自分の見せた痴態をブッキにあからさまに言葉で表現され、
女怪盗は二の句が継げずにうなだれてしまう。
俯く彼女を舌なめずりしながら見やるブッキの眼は、
もはや信者の前で聖職者を演じていたときのものではない。
それはまるで、巣の網にかかった蝶を見る蜘蛛のようで。
それはまるで、身がすくんでいる蛙を見る蛇のようで。
弱り切った獲物を嬲ることを心から楽しんでいる、下衆の眼だった。
「神聖ナル生放送でアヘ声を漏らシタお仕置きをしなケレバネ」
「……え? な、なにを……する気なの?」
(こ、これ以上何かやられる前に能力を破らないと…でも……)
呆然となりそうな気持ちをなんとか振り払い、必死に
打開策を考えようとするアンバームーンだったが、
その意思とは裏腹に首から下はピクリとも動かない。
(何とかしなきゃ……でも何とかって……だめ、どうにも……)
もがく一方で打開策がまるで浮かばない焦燥感。
冷や汗を流しながら近寄る敵の姿に顔を背ける女怪盗の顎を、
ごつい指でくいっと持ち上げてから冷酷な言葉を向けたブッキは、
その手をつつつっと下に這わせると、女怪盗の薄手の上着の襟元にかける。
次の瞬間、布地を掴んだ手を一気に下まで引き裂き下ろした。
ブチッ、ブッ、ビリビリビリィッーー!!
「ーーーーぁッ!?」
耳障りな音がして、濃紺色の布切れが床に落ちる。
そのあまりに強引な仕打ちに、女怪盗は声を出すこともできず
衝撃が与えられた部分に視線を向けた。
自分の体を覆い隠し彩っていたはずの薄手の上着。
だが襟元から下へ力任せに引き裂かれたそれは、
一直線に無残な隙間ができており、外界の空気が肌に触れた。
そこからは、レースの装飾が施された白い下着と双丘が覗く。
大きさは……そう、Dカップほどだろうか。
まるで自己主張をするかのような大きさでありながら、
なお重力に抗っているそのバランスの妙に、その場にいる
誰もが見入らずにはいられなかった。
「きゃ……きゃあーーッ!?」
「これは、ハハ、着痩せするタイプなのカナ?
しかし怪盗のくせに巨乳ではさぞかし邪魔になるデショウねぇ」
ようやく悲鳴らしい声をあげた女怪盗の美乳を見て生唾を飲み込んだ
ブッキは、その手に掴んでいた「上着だったもの」の一部分を
女怪盗に見せつけるように床にハラリと落とした。
「それじゃ、お仕置き本番と行きマショウか。私の『教皇』の力は
相手ノ体を制御する力デス。だからこんなことも出来るのデスヨ」
「え、な、なに……なんなの……い、いやあぁぁッ」
ブッキの指を鳴らす音とともに女怪盗が自らの体から感じる違和感。
その違和感の出所は探るまでもなく、体型の変化となって現われた。
Dカップほどだったバストが、水を入れられている風船のように
膨張し続け、女怪盗の身を圧迫し続けている。
プチンッという音とともにブラジャーが弾け飛んだ。
「……ひうッ!?」
(い、いや……は、裸の胸……見られちゃった……見られてる……)
それでもなお超巨乳は膨張をやめず、重力によってぷるんっと揺れた。
水風船はIカップほどになったところでやっとその膨張をやめる。
「まるで牛みたいデスネ、アンバームーン」
「くぅ……お、重いぃ……」
顔を歪ませて自らの胸が与える苦痛に耐えている女怪盗の胸を、
ブッキの掌がまるで重さを量ろうとするように下から弄ぶ。
膨れ上がった胸はその手の動きに従ってぽよぽよと弾み、
手を離すとたぷんっと揺れて元に戻った。
「んんッ……ふっ、んっ、ひうぅッ……い、いやぁ……」
胸を弄ばれるたびに女怪盗は顔を歪ませ吐息を漏らし、
グラマーながらしなやかな肢体の中にあって膨れ上がった超巨乳という
アンバランスさが、どこか浮世離れした官能的な光景を創り出していた。
ブッキはしばらくその柔らかな弾力を楽しんでいたが、ふいに
凶悪な笑みを浮かべると、いきなりその巨乳を鷲掴みにした。
その瞬間。
「う? ……うんっ、んんんっ、ひうぅぅッ……なにこれぇッ!?」
ぴゅっ……ぴゅるぴゅるっびるっ。
なにやら白濁した液が、超巨乳の中心にある蕾から勢いよく噴出した。
信じられないことだが、それは母乳としか言いようがない。
そして母乳が噴き出すごとに、普段感じるものとは全く異なる
快感の電流が、女怪盗の脳を容赦なく揺さぶる。
それは射精に近い感覚で、さしずめ射乳とでもいうべきだろうか。
「フフフ……まさにホルスタインですネ、アンバームーン。
母乳を強制的に搾り出される気分はいかがデスか?」
「な……ぼ、母乳ですって……こんなことしたって、別に私は……」
「ここまで来てまだ強がりとは……気丈なシニョリーナデス。
でも、どうデショウ? なんだか力が抜けてキマセンか?」
ブッキの言ったことは事実だった。
母乳が噴き出すときに感じた、体から力が抜けるような感覚。
それは快感のせいではなく別の、そう、別の何か。
「実は、この母乳は貴女の魔力なんデスよ、シニョリーナ」
「……え、え? 魔力……ですって……?」
「そう、貴女もカードの魔力で変身しているのデショウ?
