真神学園舊校舎。
普段は近づく者とていない魔界への入り口に、まるで似合わない黄色い声がこだました。
「うッわ〜ッ、きれ〜い」
「凄ェな……ウチの体育館より綺麗だぜ」
「ホントに凄いや……ここって本当に舊校舎だよね?」
「本当……ミサちゃん、ありがとう」
「うふふふふ〜。ちょっと悪魔の力を借りれば〜、このくらいは簡単よ〜」
とても都心のど真ん中に存在するとは思えない陰湿な洞窟が、
東京ドームの中と言っても差し支えの無い位人工的な装いに変貌していることに、
十人を超える女性が口々に感歎しながら連なって歩いていく。
正確には十六人を数えるその女性達の後には、ほとんど従者といった趣の男が二人だけいた。
女性達が度合いは異なるものの一様に興奮を顔に浮かべているのに対し、
男の片方は彼女達の誰よりもはしゃぎ、もう片方は契約に失敗した悪魔のように意気消沈している。
「それじゃ、そろそろ始めましょうか」
舊校舎の中央までやって来た少女達はなお不思議そうに周りを見渡していたが、
女性の中でも大人しめの風貌をした少女が、どこからか取り出したマイクのスイッチを入れると、
それを機に親しげだった他の少女達の様相も一変し、辺りは急速に殺伐とした空気に包まれた。
「えーと、司会の那雲摩紀でーす。只今から龍麻さん争奪トーナメントを始めまーす」
マイクを握った少女はまるで緊張感の無い口調で告げたが、他の少女達は緊張した面持ちで頷く。
一同の顔を順に見渡しながら、司会の少女は再び口を開いた。
「組合せは事前に決めたのを皆さんご存知だと思いますから、一回戦の方は準備してくださーい」
思い思いの場所で準備運動を始めた参加者を見やった従者の片方が司会者の袖を引っ張る。
「なあ、摩紀」
「なんですか、京一さん」
面倒くさそうに振り向いた摩紀にややたじろいだ京一は、
自らを勇気付けるように手にした木刀を握り締めた。
「優勝者には龍の精搾り放題権(期限無し)が与えられる……ってよ」
「ていうか皆さん賞品が欲しいから大会を開いたんですけどね」
「畜生、なんて羨ましい奴なんだ」
「代わってくれるか?」
「………………いや、いい」
長い沈黙の後に帰ってきた親友からの返事に、もう一人の従者が深いため息をつく。
見ればまだ青春まっさかりといった若さに満ち溢れていたが、
そのため息には底無しの井戸のような諦観が含まれていた。
「あ、紹介が遅れましたが、解説は賞品の緋勇龍麻さんです。どうぞよろしく」
「どうも」
龍麻の口調はとことんこの大会を他人事として扱っているもので、
これが彼の望んだものではないこと、そして彼に拒否権が無いことが容易に伺える。
それに釣られて京一までもが龍麻の境遇に同情し、司会者席に重い空気がたちこめかけたが、
それに支配される前に底抜けに明るい声が会場内にこだました。
「ね〜、舞子も〜」
「あ、すみません。今紹介しますね。もし参加選手が怪我をした時には、
こちらの高見沢舞子さんが治療にあたってくれますから、皆さん思う存分殺ってください」
「ま、摩紀、字違う……」
「あ、私ったらッ」
「本当は〜、舞子も出たかったんだけどォ〜、
ダーリンがたい焼きいっぱい買ってくれるって言うから〜」
ちなみに舞子の「いっぱい」は百個単位なのだが、この時龍麻はそこまでは知らない。
嬉しそうにダーリンに腕を組んでくる舞子に殺意に溢れた視線が集中したが、
舞子は全く気付かず、龍麻だけが恐怖に囚われ、全身の毛穴から嫌な汗が噴き出すのだった。
「それじゃ早速一回戦、葵さん対マリィちゃんです!」
「あのよ、勝負方法のガチって」
声高らかに告げた摩紀の袖を京一が再び引っ張る。
