「久し振りに、一美と会えるかな?」
そう、うきうきと楽しみそうな空気を撒き散らす里緒を見て、涼人はくすり、と微笑む。
「出発前に一美さんには連絡入れておいたから、空港で待ってると思うけど……」
「本当!?」
その涼人の言葉を聞いて、里緒はぱぁっ、と表情を明るくすると、涼人の方に身を乗り出す。
それを見て涼人はもう一度微笑み……、一瞬だけ表情を険しくすると、囁いた。
「……一応、言っておくけれど、『レインボーキャットにはならないでね?
そんな事しなくても、偽者は僕がきっと捕まえるから。
……もし、『レインボーキャット』になって偽者を捕まえようとしたら……、おしおき、だからね?」
「!!?」
そう、最後はにやり、と黒く笑ってそう言った涼人に、里緒は一気に真っ赤になる。
涼人の言う『おしおき』が足腰が立たなくなるまで達せられまくる事なのを知っていたから。
真っ赤になったままあうあうと里緒が口を開閉させていると、涼人が今度は苦笑して、言った。
「……何赤くなってるの? 別に『レインボーキャット』にならなかったら何も問題無いんだよ?」
「そ、そうだよね!」
そう涼人が言うと、里緒はこくこくとまるでロボットのように頭を上下させる。
そんな里緒を見て、涼人はもう一度微笑んだ。
……ところで、今回は1ヶ月前にフランスに戻った時とは違い、2人はエコノミークラスに乗っていて。
当然、涼人と里緒の周りには他の乗客が乗っている。
小声では喋っているため、周りの席の乗客には話の内容は伝わっていないが、2人の空気は伝わって。
2人が無意識の内に撒き散らしている甘い空気に、周りの席の乗客はげんなりとしていた。
「ふふふふっ♪」
「あぅぅぅ……」
そんな周りには全く気付かずに、涼人と里緒は甘い空気を撒き散らかして。
……その日、その便の涼人と里緒が乗った席の周りでは、やたらブラックコーヒーが注文されたらしい。
「……お久し振りですわ、里緒」
「一美! 久し振り!」
空港に着くと、到着ロビーにいた見覚えのある姿が涼人と里緒に声をかける。
それを聞いて、里緒はその見覚えのある姿、佐倉 一美の方に駆け寄った。
「お元気……のようですわね」
「うん! 一美も元気だった?」
「ええ、もちろんですわ♪」
そう言って一美はにっこりと笑い……、その笑みが一瞬にしてにやり、としたものに変わった。
「……涼人さんとも、ラブラブみたいですわね♪」
「ふええええっ!?」
そう言われ、里緒は一瞬で真っ赤になる。
すると、そんな里緒の耳に、盛大な溜息が届いた。
「……里緒、久し振りに一美さんと会えて嬉しいのは分かるけど、荷物くらいは持ってよ……」
「あ、ご、ごめん!」
その言葉を聞いて、里緒は慌てて涼人が持っていた自分の荷物を受け取る。
すると、涼人は少し目を見開いて立っていた一美に近付いて、言った。
「お久し振りです、一美さん」
「ええ、お久し振りですわ、涼人さん」
そう言った涼人に、一美は微笑んで返す。
そして、そんな一美を見詰めたまま、涼人は続けた。
「申し訳無いんですけど、小原さん、僕の兄みたいな人が怪我をされたらしくて……、
小原さんをお見舞いに行く間、里緒といてもらっていいですか?」
「ええ、構いませんわよ? 里緒と積もる話もたくさんありますもの。
……ただ、涼人さんともたくさんお話したいですから、お見舞いが終わったら、私の家に来ていただけませんか?」
「はい、分かりました」
そう一美が言うと、涼人はほっとしたように一度微笑み、里緒を置いてその場から立ち去る。
すると、それを見送った一美はにやり、と笑みを浮かべ、里緒に向き直った。
「……さあ。どうして涼人さんが里緒を呼び捨てにしているのか、じっくりと教えていただきましょうか?」
