ある日の放課後の会話。
「なあ、アロマ」
「なんだよ、盗掘屋」
「お前、前に話してくれたよな」
「なんのことだ?」
学園の呪いは解き放たれ、古き者たちは遠くに去った。
「お前のこと気にかけてくれてたっていうセンセーのことだよ」
「ああ、あれか。それがどうかしたのか?」
トレジャーハンター九龍は、次の指令が来るまでの時間を過ごしていた。
「好きだったのか?その人のこと」
「げほっ」
「お、珍しい反応」
放課後の屋上。下校時刻に関する規則が緩和されたのは、つい先日のことだ。
「何笑ってやがる!いきなり意味不明なこと言うからだろうが」
「いいや、別に。けどさ、お前それでいいのか?」
「何がだよ?」
「昔のことに囚われて、前に進めなかったのは、まあ、何となくわかるよ」
「・・・・・」
冬の屋上は寒かった。
「けどよ、誰かを好きになることを恐れてたら、幸せになれないぜ」
「お前・・・相変わらずストレートだな」
「そうでないと伝わらないだろ、特にお前には」
トレジャーハンターが笑った。コイツはいつもそうだ。
どんな困難も乗り越え、決してこの笑顔を無くさなかった。
「で、お前は俺に恋愛しろって言ってるのか?」
「まあな、いいぜ恋愛は。それに、お前だって同意してただろ。『愛に生きるのも
悪くない』って」
「ちっ、どうでもいいことばっかし覚えてやがる」
アロマを一服。深く吸い込む。
ラベンターの香り。心を落ち着かせてくれる。そして同時に、永遠に失われた
あの女性のことを思い出させる。
「俺のことより、お前はどうするんだ?」
「俺?」
「お前、はっきり言って泥沼に嵌まり込んでるぞ」
「む・・・言われてみれば・・・」
考え込むトレジャーハンター。
「俺、やっちー結構好きなんだよね」
「まあ、それは見てればわかるぞ」
「白岐とかも結構好きだけど。放っておけないって言うか」
「まあ、お前はそうだろうな」
「七瀬もリカも双樹もヒナちゃんもルイセンセーも、それから」
「いや、もういい。お前が女好きなのはよくわかってるから」
「男が女好きで何が悪いっていうんだ?」
「悪くはないさ。ただな、やっぱ一人に絞ったほうがいいと思うぞ」
「うーん、それもそうかもな」
「じゃないと、いずれ誰かに刺されると思うぞ」
「うーん・・・」
腕を組み、首を捻って悩むトレジャーハンター。
そこまで悩む問題ではない、とアロマ好きは思うのだが。
「実は告白されてんだよね、俺」
「・・・誰に?」
「白岐に」
「・・・・・じゃあ何で悩んでるんだよ」
「いや、特に理由はない。若気の至りとかいうやつ?」
「わけわかんねーよ」
白岐幽花。重き宿命から開放された彼女は、いつもの様に温室にいた。
不思議なものね、と幽花は思う。あんなことがあったというのに、何もなかったかの
様にこうして温室にいる自分がいる。変わったことがあるとすれば、鎖が無くなったこと
ぐらいだろうか。いや、本当はわかっている。学園を覆う重い空気は一掃されたし、何より
こうして一緒に花を見ている『友達』がいるのだから。
「白岐さん、この花はなんいうの?」
八千穂さん。明るくて屈託のない人。『彼』の相棒を自任する、バイタリティ溢れる人。
「この花の名前は――」
こうして誰かと一緒に過ごすことができるなんて。
少し前まではこんなことは考えたことすらなかった。
こうして誰かと過ごす時間の、なんと愛しいことか。
全ては『彼』がこの学園から来た日から始まった。
「八千穂さんは・・・」
「ん?どうしたの?」
「『彼』のことどう思ってるの?」
「え?」
案の定、八千穂さんは驚いた。名前を出していないにも関わらず、わたしの言う
『彼』が誰なのか察したのだろう。
唇と唇が触れ合う。一瞬戸惑う気配が伝わってきた。多分、こちらもそうだろう。
背中に腕が回されると、安らいだ気持ちになる。彼の胸板から鼓動が伝わってくる。
