「ああ、粥はたんとあるから、慌てねえでいいだよ。もうちっと待っててなぁ」
その日も花園神社の境内には、いつものように炊き出しを行なう花音と藍の姿があった。貧しい人々に食事を配り終え、後片付けをする段になって、花音は藍に後は自分ひとりでやるから、手伝いはもういいと告げた。
「でも、お花ちゃん。一人で後片付けなんて大変だわ。やっぱり私も――」
首をかしげながらいう藍に、
「あははっ、あるがっと、藍さ。でもほんとに大丈夫だよ、他に片付けの手伝いも来るこどになってっから。藍さもいつもいつも手伝ってくれて、ありがとうなあ」
花音は笑いながら藍に礼を言い、重ねて大丈夫だからと手を振った。
洗った鍋をくるんだ風呂敷を片手に境内に戻ってくると、社の脇にもたれて立つ影があった。
「あ――」
「よッ。今、終わったんか?」
男――們天丸は花音の手から風呂敷包みを引き受けると、大きく破顔した。
「まったく、待ちくたびれたわ」
「・・・・・・們天丸さ、いつもどこで待ってるだ?」
「んー。日によってまちまちやけど、大概この近くにおるで」
言いながら花音の肩に手を回して抱き寄せると、袂から手を差し入れて
「そら、もみもみ――っと」
柔らかい肌を包むように揉みしだきだした。
「ちょッ――こっただとごで、誰か人さ来たら――おら、恥ずかしいだ……」
「そうはいうても、気持ちええんやろ?」
恥らう素振りを見せながら、自分の胸に頬を擦り付けてくる花音に們天丸は更に目を細める。
「だども……、やっぱり神様のいる所でこういうのはよぐねえと……んッ……」
「こういうところやから尚更や。それに、神さんかって男と女の事ぐらいするんやで、
このくらい多目に見てくれるわ」
龍閃組と鬼道衆がともに闘う仲間となって数日がたった頃、それまで敵同士だった
互いの親睦を深めるための宴会が鬼哭村は九角屋敷で開かれた。そして時間が過ぎ――
「――あれ? 皆、どこさ行っただ?」
「ん? ああ、明日仕事があるという連中は三々五々帰って行ったよ。
後は、呑み過ぎ食べ過ぎで具合が悪いという奴らが部屋を取って休んでいるところだ」
ふと辺りを見渡すと、広間には数人が残るのみとなっていた。
不思議そうに首をかしげた花音に、眠りこけた風祭を背負った九桐が答える。
「お花はどうする?――夜の山道は危険だぞ、部屋なら別に用意させるが」
「あるがっと。でも、おらも明日仕事あっがら、内藤新宿さ帰るだ」
「そうか……だが、一人で何かあったら――」
「あははっ、おらこれでも強いだよ。それに山なら、いっぺえ友達さいっがら平気だァ」
けらけらと笑って、花音は一人屋敷を辞した。
「花音はん、よう迷わずにまっすぐ歩けたなぁ」
出掛けに借りた提灯が足元を照らす以外には灯りもなく、月の光さえ差し込んで
こないような鬱蒼とした森の中を歩く花音の耳に、突然明るい声が飛び込んできたのは
村を出て暫くの事。
「この辺りは天戒はんが結界張ってはるから、慣れんお人は大概道に迷うっちゅうのに」
「ふふっ、おらには友達さいるがら、道も教えてくれるだよ。
――們天丸さは、なしてこっただとこさいるだ?」
「若いねえさん一人で夜の山道歩かすわけにもいかんやろ。折角やし、送ったろ思て」
そのまま並んで歩き、もう少しで開けた場所に出るというところで急に們天丸が足を止め、
花音の前髪をかきあげた。
「なあ、花音はんは何でいっつも目ェ隠しとん?」
「え――あ、いつも忙しぐて、髪いじってる暇もねえだよ。お茶淹れだり団子さ作ったりすんのに下ろしてだら邪魔だがら、朝起きて括るぐれえで――」
