闇の中に龍斗は横たわっていた。比良坂に触れられた瞼が固く閉ざされている。彼女の“視る”世界を
共有するために。
空気の密度を龍斗は感じていた。じわりと毛穴から体内へ闇が浸透し、闇に自分の内側から融けていく。
実体を失いながらも深みへと沈む込む感覚は頼りない。
外界との境目をなくした龍斗の指先に輪郭が戻る。人差し指から掌を、手首の内側を、上腕をゆっくり
と滑るのは比良坂の唇だ。瞼に映る微かな光と影への未練を捨て去り、全身で彼女を捉える。彼女の触
れている部分だけが現実、彼女に触れている自分の実在は信じられる。
全身の感覚が冴え渡り、束になった巻き毛が胸に落ちる密やかな音さえも耳の中で響き渡る。
彼の伸ばした手が彼女の肩を掴む。両掌でその細さを確かめ、鎖骨の窪みをなぞる。
脈打つ膨らみを手の中に収め、固い突起を転がす。
首筋で吐息が熱く香る。体全体にかかる重みと温もりが心地良かった。
彼女の指が睫毛に触れる。むず痒さと奇妙な快感。その指が彼の口を開け、唇の裏側を撫でる。彼の歯
がそれを甘く噛む。目に映るよりもその細さは鮮やかだ。
下腹部を擦る彼女の尖った腰骨、腿に触れる繁み。膝の裏側で感じる彼女の脛。
狂おしく弾む息。奥歯が軋む。落ちた汗が皮膚の上弾け、砕ける。
自分自身の衝動に重なる彼女の欲望。咽喉が焼けつき、乾く。
湿った手を繋ぎ、本能の赴くままに頂点を目指す。耳の奥がキィンと鳴り、一瞬の空白が訪れた。
闇に慣れた龍斗の目がぼんやりと辺りを映し出す。見慣れた部屋、よく知った娘。だが、彼女は確かに
生も死もその内に秘めた海の化身、瞼で閉ざされた深海の底で捕らえた人魚だった。
腕の中で比良坂は寝息をたてている。凪いだ海のような静寂が二人を包み込んでいた。