名残惜しげに唇が離れる。
「九龍さん・・・」
そっと呟く唇を、彼の唇がもう一度塞ぐ。今度は強く情熱を籠めて。
唇を強く吸われ、うっとりとした気持ちになる。彼になら全てを捧げても悔いはない。
真剣にそう思う。そして彼は短い接吻を繰り返す。やがちこちらからも積極的に唇を
求めるようになる。舌と舌が貪欲に絡み合い、快楽を掘り起こそうとする。
「ん・・・不思議な感じ・・・・・自分の身体がこんなに熱くなるなんて・・・」
そう言うと、彼は笑って言う。
「生きてる証ってやつだな」
彼の指が顔の輪郭を確かめるように触れ。
「幽花・・・生まれてきてよかっただろ?生きててよかっただろ?」
そしてゆっくりと押し倒される。
「俺はお前と会えてよかった。お前がこの世に生まれてきてくれて」
生きる意味も価値もないと思っていた。此処に居たことすら全てが悪しき方向に
進む要因になってしまった。だから此処にいなければよかった。生まれてこなければよかったのに。
彼に吐露した真情。彼は断じて違うと言ってくれた。そして今、彼は言ってくれた。
会えてよかったと。その言葉が、彼のそんな言葉が、どれだけ自分を救ってくれたのか。
彼の言葉が、白岐幽花という存在に、確かな意味と価値を与えたのだ。
「ええ・・・貴方に会えて、よかった・・・」
少女は心の底からひっそりと笑った。
飽きることなく唇と唇が求めあう。戯れるように舌と舌が絡む。時折強く吸われる。
こちらも負けじと吸い返すことすらある。なんて心地よいのだろう。子供のように戯れながら、
抱き合いながら、それだけで心がこんなにも満たされてゆく。これだけで、意識は平和と恍惚の
園へと飛ばされそうになる。彼の唇はこんなにも熱くて、こんなにも心地よい。
彼を独占したいと思う。誰にも渡したくないと思う。けれど、彼は行ってしまうのだろう。
彼は何も言わないし、確かめたこともない。けれど、わかる。
やがて彼はまた旅立つ。そして、また誰か何かを救うのだろう。この学園がそうだった様に。
彼の枷にはなりたくないし、そもそも自分では引き止められないだろう。
だから、刻み込もうと思う。彼の温もりを。唇の熱さを。この心地よさを。
肌が露わになる。彼の指が蠢く。同時に唇が首筋に触れる。
あっ、と声を漏らす。唇と指が素肌に触れて、身体の奥から何かが溢れ出す。
首筋、鎖骨、そして乳房。唇が下がってゆく。乳房を覆うように掌が包む。
乳首に口付けをされる段階で、声が抑えられなくなる。不快なのではなく、感じすぎる
のだ。乳首を吸われる、舐められる、軽く歯を立てられる。それを延々と繰り返する
その間にも反対の乳首が指で弄られ、摘まれる。
「あっ・・・九龍さん・・・んっ!」
乳首を刺激されると、身体が熱くなって、そして切なくなった。
くぐもった嬌声が響く。
熱い唇で乳首を吸われる。強く強く吸われると、下腹部の一点が熱くなる。
膣の中が熱い。刺激はそこへ通じているのだ。
「あっ、駄目!そんなに強く、吸わない、で・・・」
最初に強く、やがて弱弱しく訴える。刺激が抵抗の意思を削ぎ取るのだ。
もとより不快なわけではない。感じすぎるから戸惑ったのだ。
思う存分吸った後、今度は反対の乳首を口に含み刺激する。
散々吸われた方は、指が弄んでいる。
もうまともな思考が紡げない。このまま快楽に身を任せ、嬌声を上げるしか
ない。そしてそれを拒む理由はない。ただ未知なる感覚に身を任せるのが
少し怖いだけだ。
彼はいずれこの学園から去る。きっと卒業を待たずして。そしてそれを止める術は
きっとない。少なくとも自分には。だからせめて、彼の枷にはなりたくなかった。
けれど、彼の心に残りたかった。だから――
熱く濡れた舌が肌を舐める。腹部にたっぷりと唾液を塗りつけられる。きっと普通なら
不快だろう。けれど、彼なら構わない。彼になら何をされてもいい。もっと刻み付けて
