浮かれた人々の喧騒が響き渡り、煌く光と軽快な音楽の競演が夜の帳さえも打ち払おうとするかのような雑踏の中を少女が歩いていた。
艶やかな黒髪を伸ばし整った容貌を持つその少女は異性の目を引くに充分な魅力を備えている。
しかし今その表情を覆っている物は悲嘆と絶望だった。
幼い頃から内気な性格だった彼女は自分の心を表すのが苦手だった。
それでも周りと上手くやろうと努力しているつもりだった。
しかし彼女──六道世羅の想いが他人に理解されることは無かった。
「あんたさぁ、目障りなんだよね。良い子ぶってさぁ」
「いっつもヘラヘラ笑ってて気持ち悪いし」
「何考えてんのか分かんねぇんだよ」
薄暗いプレハブ倉庫に連れ込まれた彼女を、数人の少女が口々に責め立てている。
「ちょっと顔良いからって男に媚びんなよな」
「そんな……私そんなつもりは……」
剣呑な雰囲気に押されて世羅は反論も満足に出来ずにいた。
「そんなに男が好きならたっぷり相手して貰いなよ」
「え……?」
「ほらアンタ達、この娘だよ」
少女の1人が声を掛けると、3人の少年達が部屋に入ってきた。
全員彼女達と同じか少し上くらいだろう。
ニヤニヤといやらしく笑いながら値踏みするように世羅を眺めている。
「へへっ、結構可愛いじゃねぇか」
「おおっ!俺、マジ好み!」
「ハァハァ……」
淫欲に満ちた男達の眼に彼ら意図を察し、世羅の顔がサッと青ざめた。
「お願い、こんなの止めてっ!」
冷笑を浮かべるクラスメート達に懇願する世羅。
しかし彼女の頼みはあっさり無視された。
「それじゃ犯っちゃって」
「嫌っ!やめてっ!嫌ぁーっ!」
逃げ出そうとする世羅を下卑た笑いを浮かべた男達の手が捕まえ、そのままその華奢な身体を押し倒して四肢を押さえつける。
男達の手が自分の上を荒々しく這いずり回る嫌悪感に世羅は息を呑んだ。
「お願い……やめて……」
恐怖が抵抗する気力さえも奪っていく。
世羅の抵抗が弱まったのを見て、男の1人がブラウスを力任せに引き千切った。
ボタンが弾けとび、白い下着に包まれた未熟な膨らみが露わとなる。
更には別の男が彼女のスカートを剥ぎ取っていた。
「嫌ぁっ!」
望まぬ相手に肌を晒される恥辱に世羅が再びジタバタと暴れだす。
「暴れんなよ、おらぁっ!」
「嫌、嫌、嫌──うぐぅっ!?」
不意に片方の乳房を力任せに握られ、世羅が苦痛の叫びを上げた。
「あぎぃぃっ!痛いっ!は、放してぇっ!」
「おい、あまり乱暴にするなよ。──可哀相にな。どれ痣になってないか診てやるよ」
そう言うとリーダー格の男が世羅のブラジャーに手を掛けた。
「嫌、やめてっ!」
しかし抗議の声も空しく白布は胸元まで引き上げられ、慎ましい双丘が曝け出された。
白い乳肉に指の痕が薄赤く浮かんでいるのが痛々しい。
「それ見ろ、痕がついちまってるじゃねぇか。これからたっぷり仲良くするんだからもっと優しく触ってやれよ。──こんな風にな」
男がそう言いながら世羅の胸を撫で回す。
「ひぅっ!嫌ぁ……っ!」
「へへへ、気持ち良いだろ?世羅ちゃんのおっぱい、今はこんなに小さいけど、この先俺達がいっぱい揉んで大きくしてやるからな」
「お願い……止めてぇっ……!」
すすり泣くような声で必死に懇願する世羅。
だがそれは男達の嗜虐心を更に煽るだけだった。
涙でぐしゃぐしゃの彼女を見下ろし、男の1人が生唾を飲み込む。
「この顔たまんねぇなぁ。俺、もう我慢できねぇぜ!」
「俺も。早く世羅ちゃんと1つになりてぇよ」