突然のことに驚いた顔をしながら話す花音の目をじっと見て、們天丸はふと悪戯っぽく笑った。
「ふーん……なんや、あんさんなかなか別嬪やな。――どや? もんちゃんとええ事せえへんか?」
「へえッ?――――んッ……」
今度こそ本気で驚いた花音を抱き寄せ、半ば無理矢理唇を重ねる。
軽く下唇を噛み、舐めまわす。息苦しくなったのか、ほんの少しだけ開いた隙間を
舌でこじ開け、強く吸う。そのまま強弱をつけて何度も吸い、頬の内側を突付き、
歯茎をなぞって、驚愕に見開かれた花音の目がうっとりと閉じられてくるまでそれを繰り返した。
「……こ、こっただとこで何するだ……」
「ははッ、気持ちええやろ?――安心し、人なんか来ィへん。来るとしたら山の獣くらいや」
上擦った呼吸を繰り返す花音の腰に手を回し、そのまま胸で押して木の幹へと押し付ける。
うなじに唇を落とし、そのままちろちろと舌を這わせて耳朶に軽く歯を当てた。
片手は腰の辺りを撫で擦り、もう一方の手で着物の上から胸を柔らかく揉みはじめる。
「やッ……、だがら…、その……ァんッ」
「たまにはこういうのもいいんちゃう? 花音はんあんまし男っ気なさそうやから、
慣れるまでちょお苦しいかも知らんけど、そらもう天にも昇る心地やで?」
「……ッ――――ふッ……」
「ん、なんか震えてっけどどうし――」
「ッざけんじゃないわよこの馬鹿天狗ッ!」
「どわッ!? い、いきなりなにす――…花音はん?」
愛撫に気をとられていたためか、突然の蹴りにそのまま後ろに吹っ飛んで尻餅をつく。
そして、彼を蹴飛ばしたのは―――
「ほほほッ、愛と正義の義賊―――桃影ッ、見参!」
「……なんやの、その格好……ちゅうか、花音はんなにを」
「ちっがーうッ!」
びしっ、と呆れ顔の們天丸の鼻先に指を突きつけて、
「も・も・か・げッ! 今をときめく義賊・大宇宙党の紅一点よッ!」
「服とか髪型とか一体」
「細かいことは気にしないのよッ!」
「……はあ……桃影はん、ね――そういうたら九桐はんがなんか言ってたような」
けったいな格好した正義の味方がおるとかどうとか、と口の中で呟く声には気づいていないのか、
桃影は指を突きつけたまま一つうなずいて、話を続ける。
「そうよ、あたしは桃影なのよ。で、ちょっといいかしらもんちゃん。
あなたねェ――女の子と見たらすーぐ口説いて、ソレしか頭にないのッ?
大体、男っ気がないってどういう意味よ失礼ねあたしこう見えたってモテんのよ
そこんとこ勝手に解釈しないでくれるそもそも茶屋のお客さんとか赤影とか黒影とか
田舎から出てきた女の子だからってなに夢見てるのかしら失礼だと思わない――って、
ちょっと!聞いてるのッ!?」
「あ、ああ聞いとる、聞いとるで――って、今度は一体なにをする気なんや、桃影はん」
「え?―――するんでしょ、続き?」
まだ尻餅をついたまま怪訝に尋ねる們天丸の腹にまたがり、
襟元を更に緩めようとする手を止めて、桃影は不思議そうに首をかしげた。
「天にも上る心地、って奴を味わわせてくれるんでしょ?」
「――〜〜〜」
違う?と視線で尋ねられて、思わず桃影を強く抱き締めると們天丸は声を立てて笑い出した。
「ちょっと、もんちゃん?」
「……いやあ、まさかこんなねーさんやったとはなぁ。さすがのわいも読めんかったわ」
くつくつと肩を小刻みに揺らしながら心底楽しげな表情を浮かべ、
「ほんなら、続き、しよか」
軽い触れ合いを何度も続けていくうち、段々深く口付けを交し合っていく。着物の帯を解き、
耐刃肌着をたくしあげてその乳房に触れると、少し震えた。掌に吸い付くような白い肌を、