ほしい。心と身体に。その温もりで満たして欲しい。
脚が持ち上げられ、広げられる。秘めやかな部分が彼の視線に晒される。
けれど、彼はすぐには触れなかった。太股を撫で回し、その感触を堪能している。
「すべすべしてるな、幽花の脚。気持ちいい」
返答に困ることを言われる。だから口を閉ざす。彼も特に返事を求めてはいなかった。
――光と喧騒に満ちた教室。その輪に入れないことはわかっていた。けれど・・・
「白岐」
彼が呼ぶ。だから私は・・・
彼は当然のように窓から入ってきた。ロープか何かを使ったらしい。
彼が女子寮の周辺を探っているのは、以前から知っていた。
時折、中にも入ってくる。あくまでそれは仲間の部屋に限定されるが。
淫らな水音が自分の股の間から響く。同時に荒い息遣いも。
舐められている。彼に。外側から丁寧に満遍なく。内側から零れ落ちる
それも吸い取られる。必死で声を押し殺す。ここは学生寮なのだ。隣人に
聞かれたくはない。そんな努力の甲斐もないぐらい、彼の愛撫は心地よかった。
だから必死で身を捩って、枕に顔を埋めた。当然彼は驚いたようだが、当然の
ように後ろから秘裂を舐めてきた。今度は深く舌を膣口に差し入れる。
びくんと身体が跳ねる。
もう声を押し殺すだけで精一杯だった。彼は容赦なく舌で秘所を弄ぶ。
追い詰められる。快楽が全身を駆け巡り飽和状態になる。
昇り詰め良行き着く果ては何処だろう?平和と恍惚の園?
彼となら構わない。けれど彼は旅立つのだ。それが哀しい。止めることが
できないと自覚しているのならなお更に。
「はっ・・・あぁぁ・・・・!」
彼の指がそれまで放置していた快楽の芽を摘む。
痛みにも似た快感が、一気に頭頂まで届く。
「っぁ・・・あぁぁ・・・・・!」
軽く達したと理解したのは、呼吸が落ち着いてからだった。
鼓動がようやく落ち着いたけれど、湧き上がる熱は当分冷めそうにもない。
自分の身体がこんなに熱くなるなんて、信じられなかった。
彼に名前を呼ばれる。背中から抱きしめてくれる。彼の身体は当然自分より
熱くて、それでいて安心してしまう感覚を与えてくれる。
脇から手を入れられて、後ろから乳房を掌に包まれる。当然の権利を行使
するように愛撫する。同時に、首筋を舐められる。
吸ってもいいか?と問われる。否とは言えなかったし、言う気もなかった。
強く首筋を吸われる。きっと、跡が残るぐらいに。できるなら、消えて欲しくなかった。
彼と交わった証をもっと刻みたかったから。けれど、いずれこの跡も消えるのだろう。
彼がいずれ此処から旅立つように。
もっと・・・だからもっと強く・・・
心の声が届いたはずもないが、まるでそれを悟ったかのようなタイミングで、彼の愛撫
により一層の熱が篭る。
「幽花、気持ちいいか?」
尋ねる声に頷くことで応じる。もう、声を殺すのも限界だった。
「もっと、感じてる声、聞かせてくれよ」
彼が言う。否と言いたかったけれど、もう限界だった。
「んふ・・・ふぁ・・・九龍さん、いい、いいの、気持ちいっ・・・!」
きゅうと、乳首が摘まれる。引っ張って、擦られる。
「ひぁっ・・・そんなに、弄ったら、切ない、切ないの、九龍さん・・・!」
真情を聞いて満足したらしい彼は、横を向いていた身体仰向けにさせて、
それに覆いかぶさった。
「幽花、お前が欲しい。いいか?」
この後に及んで問いかけてくる彼が、とても愛しいと思う。
「私も・・・貴方が欲しいわ・・・だから、来て・・・・」
そっと、密やかに告げる。
脚が広げられ、その中心に熱いものがあてがわれる。
「いくぞ」
短く宣言してから挿入してくる。最初は、ただ熱かった。そして、肉が裂かれる
痛みが襲ってくる。
「・・・・・・・!」
苦鳴をあげるのを辛うじて堪える。しかし彼には無駄だったようだ。
急いで抜いて、気遣う声を掛けてくれる。大丈夫、と答えた。
