ココア

 気遣いはとてもありがたいとして、けれど、ジェットのいれてくれるホットチョコレートやらは、舌が曲がるほど甘い。そして、それにさらに大きなマシュマロをふたつみっつ浮かべられると、それだけで1年分の糖分が摂れてしまいそうな気分になる。
 「まあ仕方ないね、張大人の中華にだって、コーラを何杯もお代わりしちゃうヤツだからなあ。」
 ココアの粉末を練りながら、ピュンマが苦笑を混ぜた。
 寒い冬の日には、ミルクをたっぷりのコーヒーや紅茶でもよいのだけれど、少しだけ気分を変えて、甘い飲みものが欲しくなる。
 この間、それをうっかり口にしたら、次の瞬間には、ジェットが元から砂糖のたっぷり入っている、ホットチョコレートやらを、その時キッチンにいた全員に振舞ったのだ。
 うまいだろ?とあの笑顔で訊かれれば、いや甘すぎるとは誰も言えず、ジョーと、その手のものは口にしない張大人以外は、お世辞笑いを浮かべて、マグいっぱいのホットチョコレートを、溶けたマシュマロと一緒に飲み干す羽目になった。
 ピュンマは、口火を切ってしまった詫び---というべきなのか---に、ほんもののココアをきちんといれようと、その練習台にジェロニモを選んで、今こうして、ふわふわさらさらのココアの粉末を、少量の湯で、一生懸命練っている。
 粉末は、見た目のわりに溶けにくく、だまになってしまうのを、スプーンの背でつぶしながら、根気よく、とろりとするまで混ぜる。
 手先は器用だけれど、こういうことにはあまり経験のないピュンマは、何度も手を滑らせて、スプーンを、ココアを混ぜている小さな鍋の中に落としてしまいながら、いつのまにか、額に汗を浮かべていた。
 「飲んで暖まるより、こっちの方が運動になりそうだよ。」
 テーブルについて、静かに自分を見守っているジェロニモに振り返って、照れ隠しにそんなことを言ってみる。
 爆弾を解体するとか、銃の手入れをするとか、機械を直すとか、それなら得意なのだけれど、キッチンでちまちまとココアを作るというのは、戦場ではあまり必要のない技能だなと、冗談交じりに考えていた。
 練れば練るほど、ココアの匂いが強くなる。
 苦味の強い、そのくせ甘い、胸の中を暖かくさせる香り。寒い冬には、その匂いだけで体中が温まりそうになる。
 やっと粉っぽさの消えたココアの鍋を火にかけて、そこにミルクを注ぐ。濃い茶色が、白い渦巻きに巻き込まれて、小さな泡を立てながら、わずかに紫がかった、やわらかな茶色に変わる。
 ココアの色は、豊かな土の色をしている。ミルクを混ぜたココアは、まるで人の肌の色のようで、あるいは、紡いだまま織り上げて、色など加えない、どこかの土地の、丈夫な布の色を思わせる。
 ゆっくりと鍋の中身をかき混ぜながら、ふつふつと沸き始める、鍋のふちの小さな泡を眺めていた。
 こんな手間を掛ける必要はどこにもないのだけれど、たまにはいいかと自分に言い訳をして、その手間に、きちんと感謝の意を示してくれるに違いない、ひどく物静かな大男を振り返って、ピュンマはもう一度にっこりと笑った。
 手間を掛けたいと思うことと、その手間に付き合ってくれる誰かがいることと、それはとても大事なことなのだと、ピュンマは、鍋を火から下ろしながら思う。
 あまり甘くする必要はない。大きなマグにつぎ分けて、きちんともう一度混ぜて、熱くてすぐには飲めないから、テーブルの角を囲むように坐って、マグは、ふたりの間で、しばらくの間出番を控えることになる。
 「ジェットには、苦すぎるかもしれないな。」
 半分は本音でピュンマがそう言うと、ジェロニモがうっすらと笑う。
 大きな手が、マグを持ち上げた。
 唇が、ミルクで白く染まる。その唇をなめる舌の動きが満足げで、ピュンマは、思わず顔を傾けて微笑んだ。
 もう一口飲んで、ジェロニモが、どうしてか頬を染めて、マグを見下ろす。自分の分のココアに、やっと口をつけていたピュンマは、それには気づかなかったけれど。
 ミルクを入れないココアは、ピュンマの膚の色に似ていて、自分を暖めてくれるところも似ていると、そう思ったのだと口にするのは、後でふたりきりになった時にしようと、ジェロニモはまたココアを一口飲んだ。
 空いた手がいつの間にか近づいて、テーブルの上で、指が絡み合っていた。
 ココアはまだ、ふたりの間で湯気を立てている。

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