「待てよ、お前等。俺が最初だって分かってんだろ?」
今にも世羅に圧し掛かりそうな2人を睨み付けると、リーダーが彼女の顔を覗き込むように言った。
「どうやらこいつ等も限界みたいなんでな、そろそろいかせて貰うぜ」
「……え?……ひぃっ!?」
リーダーの男はズボンを下ろし膨らみきった自分のモノを取り出すと、わざと世羅に見えるように腰を突き出した。
先端をヌラヌラと照からせたグロテスクな肉茎を目の当たりにして世羅が恐怖に息を呑む。
「よく見とけよ。コイツが今から世羅ちゃんを沢山気持ちよくしてくれるんだからな」
言いながら男は世羅のショーツに手を掛けた。
「い、嫌あぁぁっ!止めてっ!それだけは嫌ぁっ!!」
身を捩って何とか逃れようとする世羅だったが、他の2人にガッチリと押さえ込まれ身動きすら思うように取れない。
「嫌っ!嫌ぁっ!──ねぇ、もう許してっ!お願い、助けてっ!!」
世羅は周りで見ているクラスメート達に助けを求めた。
しかし彼女達はニヤニヤ笑ったり冷たい目で見下ろすだけで誰一人世羅に救いの手を差し伸べる者は居ない。
「助けてっ!お願い、亜紀ちゃん助けてっ!!」
世羅は昨日まで仲の良い友達だと思っていた少女に声を掛けた。
だが亜紀と呼ばれた少女は多少後ろめたそうな表情を浮かべただけで世羅から顔を背けた。
世羅の表情に絶望の色が広がる。
「ひへへ、ご開帳っと」
ついに世羅の足首からショーツが抜き取られる。
更に男は彼女の脚を無理矢理広げると、その間に身体を割り込ませた。
「おー、綺麗なピンク色じゃん。おマンコもピッタリ閉じてるし、こりゃ世羅ちゃんは間違いなくヴァージンちゃんだねぇ」
薄い翳りの下の秘裂を指でなぞりながら、男がわざと卑語を口にして嗤う。
「ひ……っ、い……ぁぁ……」
他人の目に晒されることすら考えた事も無かった場所を、野卑な男の手で弄られる恐怖と屈辱に声を上げることすら忘れて身を強張らせる世羅。
「優しくしてあげたいとこだけど後が閊えてるからな。ま、痛いのは最初だけだから我慢してや」
言いながら先走りに濡れる亀頭の先を陰裂の中心にあてがう。
「や……。嫌だ……!こんなの嫌ぁっ!もう止め──あぎぃぃぃぃぃっ!!」
懸命に逃れようと身を捩る世羅の努力も空しく、男が肉茎を強引に潜り込ませた。
濡れてもいない場所を無理矢理こじ開けられる激痛に世羅が泣き叫ぶ。
「へへ、きついぜ。俺のモノが痛ぇくらいだ」
「あぐ……痛……い……ハァハァ……ぐす……抜い……てぇ……っ!!」
「何言ってんだよ、まだ全部入ってないんだぜ。──そらよ、っと」
「ひぎぃぃぃぃぃ──っ!!」
彼女の純潔を守る最後の砦を突き破り、男のモノが根元まで入り込んだ。
「貫通おめでとう、世・羅・ちゃん」
からかう様な口調で声を掛けながら男が腰を僅かに引くと、べっとりと鮮血に塗れた肉茎が現れた。
「う……うぐ……酷……いぃ……ううっ……こんな……ぐすっ……」
初恋すらも知らぬまま力尽くで身体を奪われた喪失感に、世羅はただ悲しみの涙を流す事しか出来なかった。
だが陵辱者達がこれで満足する筈も無い。
「おい、早く終わらせてくれよ」
「そうだぜ。俺達だって我慢の限界なんだぞ」
「分かってるって。──そんなわけだからもう暫く我慢してくれよな、世羅ちゃん?」
他の2人に急かされた男が本格的に腰を動かし始めた。
「ひぐぅっ!止め……痛……ぎぃあぁぁっ!!」
「うお……っ、気持ちいいぜ、世羅ちゃんのここ」
