「一体、どう言う事なんですか、それは!」
そう激高して叫ぶ涼人を見て、インターホン越しからこの屋敷の主であり、『暁の羽』の所有者でもある中村 宗司は笑みを浮かべる。
『言った通りの意味だよ? 役立たずの警察はいらないからね。我々は我々の力だけで守ると言っているのさ』
何か問題でも? と中村は薄く笑い、さらに続けた。
『出来るだけ早く帰って貰えないかな? そう言う風に警察にいられると、思い切り迷惑なんだ。
……心配しなくても、捕まえた猫はしっかり警察に届けるさ』
そう言いたい事だけ言って通信をぶった切った中村に、涼人はさらに青筋を浮かべる。
見れば、大山も小原も怒り具合は似たような物で。
「……フン! 我々が捕らえられない『レインボーキャット』を、素人ごときが捕まえられると……!」
「……? 大山のおじさん?」
怒りの余り叫ぼうとして、何故か固まった大山。そんな大山に、涼人は不思議そうに首を傾げて……、
「……まさか……、『組織』が動いた……?」
「っ!?」
……その大山の言葉に、凍り付いた。
「警部!」
「あ……」
その小原の言葉に、大山は慌てて口を押さえるが、時既に遅し。
「……どういう、事ですか? 教えてください」
そう完全に座った目で言って来る涼人に気圧され、大山は天を仰いだ。
「……そう、だったんですか……」
レインボーキャットの被害者と、組織との繋がり、そして大山の推理。
それを聞かされて、涼人はぐっ、と深く俯いた。
「じゃあ、今回の、中村も……?」
「ああ、恐らくはな。今、裏を取ってるが、今日中に逮捕出来るまで固められるかどうかは……」
そう言った大山に、涼人は顔を上げ、口を開いた。
「大山のおじさんは、このまま裏が取れるのを待って、それから突入してください」
「……ちょっと待て、涼人。まさか……」
その涼人の言い方に、大山は果てしなく嫌な予感がして……、
「……僕は、ちょっと忍び込んで、証拠探して来ます」
……その予感を全く裏切らない涼人の言葉に、もう一度天を仰いだ。
「ま、待った! 涼人君、1人じゃ危険すぎる!」
「大丈夫ですよ。『レインボーキャット』が侵入した後の混乱を突きますから」
そう言って小原が止めるが、涼人は顔色1つ変えずにそう返す。
なおも言い募ろうとする小原を宥めるように、涼人は口を開いた。
「侵入した『レインボーキャット』を確保するため、と言う名目なら、大して不自然じゃないですよ。
踏み込めるだけの証拠を見付けたら、これで合図しますから」
そう言って、一瞬だけ銃のグリップを見せて、歩き出した涼人。
それを小原は慌てて追いかけようとして……、
「待て、小原!」
何故か大山に呼びとめられ、小原は大山に詰め寄った。
「まさか……許す気ですか!? 涼人君の暴走を!」
「……ああ」
「どうして!?」
そう叫ぶ小原だったが、大山は首を振るだけで、何も答えなかった……。
「っ、と……」
塀を乗り越え、涼人は屋敷の敷地内へと足を踏み入れる。
涼人が思った通り、警備員はレインボーキャットに翻弄され、もう1人の侵入者には全く気付いていなくて。
「こればっかりは『レインボーキャット』に感謝しなきゃな……」
そう呟くと、涼人はそろりそろりと足を踏み出して……、
「……ん?」
……庭の隅に、やけにこの屋敷から浮いた雰囲気の小屋がある事に気付いた。
「何だ? あの小屋」
そう呟いて、涼人はその小屋に近付く。
すると、そこから何とも形容し難い匂いが漂って来る事に気付き、涼人は顔色を変えた。
「まさか……、この匂い……!」
そう叫んで、涼人は慌ててその小屋に駆け寄り、ドアを見る。
そこにかかっていたのは、何の変哲も無い南京錠で。
「これならっ!」
そう叫び、涼人は全く躊躇わずにその小屋のドアを蹴り破り……、
小屋の内部が見えた瞬間、涼人は絶句して、その場に立ち竦んだ。
「……ぁ……」
そこに立ち込めるのは、何かが饐えたような、異常な匂い。
小屋の中央に鎖で繋がれているのは、20代後半とも30代半ばとも見て取れる女性で。
死んだようにぐったりとしているその女性は、一糸纏わぬ姿で、何が起こっていたのかははっきりしていて。
「……くっ!」
我に返った涼人は迷わず拳銃を抜き、その明らかに手と不釣合いな44マグナムを空に構え……、
次の瞬間、屋敷中に轟音が響き渡った。
「大丈夫ですか!?」
「……ぁ……」
響いた銃声で目を覚ましたその女性に背広をかけると、涼人は女性を拘束していた鎖を撃ち抜く。
崩れ落ちかけたその女性を支えると、女性は慌てた。
「あ、す、すいません、ごめんなさい」
やたら謝りながらわたわたと慌てるその女性に、涼人は苦笑した。
「体力落ちてるでしょうから、今は出来るだけ安静にしておいてください、ねっ?」
「すいません……」
身体を起こし、上着を掻き合わせて縮こまるその女性から涼人は視線を逸らして……、
そこに、箱に入った薬を見つけてそれを拾い、溜息を吐いた。
「……出来るだけ長く楽しむために、気を付けてたんだろうね……、外道が」
そう言うと、涼人は手に持っていたピルの箱を足元に落として、踏み砕く。
そうこうしていると、遠くからばたばたと走ってくる音が聞こえ、涼人は銃を構えた。
「小屋の隅の方に隠れていてください!」
そう女性に声をかけ、小屋の入り口から涼人は足音が聞こえてくる方を覗き込み……、
ほっと溜息を吐いて、声を上げた。
「大山のおじさん! こっちです!」
その声に気付き、駆け寄って来る大山。
そんな大山を見て、涼人は小屋の中を指差した。
「あの小屋の中に女の人がいるので、保護を。僕は、中村を確保します!」
「お、おい!?」
そう言うなり駆け出した涼人に、大山は慌てる。
「小原! 何人かと残ってその女性を保護しろ! 残りは俺について来い!」
そう叫んで、大山は警官隊と一緒に涼人を追いかけた。