柔らかく捏ねて形を変えていく。
「ん……いうだけ、あるわね……」
「そうやろ? あんさんもわいも、二人で楽しめんとこういうんはあかん」
右手で片方の乳房を支え、その頂点に吸い付く。もう一方の手は腰の曲線をなぞり、
背や尻を撫でまわす。軽く啜るように桃色の突起を弄び、舌先で触れ、甘噛みをする。
その一つ一つに桃影は漏れる吐息や、一瞬の緊張と弛緩や、背や首を仰け反らすことで
反応を返し、濡れていく。子供を胸に抱くように柔らかく們天丸の首に腕を絡ませ、
髪の間に指を挿しいれて、快楽の動きに合わせてくしゃくしゃと撫でる。
乳房と乳房の間に軽くついばむ痕を残しながら、們天丸は左手で桃影の背を支え、
右手をその左ひざの下に差し入れる。そのままゆっくりと覆い被さっていき、
草の寝床に彼女を仰向けにさせると、腿の内側を指先で撫でた。
「あんッ」
その部分を覆う薄布はすでにしっとりとした指触りで、そのまま張り付いて浮かび上がった
溝をなぞり上げると切なそうに眉を寄せ、吐息を一つ漏らした。その様子を確認してから
布の中に指を滑り込ませる。粘り気のある透明な液が們天丸の指先を艶やかに染め、
その動きに合わせて卑猥な音をあたりに響かせる。
「あ――あァッ、ハァ……やっ……ん…」
入り口あたりをまさぐるように蠢かし、ふと思いついたようにとがった蕾の頂点に軽く触れた。
「ひあッ」
弓なりに背を仰け反らせた拍子に髪を結わえていた紐が解け、落ちる。身体中に渦巻く快楽の
波紋に頭を揺らすたびに解けた髪が顔にかかり、段々とずれてきた仮面を、それまで乳房を
苛んでいたもう一方の手で外してやり、汗で張り付いた髪も梳いてやる。再び近づいた
互いの唇を貪りあう間も、們天丸の手指は桃影の身体のあちこちを確かめるように動き続けていた。
桃影自身で濡らした指で、その蕾を愛撫する。側面を回し、さりげなく頂点に触れ、
そうかと思えばゆっくりと谷間を滑らせる。乱れた呼吸と同じ拍子で揺れるなだらかな曲線を
重ね合わせた肌と肌で感じ取りながら、們天丸は桃影の中へと指を進めていった。
ゆっくりと沈ませていったそれは、しかし十分するほど潤沢な泉の中へ容易く飲み込まれ、
深々と根元まで納まった。
「………ッ……」
柔らかくも弾力のある肉襞が、それ自体生きているかのように吸い付いてくる。締め付ける壁を
逆に押し広げるように指をくるりと回し、円を描く。そうして指先で探っていく。
初めは少しずつ、段々と大きく激しく動きを加えていく。それまでの愛撫で既に身体を廻る
本能を呼び起こされていた桃影の肉欲の火勢は一気に高まり、あられもない嬌声を憚ることなく
響かせる。あたりの草を掻き毟っていたその手が們天丸の着物の端に触れ、袷をしっかりと掴む。
爪の間には少し、土が入っていた。
「も……だめ………んッ…あ……んぅ…ふ……ッ……お…願い、………来て……」
一度達した後、指を変えて二度三度とと頂点に押し上げられ、息も絶え絶えの桃影が喉を震わせ、
やっとの思いで懇願した頃には雫が腿を伝い、下草に艶かしい光を与えていた。快感に悶える桃影のその表情や、上気した肌の色や、切なげな吐息の全てを記憶に焼き付けるかのように静かに
見つめていた們天丸だが、その絶え入りそうな願いの言葉を耳にすると、笑みを浮かべて軽く
唇を触れ合わせた。分かった、というように。
ひどく濡れて重みを増した布を取り去られ、その部分が剥き出しになる。ひんやりとした
山の夜気に一瞬身体を縮こまらせるが、次の瞬間には熱くて硬いものが押し当てられた。
