっ……とぉ!?」

ずるっ!!
伸ばされていた手がずるりと滑り落ちるように降下した。
風見の身体の重みに耐え切れず、左手につかまれていたアクアメロディのミニスカートがずり下がっていったのである。

「ひゃあんっ!」

スカートが下ろされる際に、ヒップをつるりと撫で下ろされた美音が悲鳴をあげる。
だが、スカートも風見も地面に落下しきっていなかった。
スカートの前面が股に挟み込まれていたのと、落下と同時に風見が咄嗟に右手で肩をつかんでいたからだった。

「惜しい! …じゃなく、さあアクアメロディ大ぴーんち!!」

覗井の無責任な実況が響く中、美音は完全にギリギリの格好に追い込まれていた。
前が全開の上着はもとより、素顔を守る仮面は緩み、下着は上下共に消失。
一番大切な部分こそかろうじて守ってはいるものの、後ろはずり降ろされ、生尻が完全に露出してしまった。
前は足を閉じ込むことで防御しているが、力が抜けかけ、その上風見につかまれている状態では安心などとてもできない。

更に恥ずかしいことに、ちょうど風見の顔が少女の胸の位置にあった。
風見は美音の身体にへばりつくようにだきついているため、当然顔も肌と密着。
つまり、胸の谷間に顔がうずめられてしまっていたのだ。

(き、気持ち悪いっ…)

美音は泣き出したくなる衝動を押さえ込んで必死に考えをめぐらせる。
泣いても事態は好転しない。
それどころか、下にいる下劣な男たちを喜ばせるだけだ。
反抗心と素顔を守るという二つの理由で美音は現実と向かい合い、崩れ落ちそうになる理性をなんとか支えていた。

「うへへ…」

しかしそんな健気な努力も迫り来る魔の手には何の意味も持たなかった。
うすら寒い笑いを表情に浮かべる風見の手が再度怪盗少女の顔へと伸びる。
既に仮面は二度の開封でかなり緩んでいる。
男の手で引っ張られれば簡単に取れさってしまうだろう。
ぴと。
そして男の手がアクアメロディの最後の砦に触れた瞬間

「――ダメェッ!!」

美音は考えるよりも先に身体を動かしていた。

「ガッ!?」

ゴッ!
身の危険から反射的に動いた右の膝が的確に風見の顎を打ちぬいた。
反撃が来るなど欠片も想定していなかったのか、男は呆気なく白目をむいて崩れ落ちる。
しかし

ぷちっ。

ただの偶然か、それとも最後の抵抗だったのか。
ウエストにピッタリとスカートを張り付かせていた留め具が風見の手によって引きちぎられていた。
支えを失ったことによってぺろりとおへその辺りからスカートがまくれ下がっていく。

「だ、だめっ!!」

それを視認した美音は咄嗟に肌の露出を防ぐ行為にでた。
すなわち、大きく足を開いてスカートの落下を防ぎにかかったのである。
しかし、この判断は女の子として当然だったとはいえ、この状況では最悪の判断だったと美音は直後に思い知らされる。

「あっ…!?」

ミニスカートは既に風見の手によって後ろ部分はずり下がっていた。
しかも美音の足は膝蹴りで一時的に開脚され、挟んでいた部分も開放されてしまった。
この状況で止め具が外れれば、当然のごとくスカートは足元へと落下する。
故に美音が取った判断は基本的には間違いではなかった。
足を開けば、両足の付け根の外側部分でスカートの落下を食い止めることができるのだから。

「――っ!?」

が、美音は忘れていた。
今彼女を襲っている恥辱は肌の露出だけではない。
それ以外にも、彼女には今にも扉をこじ開けんと暴れまわる排泄液――尿意の存在もあったのだ。
そんな中、足を思い切り開いてしまっては、漏らしたいですといっているようなものだった。