数少ない見せ場を邪魔されて不満を露にした摩紀だったが、
それでも彼女の可愛いお芋ちゃんに簡単に説明してやった。
「知らないんですか? 目潰しと急所以外はなんでもありの闘いのことです」
「いや、そうじゃなくってよ……どう考えたってマリィに勝ち目はねぇじゃねぇか」
「勝負方法の決定は公平で厳正なものですから」
「……誰が決めたんだよ」
「京一さん」
「なんだよ」
「これ以上文句言うと、追い出しますよ」
「……」
完全に沈黙した京一に満足の頷きを一つした摩紀は、
これから始まる死闘の実況をするべく葵とマリィに視線を向けた。
葵とマリィは、一メートル程の距離を置いて立っていた。
二人とも無言でお互いを見つめている。
ほとんど実の姉妹として時のページをめくっていた二人には、苛酷過ぎる運命のはずだった。
特にマリィは、その能力ゆえに物心付く前に親に捨てられ、
その後も人体実験をされるなど筆舌に尽くし難い運命を歩まされて、
ようやく掴んだ温かな希望が葵とその家族なのだ。
「葵おねえちゃん……」
泣きそうな顔をするマリィに、葵は静かに首を振る。
「ごめんね、マリィ。マリィのお願いでも、これだけは聞いてあげられないの」
そんなマリィに葵は小声で、しかしきっぱりと告げた。
「おい、美里……」
あまりに情の無い葵の態度に、思わず京一が抗議の声を上げようとしたが、
その前に幼い外国人の少女は負けん気を一杯にして叫んだ。
「マリィだって、タツマのこと大好きだもンッ!」
広い舊校舎の隅々まで響き渡る、まだ子供のままのかん高い声に皆耳を塞ぐ。
その中で葵だけが平然と立ち尽くしていた。
残響が消え去るのを待ってから、おもむろに反論する。
「そうね、マリィはいつも龍麻のこと考えてエッチなことしてるものね」
「!! なッ、なんで知ってるの!?」
「あら、私はマリィのことならなんでも知ってるわよ。
マリィはいけないお豆をいじるのが好きなのよね」
「…………!!」
実年齢は一六歳でも、見た目には十歳程度にしか見えないマリィが、
幼い身体に禁じられた遊びを覚えてしまっていることを知って、
京一と龍麻は鼻血を堪えるべく揃って上を向いた。
「おォーッと、葵さんゴング前の先制攻撃です! さすがです、勝つためには容赦ありません!」
摩紀の言った通り、マリィの顔は着ている服に負けないくらい深紅に染まり、
ほとんど理性を失っているようだった。
何事につけ、冷静さを保てなければ上手くいくものもいかなくなる
──勝ちを確信した葵だったが、それは早計に過ぎた。
マリィの身体がゆらめき、気性をそのまま具現化した炎が小さな身体を包む。
「……いくよ、おねえちゃん!」
紅蓮の炎は京一達がこれまで見た事のない凄まじいもので、京一も龍麻も完全に言葉を失っていた。
マリィの身体に纏わりついた炎の全てが一斉に葵目がけて襲いかかる。
勢いのついた火焔の塊は葵によける暇さえ与えず、
聖女の異名さえ持つ体はたちまち紅蓮の中に見えなくなり、
見る者は等しく火あぶりで処刑されたジャンヌダルクを思い浮かべていた。
炎は三メートルほども火柱をあげ、そのとどまる所を知らない火勢に、
舞子さえもがいつでも治療にあたれるよう炎が鎮まるのをじっと待っている。
超自然的な炎上は五分以上も続いたあと、ようやく勢いを弱めた。
しかし、辺りにはまだ熱風が壁を作り、舞子も容易には近づく事が出来ない。
一回戦から早くも死人が──改めて龍麻を手に入れることの厳しさに気合を入れなおした
一同だったが、彼女達の目の前に信じられない光景が現れた。
「あれはッ──! なんということでしょう、葵さんは生きています! しかも全くの無傷ですッ!」
