「……ねえ、高原君。高原君って、この街の事、分かってる?」
突然里緒にそう言われ、涼人は目を丸くする。
「え? いえ。通学路くらいなら大体把握しましたけど、街中までは……」
そう言った涼人に、里緒はにっこりと笑って、口を開いた。
「やっぱり! ……あのね、日曜に一美とショッピングに行くんだけど……、良かったら、その時に案内しようか?」
「え、いいんですか?」
その里緒の言葉に、涼人はぱっ、と表情を明るくする。
しかし、何かに気付くと、一転してすまなそうな表情になり、言った。
「あ、でも日曜は、両親が友人を呼んでパーティーをやるって……」
「そうなの? それじゃあ、仕方ないね……」
「すいません……」
そう言って残念そうな表情をする里緒に、涼人は頭を下げる。
そんな涼人を見て、里緒は大慌てで両手を振り、言った。
「べ、別に謝られる事じゃないよ! ……そうだ! 日曜日が駄目なら、土曜日はどう!?」
「あ、はい。土曜日なら……何とか……」
「じゃあ、決まりっ!」
そう言って笑う里緒に、涼人も微笑んで……、口を開いた。
「……あの、里緒さん」
「ん? なーに?」
そう言って可愛らしく首を傾げる里緒に、涼人は一瞬だけたじろぐ。
しかし、何とか気を取り直すと、口を開いた。
「僕は、里緒さんって呼んでるんですから、里緒さんも僕の事、名前で呼んでくれませんか?」
「……え、じゃ、じゃあ、涼人……君?」
「ええ♪」
涼人の言葉に戸惑いながらそう言った里緒に、涼人は満面の笑みを浮かべた。
その日の昼休み、屋上で。
「……この、馬鹿里緒! 遊びに誘うって名目で確かめるって言いましたわよね!?
だから、予想が正しければ涼人さんが遊びに行けない日曜日に遊ぼうって誘ってとお願いしたのです!
それなのに、わざわざ日をずらして本当に遊びに行くなんて、里緒は一体何を考えているのですか!?」
「だ、だって〜……」
一美に思い切り怒鳴りつけられ、里緒は涙目になる。
……そんな里緒を見て、一美は1つ本当に大きな溜息を吐くと、口を開いた。
「……まあ、これで涼人さんが警察官……、それも、1番注意すべき人である事ははっきりしましたわね。
本当に彼がICPOなのかどうかはさすがにはっきりしておりませんが……」
そう呟いた一美。さすがに一晩で国際刑事機構のメインコンピュータに進入するのは無理があり、上手く情報収集は出来なかった。
しかし、それでも何とか収集した情報と、涼人の言動に明らかな矛盾があって。
それでも何とか収集した情報と、涼人の言動に明らかな矛盾があって。
「涼人さんのご両親はもうすでに亡くなっているのは確認済みです。
ですから、『両親が友人を呼んでパーティーする』訳がありませんわ」
「……ひょっとして、『友人達』が警察の人で、『パーティー』がお屋敷の警備って事?」
一美の言葉に必死で考え込みながらそう言った里緒。
そんな里緒に、一美はにっこりと微笑んで、頷いた。
「……恐らくは、そうだと思いますわ。その準備に忙しくなりますから、襲撃当日は無理なはず。
……そう考えて、私は日曜日に遊びに行くように言って欲しいとお願いしたのですけれど……」
「……ぁぅ……」
そう言いながら一美がじと目で睨み付けると、里緒は小さくなる。
そんな里緒を見ながら、一美は考え込んだ。
「(……里緒にも、春が来たと言う事なのでしょうか? ……ただ、相手が悪すぎますけれど)」
里緒に恋人が出来るのは悪い事では無いし、それで里緒の心の傷が癒されてくれたらとも思う。
しかし、その相手が警察官だと言うのは、あからさまに相手が悪すぎて。
「……犯罪者と警察官の恋……、上手くなんて、行く訳
が無いでしょうに……」
そう、里緒に聞こえないように呟いて、一美は天を仰いだ。
「……大山のおじさん。今週の土曜日、休んでもいいですか?」
「ん? ああ、構わんが……、どうしてだ?」
急に涼人からそう言われて、大山は目を丸くして聞く。
と、何故か涼人は微かに赤くなり、微妙に大山から視線を逸らしながら、口を開いた。
「……土曜日に、り、……いえ、友人……が街を案内してくれるので……」
そうしどろもどろになりながら涼人は言い、手元にあった自分の湯飲みを口元に持って行く。
その涼人の言動を見て、大山は何か脳裏に閃くものを感じた。
「……デートか?」
「ぶっ!」
……大山がそう言ってやると、涼人は口に含んでいたお茶を思い切り噴いた。
「ち、ちち、違いますよ! ただ里緒さんが街を案内してくれるだけですし、それに、一美さんもいますし!」
「……OK、把握した。お前がその里緒とか言う娘が好きだと言う事はな」
大慌てで涼人は否定するが、大山がにやにやと笑いながら大山がそう言うと、一瞬にして硬直する。
そのまま動かない涼人を見ながら、大山は口を開いた。
「……多分、お前が言いたかったのは、『里緒って娘と一美って娘が2人で案内してくれるからデートじゃない』だろ?
だけどな、お前の話し方、あからさまに里緒って娘しか目に入ってない言い方だったぞ。
顔が赤くなってた時点で、好きな奴と街に行くって事は読めてたしな」
そう言われて、ようやく解凍した涼人は、真っ赤な顔で大山を睨み付ける。
だが、大山はそんな涼人の視線を何処吹く風と受け流して、口を開いた。
「さて、それじゃあその里緒とか言う娘について、じっくりと話してもらおうか」
「何でそうなるんですかぁっ!」
思わず、とばかりに席を立って、そう大山に怒鳴り付ける涼人。
そんな涼人に、大山はにやにや笑いながら、とどめを刺した。
「……あ、話したくなかったら話さないでいいぞ。
……その代わり、土曜は休ませないけどな」
そう言われて、涼人の動きが止まった。
「……っこの……」
怒りと羞恥心がごちゃまぜになった表情で、涼人は大山を睨み付ける。
その2つの気持ちが強すぎて、涼人が何も言えないでいると。
「大山警部、そんなに涼人君をからかわなくても……」
そう小原が助け舟を出すように割って入り、涼人はほっと溜息を吐き……、
「……で、里緒さんって誰なんだい?」
……机の上に突っ伏した。
「……里緒さんは、僕の席の隣に座ってる、ただのクラスメートです。それ以上でも以下でもありません」
……しばらくして。
観念したのか、涼人はぽつりぽつりと口を開く。
……その表情は、まだ完全に不機嫌な表情のままだったが。
「明るい人ですから、僕がクラスで浮かないようにしてくれてるんですよ」
「……で、そんな所に涼人君は落とされた、って訳?」
そういきなり小原に突っ込まれ、涼人はじと目で小原を睨み付けた。
「……何で、そうなるんですか?」
「いや、さっき大山警部に散々言われてたじゃないか、『里緒って娘の事が好きなんだろう』って」
そう小原に言われるが、涼人の表情は全くもって変わらないまま。
そんな涼人に、小原が怪訝そうな表情を向けていると、涼人が急に口を開いた。
「……分からないんです」
「……は?」
いきなりそう言った涼人に、小原が呆気に取られていると。
「……今まで人を好きになった、恋人にしたいって意味で人を好きになった事が無いから、分からないんですよ。
この気持ちが、何なのか。僕が、里緒さんの事を好きなのかどうかが……」
そう苦笑しながら言う涼人に、大山と小原は思わず顔を見合わせた。