貴女が感じて母乳を噴き出すタビニ、その魔力が流レ出ス。
つまりその行く先は……変身が解けちゃうデショウね」
「ーーッ!? い、いや……それだけは……嫌よ……」
「おや、反応が変わりマシタね。それじゃ、セイゼイ頑張って
我慢してクダサイ。なに、貴女が感じなければいい話デス。
簡単な話デショウ? せめてもの慈悲デス」
(……慈悲なもんか、この外道が)
傍から見ていた花輪は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
正体を明らかにするだけならば、話は簡単だ。
恐らく女怪盗の顔を覆っているマスクを手で取り払えばいい。
少なくともマスクの下の地顔は明らかになるわけだし、
それで変身が解けるかどうかは分からないが、可能性は高いだろう。
簡単な方法がありながらそれを試そうとしないのは、
ブッキの手によって強引に正体を明らかにするのではなく
あくまで「耐えられなかったため正体が明らかになった」という
被虐の念を女怪盗に与えるためであることは容易に想像がついた。
(……俺も立派な人間とはお世辞にも言えねぇが……こいつは
正真正銘の外道だ。カードを売るためとはいえ、こんなものを
見せられて、こいつに大人しく従っていていいのか……?)
いつしか傍観者である花輪には迷いが生じていた。
もともと闇ルートに接近する術を持たない花輪がブッキに
従うようになったのは、すべてカードを売却するために過ぎない。
カードさえ売ることができれば、大人しく従う理由はないはずだった。
そう、最初は。
(だが……状況は変わっちまった。今では俺はブッキの能力に
完全に掌握されちまっている。反抗すれば俺の体を自由に
操ってどんな苦痛を与えられることか……)
圧倒的な力の差に、傍観していることしかできないでいる自分。
目の前で女が痛めつけられているというのに、憤ることもできない自分。
やはり、自分はどこまでいっても不運な男なのか。
そんな自分の手にあるのが『運命の輪』とは、なんたる皮肉。
結局、花輪は闇の宴から目を背けることしかできずにいた。
そんな傍観者の思いなど知るよしもなく、女怪盗はブッキを見据えていた。
そう、要は自分が感じさえしなければいいのだ。
感じてしまえば……魔力を放出してしまい、この場にいる全員に、
……そして棚橋に、自分の正体を露わにされてしまう。
ならば、無心でこの状況を切り抜け、機を待つのが得策。
そう女怪盗は判断してしまった。
それがブッキの狙いであるにもかかわらず。
「ほう……いい目デス。希望を捨てない、それはとても美しい姿デス」
「ず、随分おしゃべりな教祖さんね……心にもないくせに」
「強がりも結構デスが、ホルスタイン姿でそれを言ワレてもねぇ……」
「う……くッ」
チクチクと突き刺さる言葉の刃。
ブッキの放つその刃は、容赦なく女怪盗の心を切り裂き、
自らが晒している淫らな姿を改めて再認識させていく。
黙り込んでしまった女怪盗の膨らんだ胸にブッキの手が伸びる。
男の大きな手にとても収まりきらないサイズとなったバストが、
揉みしだくたびにその形を自由に変え、そして揺れた。
「ん! んうぅぅ……ふっ、くっ、んんん……」
(今は耐えなきゃ……これ以上魔力を放出するわけにはいかない……)
溢れそうになる声をなんとか抑え、無心であろうとする脳を
侵食してくる性感の波を必死でならして凪にしようと試みる。
その努力は一定の成果を上げ、母乳の噴出はほぼ止まっていた。
「ふぅむ、さすがはアンバームーンといった所デスか。
常人なら射乳の快感に支配されていてもおかしくないのデスが、
その意思の力は賞賛に値スルと言う他ないデショウ」
「……ふあぅッ……だ、だからこんなことしたって……んうぅッ!!」
