「な、なんと申しますか……あまりにショッキングな事態に言葉がありません」
沈痛そうな声音で覗井はカメラに向かう。
彼の後ろでは少女の小水まみれになった風見が警官たちによって片付けられていた。
正直、対応が遅すぎるのだがそれを口に出すことはしない。
そのおかげでいい映像が撮れたわけなのだし、覗井からすれば文句などない。
(しかし俺にくらいは言っておいて欲しかったぜ夜暗のダンナよ…)
全てを手のひらの上で操っていたであろう夜暗に向けて覗井は愚痴を吐く。
咄嗟に対応ができたからよかったものの、思わぬ展開に危うくついていけないところだった。
まあ、知らなかっただけにその衝撃と興奮もひとしおだったわけだが。
(さて、いよいよクライマックスだ。しっかり撮れよ!)
画面から身を引いた覗井は視線でカメラマンに合図を送る。
カメラマンは親指をたて、「任せて下さい」のサインを作るとそのファインダーを上へと上げた。
ぽたり、ぽたり。
最初に捕らえた映像は滴り落ちる怪盗少女の小水の残照だった。
太ももからつつーと流れ落ち、肌から離れて地面へと落下するその水滴はまるで少女の没落を示しているようだ。
更にカメラの角度があがる。
映ったのは靴すら脱がされた生足と、その先っぽにかろうじて引っかかっているミニスカートだった。
つい先程まで持ち主の一番大事な場所を守っていたはずのそれは無残にも主人の汚物で汚れていた。
ひらひらと風に揺らされ、今にも地面に落下しそうだ。
ぐぐっ…
なおもカメラは角度を持ち上げていく。
膝、太ももと徐々に怪盗少女の下半身の全体が画面に映し出されていく。
そして、カメラはついにアクアメロディの股間を捉えた。
おおっ…
観衆が一人の少女のクレヴァスに釘付けになった。
うっすらと、それでいてしっかりとその存在が確認できる黒い茂みの下に少女の恥丘がある。
そこは少女を証明するように頑なにピッタリと閉じていた。
だが、寒空の外気に晒されるのは流石につらいのか、風が吹くたびにピクッピクッとわなないているのが画面越しにも判別できる。
あるいは、その部分は風だけではなく人々の視線を感じ取って恥ずかしがっているのかもしれない。
時折、足が痒いのか、それとも露になった股間を晒すのが恥ずかしいのか、怪盗少女の足がくなくなと力なく交差される。
当然その程度の抵抗では股間を隠すことなどできず、怪盗アクアメロディはついに観衆の前に全裸を曝け出してしまったのだった。
(もう、死んでしまいたい…)
流石の美音も一般市民の前で放尿という事態に精神が萎えかかっていた。
眼を閉じ、視覚を封じたことによって自分の恥ずかしい格好や人々の視線を見ることはない。
だが、その分鋭敏になった残りの五感は容赦なく美音に恥辱を強要させる。
(んっ…)
足に飛び散ったおしっこがむず痒さを伝え、痒みを引き起こしていた。
しかし手を使えない今、それを解消するすべはない。
精々が足を交差させて太ももを擦れあわせることで誤魔化しをするくらいだった。
そして爪先にかかるスカートの重みと直接股間を打つ風の感触が下半身に何もないという現実を突きつけてくる。
風が陰毛を揺らし、乙女のワレメを撫でていくのがはっきりとわかった。
(私のあそこ…見られてる。恥ずかしい…!)
例え眼を閉じても耳に入ってくる音は止められない。
覗井を筆頭とした男たちの自分の声が次々に耳に届く。
それが自分の秘所を見た感想だと思うと、情けなくて恥ずかしくて悔しくてたまらない。
それでも、美音は泣かなかった。
泣かないことが、怪盗アクアメロディとしてのせめてもの誇りであった。
(え――)
だが、次の瞬間。
そんな美音に絶望的な情報が続けざまに二つ飛び込んできた。
一つは手につかんでいたはずの針金の喪失だった。
何度手を握っても、何度グローブをまさぐっても針金は出てこない。
ためしに手錠を開くべく力を込めてみるが、戒めは最初と同じくビクともしなかった。
(まさか、あの時…!?)
