南條が頭を抱えていたその頃。
剣崎雅人らミュータント達が住みかにしているとある廃工場。
雅人達ミュータントは基本的に身寄りが無い。
幼少の頃に捨てられてしまうからだ。
殆どの者がバイトはじめ様々な手段で必死に生計を立てて暮らす中。
怪盗や犯罪者を捕まえて報奨金を得て
一獲千金を狙おうと考えたのが雅人であった。

「で、またブラッディレイは取り逃がしちまったのか。」
「…ああ。」

蜂の姿をしたミュータント「山乃川仁」が項垂れる雅人に言った。
彼は小さい頃からの雅人の親友である。彼らの周りにはまだ幼いミュータントが
十人近くそれぞれボロきれなどを纏って
身を寄せ合って眠っていた。

「ま、いいさ。お前は怪盗を捕まえて大儲け狙い。俺はコツコツ稼いでみんなを支えるって事で
今までやってきたんだ。気にするな。」

仁は笑いながら言ったが、雅人はそれを見ていっそう落ち込んだ。仁が無理してバイトをしている
事を知っていたからだ。

同じ頃

「星鳴…貴様という奴は始末に困るの見本だな!」
「お、お許しを大帝様!」

組織のアジトでは星鳴が大帝に雷を落とされていた。

「次に失敗すればもうチャンスは無いものと思えよ。また怪盗から予告状が入った。犯行は四日後だそうだが
これはブリッツウィングとアストロトレインに対処させる事とする。貴様は謹慎しておれこの愚か者め!」

大帝の合図で広い部屋の扉が開かれ、二人の男が呼び出された。二人とも聞いた限りでは
名前は意味深なコードネームで本名ではなさそうだ。星鳴や音波などの例外も居るようだが
どうやらこの組織はコードネームで人員を管理している(明らかに本名からとったニックネームが
散見されるあたりかなり基準はゆるそうだが。)らしい。



「くっ…今に見ていやがれ!この俺様がいつか必ず組織のニューリーダーになってやる。」

大帝が夕食を食べるために部屋を後にすると俯いて、星鳴は言った。
すると…おもむろに

「口ダケナラバ何トデモホザケル…。」

音波が呟いた。

「何だと貴様!この俺にケチ付ける気かこのラジカセターミネーター野郎!ぐわわっ!?」

すかさず食って掛かる星鳴、だがすぐに情けない声が挙がった。
音波が装着している奇怪な装甲服から発せられる破壊音波だ。

「うううっ…。なっ…?」
「ダガ…権力欲ガ旺盛ナ男ハ嫌イデハ無イ。」

怯んだ彼に肉薄すると言う音波。武骨なヘルメットと装甲服越しに星鳴は不思議なぬくもりを感じた。

「モット賢ク生キル事ダナ…ソウスレバ、心置キナク身ヲ委ネテ眠ル事ガ出来ル。」

そういい残すと立ち去る音波。
後には顔を赤くして立ちすくむ星鳴だけが残った。
そして4日後の街中。

「……ふう。」

物憂げに街の一角に佇む櫻。南條刑事は自分が
ブラッディレイだという事にやはり気付いてしまったのだろうか。
もし自分が捕まれば、組織はどうなるのだろうか?彼らの力なら警察の追及を
かわすことなど訳は無い。
自分だけが泣きを見る事になるのだろう。そう思えば思うほど自分の無力さが許せなかった。
その時!