「ソレデハ、こちらも本気で行くしかないデスネ」
ガンッ!! ガラガラガラ……
先ほど女怪盗を責めるのに使っていた刷毛のついた水車をブッキが蹴飛ばす。
転がっていった水車は大聖堂の壁にぶつかり、勢いを止めて
床にその姿を横たえ、そして光とともに消えた。
今まで跨っていた水車が消えたせいで女怪盗の股下の空間がぽっかり空く。
ブッキは、その空間に魔手を伸ばした。
指が女怪盗の秘裂をなぞり、擦り、押し割っていく。
これまでの責めで濡れそぼっていた秘部は、指を易々と迎え入れた。
ちゅぽんっ。
「……んんあぁぁう……や、やめて……指、挿れちゃ……」
「感じてしまうから、デスか? だから挿れるのが嫌なのデスね……?」
「違う! 違うけど……んんんあぁぁぁ……う、動かさないで……」
「オヤオヤ、しっかり感じてるじゃないデスか。その証拠にホラ」
ブッキが顎で指したのは、言うまでもなく膨れ上がった胸。
先端の突起からはダラダラと文字通り乳白色の液体が漏れ出していく。
その現象が表す意味は二つ。
一つは、アンバームーンの魔力が流れ出しているということ。
もう一つは、アンバームーンが快感を感じてしまっているということ。
現実を突きつけられ、崖っぷちに立たされた女怪盗のバランスが揺らぐ。
「う、嘘よ……そんなこと……ぁああっ、んっ、んんんああぁぁ」
「貴女は感じてるんデスよ! 正体がバレるかもしれないノニ、
敵である私にウシ乳を揉まれて、指でアソコをほじくられテネ!」
「ぁああっ、ひあぅッ……う、うしちち……なんッて……」
「感じて母乳をダラダラ流す淫らな胸は、ウシ乳で十分デス!
ホラ、もっと沢山流しナサイ、このホルスタインがッ!!」
「……くあぁぁぅ……わ、わたし……ダメなのに……ひうぅぅぅッ」
女怪盗を崖に突き落とすべく、ブッキの言葉が背中を押す。
そんなはずはないと懸命に自分に言い聞かせようとしたのだが、
胸から流れ出る白濁が女怪盗を現実に捕まえて離さない。
もはや指をくわえ込んだ秘部はぐぽっぐぽっという音を響かせ、
母乳とは違った液体をダラダラと流して腿の黒タイツを濡らしている。
「え、え……いぃ!?……ああッ!!」
「おやおや、母乳だけジャナク下の方ももらい泣きしてマスよ?
本当に淫乱なホルスタインデスね」
「ぁくッあくぅっ!! だ、だめへぇ……わたし、感じちゃだめなのぉ……
ぁ、ああっ、あひぁああぁあぁぁぁ……」
ブッキに罵られるたびに、そしてぐぽっぐぽっと指で秘奥を
こねられるたびに、股下からは秘蜜がますます流れ出し、
それとともに胸からはぴゅっぴゅるっびゅるびゅるっと母乳が
絞り出され、その現実が女怪盗を追い詰め、さらに感じさせるという
被虐のスパイラルからアンバームーンは抜け出すことが出来なくなっていた。
次第に流れ出す母乳はその量を増し、雫から飛沫に変わっていく。
それとともにダラダラと流れ出していただけだったのが、いつしか
びゅっびゅっと勢いよく噴き出すようになっていった。
噴出するたびに強烈な射乳の快感が女怪盗を襲い、被虐のスパイラルを
さらに加速させて官能の崖へと突き落とそうとする。
「こんなにドピュドピュと母乳噴き出させて、正体隠す気はあるんデスか?」
「……く、ううう……ひああぁぁ……む、胸がぁ……んんんんああぁぁ!!
出ちゃらめ、らめなのにひぃ……お、おかひくなってへぇ……」
呂律が怪しくなり始め、鋭かった眼光はとろんと濁り始めている。
もはや女怪盗は陥落寸前に見えた。
それでも棚橋に正体を明かしたくないというその一念で、それだけで
なんとか指一本でしがみついているといった状況だった。
ここでブッキは更なる手に出るべく、指を鳴らす。
ぱちんっ!