「嫌ぁ……お、お願……いぎぃっ!お願い、だから……ぁ、あぐぅっ!」
ぐぢゅっ、ぐぢゅっと乱暴に肉茎を抜き差しする音と、世羅の悲鳴だけが部屋の中に響き渡る。
それは同時に男達の興奮を昂ぶらせるに充分だった。
「うおぉぉっ、もうダメだ!俺、取り敢えずこっちで抜かせて貰うぜ」
「あ……あぐ……い……やぁ……ふぐぅぅっ!?」
押さえ役だった1人が慌しく自分のモノを取り出すと、泣き叫ぶ世羅の口に押し込んだ。
「おぐぉぉっ!ごぶ……じゅぶ……うげぇっ……ぢゅぽ……ぐぶぶぅ……」
喉の奥を突かれてえづく世羅にも構わず男は自分本位に腰を動かす。
「おおおっ!た、堪んねぇぜ!」
「ああっ!手前ぇ、汚ぇぞ!」
取り残された1人が抗議の声を上げるが世羅の口腔を犯す事に夢中になってる男は意に介さない。
「ああ、畜生っ!──ぴちゃぴちゃ……ハァハァ……じゅぷ、ぺちゃ……」
仕方なく世羅の胸にむしゃぶりつきながら自分でモノを扱きだす。
「おご……んぷ……じゅる……えぇっ……んぐ……ぢゅぱ……ふごぉ……ちゅぷぷっ……」
三者三様に世羅を犯していた男達だったが、やがて彼等に変化が訪れた。
「そろそろ……イキそうだぜ……」
「お、俺もだっ!」
「ちゅぱちゅぱ……ハァハァ……」
絶頂の近づいた3人がラストスパートを掛ける。
「んぐぅーっ、うぷ、じゅぽ、おぶ、んんーっ、おぼぉっ!」
「世羅ちゃん……このまま世羅ちゃんの中にたっぷり出してやるからな」
「んごぉっ!?」
諦めのあまり為すがままとなっていた世羅だったが、男の宣言を耳にし驚きに目を剥く。
「んんっ!んんーっ!ぐじゅ、ごぷ、んんん──っ!!」
これまでで最大の恐怖に顔を引き攣らせる彼女を嘲笑うかのように男達が自身を昂ぶらせていく。
そして──
「うおおっ!!」
「んんんん────っ!!」
自らの胎内で熱い物が爆ぜる感覚に、世羅は絶望の叫びを上げた。
「ううっ!」
「うはぁっ!」
一瞬遅れて口を犯していた男がモノを抜き出し彼女の顔へ汚濁を撒き散らし、自分で慰めていた男も世羅の胸を白濁した粘液で汚す。
「あ……あぁ……」
身体中に生臭い精汁を浴び、いまだ膣奥で欲望を吐き出し続ける異物の感触を感じて、世羅の心が絶望に埋め尽くされる。
最早身動き1つ出来ず涙を流し続ける彼女を、だが更に奈落へ突き落とす声が聞こえた。
「よし、次は俺の番だぜ」
「え……?」
「何だ、もう終わりと思ったのか?んなワケねぇだろ。まだ世羅ちゃんのここに入れてねぇ奴がいるって
のによ」
言ってリーダー格の男がニヤリと嗤う。
「そんな……もう許して……」
再び世羅の顔が恐怖に歪んだ。
「じゃ、アタシ達はもう帰るから。たっぷり可愛がってあげてねぇ」
世羅の犯される様子を始終見物していたクラスメート達が部屋を出て行く。
「つー事なんで、2回戦ゴー!」
「い、嫌……っ!いやあああぁぁぁぁぁ────っ!!」
悪夢のような時間が過ぎた後、男達は壊れた人形の様になった世羅を1人残して倉庫を後にした。
その身の至る所を白濁液で汚し、股間からはおびただしい量の欲望の残滓が溢れている。
それはすなわちそれだけの回数彼女の身体を男達の獣欲が襲った事を意味していた。
虚ろな目に光は感じられず、微かに上下する胸だけが彼女に息がある事を示している。
穢れを知らなかった少女はその心までも陵辱し尽くされていた。
どれほどの時間そうしていただろうか。
世羅は部屋の中に人影が立っているのに気づいた。
(何時の間に……?)