「ふええええっ!?」
そんな尋問が行われているとは露知らず、涼人は警察病院に着くと、礼を言ってタクシーから降りる。
と、そんな涼人に、涼人の後ろ、ちょうど病院の入口から声がかかった。
「おお、涼人か! 久し振りだな!」
「その声……、大山のおじさんですね?」
そう言って涼人が振り向くと、そこには涼人が考えた通り、大山がいた。
「やっぱり、分かるか?」
「当然ですよ。……所で、小原さんの病室って何号室ですか?」
そう言って苦笑する大山に涼人が言うと、何故か大山はにやり、とした笑みを浮かべる。
そして、涼人に向かって口を開いた。
「301号室だが……、今は行かない方がいいと思うぞ?」
「……どうしてですか?」
そう言った大山に、涼人は目をぱちくり、とさせる。
大山の性格上、もし小原が面会謝絶になる程の重体なら、その事は絶対に電話で言うはずだったから。
しかし、大山はにやにやと笑ったまま、続けた。
「……いや、な。小原が怪我した理由が、たまたま『レインボーキャット』が襲って来た時にいた王女を庇ったから何だ。
……レイザル王国って知ってるか? そこの王女なんだが……」
「レイザルの王女……? まさか、セシリアさんですか?」
そう言った大山だったが、素で涼人がそう返してきて、思わず目を見開く。
すると、涼人はそんな大山に気付いて、苦笑した。
「レイザル王国は国土面積はサンマリノとそんなに変わらない程度ですけど、芸術面では世界一と言っていい程の国です。
……そんな所の割に警察と軍の錬度は低いですから、当然泥棒もそこを狙う事が多いんですよ。
以前、レイザルの国宝を盗んだ泥棒を捕まえて、勲章をいただいた事がありまして……、
その時にセシリア王女と面会したんですよ」
そう言った涼人に、大山は納得したように頷く。
と、そんな大山を見て、涼人が首を傾げて、聞き……、
「……で、そのセシリア王女と小原さんと面会しちゃいけない理由は何処で結び付くんですか?」
「何、そのセシリア王女が小原の部屋に入り浸ってずっと看病している、そう言う事だ」
「……は?」
そして、大山の答えに、思わず硬直した。
「あの、王女。私は大丈夫ですから……」
「駄目ですわ! あなたは私を助けていただいた。だから、私が今度はあなたを助けるのですわ!」
「いえ、助けていただかなくても……。それに、執事さんもお困りになっているようですよ? 王女」
そう言い合っている小原とセシリアを覗き込んで、涼人は思わず冷汗を流す。
「……何やってるんですかセシリア王女……」
「涼人君!?」
「あら、騎士涼人!」
そのまま涼人が病室の中に踏み込むと、小原は驚くが、セシリアは平然としていて、
「「……騎士?」」
……そして、セシリアが口走った言葉に、大山と小原は思わず揃って首を傾げた。
「セシリア王女。僕をその称号でお呼びになるのはお止めいただけませんか?」
「あら、どうしてですの? あなたがわが国の特別客員騎士である事は疑いの無い事実ではありませんか」
そんな大山と小原を無視して、涼人とセシリアは会話を続ける。
と、その時涼人が話に付いて行けていない大山と小原に気付き、口を開いた。
「大山のおじさんには言いましたよね? 僕が以前レイザル王国の勲章を貰ったって。
……それが、レイザル王国の騎士称号なんですよ」
「騎士階級なんて物が無い今では有名無実に近いのですが……、それでも、騎士涼人が騎士である事は事実ですわ」
涼人の説明にセシリアも続けて言って、大山と小原は分からないなりに頷く。
すると、涼人が気を取り直すように深呼吸すると、セシリアに向かって言った。
「王女。恐らく、ですがこの国には視察にいらしたのでしょう?