「それじゃ、お望み通り母乳の噴出を止めてあげマショウ」
「んひぃ、くひぃぃいぃ………え、え……え?」
ブッキの合図とともに、母乳の噴出がぴたっと止まった。
流れ出続けていた魔力にも、ようやく堰が作られる。
だが、女怪盗はブッキの真意を図りかねていた。
(ここまで来て、責めの手を緩めるというの……? ひ、ひぎいぃッ!!)
女怪盗が抱いた微かな希望。それは敵に対する甘え。
その僅かな気の緩みは、次の瞬間驚愕と絶望に変わった。
「む、胸があぁぁ……く、苦しい……な、なにを……!?」
「なにをって、約束通り母乳の『噴出』を止メタだけデスよ?
それともまさかとは思いマスが、貴女、出したいのデスか?」
「く、あ、ああぁぁぁ……む、胸が膨らんでぇ……んんん…ひあぁぁッ」
確かに噴出は止まった。
だが、排出を望む母乳は確実に創り出され、胸の内に溜まり続けている。
当初から比べると幾分小さくなっていた胸が再び膨張し続ける。
女怪盗を、胸が膨張する苦しみと射乳に対する渇望が襲い、
それに反して正体を明かしてはならないというジレンマが駆け巡る。
しかし噴出しない限り膨張は止まず、それに比例して射乳したいという
渇望が脳裏を占める割合を増していく。
「ひ、あ、あひぃぃぃぃッ? ひっいっいいぃぃぃ……
だ、出させてぇ……お、おかひくなりそうなのぉ……ッ!!」
ついに出してしまった懇願の言葉。
それはギリギリで掴まっていた崖からついに指を離した瞬間だった。
「ハハハハハハ、出したいのデスか、アンバームーン!
それじゃ、立場をわきまえてちゃんと私にお願いシナサイ!!
『私は淫らな雌牛です、お乳いっぱい出させてください』ってネ!!」
さらに奈落まで突き落とすかのような命令をするとともに、ブッキは
一層秘部へ挿れた指の動きを激しくし、じゅぶじゅぶと淫靡な音が響いた。
もはや射乳への渇望で支配された怪盗に抗う術はなく。
「わ、わらひは……んぅぅ…み、みだらッな、め、めすうしです……
お、おちちいっぱいぃ……んあぁぁあ! だ、出させてくらはい……」
「それじゃお望み通り出させてアゲマスよ!!」
「あ、あぐぅッ! ひ…あ、ああぁ……す、すご……ひぃぃっ!!
で、でちゃふのぉぉ……む、胸から……んっぁひ、ぁっひぃぃぃッ
や、らめ、だめ、出ちゃう……出ちゃうふぅぅぅーーーッ!!」
ぷしゃっ! どば、どっばああぁぁぁッ!!
ブッキが被虐に震えるアンバームーンの肉豆をキュッと摘んだ瞬間、
封印が解けた超巨乳の突起から大量の白濁液がほとばしった。
『教皇』の能力により立ったままの姿勢を崩すことなく、
自らが噴き出した母乳にまみれながら女怪盗は虚空を見つめていた。
その銀色の髪も、美しい顔も、濃紺の衣装も、黒タイツも、
すべてが白濁液に汚されて無残かつ卑猥な光景を演出している。
と、次の瞬間、女怪盗の体が光に包まれて。
(か、香織……ま、まさか!? 嘘だろ……)
猿轡を噛まされて唸ることしかできずにいた棚橋の目が開かれた。
そこにいたのは、さっきまでの銀髪のグラマラスなアンバームーンではなく、
華奢で子供っぽい、棚橋のよく知る香織その人だった。
自分が今まで追っていたのが恋人だったという喜劇。
愛する人が、敵に汚され尽くしていたという悲劇。
心が折れてしまったのか、いつもころころと笑うのが印象的だった
彼女の目はもはや濁り、ただただ虚空を見つめている。
全身白濁液にまみれて壊れた人形のようになっているその姿は
筆舌に尽くしがたく、ただ無残というほかなかった。
「……ま、まさ…ひ、ろ……」
「んーーんぐぅぅぅぅッ!!」
「おやおや、お二人はファーストネームで呼ぶ関係だったのデスか?