しかしそんな事はどうでも良かった。
おそらく男達の1人がまだ満足しきらずに戻ってきたのだろう。
今更1度や2度余計に犯されたって同じ事だ。
そう考えると逃げる気にもなれなかった。
(好きにすれば良いわ……)
投げやりな気持ちで新たな陵辱を待ち受ける。
だが男は一向に彼女へ手を伸ばそうとはしなかった。
「……?」
訝しく感じた世羅が男に目を向けると、男は初めて口を開いた。
「六道──世羅よ」
それは地の底から響くような声だった。
先程の男達とは明らかに別人である。
いや、こんな魂まで凍りつきそうな声の男が本当に人間なのか?
だが何故か彼女はその声に恐怖よりも心惹かれるものを感じていた。
「六道世羅よ。我が声に応えよ」
男が再び声を発する。
世羅は男をよく見ようと目を凝らすが、逆光となってその顔は全く判別できなかった。
しかしその燃えるような紅い髪だけは彼女の網膜に焼き付いていた。
「貴方は……誰……なの……?」
抗いがたい力を感じさせる声に、世羅は無意識の内に男へ問いかけていた。
「六道世羅よ。お前はいずれ1人の男と出会う」
「え……?」
「その男──緋勇龍麻との出会いを経て、お前は本当の自分に目醒めるであろう」
「緋勇……龍麻……?」
聞き覚えの無い名前だった。
「曝け出せ。真のお前を曝け出すのだ、六道世羅よ。その時こそお前は《力》を得るだろう」
「ううっ……本当の……私……っ!」
頭がズキズキと痛む。
まるで頭の中から何かが生まれようとしているかのように。
「目醒めるのだ。六道世羅よ──」
「うああぁぁぁぁっ!!」
世羅の意識が弾ける。
そして彼女が我に返った時、既に男の姿は何処にも無かった。
あの忌まわしい日を境に、世羅の毎日は苦痛に満ちたものに変わっていた。
クラスメート達は彼女を徹底的に無視したし、靴や教科書・ノートの類には悉く淫猥な侮蔑言葉を落書きされた。
狡猾な苛めっ子達は身体に直接的な危害を加える事はしなかったが、あらゆる手段で彼女の心を追い詰めていった。
学校の外では度々例の男達が彼女を待ち受けていた。
時には見たことも無い男が混じっている事もあった。
担任に相談しても事なかれ主義の中年教師はおざなりな注意を促すだけだったし、忙しい両親は娘の話に碌に耳を傾ける事も無くその苦悩に気付きもしなかった。
彼女にとって日常とは地獄を意味していた。
それは世間が浮かれるクリスマス・イブでも変わらない。
寧ろ他人が浮かべる幸せそうな表情は、彼女に自身の不幸をより強く認識させるだけだった。
そして世羅はやはり自分は不幸なのだと知った。
「よう、世羅ちゃん。こんな所で奇遇だねぇ」
会いたくない顔がそこにあった。
「クリスマス・イブだってのに1人なのかなぁ?俺達も男ばっかりで淋しかったところなんだよねぇ。折角だから俺達と一緒に楽しもうぜ」
「い……嫌……っ」
「今更何清純ぶってんだよ。俺達のチンポを散々咥え込んだクセに」
隣の男が詰め寄る。
この男は陵辱者達の中でも特に暴力的な性格をしており、幾度と無く世羅に暴力を揮っていた。
恐怖に身体が竦みかける。
しかし後ろに控えていた男の顔を見て世羅の顔色が変わった。
それは一度だけ陵辱に加わった男だったが、その男は自分の尿を彼女に飲ませ、不浄な排泄器官までも犯すなど世羅の人間としての尊厳を徹底的に打ち砕いた相手だった。
あの時の恥辱だけは二度と味わいたくない。
そう思った途端、世羅は踵を返して駆け出していた。
「あっ!待ちやがれっ!!」
虚を突かれた男達だったが、すぐ我に返ると少し遅れて後を追ってきた。
もし捕まればこれまでで最悪の陵辱が彼女を待ち構えているだろう。
世羅は死に物狂いで走り続けた。
どれくらい逃げ続けた頃だろうか、不意に人影が飛び出し、咄嗟に避けきれなかった世羅はそのまま勢いよくぶつかってしまった。
尻餅をつきそうになるが、一瞬早くその人影が彼女の身体を受け止めた。
「大丈夫かい?」
その声に相手が若い男だと悟る。
「あ、あの、ゴメンなさい」
慌てて頭を下げて謝罪する世羅。
「いや、怪我が無かったのならそれで良いよ」
そう言われて顔を上げると、それはまだ少年と言っていい年齢の若者だった。
やや長めの前髪の奥から穏やかな光を帯びた眼が優しく彼女を見下ろしている。
「あ、あの……」
世羅が口を開きかけた時、少年の顔つきが変わった。
