「ブラッディレイめ…今度もまたあのクリスタルを狙ってきたらしいぜ。」
「どうせなら白い方の…アイスビーナスの方が良かったんだけどなあ。いくら美形でも男じゃさあ…。」

とある町のとある屋敷、周りにはパトカーや警官輸送用の大型バスがひしめき合って停車しており、喧騒に包まれている。
いったいどうしたと言うのだろうか。
そんな屋敷から少し離れた廃倉庫。
近隣の学校のものだろうか。明るい青で纏められたブレザーを纏い、几帳面そうな顔に
眼鏡をかけた長髪の高校生ほどの少女が右手に付けた彼女に似つかわしくない
武骨で最新式の電子時計の液晶画面を睨んでいる。
その液晶画面の末尾二桁の表示が繰り上がり十一時五十五分を示すのを確認すると、顔を上げた。

「予告状は零時だから今から誤差入れて五分か…頃合ね…。」

呟くと、少女はブレザーの内ポケットから赤い宝石を取り出し、目を瞑る。
宝石が鈍い血のような色の光を発した。
と、光の中から赤い鎖が何本も飛び出し、それは蔦のように少女の姿を覆い尽くす。
よりいっそう強い光を放ちながら少女を覆った鎖は溶けるように靄へと変わっていく。
倉庫の窓から赤い光が漏れ出し、やがて収束していく。

「ショータイムの時間ですね。では、怪盗ブラッディ・レイ…参りますか。」

漆黒のボディスーツの上にややラフなイメージのジャケット。
手首にはオープンフィンガーグローブと鎖に似た意匠のベルトが巻きついている。
その上から表が濃紺、裏が真紅の大きなマント。
下半身はこれも漆黒の布地に切れ込みがいくつか入ったジーパン風のズボンと
腕に付けられている物と同じ鎖型のベルト。
目はこれまた真紅に染まり、八重歯という表現では
追いつかないほど先が鋭利に尖り、伸びた歯。
巨乳とは言えないまでもそこそこに在った胸は男性と見分けが付かないほどに
平坦になってしまっており、髪はワインレッドの短髪になっている。
タキシードを着ていない以外は所謂吸血鬼に近い姿だ。


格好にしても体形にしてもこう表現すると女性としての魅力はだいぶ削がれたようにも思えるが
「男性」としてならば…それを補ってもあまりある魅力を全身にたたえていた。もしも世界一気難しい女性を
連れてきたところで一発で陥落してしまう。そんな文句の付けようの無い
美女ならぬ“美男子”であり怪盗ブラッディ・レイというもう一つの姿となった少女がそこに居た。
言い知れぬ存在感を纏いつつ倉庫を後にすると素早く飛び上がる。
俊敏なその動きと闇の中に完全に溶け込んでいるせいでまるでその都度本当に消えてしまっているのではないか
とすら思わせる動きで彼女…いや、彼は屋敷へと向かっていった。

ブラッディレイが向かった屋敷内の一室。

「予告状の時間はもうすぐですねえ…。全員部署に付いて下さい!」

いかにもキャリア組なんだぞといった風貌で実際かなり優秀なのだが
実はノンキャリア組の若手の刑事…大岩警察署刑事課所属、南條守道(なんじょうもりみち)は
祖父からの形見の修繕を重ねたベルトが目を引くクラシックな腕時計を見て、呟いた。

「喚くと居場所が知れますぜ?何のためにここに隠れてるんスか。ま、いいスけど。
あんたら警察と奴ら怪盗にかかった賞金を山分けするつもりは無いスよ。」

沢山の警官に混じって年の頃高校生程の少年…剣埼雅史が窓の外の満月を見つめながら言った。

「くっ…得体の知れない雇われの警備員の癖に…。」

警官隊の中からそんな声が挙がる。彼…剣崎雅史は警官ではない。この屋敷の持ち主が雇った怪しげなフリーの警備員なのである。
腕は優秀でこれまでに幾たびも警察を出し抜いて犯罪者を捕縛しているがこと怪盗が関わる事件ではからっきしというのが
彼の頭痛の種であり、しゃにむに彼を怪盗関連の事件に関わらせていく要因でもあった。その時!

