美冬の視界が歪む。
じわり、と周囲の輪郭がぼやけて見えるのは他でもない―――彼女の涙がそうさせるからだ。
一刻も早くここから逃げ出したい。
逃げて、そして何でもなかったのだとあの人の胸に抱かれて安心したかった。
けれど現実とは残酷なもので、こうしている間にも強い力で捻じ伏せられた身体が
男の手によって弄られてゆく。
抵抗したくても、先ほど両腕の自由を奪われ、身動きの取れないよう柱に縛り付けられてしまった。
唯一動くのは足だったが、その間に男の体が入り込み思うように動かすこともままならない。
虚しく空を蹴るだけだった両足も、やがて諦めのせいか勢いがなくなる。

「へへっ、どうしたよ。もう抵抗しねぇのか？」
「くっ…」
「そんな目で睨んだって…なぁ？可愛いだけだぜ？」

男の指が自分の目元から涙を拭うと、カッと顔が熱くなった。
もう何が何だか美冬自身にも分からない。
抵抗し続けたところで無駄だということは分かっていた。
今…自分の股に当たる熱くて堅いモノ…その生々しい感触に幾度となく体を震わせた。
しかし今のような些細な相手の仕草ひとつでまたこうして憤りが込み上げてくる。
なぜ……こんな男に。
よりによって、こんな―――自分が一度は認めてしまった男だったがそれがまた許せない。


ことの起こりは一刻ほど前―――

木刀のぶつかり合う澄んだ音が同情に木霊す。
ふたりの剣士はどちらも譲らず、流れるような太刀筋で相手の剣をさばいてゆく。
何合にも渡り激しい打ち合いを続けていたが、やがてどちらともなくその手を止める。

「今日のところはここまでにするか」
「あぁ…にしても、大分腕を上げたじゃねぇかよ」
「何を偉そうに…貴様に遅れをとるなど…何なら今度は真剣でも構わぬのだぞ？」
「ははっ、おっかねぇおっかねぇ。そんなんじゃ嫁の貰い手なくなるぜ？」
「なっ！何を言うか！！」
「おっ、赤くなってら」
「！！」

ふたりの剣士―――京梧と美冬はよく桧神道場でこうして手合わせをする。
美冬が龍閃組として仲間に加わるより前に、ふたりは花園稲荷で稽古でなく本気で
やり合ったことがあったのだが、あの時はものの一合で京梧が美冬の剣を弾き飛ばした。
その頃の美冬にはまだ自分の信じる正義以外のものが見えておらず、心の未熟さが
敗北を招いたのだと本人も重々承知している。
そして今、迷いを振り切った彼女は元よりの才もあり見違えるように腕を上げた。
それでもまだまだ京梧に分はあるようだが、時折ひやりとすることもあるようで、
自分も負けていられないと修練にも力が入る。

が、美冬は女として扱われることに慣れていないためか、そのようにするとすぐに
真っ赤になって怒り出す。こうなれば後はもう京梧にいいように振り回されるだけで
言い負かされた後は決まってあの人の元へ走り、京梧には武士として礼を重んじる心が
まったくなっていないだの、下品極まりないだのと愚痴をこぼす。
美冬が怒ったまま一方的に喋り続けるだけだが、彼女が落ち着きを取り戻した頃、
ハッとして自分の非礼を詫びようとすると彼はいつも優しく笑って許してくれる。

―――そう、風のように穏やかで、いつも静かに包んでくれる。

（私も、あんな風にいつも誰かに優しくできたなら…）

あの人を見る美冬の目はいつも憧憬の眼差しに満ちている。
剣士として、人間として、目指すものの向こうに見えるのはいつも―――。


そのことを思い出し、同時にハッとしたように我に返る。
正面では京梧がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているが、グッと堪えて平静を装った。

（いかん…私としたことがつい奴に心乱されてしまった…平常心だ、平常心…）

「フン…」
「…お？」
「汗だくになってしまったな。蓬莱寺、お前も汗を拭け」
「……おう」

普段と違って思いの他冷静な様子に京梧は顔をしかめた。
いつもならこのあたりで噛み付いてくるはずなのに、今日に限って何事もなかったように
美冬は手ぬぐいで額の汗を拭っている。
面白くねぇ…そう思いつつ京梧も自分の手ぬぐいを手に取った。

と、ふと横目で見ると目の前に襟元を乱した美冬の姿があり思わず見入ってしまう。
首から胸元へと伝った汗を拭くため、無意識だろうが白い鎖骨が露わになった。
そしてその瞬間、京梧の中に邪な炎が灯る。
最近、龍脈を巡る一連の事件のおかげで吉原にも行けなかった。

よくよく美冬を観察してみれば鋭い目付きが人を寄せ付けない印象を与えていたが
最近では少し丸くなってきたようで整った容貌がよく分かる。
白く滑らかな肌に、剣を振るっているわりに女らしい手や、意外に豊かな胸。
そしてまだ男を知らぬであろう女の部分……そう考えてふと首をかしげる。
そういえば美冬が唯一心を許している男がひとりいた。
もしかしたらもうその男に処女を捧げているかもしれないが―――

「へへっ、この際関係ねぇよな」
「…ん？何か言ったか？」
「いや」
「そうか。少し風に当たりに行こうと思うが…お前はどうする？」
「俺？俺は…そうだなぁ…」
「？…なんだ？」
「ちょっと久々にキモチよくさせてもらおうかと思ってよ」
「何を…っ蓬莱寺！？」

ぐるり、と視界が一転し、床に頭を打ちつけたせいか眩暈がする。
美冬が目を開けると、目の前にいやらしく笑う京梧の顔があった。
―――無礼者！
口を開けるより早く、京梧の手が美冬の着物を引き裂かんばかりに開き、
露わになった二つの膨らみを乱暴に揉みしだいた。

「ッ！！！」
「お前、結構胸あんだな。へへっ、ちょうど俺好みの大きさだな」
「な…ぁ…やっ、やめろぉッ！！！」

嫌悪感にまかせて勢いよく腕を振り上げたが、気が動転したせいか思ったよりも
弱々しいその抵抗は京梧によってあっさりと封じられてしまった。
そして耳朶にねっとりと舌を這わせられ、びくりと身を竦めた美冬に
残酷なほど低い声で京梧は囁いた。

「あんま大声上げると誰に見られるか分かったもんじゃないぜ？桧神センセ？」
「い…ゃ…あ…あ…」

美冬を下に組み敷いたまま京梧は門下生のものと思われる手ぬぐいを起用に繋げ、
長くなったそれで美冬の腕を縛り自由を奪うと、舐め回すように肢体を見下ろした。