女物の衣類がだらしなく散らかる部屋で、胴着姿の紫暮兵庫は居心地悪そうに肩を丸めていた。藤咲亜
里沙の部屋である。日課であるロードワークの途中で数人の男達と揉めている彼女を見かけ、加勢した
ついでに家まで送り届けたのだ。お礼に茶でもと言う申し出を断りきれなかった自分を心中で呪う。
紫暮は藤咲が苦手である。派手で高飛車、男に媚を売っているような不潔さは彼の性に合わない。彼の
好みは清純な舞園さやかであり、桜井や織部姉妹は同じく武道を志す者として好感を抱いている。
私服に着替えた藤咲が盆を持って来た。湯気の立つ湯呑みに口を付け一気に飲もうとした紫暮の手が藤
咲の溜息で止まった。「……やっぱり、早く帰りたいわよね」
図星を突かれ、紫暮は硬直した。慌てて、湯呑みを茶托に戻す。
「いや、そんな事無いぞ。ただ、女性の部屋にこんな遅い時間にだな……」
「はっきり、私が嫌いって言っていいのよ」
紫暮は正直な男である。棒を飲んだように硬直してしまう。
「やっぱり……。私みたいな派手な女はいつも誤解されるのよ。男は皆、大人しくて弱い女にすぐ騙さ
れるけど、本当は、弱そうな女の方がずっと強かなのよ」
普段と違う沈んだ声色に紫暮は眉を寄せた。
「そ、そう言うものか?」
紫暮は単純であり、自覚もある。そのため、自分に理解できるのは自分が経験したものだけと割り切っ
ている。藤咲の口から女について語られると、それが真実のような気がしてしまう。
「大人しい女は、そうしている方が男の気を惹きやすいからよ。守らせたいと思わせる計算が上手いの」
辛そうに藤咲が顔を背ける。紫暮は完全に混乱していた。
紫暮は実直である。不意に見せられた藤咲のいつもと違う一面に戸惑い、自分が如何に物事の表層しか
見ていなかったのかと反省した。舞園さやかは計算高くなどないと反論したかったが、藤咲の目に浮か
んだ涙を見て、黙り込んでしまう。「私は不器用だから、好きな人の前では意地を張ってしまうの」
濡れた藤咲の瞳が紫暮を見据え、唇が小さく動く。突然抱きついてきた柔らかい肉体に、抵抗する間も
なく紫暮が後ろに倒れる。
これが柔道であれば朽木倒しと上四方固め、合わせて一本だなと考える紫暮は武道馬鹿だ。
「ま、待て、いきなり、どうした?」
喚く紫暮に柔らかい唇が押し付けられる。意外なことに、ただ、押し付けるだけの静かなキスだった。
「……女に恥をかかせる気?」
返答に詰まった紫暮の上で、藤咲が手早く服を脱ぐ。下から見上げると彼女の豊かな乳房は更に迫力を
増す。紫暮の咽喉が鳴る。彼女のくびれた腰は彼の太腿よりも細そうだ。手入れの行き届いた指が、紫
暮の胴着をはだけさせ、厚い筋肉に覆われた胸板をなぞる。くすぐるように指は動き、帯の下へと潜り
込む。股間を掴まれ、流石に紫暮は狼狽した。が、藤咲の指の動きで、起き上がるより早く、勃ち上が
っていた。手慣れた仕草でゴムを被せると、藤咲は全身を使った愛撫を始めた。ベビーオイルの塗られ
た胸が紫暮の胸を滑る。薄い油膜を与えられ、二人の体は滑らかに擦り合う。弾力のある乳房が彼の胸
の上で弾み、尖った乳首が奔放な軌跡を描く。藤咲の濡れた舌が紫暮の無骨な唇を割り、鞭のように動
いた。閉じた腿は屹立した陽根を挟み、刺激し続けている。
藤咲の手に導かれて、紫暮の指が彼女の奥深くを彷徨う。濡れた襞の感触が彼の本能を刺激した。
紫暮が藤咲に覆い被さり、彼女が脚を開く。まるで、原初の営みのように淫靡さのない交合だった。
分厚い遮光カーテンで覆われたオカルト研究会室には常に擬似的な夜が訪れている。
「全く、どうせだったら京一か霧島ちゃんが良かったのに……」
不平そうな藤咲を余所に裏密が使用済みコンドームの中身をフラスコに移している。
「うふふ〜、ドッペルゲンガー能力は〜魅力よ〜。それに〜出来るだけ濃い精液が欲しかったのよ〜」
「確かに、無駄打ちしてなさそうだったわね。……ま、あれはあれで悪くなかったかな」
フラスコに異臭を放つ物が入れられ、藤咲が眉をしかめる。「それで、どうするの?」
「パラケルススに拠ると〜、精液と馬糞を混ぜて密閉すると〜、40日後には生命を得るの〜。その後40
週間〜、人血を〜与えると〜、ホムンクルスに成るのよ〜」
「じ、人血って……いくら弱みを握られていても私は嫌よ!」
「大丈夫〜。ひーちゃんと取引済みだから〜。亜里沙ちゃんには〜大頭製作に〜協力してもらうわ〜」
邪宗・真言立川流の本尊である大頭に必要なのは、条件を満たした髑髏、精液、愛液。その後裏密が大
頭を手に逆宇宙の扉を開き、世界を混乱に陥れる……か、どうかは余人の知るところではない。
げに恐ろしきは女かな。正直で単純で実直で武道馬鹿な紫暮に合掌。