ハッハハハハッハァ、こいつは傑作ダッ、ハハハッハハ!!」
思ってもみなかった展開に、ブッキの高笑いが響く。
しかし、その展開に衝撃を受けていたのは張本人だけではない。
単なる傍観者である花輪も、拳をわなわなと震わせていた。
(……う、嘘だろ……こんなことあっていいわけねぇ……
もしこの世に神がいるんなら、こんな地獄があっていいはずねぇよ……)
「花輪、ソコノ彼氏の拘束を解いてあげナサイ。
ここからは愛する二人ノ公開エッチショーといきまショウ」
「くっ……んっぐッ……くぅ」
「ドウシタ、花輪……使えないお前デモ縄を解くぐらいは……ヨシ」
黙って従う花輪の手によって、棚橋の拘束は解かれた。
だが、解放されたにも関わらず動きは鈍く、目からは涙が溢れ出している。
それでもそろそろと恋人のところへ行き、そっと頬を撫でる。
「……ま、まさひ……ろ、ご、ごめん……ね……」
「香織、謝るな! 香織ッ! 香織ぃぃーーッ!!」
「さて、お涙頂戴はその辺にして、さっさとエッチを始めないと、
香織チャン死んじゃうヨ? まぁ、強制的にお前を操っても
いいんダケド、それじゃつまらないからネ」
「うっくッ……この、糞が……」
唇を血が出るほど噛み締める棚橋。
しかし、その横で花輪は別の意味で目を見開いていた。
なにか今、確かに感じた違和感。
その正体を探り当て、ぎゅっと拳を握り締めている。
なかなか動こうとしない棚橋を追いやるようにして近づいた花輪は、
ブッキに気づかれないようにボソッと耳打ちをした。
次の瞬間。
ズガアアァァァァン!!
虚空に現われた巨大な水車が、大聖堂の床めがけて落下する。
その目標は、ブッキその人だ。
あわや、というところで間一髪転がって避けたブッキを次々と
二の水車、三の水車が襲い、ブッキは混乱しつつ這い回った。
だがブッキもさすがはカードの能力者である。
這い回り転げ回りつつも、それが花輪の攻撃であると見るや
即座に『教皇』の能力を発動し、花輪の体を拘束する。
そのとき、後ろで香織がぺしゃんっと床に崩れ落ちる音がした。
「何のつもりデスか……花輪。まさか私の『教皇』の能力に
勝てるとデモ思ったのデスか……?」
「勝てねぇだろうな、確かに。けどそれは一対一での話だぜ」
「ナニッ!? ウグッ……お、オノレ……グヘッ……」
余裕ぶっていたブッキの頸に絡みついたのは棚橋の縄だった。
とっさに片手を首と縄の間に挟み即死は防いだブッキだったが、
怒りの込められた縄は強靭な力でギリギリとその手首ごと絞め上げ、
ブッキの顔に初めて苦悶の表情が浮かぶ。
「やはり思った通り、何が『操ってもいいんだけど』だ。
お前の能力は一人の人間しか操ることができねぇ。
そもそも複数の人間を同時に操ることができるんなら、
こいつを縄で縛る必要なんかねぇわけだからな。
もっと早く気づくべきだったぜ」
「……オノレ……キサマ……ヨ、ヨクモ裏切ッタナ……」
呪詛の言葉を吐くブッキ。
確かに花輪の指摘はある意味正しかったのだ。
花輪への『教皇』の攻撃を解けば水車を落とすという状況では、
『教皇』の脅威なく棚橋に攻撃役を任せることができる。
だが、花輪は忘れていた。
『教皇』は、動きを止めることではなく体を操る能力であることを。
「くっ!? 何をするんだ!!」
「ち、違う!! 俺じゃねぇ、体が勝手にッ!!」
ブンブンと腕を振り回し棚橋に殴りかかる花輪。
どうやら『教皇』の能力では『運命の輪』を使わせることまでは
できないらしいのが救いだったが、単なるパンチと言えど
それを避けながらブッキに攻撃を加えるのは至難の業だった。
「形成逆転デスね……ハハッハハハハッ!!」
「くッ、畜生! イケると思ったのにッ!!」
「……まだだ! 香織ッ!! 聞こえるか香織!!」
逆境に陥った棚橋の叫びに、香織はピクリと動いた。
だがその目は濁ったままで、依然虚空を見つめたままだ。
それでも諦めることなく叫び続ける棚橋の目からは、
再び涙が溢れていた。
「香織ッ、俺はお前を愛してる!!」
「ちょ、ちょっと待て、お前こんな時に何言ってんだよ!!」
殴り続ける花輪の抗議の声を無視し、なおも棚橋は叫び続ける。
「香織ッ、俺は受け入れるから!!
