約束の日曜日の正午。
時間よりやや早く着いていた香織のもとに棚橋が駆け寄り、
声をかけようとしてその手が止まった。
ベージュ色のウールのコートに赤いマフラーをして、
手を息で温めている香織に見とれてしまったのだ。

突如、棚橋をデジャヴが襲う。
あれは……そう、確か怪盗と屋上で対決したとき。
不覚にも月に照らされる女怪盗の美姿に目を奪われてしまったのだった。
容姿も性格も似ても似つかないはずなのに、なぜ二人の姿が重なったのだろう。

「大丈夫ですか?」

気がつくと、考え込んでいた棚橋の顔を香織が心配そうに覗き込んでいた。
変な考えを頭から振り払うと、棚橋は意図的に明るい声を作った。

「大丈夫です。すみません、お待たせしてしまったようで」
「いえ、私も今来たところです。ところで、今日の買い物って……?」
「実は、クリスマスプレゼントを見立ててほしいんです。
 お恥ずかしいことですが、女物はどうも分からなくて」
「え……?」

予想していなかった言葉に、香織の表情が強張る。
女物のクリスマスプレゼントを選ぶということは、それを贈る
意中の相手が棚橋にいるということではないか。
千々に乱れる香織の気持ちを知ってか知らずか、棚橋は笑顔を見せる。

「お腹空きましたよね、付き合っていただくお礼にご馳走しますよ」
「あ、はい……そうですね」

どことなく表情が暗くなった香織を不思議そうに見ながら、
棚橋は適当なレストランへと香織を誘った。

昼食中も香織は上の空だった。
興味がひけそうな話題をしても反応は芳しくない。
棚橋はその理由が分からず、内心焦りを感じていた。

いまいち盛り上がらないまま女性向けのショップへ移動した二人は、
本題のクリスマスプレゼント選びをすることにした。
棚橋は手袋かマフラーを考えているらしく、手に取っては首をかしげている。
意見を求められた香織は耐えかねて、内心祈りながら棚橋に言った。

「その……棚橋さんの彼女さんの服の好みがわからないと難しいです」
「へ!?」

棚橋は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「あ、いや、彼女ではなくてですね、妹へのプレゼントなんですよ。
 電話で言いませんでしたっけ?」
「え、あ、いやだ、すみません」

(……多分茂木先生が邪魔してきたときだ)

ようやく誤解の解けた二人の間の妙な雰囲気は霧散し、
プレゼントが決まってからもあちこちショッピングをして歩いた。

楽しい時間は時計の針を加速させる。

「ごめんなさい、こんな時間までお付き合いさせてしまって」
「いえ、私も楽しかったです」

迫り来る別れの刻を惜しむかのように、世間話で間をもたせている二人は、
ビルの外に出た瞬間驚嘆の声を上げた。

「あっ」
「雪……だ」

降り始めた雪は歩道を白く染め、急ぎ足の人達が二人を通り過ぎる。
しばらく空を見上げていた二人だったが、どちらともなく歩を進めた。
その時。

「きゃっ!」

舗装された歩道が雪に濡れ、香織の足を滑らせた。

「危ないっ!」

ガシッ!

すんでのところで体を支えた棚橋は、慌てて香織の体から手を話した。
その手を追い求めるかのように香織は棚橋の大きな手を握る。
無言で手を繋いで歩く二人。
お互い何かを言おうとしては飲み込み、沈黙が続く。


その沈黙を破ったのは、香織でもなく、棚橋でもなく、
道すがらにある電器屋の街頭テレビだった。

「緊急ニュースをお伝えします!
 政治家の影山氏が怪盗アンバームーンに宣戦布告です!」

歩みを止めた棚橋の表情が強張り、画面に釘付けとなる。
そして、それは香織も同じだった。

「局に送られて参りました影山氏からの声明文を朗読致します。
 『私は現在、貴方が探しているタロットを所持している。
  腕に覚えがあるのであれば、盗みに入られたい』、以上です。
 さて、本日は怪盗に詳しいジャーナリストの梶原氏をお招きして」

Prrrr……
声明文の朗読が終わるが早いか、棚橋の携帯が鳴った。

「はい、今見てます。了解、すぐ署に向かいます」

ピッ。
短い通話が終わると、棚橋は首をすくめてみせた。

「すみません、香織さん。お聞きの通りです。
 ディナーはまた今度ということで。」「これから……捜査会議ですか?」
「はい、急遽対策を練らねばならなくなりましたから。
 大変失礼ですが……今日はお送りできません」
「ええ、私のことは気になさらず」

両手を合わせてすまなそうな顔をした棚橋はタクシーを捕まえる。
その姿に香織は声をかけた。

「あ、あのっ」
「はい?」
「い、いえ。お仕事頑張って下さい」

軽く手を振りそれに応える棚橋を乗せたタクシーは、急発進で走り去った。
後に残された香織は、それを見送りながら独り呟く。

「私だって対策練らなきゃ……いけないんだけどな」