「あっ…?」
「ハッ…?」

突然の再会。どういう神の悪戯か。そこには確かに南條が居た。

「…あなたは。あの…わ、私は甘んじて罪を…無論あなたの人生を滅茶苦茶にしてしまった罪は
このくらいで晴れると思っていませんが、それでも…」
「………あ、あの、落ち着いて下さい。私はいいですから。」

直立不動でそういうと深く頭を下げる南條に慌てて声をかける櫻。
元を辿れば原因は雅人が放ったあの毒針とはいえ情事に及んだのは自分なのだ。
南條の思いつめた顔に少なからず櫻は気まずさを覚えた。

「い、いいって…?私はあなたに…。」

拍子抜けしたような顔をあげると言う南條。

「あれは間違いだったんですよ。ほんのちょっとした…ね。」
「それで済まされる事じゃ…。」

近くのシックな喫茶店に場所を移したのち微笑んで言う櫻に深刻そうに言う南條。

「あなた、勘違いしてますよ。あの時誘ったのはあなたじゃなくて私なんです。
つまり被害者はむしろあなたなんですよ。てへ、ついヤッてしまった。今は反省している…なーんちゃって。」

だが、言われた方の櫻はしごく気楽にぺロリと舌など出して言った。


「そ…そんなバカな…。」
「あーもう…責任感強すぎですよ、貴方。じゃあこういうのはどうです?」

こつん、と額を南條のそれにぶつけて言う櫻。

「御互い合意の上だったって事にすれば…。」
「ななななっ?」

南條の顔が真っ赤になる。それはつまり彼と櫻が関係を持つという事ではないか。
彼はこの手の話題に関しての免疫はうぶな少年と同じであった。

「冗談です。でも今ここでこんな事で止めてしまったら…ブラッディレイを捕まえられなくなってしまうんですよ?
あなたの事は前から知ってます。怪盗を専門に担当する刑事さんなんですよね?こないだテレビで見ました。」
「……正直、彼は私の手で捕まえたいんですよ。何としてもね。しかしこんな事になっては…。」

顔を挙げてはっきりという南條。しかし、言い終えると彼は再び顔を伏せた。

「…やっぱりそうなんですか。あの…南條さん?私は今回の事件について何とも思っていません。ですから…
なんとしてもブラッディレイを捕まえてください。」

櫻は何で自分がこんな事を言っているのか自分でも判らなかった。ただ、ここで南條との勝負が終わりになるのは嫌だったのだ。

「…ブラッディレイについて何か知っているのですか?」

それを聞いた南條は流石に怪訝そうな顔をした。

「あ…いえ…。あの…彼女、いや…彼はあなたに捕まえて欲しいんじゃないかと思うんです。…なんとなくですけど。」

顔を赤らめてもじもじしながら言う櫻。だが反対に南條はいよいよ怪訝そうな顔をしている。
それはそうだろう。傍目に見れば告白ともとれるがそもそも
彼はブラッディレイを男だと思っているのだから。


しばらく経って喫茶店から出る二人。だが
ふと剣道を習っていると思しい少年達の一団が歩いて行く姿が櫻の目に入った。
その中に1人女性が居る。スタイルは中々のもので長髪。
やはり剣道の防具などが入っているであろうバッグを抱えている。
どうやら師範格らしく、少年達には憧れに近い視線を向けられていた。

「………?」

それを見た櫻はなぜかその女性に以前会った事があるような気がしたが、生憎自分の事に頭が
いっぱいで気にもとめなかった。

「氷室師範代〜。どうせなら月火だけといわず毎日来てくださいよぉ〜。」

師範代と呼ばれるその女性を囲んでいる剣道少年の1人が師範代こと「氷室薫」に懇願する。

「そうしたいのは山々なんだけどねえ…。」

薫は苦笑しながら言った。


と、パトカーが何台も列を組んで彼らの脇を擦り抜けていくではないか。

「一体どうしたのかしら?」

薫がパトカーを見送りつつ不思議そうな顔をする。

「氷室さん知らないンすか?また怪盗が出るらしいんスよ。確か今度は白い女の方らしいっスよ。
アイス…なんてったっけ?」
「アイスヴィーナスだろ。噂じゃすげえ美人らしいぜ。」