再度、彼の熱いものが入ってくる。力を抜けと言われて、その通りにする。
「ん・・・!」
ゆっくりと、彼が入ってくる。誰も入ったことのない閉ざされた門を、彼が
こじ開ける。
何かが裂ける。だが、肉をこじ開けられる痛みの方が切実だった。
「くっ・・・幽花、もう少しだから、力を抜け」
「ん・・・んん・・・・!」
必死で彼の身体にしがみつく。脚を絡めて彼を迎え入れる。
潤滑油に満たされているはずなのに、思ったより抵抗があった。
その苦行も、やがて終焉を迎える。彼のものが奥に辿りついた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
大きく息を吐く。無意識のことだが、膣が彼のものをぎゅうと締め付ける。
「幽花・・・」
よく我慢したな、と言う代わりの様に、口付けをしてくれる。
それに応えて舌を絡める。暫くお互いの唇に溺れ、やがて糸を引いて離れる。
痛みは大分遠退いていた。
「動くぞ、痛かったか言えよ」
「ええ・・・」
ゆっくりと、円を描く感じで彼が動き出した。できるだけ負担をかけないように
という配慮だろうか。
彼は初めから柵の中の羊ではなかった。けれど、狼でもなかった。
ただ何処までも駆けてゆく、自由な何かだった。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ・・・」
ギシギシとベッドが軋む。痛みが消えることはなく、けれど、強い熱に誤魔化される。
彼の熱であり、それに触発されて生み出される、自分の熱だ。
一心不乱に、祈るように彼は動く。少しでも痛くないようにと。
彼は――彼は何故私を抱いてくれるのだろう。そんなことが脳裏を横切る。
お前が好きだ。彼はそう言ってくれた。それでいいだろう。それ以上の答えなど
必要ない。そう思う。それ以上考えるのは、怖かった。
膣の中から熱い液体が零れ落ちる。彼のモノが出入りする度に、零れ落ちてシーツを
濡らす。
「っ・・・ああ、熱いっ、熱いの、もう、もうこれ以上は・・・・!」
「俺も、そろそろ、限界・・・」
彼の動きが速くなる。出入りが激しくなって、軋む音も激しくなる。
終焉は、あっけないほど唐突に。
「うっ・・・」
彼が膣からモノを引き抜く。その先端から吐き出される液体が下腹部に
かかった。
彼の腕に抱かれる。心地よかった。このまま眠りたかった。
「こうしてると、なんかいい感じだよな・・・してる最中よりいい感じだな」
彼の台詞には、全面的に同意したかった。
「してる最中もよかったけど、幽花は、こうしてる方が好きか?」
「・・・どうして、そう思うの?」
「そんな顔してるから」
にっこり笑って、キスをしてくれる。彼には全部お見通しの様だ。
あらゆる試練を乗り越え、囚われ人の心を救い、そしてなお彼は
平凡で暖かい笑顔を失わなかった。それが彼の強さ。
「九龍さん・・・あなたは・・・・行くのね?
彼は一瞬だけ辛そうな顔をして、しかしはっきりと言った。
「ああ、行くよ」
何かをすると決めたとき、それを実行するのに、決して躊躇うことはない。
それも彼の強さだった。そんな彼が眩しくて・・・・そして少しだけ残酷だと思った。
「私は・・・待ってる、またあなたと会える日を」
けれど、泣き顔は見せられない。彼の枷になりたくはなかったから。
「きっと、戻ってくる、お前の元に・・・」
彼は言う。
「何年かかるかわからないけど、絶対におまえに会いにいく」
口にした以上、彼はそれを成し遂げるだろう。
白岐幽花の愛した宝探し屋は、そういう男なのだ。
そして二人は、夜明けまでの短い時間をまどろみながら過ごした。
少女は、待っているわ、と繰り返しながら。
青年は、絶対に会いに行くと繰り返しながら。
そうして二人は寄り添いながら、誓いを交わしながら、過ごした。
終劇