心当たりはあった。
風見に飛びつかれ、手首に負担がかかっていたあの時だ。
意識してはいなかったが、痛みに耐えかね手を開いていてもおかしくはない。
(そんな……っ)
これによって美音に打つ手はなくなった。
もはや自力でこの状況をどうにかすることは不可能だった。
そして、ついにその時はやってきた。
「さて、残念ですが先程の男がただの暴漢であった以上。ゲームは終了ということになりますね」
残酷な、もっとも聞きたくなかった言葉が夜暗の口から発せられた。
美音は思わず閉じた眼を開いて夜暗を凝視する。
こちらを見つめるその瞳には明らかな愉悦が浮かんでいた。
そして、ようやく気がついた。
全てはこの男によって操られ、自分はただマリオネットのように踊らされていたのだと。
「あ…あ…」
身体に寒さとは違う震えが走った。
それは恐怖だった。
認めたくなかった、考えたくなかった現実が目の前に迫っている。
怪盗アクアメロディとしての象徴にして自分の最後の拠り所。
自分が水無月美音であることを認識しない、されないために何よりも必要な着衣。
顔を覆う仮面が剥がされるという裸を晒すことをも凌ぐ一番の禁忌が今訪れようとしている。
「いっ…いや…!」
恐怖にくしゃりと歪んだ怪盗少女の顔がカメラを通して観衆へと晒される。
裸の美少女が恐怖に打ち震えるその姿は背徳的な快感を見るものに与えた。
それだけではない。
あそこまでに嫌がる少女の素顔というのはどんなものなのだろうか?
知りたい、見たい。
そういった欲求がその場にいる全ての人間に高まりつつあったのだ。
「ひっ…」
美音は今自分が全裸であるにも関わらず、顔だけを隠したい気分でいっぱいだった。
まだ仮面はついているというのに、人々の視線に耐えられない。
自分の顔に視線が集まっているのがわかる。
その素顔を見せろという無言の要求が伝わってくる。
「おお、いよいよですね!」
覗井の興奮した声も美音には雑音に過ぎなかった。
美音の五感は全て夜暗の挙動に集中していた。
ぐ、と夜暗の指に力が込められる。
美音の心臓はもはや爆発寸前だった。
「――っ!!」
カチリ。
その瞬間、確かに美音はスイッチが押されるのを見た。
それと同時に絶望の手が背後で動き出すのを感じる。
「い、いやっ! 絶対いやっ!」
もう恥も外聞もない。
美音はまるで幼子のようにいやいやと駄々をこねるように頭を振って抵抗を試みる。
だが、機械で作られている手は無慈悲で正確だった。
高速で揺れ動く仮面の結び目をマジックハンドは容赦なく掴み取った。
「ひぃっ」
裏返った声をあげながら美音はピタリとその動きを止めた。
つかまれた以上、もう動けない。
つまり、抵抗すらもう行うことはできない。
「お願い…やめて…やめて、ください」
ぽろぽろと仮面を伝ってついに涙がこぼれた。
怪盗アクアメロディとして頑張ってきた誇りが、ついに崩れ去ったのだ。
しゅるる…
だが、機械の手が哀願を受け付けるはずがない。
止まるとしたら夜暗がスイッチを切ることだが、それもありえない。
徐々に、だが確実に仮面の結び目がほどけていく。
「やめて…やめて…お願いだから……!?」
しゅるっ…
はらはらと涙が零れ落ちていた美音の瞳が大きく見開かれた。
ついに仮面の結びがほどけきってしまったのだ。
「いやっ…だめっ…だめっ…!」
美音は顎を上げて上を向くような体勢をとっていたため、結びがほどけても仮面はまだ顔に残ったままだった。
しかし、無慈悲な手は結びの紐を握ったまま後ろへと下がって行く。
ずっ…ずっ…
