「そうですか……終わった、んですか……」
そう、大山からの電話に小原は答えると、そのまま電話を切り、そのままベッドに沈み込む。
そしてそのままはあ、と深い溜息を吐く小原を見て、セシリアは心配そうに声をかけた。
「あの、小原、様……?」
「……すいません、今は何も言わないでくれませんか?」
しかし、そう小原に返されて、セシリアは何も言えなくなる。
そんなセシリアに大して視線も向けずに、小原はその場に俯いたままでもう一度深い溜息を吐いた。
「……」
そんな小原をセシリアが心配そうに見ていると、ふとその肩が叩かれる。
セシリアは振り向くと、そこにはフルシアが立っていた。
「フルシア……?」
「少し、こちらへ」
そう言われて、セシリアは首を傾げながらフルシアに付いて病室を出る。
そして、病室を出た次の瞬間。
「……見て、いられませんね」
「何が、よ?」
そう、からかわれるようにフルシアに言われ、セシリアは少し驚きながらフルシアを睨み付ける。
フルシアが付き人となってから10年。こう言う風にフルシアがセシリアをからかうような事は無かったから。
「王女。……あなたは小原様の事がお好きなんですよね?」
「当たり前です。私は結婚するかどうかで冗談を言う程神経は図太くありませんわ」
そして、そう言うフルシアにセシリアは少し剣呑な口調で答える。
そんなセシリアを見て、フルシアも何故か少し厳しい表情を浮かべると、口を開いた。
「……では、何故小原様を慰めて差し上げないのですか?」
「……え?」
そうフルシアに言われ、セシリアはぽかん、と呆然とする。
何故も何も、小原から何も言わないでくれと言われたから何も言わないでいただけだったから。
そんなセシリアを見て、フルシアはセシリアが何を言いたいのか理解して、はあ、と溜息を吐いた。
「私は、小原様の考えている事が多少は分かるんです。……恐らく、小原様は、あの襲撃の時の私と同じ事を考えているでしょうから……」
「フルシア……?」
そして、そう言ったフルシアに、セシリアは首を傾げる。
そんなセシリアを見て、フルシアはぐっと顔を俯けると、続けた。
「あの襲撃を知らされた時、私は自分が風邪を引いていた事を呪いました。
危機にさらされた王女を守る事も出来ずに、ただベッドに横たわっているだけ。
王女を守る事を王より命じられている私が、いざ危機が起こった時に、何も役に立たない。
……小原様は警官です。警官が一番の仕事としているものは、犯罪の犯人を捕らえる事。
少し、小原様を調べたのですが、彼は『レインボーキャット』……今回の事件の犯人と目された怪盗の捜査本部に属していました」
「……それが……?」
そうフルシアに言われ、セシリアはそう聞く。
……その身体が僅かに震えている事から、薄々とは分かっているらしいが。
そんなセシリアに、フルシアは続けた。
「王女も、いえ、ずっと小原様に付きっきりだった王女だからこそ分かっているのでしょう?