その目は彼女の後ろを見ている。
視線の先を追って振り返った世羅の顔が青ざめた。
「随分手こずらせてくれたねぇ、世羅ちゃん?」
「舐めた真似しやがって」
そこには怒りの表情を浮かべた男達がいた。
「あ……あ……っ!」
世羅が恐怖に顔を歪ませる。
と、隣に居た少年が彼女の前に立ち塞がった。
「あぁん、何だ手前ぇは?」
「その子はこれから俺達と楽しむんだよ。関係ねぇヤツはとっとと消えな」
「それともカマでも掘って欲しいのかよ、色男?」
下劣なジョークに仲間達がげひゃひゃと品の無い笑い声を上げた。
「僕はお前達のような下衆が何より嫌いだ。今すぐ消えろ」
「──あ?」
少年の言葉に男達の笑いが消える。
「今、何て言った?」
「消えろ、と言ったんだ」
端正な顔に怯えの色1つ浮かべず言い切る少年に、男達が呆気に取られる。
世羅さえも驚愕の面持ちで少年を見つめていた。
「おいおい、俺はそういう冗談が一番嫌いなんだぜ?」
リーダー格の男がこれまで見せた事も無い凶悪な表情で凄んだ。
しかしそれでも少年の顔色は変わらない。
「面白ぇ、その色男面を二目と見れねぇものにしてやるぜ!」
そのセリフを皮切りに、男達が一斉に少年へと襲い掛かった。
「止めてぇぇっ!!」
世羅が叫ぶ。
しかし──
「うがぁっ!」
「げふぅ!」
「ぐはっ!」
「うぎゃああぁぁっ!」
世羅は目の前の光景に目を疑った。
一見細身の少年が荒っぽい不良どもを次々と打ち倒していく。
その全く無駄の無い動きは、まるで舞いでも舞っているかのような錯覚すら覚えた。
瞬く間に男達の大半が地面に転がっていた。
「ち、畜生、覚えてやがれっ!」
残った者の1人がそんな捨て台詞を吐くと、斃れた仲間を引き摺る様にして逃げ去っていった。
「あ、あの、ありがとうございましたっ!」
男達の後姿に危険が去った事を知り安堵の表情を浮かべた世羅が、ハッと少年に振り返り深々と頭を下げた。
「私、足立区の逢魔ヶ淵高校2年、六道世羅と言います」
「僕は新宿真神学園高校3年の緋勇龍麻」
その名に世羅の心臓がドクンと高鳴った。
「緋勇……さん。貴方が、緋勇さん……」
それはあの時、謎の男が口にした名前だった。
──緋勇龍麻との出会いを経て、お前は本当の自分に目醒めるであろう──
その言葉は男の燃えるような緋色の髪と共に鮮烈な記憶として世羅の頭に残っていた。
「ああ……本当に逢えた……っ!」
世羅の身体が喜びに打ち震える。
思えばこの地獄のような毎日を生き延びてこられたのも、緋勇龍麻と言う名の人間が自分を救い出してくれるかもしれないと言う儚い希望を繋いでいたからこそだった。
何故あのような見ず知らずの男の言葉を信じていたのかは彼女自身分からなかったが、今は本当に男の言葉通りの出会いを果たした嬉しさが世羅の心を満たしていた。
「六道さん?」
「あっ!ご、ゴメンなさい!私、ある人から貴方の事を聞かされていて、それでずっと……ずっと逢いたいって思っていたんです!本当に、本当に逢えて良かった……っ!」
そう訴える世羅の姿に、龍麻は不思議な既視感を覚え、同時に胸の奥にチクリとした痛みを感じた。
それは彼女の眼の所為かも知れない。
全てを諦めるほどの深い絶望の闇にいながら、尚一筋の光を求める哀しい眼差し。
(似ているな、彼女に)
炎の中に消えた1人の少女が世羅に重なった。
「何か──」
「え?」
「何かあったら言って欲しい。何時でも僕が力になるから」
「あ……」
思わず発した龍麻の言葉。
それは他人を思いやると言うごく当たり前の感情から出た言葉だった。
しかしその普通の言葉が今の彼女にはあまりに温かく、眩いばかりに照らしてくれている様にも思え、
そして唯々嬉しかった。
「ありがとう……本当に……」
このままではみっともない泣き顔を見せてしまいそうだと思い、世羅は目尻に浮かんだ涙をグッと拭うとにっこりと笑みを浮かべた。
「あの、私、今日は帰ります。でも、きっとまた、逢えると信じてますから」
そう言うとまた頭をぺこりと下げ、世羅は背を向けて駆け出した。
「あ──」
この数日間には考えられなかったくらい軽い足取りで帰路につく世羅だったが、ふとその足を止めた。
(そうだ、携帯の番号知ってもらおう)
どうせならもっと自分を知って貰いたい、そのきっかけになればと思ったのだ。
(まださっきの場所に居るかな?)