「ん〜〜〜〜〜っ!」

首をぶんぶんと振り、なんとか美音は気をそらそうと努力する。
開かれた足はぷるぷると震え、閉じたい閉じたいと訴えているようにも見えた。
だが、それはできない相談だった。
尿意を我慢するなら足を閉じたほうがいい。
けれど、そうすればスカートが身体から離れてしまう。
股間を衆目に晒すか、放尿を皆に見せ付けるか。
美音は選べるはずのない二択を突きつけられてしまったのである。

「やべえ、エロすぎだろコレ…」

そんな苦悩の少女を凝視する覗井の目は欲望に爛々と輝いていた。
今の美音は半裸でM字気味に開脚し、顔を真っ赤にして尿意に耐えているという図だった。
足どころか身体全体が我慢に小刻みに震え、顔は嫌々と振られている。
そして、滑り落ちかけているスカートからはもう股間が見える寸前。
これで股間を熱くさせない男がいないはずがない。

「はっ…ふぅっ…くぅっ…いっ…!」

時間にして十秒。
風見が地面に叩きつけられてからそれだけの時間しか経っていない。
だが限界をとっくの昔に過ぎ、気力だけで耐えていた美音にとってその十秒は永遠にも等しい時間だった。
ゆっくりとあげられていた膝が降り、続いて太ももが閉じていくのを止められない。

(だめっ…閉じちゃ…スカート、落ちちゃう…)

自分の身体を叱咤するも、もう言うことを聞いてくれなかった。
足が閉じるのと連動するようにするするとスカートが滑り落ち、徐々に隠されていた恥丘が見え隠れし始める。
一か八か落下するスカートを足で挟み込む、という案も残る力では実行できそうにもない。
後はもう、破滅の瞬間を待つばかりだった。

そして。
その場にいた全ての男が待ち望んでいた瞬間がついに訪れた。
冷たい風がひゅうっと通り魔のように少女の股間を通り過ぎたその瞬間、美音はついに限界を迎えた。

「あっあっ! だめ、だめぇっ! いやぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!」

ぴゅっぴゅっ――ぷしゃああああ!
恥丘を撫でられるような風の感触に、張り詰めていた糸が断ち切られる。
くたんと力なく閉じられた足をするすると滑り落ちるスカート。
それに少し遅れ、初めはちょろちょろと、後は大洪水となって怪盗少女の股間から黄金色の小便があふれ出す。

「だめっ! いやっ! 見ちゃだめ! 見ないでぇっ!!」

美音は蒼白になっておしっこをとめようとするも、一度崩壊した堤防は元に戻らない。
衆人環視の中、シティのアイドルと称された少女は惨めにも放尿シーンを晒し続ける。

「げ、へへっ…」

重力に従い、乙女の聖水が少女の真下で大の字に倒れている風見の身体にびちゃびちゃと降り注ぐ。
気を失い、排泄物をかけられるという屈辱を味わっているはずの風見はただ壊れたように笑い続けていた。

「……ああっ…うぅ………あふっ、ふあっ」

びくっびくっ!
数十秒後、大きな痙攣と共に美音は小便を止めた。
その顔は排泄物の放出という快感に染められた恍惚の表情に染まっている。
だが、それは長くは続かない。
今自分が何をしでかしたのか、そして今どういう状態なのかを認識した美音ははっと我に返った。

「あ…あ…っ」

じわじわと、だが確実に身体の奥から死にたくなるような羞恥心が湧き上がってくる。
地面に広がる自分の膀胱から漏れ出た小水の水溜り。
そして足にかろうじて引っかかっているぐしょ濡れのミニスカート。
その二つが目に入った瞬間、美音はもはや悲鳴すらあげることができなかった。
できたことといえば、目を閉じ、外界の情報を遮断することだけ。
それだけが、人間としての尊厳すら失った哀れな怪盗少女にできる唯一の抵抗だった。

だが、美音の恥辱はまだ終わってはいない。
むしろこれから本番なのだ。
彼女の最後の拠り所であるアクアメロディの仮面。
それが剥がされる時がついに訪れようとしていたのだ。