重なる、繋がる

 抱き合う時には、隔てがない方がいい。
 だから、すべてを取り去って、取り去らせて、厚い背中に腕を回す。
 傷跡の目立つ胸に、額をすりつけて、ピュンマは、猫のように喉を鳴らした。
 笑って、見上げると、いつものように、頬を薄赤く染めて、うつむく。引き結んだ唇が、頑なに見えて、それを解き放つために、舌先をのぞかせて、唇を近づけた。
 赤銅色の膚は、血の色を浮かべて、燃え上がる、火の色になる。
 濡れた唇を、深く合わせて、舌を使いながら、大きな体が、腕の中で震えるのを確かめて、ピュンマは、わざと胸を喘がせた。
 いくつか年上のくせに、こういうことには、一向に慣れない態度で、けれどそれは、元々の体の大きさのせいで、相手がいなかったせいかもしれないと、口にはしないことを、心の中で考える。
 ぎこちなく、ピュンマに応えながら、ジェロニモが、ようやく喉の奥で声をもらした。
 ふたりで、互いに回した腕に、力を込める。壊すことを心配する、気遣いの必要のない相手だから。触れることを、触れさせることを、ためらわずにすむ相手だから。闇の中で、恐る恐る膚を合わせることを、しなくてすむ相手だから。
 何もかもを、見せ合って、わかり合って、生身ではない体を、恥じて、隠す必要はない。だから、すべてをさらけ出して、抱き合う。闇の中に紛れ込んで、それは、互いを、互いの目から隠すため---どちらにせよ、目も強化されている---ではなく、互いを、世界の他の部分から、隔離するために。誰も、ふたりの邪魔をしない場所で、熱い息遣いと、深く触れ合うための所作を、分け合うために。
 闇に紛れるのに、ふたりの膚の色は、ちょうどいい。ことに、ピュンマの、濡れたように光る、なめらかな黒檀の膚は。
 奇妙に明るい、けれど深い、闇の部分を切り取ったようなその膚に、日の暮れ始めた、森の中の空気を溶かしたような、ジェロニモの、赤銅色の膚が触れる。色の違う肌がふたつ、熱を分け合うために、重なる。
 ジェロニモの、胸に残る傷跡に、ピュンマが、桃色の湿った舌を這わせる。
 舌は、それ自体がいきもののように、厚く盛り上がった胸を這い、筋肉の形を浮き上がらせた下腹を滑り、そして、ジェロニモの、熱の輪郭へたどり着く。
 ジェロニモが、せつなそうに、声を上げた。
 声を殺す必要はないと、今は喋るためではなく動く舌に言わせる通りに、声が、短く上がる。
 成果に満足しながら、それに煽られながら、ピュンマも、熱くなる。
 まるで、ジェロニモを全部、食べて、飲み込んでしまうように、喉の奥を開いて、熱の行方を確かめながら、舌の奥を、もっと濡らす。
 こんな体になっても、他の誰かを求める気持ちは失くならずに、どんなに慣れ親しんでも、だからこそ、いっそう相手が愛しくて、ピュンマは、太い腕を引き寄せながら、見上げて、唇を舐めた。
 ジェロニモの、濃い茶色の瞳に、ピュンマの姿は同化してしまい、そこに映るのは、かすかな光にふちどられた、なだらかな輪郭だけだった。
 先を急がずに、引き寄せた腕を、もっと強く引いて、熱いジェロニモの背中を抱き寄せる。
 戸惑う胸の、その下に、体を敷き込んで、数瞬、目を閉じる。
 終わらせる必要はなかったし、終わらないことを、恐れる必要もなかった。
 ふたりで、魚のように、濡れた躯を重ねて、滑らせて、波の寄ったシーツの上で、溺れるように、漂っていればよかった。
 いずれ溺れるのは、もっと熱い、湿った、ジェロニモの内側だったけれど。
 色の濃い、けれど色の違う膚を、ただこすり合わせて、その下に、ゆっくりと満ちる熱を、まるでからかうように、抱き合っていられれば、それでよかった。
 抱きしめられて、戸惑ったように、ピュンマの腕の中で、ジェロニモがそっと顔を上げた。
 刺青の白っぽい線が、大きな目の、白い部分と一緒に、闇の中に浮き上がる。その線を、唇でなぞりたいと思いながら、それをせずに、ピュンマは唇を開いた。
 「もう少しだけ・・・」
 まるで、乞うように、ジェロニモが、胸元で目を細める。
 うっすらと開いた唇は、言葉ではなく、もっと別のものを欲しがっている。
 そうだと知っていて、ピュンマは、けれど自分の気持ちに忠実になる。
 両手で、線の刻まれた頬を包み、そうして、ジェロニモの下から、少しだけ体をずり上げる。
 開いた膝の間に、顔をはさみ込むようにして、大きな肩に、足を伸ばして、乗せた。
 頬を撫で、そのまま首と肩を撫でるピュンマの手に、ジェロニモが手を重ねてくる。
 せつなそうに、また息を吐いて、ジェロニモは、ピュンマの、なだらかな平たい下腹に、額をすりつけた。
 腿の内側に、高い頬骨が当たる。唇が、薄く柔らかな、その部分の皮膚をかすめる。
 唇の両端を上げて、ピュンマは、勝ち誇ったように、けれど、傲慢ではない笑みを浮かべる。
 求めるように、胸元に伸びてきたジェロニモの手に、今度はピュンマが、自分の手を重ねた。
 太い指の間に、自分の指を割り込ませ、力を込めて、握りしめる。
 躯を繋げるのは、後でもいい。むりに、そうする必要もない。
 ふたりが繋がっているのは、確かなことだったから。
 ジェロニモの肩に乗せた足を動かして、爪先を伸ばすと、背中の傷跡に触れる。その傷を、もう一度切り開いて、そこに体をもぐり込ませて、縫い合わせてしまいたいと思いながら、ピュンマは、顔を伏せたままのジェロニモに、またにっこりと笑いかけた。

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