彼が、ほんの僅かたりとも病室を離れていない事を、今回の犯人捜査には何も関与していない事を。
……それが、どれ程彼にとって辛い事だったのか、悔しい事だったのかを」
「……ええ」
そう、フルシアから続けられて、セシリアはぐっと深く俯いて、何とかそう答える。
そんなセシリアに、フルシアはさらに続けた。
「……そんな彼を、放っておいていいのですか? 答えてください、セシリア・レイザル!」
「―――っ!」
そうフルシアから叫ばれて、セシリアは弾かれたように顔を上げる。
そして、ぎゅっと決心したように胸の前で手を組むと、フルシアに向かって口を開いた。
「……放っておく訳には行きません。でも、どうすれば……」
「……私に、手があります」
そうセシリアに言うと、フルシアはセシリアの耳に顔を寄せて囁く。
その囁かれた言葉を聞いて、セシリアは一瞬で真っ赤になった。
一方、病室の中では。
「(今回は、本当に役立たずだったな、僕は)」
そう溜息を吐きながら、小原は小さく首を横に振る。
そして、ぽふとベッドの上に横たわりながら、もう一度溜息を吐いた。
「(それに、セシリア王女の事もあるし……)」
そう考えて、小原は思わず頭を抱える。
セシリアに答える答えはもう決めてある。しかし、その答えを言う決心がまだ付かないでいた。
「(……もう、完全に僕はセシリア王女に捕まっている。セシリア王女に、惚れている。
でも……、セシリア王女と結婚すれば、僕は恐らくレイザル王国に行かなければいけない。
そうなったら、僕は、警察を辞める必要が出て来る、んだろうな……)」
そう、小原がセシリアの事が好き。それはもう小原の中では完全に分かり切っている事だし、誤魔化す必要の無い事。
小原が悩んでいるのはその後の事、将来的には警察を辞めなければならない事だった。
「(僕は、今までずっと警官を続けて行く事を前提でこれからの人生を考えてきていた。
もう、僕にとって警官と言う職業は人生の一部分になってしまっているんだ。
そんな僕が、今更警官を離れられるだろうか……?)」
そこまで考えて、小原はもう一度頭を抱える。
すると、病室のドアが開く音がして、小原は思わずそちらの方に視線を送って、
「!!?」
……心の底から驚いた。
「あ、あ、あの、王女ー?」
「〜っ!」
そう、セシリアから必死で目を逸らしながら小原が言うと、セシリアは真っ赤になって俯く。
そして、身体に纏った妙に丈が短いナース服の裾で何とか少しでも身体を隠そうとしながら、口を開いた。
「あの……その、私が、その……」
そう、しどろもどろになりながら、少しずつセシリアはベッドの上の小原ににじり寄って行き、
……ずっと目を逸らしていた小原がそんなセシリアの気配に気付いて止めようとした時には既に遅く。
「うわっ!?」
セシリアは小原の腰の上に馬乗りになっていた。
「お、王女!? 何を?」
そう、慌てふためいた声で言う小原に、セシリアは真っ赤になった顔のままで口を開き、
……セシリアが口走ったその言葉に、小原も真っ赤になりながら硬直した。
……無理も無い、その言葉と言うのが、
「そ、その、わ、私を小原様の慰み者にしてください!」
と、訳の分からない言葉だったから。
その言葉に、小原が驚愕の表情を浮かべたまま硬直していると、セシリアがそのまま身体を倒して来る。
そのままぽすん、と小原の胸の中に倒れ込むと、真っ赤になったままで口を開いた。
「……どうか、お好きになさってください……」
「〜っ!?」
そのセシリアの言葉に、小原は解凍して、真っ赤になったまま頭を抱え……、
……その瞬間、小原の頭の中のネジが外れた音がした。
「……こら!」
「いたっ!?」
急に表情を怒った物に変えると、そのままセシリアの頭にチョップを落とした。
それを受けて、思わず頭を抱えてぷるぷる震えるセシリアを見て、小原は怒ったままで口を開いた。
「一体何を考えているんだい君は! 君も一国の王女なら、そこらあたりの慎みをだね……!」
そう、額に青筋を立ててがーっとセシリアを怒鳴りつける小原。
そんな小原に、セシリアが思わず涙目になって俯いていると。
「まったくもう、一体何なんだよ……」
そう、心底深い溜息混じりに呟いて、小原はそのままセシリアを胸の中に抱え込んだ。
「きゃ!?」
「……さて、セシリア王女?」
小原のいきなりの行動に、思わずそう悲鳴を上げて小原の腕の中で縮こまるセシリア。
そんなセシリアを逃がさないようにしっかりと抱きしめながら、小原は口を開いた。
「私としましては、王女にそのあたりの慎みを持たないとどうなるか、実践でお教えしたいのですが……」
「え、ええ!? お、小原様!? そ、それは」
「……ああ、ちなみに王女には拒否権はございませんので」
「!?」
小原がやたら丁寧にそう答えると、セシリアは思わず真っ赤に顔を染めて慌てふためく。
そんなセシリアに追い討ちをかけるように小原が囁いてやると、セシリアは硬直した。
「さて、では始めますよ?」
「―――っ!?」
そんなセシリアにとどめを刺すようにそう本当に楽しそうな声で言った小原。
そんな小原に、セシリアは声にならない悲鳴を上げた……。