桃影の肉体が先程とはまた異なった理由から緊張する。們天丸は桃影の両の膝の裏を
押すように持ち上げ、愛液で溢れた入り口を更に開かせると、そのまま一気に貫いた。
「――――!!」
一番奥まで一気に衝いて、そこからゆっくりと前後に動かす。片方の手を腰に、もう一方の手を
完全に立ち上がっている蕾に添えて、更に快楽の刺激を与えてやると、桃影は大きく悶えて
自らの乳房を揉みしだきだした。そのまま二人の結合する部分と、両手で悪戯を加える部分とで
幾度か動きを変えてやると、桃影の演じる嬌態もまた二転三転する。触れ合う肌と肌が、
響く水音が、次第に上擦っていく吐息が、奥深いところで絡み合う肉と肉が互いの欲を刺激し、
次の快感を求めて暴れている。そして、先に限界を迎えたのは桃影のほうだった。何度となく
衝かれていく中で、一際勢いをつけて大きく衝かれた拍子に息を止めて全身を強張らせ、
声すら出せずに弛緩した。
「――なんや、これで終いにするにはまだちょおっと早いやろ?」
胸を上下させながら荒い呼吸を繰り返す桃影が少し落ち着くのを待って、們天丸はもう一度
彼女の背に両手を回し、繋がったままで抱き起こして自分の上に座らせた。反射的に自分に
縋るように抱きついてきた桃影の両脇をなでおろし、張った腰骨の上に手を置いて、互いの結合を
更に深める。
「ひゃうっ―――ふ……」
零れた吐息を受け止めるように舌を絡ませると、手は腰に置いたままでゆっくりとくゆらし始めた。
「ん……んぅ、は……ァ…」
そうして導いてやると、桃影も自ら腰を振り、相手のものに自身を擦りつけ始める。
それを見て取って、今度は下から衝き上げる。衝いて、掻き混ぜてを繰り返しながらも
両手は桃影の上半身をまさぐり続け、舌は桃影の口腔を蹂躙し続ける。
やがて、交わす口付けの合間に漏れる吐息が段々と甘くも切ない響きの尾を引きだした。
陽根を締め付ける肉襞の蠢きすらも痙攣に近く、再び限界が近づいていることを如実に示している。
喘ぎが歓喜の悲鳴に変わるころ、們天丸は桃影の唇と舌を解放し、一気に律動を早めた。
「ん――あ、あッ…あああッ―――」
二度三度淫猥な水音が一際大きく辺りに響いたあと、們天丸は桃影の中に精を放った。
「だども……、やっぱり神様のいる所でこういうのはよぐねえと……んッ……」
「こういうところやから尚更ええんやないかッ」
花園神社の社の影で、寄り添いながらなにやら言葉を交わすのは、們天丸と花音。
「それに、神さんかって男と女の事ぐらいするんやで? このくらい多目に見てくれるわ」
「そうは言ったっておら……、やっぱり恥ずかしいだ」
頬を染めてうつむきながら、花音はそっと乳房をまさぐる們天丸の手を押し返す。
「なんでやッ!? 花音はんノリ悪いで、桃影はんならもっとこう」
「とにかぐ、ダメって言っだらダメだァ。あ――いっげねぇ、もうあんなに日が傾いてるだ。
早ぐ帰らねえと怒られるだよ」
思い出したように付け加えると、花音はぶつぶついう們天丸から風呂敷包みを取り返し、
先に立って歩き出した。わざとらしい溜息を一つついて、們天丸がそれを追う。そして
再び風呂敷包みを引き取ると、花音に並んで歩き出した。ほんとは、と花音は思う。
ほんとは、そんなに急いで帰らなぐてもよかっただ。
だども、一度們天丸さの言うごときいだら、そのまま何度だっで言いなりさなっちまいそうだがら。
それはやっぱり、ちょべっとだげ――ほんのちょべっとだけ、悔しいがらなぁ。
だがら、今日のとごろは勘弁してけないべか。なあ、們天丸さ?――
【了】