「うわあ!気持ち悪りい!クモだ!」


彼の傍に居た警官の1人が短い声を挙げた。
見れば彼の視線の先には3センチほどのクモが彼から逃げるように蠢いているではないか。
その先に居たもう1人の警官がとっさにクモを踏み潰そうと身構える。

「やめて下さいよ。そいつは…アシダカグモは別に何もしねえスよ。」

言いながら警官の肩を掴むと制止する雅史。

「へえ。あなたに生き物を愛するなどと言う一面があったとは…。付き合ってもう一ヶ月になりますが始めて知りましたよ。」
「別に…。何もしてないのに気持ち悪いとか言われた挙句踏み潰されるのは不憫だって思っただけの事で。」

遠巻きに眺めて居た守道が腕時計から目を離さずに言つた。
しかし…その場に居た者は誰も気が付かなかった。
窓から差し込む月の光が彼の背後の壁に普通の人間とは明らかに異なる、八本の足が突き出た
不気味な…丁度クモと人間を掛け合わせたような不気味な影を
彼が呟いているほんの数秒の間だけだが映し出して居た事に…。

「ところで、雇われだと何か文句有るんスか?ボサッと突っ立ってても給料貰える
公務員のあんたらと違ってこっちは成果出せなきゃ給料貰えないんスよ。」

先ほど彼に思わず悪態をついた警官達を睨みつける雅史。

「それはそっちの勝手だろう。少なくとも威張る事じゃないと思うけど。
ていう君に何が判るって言うのかね。」

警官の方も負けてはいない。
先頭の1人が気おされつつも雅史に言い返した。

「…あん?そんならこっちこそあんたに何が判るって言いたいんスけどねえ?」

雅史は目を剥くと警官に詰め寄っていく。

「止めなさい。ここで私たちが喧嘩して何になるって言うんです!」

そんな二人を引き離そうとする守道。

「ていうかなんでこんなチンケな小部屋に全員篭る事になったんだよ?」



去ること三日前。
この屋敷がブラッディレイの新たな標的となった事を
彼が大岩警察署・刑事課の課長・最刃徹将(さいばてっしょう)に
屋敷の見取り図付きで報告すると彼はそれを聞き終わるなり

「私にいい考えがある!ここだ!」

屋敷の見取り図の一角…今彼らが隠れている部屋を指差し、叫んだのだ。
有無を言わさず彼が示した部屋に全員が立て篭もるという事で警備の方針は決定した。

「そ、そんな情けない理由でなんスか?」
「課長の命令とカンは絶対ですから!」

呆れる雅人に守人はあっけらかんとした顔で言った。
ちなみに源田課長はこれまで幾度と無く“いい考え”を思いついた事があるのだがそれらの
考えなりアイディアなりが功を奏した確率はこれまでの統計上四割五分。まったくアテにならない訳ではないが
いまいち心細い数字でもある。
その時。
ガクンッ!
彼らが隠れている部屋の…いや、屋敷全体の電灯が切れた。
そして…

「糞ッ…またやられたぞぉ!奴だ!ブラッディレイだッ!」

そんな声が聞こえてきた。

「騒がないで!みなさん落ち着いて下さい!非常電源に切り替えて持ち場に着いて下さい!」
「それじゃあ俺は勝手にやらせてもらいますんで。“黒”か…。“白”の方がよかったなあ。
いくら俺がバケモノでも男にはそそらないぜ。」