首をかしげる少年にまた別の少年がニヤ付いた顔で言った。

「ふーん…美人なんだ。」
「勿論氷室師範代よりかはナンボか劣るんでしょうけど。」

興味有り気に言う薫にその少年はすかさずフォローを入れた。
しばらくして少年達と別れた薫。

「はあ…。」

剣崎雅人は憂鬱だった。
彼が追う二人の怪盗のうちの1人、「アイスビーナス」から予告状が組織の息のかかった研究所に
入ったのだ。勿論狙われたのはクリスタル。
勇んで駆けつけたいところだがそうもいかない。一日に何個もバイトをこなして
収入の殆どない彼らの台所事情を必死に支えている雅人とも長年共に暮らしている
ミュータント・山ノ井仁がきのう熱を出して寝込んでしまったのだ。
雅人は彼が勤めるバイトに代わりに赴かねばならなかった。怪盗を捕まえる報酬よりは
バイトの給料の方が確実に手に入るからだ。
そしてその確実な収入が滞ればたちどころにミュータント達の家計は傾く。
その頃アイスヴィーナスに狙われているとある秘密工場。

「全員配置に付け!この俺が来たからには怪盗如きにでかい顔はさせんぞ!」
「この通常の戦車砲の十倍以上の性能を誇る“レールガン”を積んだ新型5世代戦車。「ネガベイター1」を動かすには
クリスタルの力が要る。なんとしても守るんだ!」

アストロトレインこと「北側拓」(きたがわひらく)とブリッツウィングこと
「堀内新」(ほりうちあらた)が気勢をあげていた。

「なあ、レールガンってどういうのなんだ?」
「お前“ドラグナー”見てないのかよ。アレだ。レールガンってのは
こう…大砲があってさあ…ドカーン!!な奴だよ!」

チンピラにしか見えない組織の構成員が隣に居る同僚に質問されていまいち的を得ない説明をしている。


レールガンとは電磁石の反発力で弾頭を加速させる武器で弾速は通常の戦車砲のおよそ3〜4倍。
普通の戦車砲の弾速は音速の大体3倍程度だから少なく見積もっても
音速の15倍近いスピードで弾を射出する大砲という事になる。
その特性上莫大な電力を消費するものの無論威力は段違いだ。
組織としてはこの電磁石のエネルギー源としてクリスタルを使用した戦車を作ろうとし、試作車両
「ネガベイター1」を製作していた訳である。完成し量産すれば
組織は多大な軍事力を得るばかりでなく現在配備されている
M1A2型戦車の後継となる新型戦車の開発に
積極的な米軍や軍備増強に余念の無い中国、いまいち評判の悪い
自国開発の戦車に代わる新しい戦車を欲しがるロシアなどに
対して売りつけることで兆単位の大儲けが出来る訳だ。

その頃研究所の近くでは。

「さてと…。時間はそろそろ問題ないか…。」

さきほどの剣道少年に囲まれていた女性…氷室薫が人気の無い空き地に佇んでいた。
時計を見ながら呟くと、懐から布に包まれた何かを取り出す。
それは…櫻がブラッディレイへの変身に使う宝石に、明るい青い色をしていると言う点以外はよく似ていた。

「変身…。」

その声とともに宝石から吹雪が巻き起こり、
薫が着ていたタンクトップとジャケットがそれに包まれて弾け、一瞬整った彼女の肢体が露になる。
髪が薄っすらと水色へと変わって行き、巻きついた雪が物質化してリボンのようになり、
靡く長髪をポニーテールに纏めた。なおも吹雪は薫の体を覆って行き、まるでたわわに実った果実のような
胸や、眩しい足、美しい腰のくびれなどに絡み付いていく。
そして…。

「ふふふっ…。月の光をバックに散る雪って…いつ見ても綺麗ね…。」

それが収まった時。
神話に出てくる天女か、あるいは男を海中に引きずり込む淫乱なセイレーンか、はたまた
妖しく微笑む雪女かのような水色と白に纏められた
着物とレオタードを掛け合わせてかつそれを動きやすくしたような衣装に身を包んだ薫…いや、
巷を騒がすもう1人の「正真正銘の」女怪盗“アイスヴィーナス”がそこに居た。