どんな事情を抱えていようが、どんなことがあろうが、
今までのことも、これからも、すべてを受け入れるから!!」
「無駄デス、だいいち彼女の魔力は絞り切ったんデスよ?
そろそろ諦めた方がいいんじゃないデスか?」
「香織ッ……力を貸してくれ……」
そのとき。
濁っていた宝月 香織の目に輝きが戻った。
彼女はむくっと立ち上がると、意識を集中させて光を纏う。
そこには、消えたはずのアンバームーンの姿があった。
「馬鹿ナッ!! な、何で魔力を失って変身デキル!?」
「さぁ? 神のご加護……かしらね、教祖様?
覚悟しなさい、神罰を与えて差し上げるわ」
「う、ウワアアァァァッ!?」
ベキッ!!
アンバームーンの蹴りがブッキの喉元に食い込み、鎖骨が折れる音がした。
ブッキは悲鳴とともに意識を失い、泡を吹いてゆっくりと崩れ落ちる。
だが、一方で跳び蹴りをお見舞いしたアンバームーンも空中で
バランスを失い、床へ墜ちようとするのを間一髪棚橋が受け止めた。
やはり残り僅かな魔力を振り絞った一撃だったらしく、
失神するとともに女怪盗は姿を消し、代わりに宝月香織の姿が現われた。
「あんたら……すげぇな。あんなことされたのに……」
「凄いのは俺じゃない、彼女さ。
それより、何で急に協力してくれる気になったんだ?」
「ブッキは俺にとってカードを売るツテというだけだからな。
あいつの外道ぶりに嫌気がさしたってだけだ。
それに、もうカードなんてどうでもよくなっちまったよ」
そう言うと、花輪はタバコをくわえて旨そうにふかしだした。
その表情は先ほどまでとは別人のようで、清々しいものに感じられた。
花輪はくわえタバコのまま、ふいに棚橋にカードを渡す。
それは、『運命の輪』のカードだった。
「そこのお嬢さん、こいつを集めてるんだろ? 渡しといてくれよ」
「どういう……ことだ?」
「いやぁ……ブッキを失った俺には売る手段がねぇし、それに……なんか、
ブッキを見てるうちにさ、能力ってやつは人を不幸にするんじゃねぇかって、
うまく言えねぇけどそう思っちまったんだよ」
しばらく照れくさそうに頭を掻く金髪の男を見ていたが、
棚橋は素直に厚意に甘えることにした。
香織の真意は謎のままだったが、カードが必要らしいのは確かなのだから。
「悪いな……何か俺にしてやれることはあるか?」
「ねぇよ。強いて言えば、さっさとこの場から彼女連れて出て行きな。
俺も急いで荷造りしなきゃならねぇんだ」
そう言うと、花輪は部屋の奥から女性用の上着を持ってきて
香織に羽織らせると、軽く手を振って奥の部屋へと消えた。
棚橋はその背中に手を合わせると、失神したままの香織を抱きかかえて
大聖堂の外へと運び、驚く警官を叱咤してパトカーに乗せた。
二人を乗せたパトカーがネブラスカシティの外へと走り去る。
慌てて後を追うように、パトカーの大群が走り去るのを窓から
見届けてから、花輪はにやりと怪しい笑みを浮かべた。
「カード売るなんてリスク高い橋を渡るよりは、
こっちの方が手っ取り早いってもんだぜ」
そう言うと、大聖堂の奥にある大金庫を開錠して、ありったけの
札束を旅行用のトランクに詰め込みはじめた。
どうやらこの男、火事場泥棒を働く気らしい。
しかも、金庫の暗証番号を入手済のところを見ると計画的犯行である。
棚橋に敢えてカードを渡したのは決して善意からではなく、
彼らと警察に早い所立ち去ってほしかったのだ。
意識を取り戻したブッキが弱々しく彼の足に縋りついたが、
バキッと蹴飛ばすと再び意識を失い白目を剥いた。
こうして一時間後、多額の現金を積んだ彼の車もまた、
ネブラスカシティを後にしたのだった。
ずっと不運続きだった彼の運命の輪は廻った。
この先幸運な人生を過ごすのか、それとも再び裏目に出るのか。
それはもちろん、彼次第である。
〜『教皇』『運命の輪』奪還完了〜
残りカード枚数…1枚