主よ――、私の声はまだ貴方の元へ届くでしょうか。
もしもまだ、貴方が私を憐れんで下さるのならば主よ、
私の――私たちの、この汚れた魂を、この恐ろしい背信を、
あの方の目から遠ざけてください――。
山間の村の夜は早く、日暮れの礼拝堂にはすでに闇が訪れている。
日中は敬虔な信徒たち――子供や年寄りまでもが訪れ、人の身には重荷に過ぎる悩みを吐露し、
祈りを捧げ、感謝を胸に刻むその場所に、燭台に照らされて佇む影は、今は二つ。
「もう、このような行ないは――主と、あの方への二重の背信であり、罪に他なりません。
他の何者を欺こうとも、主と己の心までも欺けるものでは――」
「……ふふッ、今更何いってんだい。あんただって口で言うほど嫌がっちゃいないんだろ?
それに――、あたしはあんたを救けたいんだよ、御神槌。大事なものを奪われちまった
あんたの心を、満たしてやりたい――」
「ですがッ、桔梗さん――貴女は、御屋形様のことを……ッ」
蠱惑的な笑みを浮かべて首筋をなぞる桔梗のその指の動きに合わせ背筋を這い登る欲望に
否応無しに気づかされ、身体中の血が沸騰するような錯覚を覚える。気づきたくなかった、
しかし確かな感覚にめまいを感じ、拭いきれない敗北の予感に止めを刺されそうになりながらも
目前の相手と自分自身を説き伏せようと試みた御神槌の言葉はあっさりと塞がれる。
「――いい男はね、そんな野暮はいちいち言わないもんさ」
「……ッ」
少し顔を離して囁いた桔梗が、ふと悪戯めいた表情で首を傾げ、
「おや? 紅が少し移っちまったねェ。
……ふふッ、あんた、そうしてるとなかなかの美丈夫だよ――」
言いながら帽子を外したその手を頬まで滑らせ、改めて口付けてくる。ゆっくりと舌を捉え、
頭の芯まで蕩かすように口腔を犯す一方、もう一方の手でその部分を撫でる桔梗の動きに翻弄され、
御神槌は圧し掛かる無力感と自分の内に燃え上がる快感とに打ちのめされていた。
「ああ……、いいよ……」
切支丹の服ってのは脱がしづらくていけない、と、愚痴をこぼす口調とは裏腹に
実に鮮やかな手つきで一枚一枚服を脱がされ、床の上に仰向けにされていた。
上では自らも着衣を乱した桔梗が盛んに腰を振っている。
隙間風に蝋燭の炎が揺れるたび、汗ばんだ肌が艶かしく光る。
――これまで何度同じ道を辿ったことだろう?
快楽に霞む脳裏をふとそんな台詞が掠め、びくりと身体を震わせる。
「あぁッ」
その動きに刺激されたのか、桔梗が瞬間身体を強張らせた。御神槌の胸に置いた手が跳ね、
うっすらと赤い線を三本刻む。突然のひりつく痛みに思わず顎をのけぞらせた御神槌の
目に映ったのは――
「……ッ」
「あッ――ん、やっ……はァッ」
気が付けば二人の位置は入れ替わり、御神槌は桔梗を組み敷いていた。
「んぅッ…ふ……」
衝動に突き動かされるままに口を吸い、そのまま白い喉をなぞって浮き出た鎖骨を甘噛みする。
両の乳房を掴み、指跡を刻み付けるように乱暴に揉みしだきながら、桔梗の中を抉るように
何度も何度も衝いた。衝いて、衝くたびに甘く切なくなっていく桔梗の押し殺した喘ぎ声と、
互いの肉を擦りあう淫靡にぬめつく水音が辺りに響く。
「ああッ……あ… ――」
「―――――あうッ」
乳房を苛む手にいつの間にか重ねていた指を白く強張るほどに握り締め、
桔梗が大きく弓なりに背を反らすと同時に、御神槌もまたその中で脈を打った――。
桔梗の呼吸が落ち着いてくるまで抱き締めたあと、御神槌はそっと彼女の内から去り、
着物を整えてやった。睫毛に溜まった涙を指で拭い、大事に口付けるようにそれを味わう。
疲れたのか、子供のように眠る桔梗に目をやって、御神槌は誰に言うでもなく呟いた。
「貴女は、本当に酷い人だ――」
あの方の名を呼ぶなんて。貴女を抱いたのは私なのに。
「……気づいていますか。本当に満たされたいのは貴女なのでしょう?
自分の本当の気持ちに鍵をかけて、私を――。貴女は、本当に」
言葉を切り、御神槌は頭上を振り仰ぐ。村の皆の、彼自身の、
あの方の願いが込められた十字架が彼を見下ろしていた。
主よ。私はまだ、貴方に祈ることを許されますか。
もし許されるなら主よ、この迷い子のような魂を憐れに思し召してください。
罪という雪を身に積もらせるのは私だけでいいのです。
どうか、主よ――この魂を、この村を――貴方の御手で救われんことを。