摩紀の叫びは全員の心情を余す所なく代弁していた。
葵の身体には火傷どころか、すす一つさえ付いていなかったのだ。
驚愕の事態に静まりかえる一同の中、葵の胸元に輝いているものに気付いた龍麻が叫ぶ。
「龍麻、どうした?」
「あれは……八尺瓊曲玉!」
「なッ……なにィッ! そこまでするか、葵……」
龍麻の指摘に京一も目を凝らし、葵が身につけているものを確認する。
その浅葱色の古ぼけた玉石は、古より伝わる秘宝のひとつだった。
如月骨董品店にも在庫がひとつしかなく、その価格は高校生の払える金額を遥かに上回っていて、
葵はどうやって手に入れたのか、などと聞くのさえ恐ろしい代物なのだ。
ファイアスターターにして朱雀の化身であるマリィには全てを焼き尽くす
超常的な炎を生み出す能力があったが、それ故に炎以外の攻撃手段を持っていなかった。
そして、八尺瓊曲玉には炎を完全無効化する効果がある。
始めから、マリィは葵の掌で躍らされているだけだったのだ。
「──マリィには、少しおしおきが必要ね」
呆然と立ち尽くすマリィに、葵は顔に一片のしわも浮かべず、菩薩の笑みを湛えてゆっくりと詰寄る。
京一はこれからマリィに訪れる運命に思わず摩紀の肩を掴み、
摩紀もそれを咎めずにじっと凄惨な処刑が始まるのを凝視していた。
いくら舞子が控えていても、取り返しのつかない事態はいくらでも起きうるのだ。
最悪、司会者権限で試合を止めないと──でも、間に合うかしら?
喉が完全な制御の元にあることを確認した摩紀は、力強くマイクを握り締めた。
葵はマリィに恐怖を全身で味わう時間を与えるかのようにゆっくりと歩を進める。
しかし、もう一歩で掌がマリィの頬を捉える位置まで来た所で、浮かべていた笑みが突然崩れた。
「きゃあッ──何?」
突然尻に重みを感じる。
全く油断していたとは言え、こんな場所にいきなり攻撃されるとは。
葵は自分の失策に目がくらむ思いだったが、その前にやるべきことがあった。
自分の身体に取りついたものが何かは知らないが、早く外さなければ。
そう思い、屈辱ながらもスカートの内側に手を入れようとすると、それが突然動いた。
ごく小さな、針で刺したような痛みが尻の頂点に訪れる。
その痛みと、妙に暖かな温もりに思い当たるものがあった葵は、マリィの肩を見やる。
そこに居るべき魔猫は、居なかった。
「まさか……メフィスト!?」
「ニャア」
呼びかけに応じた猫の鳴き声に葵は思いきり歯ぎしりをしたが、
その音がマイクに拾われていることを知って慌てて止める。
「猫の爪にはばい菌があるんだよな」
誰にともなく呟いた京一の声を、葵はきちんと拾っていた。
自分の腰──正確には、下着の縁──に前肢をかけ、ぶら下がっている猫は、
人語を解する異様な猫だったが、猫は猫であり、爪が清潔な筈もない。
京一が言った通り、メフィストに引掻かれれば少し面倒くさい事態になるだろう。
「い、いつの間に……」
「葵おねえちゃんが燃えている間に炎で地面に穴を開けて、そこに潜ってもらったんだよ」
大人顔負け──否、大人でもなかなか考えつかない狡猾な作戦を得意気に説明するマリィとは
対照的に、葵の顔は般若のように引きつっていた。
メフィストの一撃は覚悟して、マリィに飛び掛るか──それが出来るか否か慎重に間合を測るが、
そんな葵の動きを見透かしたようにマリィが釘を刺した。
「大丈夫だよ、そのマガタマ、毒も防いでくれるんだよねッ。……でも、傷は残っちゃうかも」
その一言で、葵はぜんまいの切れた時計のように止まらざるを得なかった。
自分の肌に醜い傷跡が残る。
一日一時間の入浴と、その後二時間に及ぶ肌の手入れを毎日怠っていない葵にとって、