正義の怪盗として、シティに祝福されていた怪盗少女アクアメロディ。
その仮面がゆっくりとその素顔から離れていく。
「も、もうちょっとだ…」
「ついにアクアメロディの正体がわかるぞ」
「た、たまらねえ…」
「どんな顔をしてるんだ?」
市民たちは瞬きをも忘れ、画面に見入っていた。
彼らに美音への同情や気遣いなどは既に存在していなかった。
彼らの興味は仮面の下の素顔、その一点に絞られていたのだから。
はらっ…
そして、ついに仮面が少女の顔から離れた。
瞬間、ただのゴミと化した仮面は風にさらわれて空へと舞い上がる。
「いやあーっ!!!」
少女の痛切な悲鳴が響き渡る。
だが、それに構うものはいない。
カメラがついにさらけ出されたその素顔を捉えようとその魔の手を伸ばす。
「やめてぇ! 撮らないでぇっ! 見ないで! お願いだからぁ!」
ボロボロと涙をこぼしながら美音は狂わんばかりに泣き叫び、俯く。
それによって風でたれた前髪がかろうじてその素顔を覆い隠していた。
しかしそんなものは気休めにしかならない。
さらさらと揺れる髪の隙間からチラリチラリと美音の素顔が見え隠れしていた。
「おい、何をやってる! ちゃんと素顔を撮れ!」
ハッキリと映らない素顔に覗井は怒声を発する。
カメラマンもなんとか上手く映そうと四苦八苦するが、美音は俯いているためなかなか素顔を捉えることができない。
(ちっ、無駄な抵抗を…まあ、時間の問題か。それにしても、予想通り美人じゃねえか…)
カメラは無理でも、至近距離にいる覗井ははっきりと美音の素顔を見ることができていた。
見たことがない顔ではあったが、極上の美少女であることは間違いない。
身体も抜群のスタイルだし、さぞ楽しみ甲斐があるだろう。
夜暗との契約で、少女の身体を味わうことが確定している覗井は先の未来を想像してだらしなく顔を緩ませていた。
(お願い、見ないで、気がつかないで! 気がつかれたら、私は…!)
前髪があってもわかる人には自分が水無月美音であることがわかってしまうかもしれない。
その恐怖に震える美音はひたすら祈り続ける。
今、自分の顔にはシティ中の視線が集まっているのだ。
隣の席に座っている男子が。
普段仲良く話している女子が。
毎朝挨拶をかわしている近所のおばさんが。
自分を知っている誰かが気がついているのかもしれない。
いや、たとえ自分のことを知らなくても、素性を調べられてしまうかもしれない。
そう思うと美音は泣きじゃくることしかできない。
ガクン…
だが、夜暗は最後の止めをさすべく既に動いていた。
クレーンが引き下げられ、ゆっくりと美音の身体が地面へと降ろされていく。
そして、爪先がかろうじて地面に着くくらいになった時、それは止まった。
パサリ。
スカートが地面に落ちる音がやけに大きく美音の耳に入った。
「全く、往生際が悪い」
ぐいっと前髪がつかまれる感触に美音は蒼白になった。
夜暗の手招きでカメラと覗井が近寄ってくる。
嫌だ。
それだけは嫌だ。
「な、なんでも…なんでもするから…だから…」
震える声で美音は哀願する。
夜暗の目的は明らかだった。
前髪を持ち上げられてしまったら、もう誤魔化しようもない。
しかし、夜暗は聞こえていないのか、はたまた聞こえないフリをしているのか手から力を抜く気配は見せない。
「よし、アップにしろ」
「ひ…」
画面に美音の顔が大写しになった。
持ち上げられていく髪の間から鼻筋が見え、そして目元がさらけ出されていく。
美音の眼には徐々に光が差し込んできていた。
それは破滅の光だった。
〜Fin〜