雅人は一言ぼやくと何も見えない喧騒から離れるように部屋を後にしていく。
その頃…


その頃…

「ええい糞っ!お前等何やってやがったんだ!俺様のクリスタルが奴に盗まれちまったじゃねえか!」

痩型の男が今しがたまでブラッディレイの標的となった
「クリスタル」が収納されていた透明なケースの横でヒステリックに仲間に向かって喚きたてている。

「あれは組織全体のものだろうが。いつからお前さんのものになったんだ星鳴?」

仲間の方はと言うといかにもやれやれと言いたげに面倒臭そうに応対していた。
彼の名は星鳴洋孝(ほしなりひろたか)。
ブラッディレイに狙われた「クリスタル」の持ち主にして彼が怒鳴り散らす
数人の手下ともどもある組織の一員である。
優れた男ではあるのだが実力よりも野心と上に対する反抗心が格段に勝っており
協調性ってものがてんで無いので上からも下からも疎まれている男でもあった。

「いや、あのクリスタルは俺様のものだ!あのクリスタルの力を使って高慢ちきな大帝の鼻をへし折って、
この星鳴洋孝様が組織のニューリーダーになってやるんだよ!」
「付き合ってられねーや。さっさと隠し倉庫からAK-101を持って来い!あとK1A1とGP30もあるったけだ!
いいか。何としてもブツは取り返すんだ!」

彼らが執着し、ブラッディレイが狙うクリスタルとは一体何なのであろうか。
数人居る手下達は彼を置き去りにすると警察に見つからないよう別室に保管された武器を
取りに部屋から先を争って出て行った。
AK-101とは旧ソ連で開発された傑作小銃・カラシニコフAK47の発展版で
NATO規格の弾丸を使用できるタイプの自動小銃である。GP30はそのAKに装着して使用可能な
グレネード弾を発射するオプション装備。K1A1は韓国陸軍が開発した簡素な構造がウリの
扱い易いカービン銃でこれもNATO規格の弾丸を使用出来る火器だ。
何れにせよ平和な日本に在っていい代物では無い。

「て、てめえら!俺を置いてくなあ!」

1人残された洋孝も部下を追って部屋を後にしていった。


その頃屋敷の廊下では…。

「ど、何処だ!うわっ…。」
「何も見えない…ぐうっ!」

暗闇の中で蠢きながら鈍い音とともに次々と気絶していく警官達。どういう訳か
一切の電気が消えた廊下には霧が漂い出し、一寸先もまともに見えなくなっていた。

「み…みんなやられちまったのか?」

最後の1人が当たりを見回しながら呟いた。震える手が腰の警棒へと伸びていく。その時!

「ひっ…。」

彼の手を冷たく細い何者かの腕が掴んだ。ゆっくりとそこに目をやると…。

「あああ…。」

彼は愕きのあまり声も碌に出なかった。白い顔に冷たい笑みを張り付かせ全身漆黒か、あるいは血の色の衣装を纏った
「血塗れの怪盗」がそこに居た。

「凶悪犯罪が横行する昨今、皆様さぞ働きづめの毎日を送っておられるのでしょう。
今日のところはどうか…ゆっくりお休みを。」

息がかかるほど顔を近づけて微笑みながら言うブラッディレイ。
とすん!

「あうっ!」

言い終わるとともに放たれた手刀が後頭部にヒットする音とともに警官が倒れて動かなくなる。

「ようやっと静かになったようですね。今宵も月の光が実に美しい…。
やはり仕事は満月の日に限りますねえ。」

窓から差し込む月の光をバックに呟くブラッディ・レイ。しかし…

「はあ…。ちまたではKYという言葉が最近流行っているようですが…
これってまさにあなたのための言葉だとつくづく思いますよ。」

シニカルに天を仰ぎ、やれやれと言った雰囲気で振り返る。彼の視線の先には…。

「それはどうも。しかしあなたも今日こそ年貢の納め時と言うものですよ!」

気絶した警官達が呻き声を挙げる中、南條守道が悠然と立ち塞がっていた。