それは想像するのさえおぞましいことだった。
どうやったらこのいまいましい猫を振り払えるか──
持てる頭脳の全てを動員して打開策を探した葵だったが、その前にメフィストが、
今日初めて履く、龍麻に見せる為のとっておきの下着の隙間から潜りこんできた。
伸びてしまう──怒りに我を忘れた葵は神速の動きでメフィストを掴もうとしたが、
それよりも先に尻の谷間に強烈な刺激が疾った。
「ひッ……!」
ヒロインらしからぬ声を上げてしまった葵は慌てて口を塞いだが、
再び刺激が疾るとたまらずひざを付いてしまった。
「やっ……ど、うして……メフィスト……っん、こん、な……」
快楽を貪る時に使う不浄の孔は、常日頃からそこだけを使っていたこともあって、
過剰とも言える快感を葵に与える。
「葵おねえちゃんが感じる場所、マリィは知ってるもの」
「ちょ、お願いマリィ、私の負けで……きゃぁあッ!」
人語を解することは出来ても喋れないメフィストに代わってマリィが説明する。
それは、葵がマリィが独り慰めていたのを知っていたのと同様に、
マリィも葵が自慰をするところを観察していたことを示していた。
しかも、マリィのするよりもずっとはしたない、
尻穴を使っての自慰を晒されて、葵の顔が激しい羞恥に歪む。
いつのまにかスカートは捲れあがり、光沢を放つ白い下着と、
それが隠す秘部の中に潜りこんでいるメフィストの姿が露になってしまっていた。
「く、ぅ……ッ、止めて……止めなさい、メフィスト……ッ」
飼っている恩義に着せて頼んでみても聞くはずもなく、主人にのみ忠実な黒猫は、
命じられた役目を果たすべくいよいよ頭をボリュームのある尻の間に埋める。
良く訓練されているのか、その中でも特に反応がある場所を重点的に舐め、
ざらざらした舌が通る度、狂おしい快感が子宮の裏側を走り、葵の四肢から抗う力を奪っていった。
「や、お願い、こんな……ッ、の……止めさ、せ……んぅッ」
「葵おねえちゃん、お尻大好きだもんねッ」
「ち、が……やぁッ、それッ……いい……違う、だめなのッ」
龍麻が見ている前で醜態を晒す訳にはいかない──
そう思ってはいても、自らが育ててしまった淫花の蕾は今まさに開こうとし、
懸命に耐える葵の心を摘みとってしまう。
今やメフィストが滑り落ちないようにと小さく立てている爪の痛みさえもが
淫蕩な快楽となって葵の肢体を蝕んでいた。
「あぁっ、ひぅ……っ、こんな……ッ、でも……気持ちいい……気持ちいいのっ」
紛うことなき美少女が腰をわずかに浮かせ、淫猥にくねらせながらメフィストに尻を差し出す様に、
男二人はもちろん、見ている全員が興奮を覚え、会場は異様な空気に包まれている。
三十四の瞳に視姦されて逃げ場を失った葵は、ついに押し寄せる奔流に呑みこまれ、最後の時を迎えた。
「いや、いやぁぁッ……!」
細く長い叫びを残し、数度痙攣した後、力無くその場に横たわる。
そのあられもない声が消え去った後でも、辺りは水を打ったように静まり返っていた。
その静寂を破るように、
地面に突っ伏した葵のスカートの中から出てきたメフィストがマリィの肩に飛び乗る。
素肌は舐めさせないように黒猫を巧みに抱き上げたマリィは、龍麻に向かって大きく手を振った。
あまりの逆転劇に声も出なかった摩紀が、弾かれたようにマイクを口元に運ぶ。
「決着、決着です! 誰もが葵さん有利と思っていた中、マリィちゃんが見事に勝利しました!」
「あぁ……凄い闘いだったな、龍麻。……龍麻?」
「ちょっと刺激が強すぎたみたいですね。失神してます」
鼻血を出しつつ気を失っている龍麻を介抱してやりながら、
京一はビデオカメラを持ってこなかったことを激しく後悔していた。