それなら、小原さんの病室に入り浸っている場合では無いはずなのでは?」
そう涼人が言うと、何故かセシリアは膨れる。
そして、膨れっ面をしたまま、口を開いた。
「騎士涼人がいけないのですよ。私は騎士涼人を伴侶にしようと考えていたのです。
ですが、騎士涼人にはもう決まった相手がいる。そう諜報員の報告を受けまして……、
これは、私なりの傷心旅行のつもりだったのですよ?」
「……はい?」
そして、セシリアが口走った言葉に、涼人は凍り付いた。
「ちょ、ちょっと待ってください。何をおっしゃっているのですか?」
セシリアの爆弾発言を受けて、涼人は思わず冷汗をだらだら流しながらそう言う。
しかし、セシリアは全く涼人の言葉を聞いていなくて。
「……でも、もういいのですわ。ここで、この日本で、伴侶を見つけましたもの♪」
「う、わ、ぐ!?」
その言葉と同時にセシリアに飛び付かれ、小原は驚愕と傷の痛みが入り混じったような声を上げた。
もちろんセシリアのその言葉に驚いたのは小原だけではなくて。
「お、王女!? 一体何をなさっているのですか!? と、言うか、身分的に無理なのでは!?」
そう叫ぶ涼人だったが、セシリアは全く意に介さず。
「あら、大丈夫ですわよ。客員とは言え騎士だから、と言う理由で一度涼人さんを伴侶とする事は認められましたから。
ましてや小原様には私の命を救っていただいたのですわよ? 騎士勲章くらいは贈られて当然ですわよ」
そうきっぱりと言い放つに及んで、涼人は一度頭を抱えると、諦めたように首を横に振った。
「……諦めてください、小原さん。一度見た事があるんですが……、この目になったセシリア王女は止められません」
「ち、ちょ、涼人君!?」
そう疲れたような声色で言い放った涼人に、小原は思わず真っ青になる。
そんな小原から、涼人は意図的に視線を外して、口を開いた。
「その件は置いておくとして……、『レインボーキャット』の宣言は教えてもらいました。
この国に寄贈されている、もしくはこの国の美術館に貸し出されている美術品はどのくらいありますか?」
そう言った涼人に、セシリアはすいっと視線を今までずっと部屋の隅に立っていた女性に向ける。
……その身体は、ずっと小原を抱き締め続けていたが。
「フルシアに調べさせてありますわ。……悪いのですが、それを受け取ったらすぐに出て行っていただけません?
フルシア、あなたもです!」
「かしこまりました、姫様。……では、参りましょうか」
そう言ってフルシアは涼人と大山を押して部屋から出て行こうとする。
そんなフルシアに押し出されながら、涼人が部屋の中を覗き込む。
すると、セシリアがにこにこ笑いながら小原に迫って行く所だった……。
「……えっと、これが、目録、ですか……?」
案内された空き部屋の中で、涼人は冷汗を流す。
その部屋の真ん中に据えてあるダンボール1杯分の書類。
それが、レイザル王国から日本に寄贈、もしくは貸し出されている美術品の目録であった。
「……こちらが、美術品の目録。そしてこちらが、その美術品が保管されている場所の目録です」
そう言ってフルシアが持って来たのは、それでも一抱えはある書類の山。
「ち、ちょっと待て、涼人。……さすがにこれを全部守り切るには人数が足りなすぎるぞ……」
そう大山が言うのにも無理は無い。
その書類の一つ一つにはびっしりと美術品が保管されている場所が記されている。
それらの場所全てに警官を配置などしたら、他の事件の捜査に重大な支障が出るのは自明の理で。
「いえ、大丈夫です。これまでの対『レインボーキャット』対策の警官隊……、それにある程度+αした人数で、抑え切れます。
あいつらは、小原さんが対『レインボーキャット』対策本部の幹部だった事に気付いていないでしょうから……」
しかし、涼人はそう自信を漲らせた口調で言い放つ。
そんな涼人の言葉を聞き、大山は怪訝そうな表情をした。
「それが……何だと言うんだ? あいつらは『レインボーキャット』じゃない、ただの集団強盗だぞ?」
「ええ、その通りです。……でも、彼ら、いえ、彼女らは気付いてませんよ、僕達がそう思ってるなんて」
そう微笑みすら混じった表情で涼人は言い、さらに続けた。
「多分、彼女らは『レインボーキャット』の名前を騙って強盗を繰り返すつもりなんでしょうね。
何故『レインボーキャット』を騙るのかは分かりませんが……、少なくとも彼女らはそういたいんでしょう。
なら、こちらにも手はあります。向こうがあくまで『レインボーキャット』でいたいからこそ使える手が、ね」
そう言ってにやり、と笑った涼人を見て、大山はさらに首を傾げる。
すると、そんな大山に、涼人は言った。
「出来る限り早く会見を開いて、こう言ってくれませんか?
『レインボーキャットは必ず予告状を送るから、守るべき場所が多い事はさして障害ではない』
『……2回。後2回盗みに入る。それで完全にこいつは詰む』そう発表してください。
そうすれば……この事件は終わりです」
そう言って、涼人はもう一度にやり、と笑う。
そして、呟いた。
「2回は盗めるかもしれないね、でも、3回目は無理だよ。
……僕の策に嵌ってくれれば、1回目も無理かもしれないけどね」