僅かに頬を上気させて来た道を戻る。
目当ての人物はすぐに見つかった。
見知らぬ少女と2人で。
「……誰?」
見た事が無い程に美しい少女だった。
長い黒髪と白い肌。
特徴だけを見れば自分と似ている。
しかしその美しさには天地の差があった。
容貌もそうだったが、何より少女の纏う何者も犯しがたいような清廉な雰囲気が彼女をその美貌以上に美しく見せていた。
荘厳な宗教画に描かれる聖女を思わせる姿に、言い知れぬ敗北感を覚える。
自分が穢されてしまったのだと改めて思い知らされた感覚だった。
そして少女を見る龍麻の眼。
それが彼にとってその少女がいかに大切な存在かを雄弁に語っていた。
世羅は2人が自分に気付かぬまま歩き去るのを只呆然と眺めていた。
(やっぱり私は独りだ……)
その瞬間、世羅の心に射していた一条の光すらも閉ざされ、全ては黒く塗り潰された。
──目醒めよ──
声が聞こえる。
──目醒めよ──
彼女の中に巣食う闇が呼び起こされる。
──目醒める──
絶望と憎悪と、狂気。
そして彼女≠ヘ目醒めた。
「おい、見つけたぞ世羅!」
耳障りな声に彼女≠ヘ振り向く。
その男達には見覚えがあった。
自分を抑え込んでいたあの女≠犯していた男達だった。
「さっきのヤツはもういねぇみてぇだな。ふざけた真似してくれた分も合わせてたっぷり可愛がってやるからよぉ、覚悟しろよ」
リーダー格の男が凄惨な笑みを浮かべて舌なめずりをする。
しかし普通の女の子なら恐怖に怯えるであろう凶相も彼女≠ノとっては醜く目障りな存在でしかなかった。
「手前ぇ、聞いてんのか!?」
表情1つ変えないその様子にバカにされたとでも感じたか、男が声を荒げた。
そしてそれが男にとって最後の言葉となった。
「死ね」
その言葉と共に男の周囲の空間が歪み、そこから現れた『何か』が男を引きずり込んだ。
更に男が姿を消した空間からは咀嚼音に似た不快な音が響き、中空から滴った紅の液体が地面に届く前に啜る様な音と共に消えていく。
残された男達は凍り付いた様にその光景を見ていた。
「ひ……ひいいいぃぃぃぃぃっ!!」
やがて1人が恐怖に引き攣った顔で絶叫した。
「うわぁぁっ!化け物だああぁぁぁっ!!」
「た、助けてくれぇぇぇっ!!」
それが引き金となったかのように男達が悲鳴を上げて逃げ出した。
だが逃げ果せた者は只の1人も存在しなかった。
10人近い男達の全てがその場から姿を消し、所々から例の咀嚼音が聞こえる。
音が止んだ時、そこには酷薄な笑みを浮かべる彼女≠オか存在していなかった。
虚空を見つめて彼女≠ェ呟く。
「分かってるさ。アタシに気付いてくれたアンタに従うよ。他人の顔色を窺うしか能が無いあの女≠ゥらアタシを呼び起こしてくれたアンタにね。──緋勇龍麻はアタシが殺す。ククククッ……ハハハッ……アハハハハ──ッ!!」
そして少女の姿は闇に溶けた。
狂気に満ちた哄笑だけを残して。