早朝


 目覚めるのは、いつもジェロニモの方が先だ。
 大きくて、重い体は、普通のベッドでは支えきれず、たとえひとりで寝るのだとしても、床に毛布を敷く羽目になる。
 気恥ずかしいほど乱れた、その毛布の上で、半ば目覚めながら腕を伸ばし、硬い大きな体がないことに気づいて、ピュンマはゆっくりと頭を持ち上げた。
 まだ、完全に開かない、ぼやけた視界に、浅黒い膚が、ちらりと動く。
 「早起きだなあ。」
 床から、まだ少しかすれた声で言うと、シャワーを浴び終わったばかりらしいジェロニモが、大きなタオルで半ば顔を隠しながら、視線で軽くうなずいて見せた。
 脱いだ服はどこにあるかと、ドアの方を眺めて、ジェロニモも、その視線を追うけれど、ピュンマの服に手を伸ばすのはためらわれたのか、また視線を、なめらかな黒い膚を、明るくなる部屋の中で隠しもしない彼に滑らせて、また、タオルで顔を覆う。
 それを、くすりと笑ってから、ピュンマは、上に掛けていた毛布を体に巻きつけた。
 肩を覆い、胸の前で合わせて、もう、半ば身支度を整えてしまっているジェロニモが、それ以上は視線を逸らさなくてすむように、気をつけながら、ゆっくりと立ち上がる。
 服を拾いに、ドアに向かって、そろそろと歩いてゆくという選択もあったけれど、ピュンマはそこに立ったまま、いつもの無表情で、けれどどこか、硬い頬の線をなごませた、ジェロニモの顔に、じっと視線を当てた。
 からかうつもりはなくても、そうやって見つめれば、困惑したように、視線をそらす。恥じらう姿が、存外かわいらしくて、夕べ---いつも---そうやって、声を耐える彼を、見下ろしていたことを思い出し、思い出させる。
 もちろん思惑に外れず、何度も瞬きをしては、そんなピュンマの前で、まだ無表情に見える、けれど含羞の浮かんだ---ピュンマにだけは、わかる---横顔を晒していることに、ジェロニモ本人は気づかない。
 ピュンマは、ふっと笑って、そこから視線を外すと、まだ眠そうな顔のまま、ゆっくりとベッドに近づいた。
 ベッドには、シーツは掛かっているけれど、毛布や上掛け---全部外して、床に敷いてある---はなく、ほとんど使われたこともないマットレスの上に、まるで、子どもがそうして遊ぶように、ピュンマは足を乗せた。
 そのまま、身軽に飛び乗ると、まだ高い天井を見上げ、くいと、ジェロニモに向かってあごをしゃくる。
 何事かと、少しだけ訝しんだ表情で、けれど何も言わず、ジェロニモが、目の前にやって来る。
 ベッドの上に、そうやって立てば、かろうじて、ジェロニモの頭より、視線が高くなる。
 向き合って、床から、ベッドの上から、奇妙な位置で、視線が絡む。
 毛布が、肩から落ちないように気をつけながら、ピュンマはそっと、ジェロニモの頭に、両手を伸ばした。
 ほとんど、黒に近い瞳と、それよりは少し淡く、けれど濃い茶色の瞳は、まるでほんもののように、互いを見つめて、そこに映る自分の姿を、眺めていた。
 ピュンマの手が、ジェロニモの頭を撫でる。
 頭頂だけに髪を残し、両脇はすっかり剃り上げた、奇妙なその髪の形を、見下ろして、ピュンマは優しく撫でた。
 「もし、サイボーグじゃなかったら、毎朝、剃らなきゃならないのかな。」
 ほんの少し、笑いを含んで、言ってみた。
 手の中で、ゆっくりと、大きな頭がうなずく。
 そうか、と言って、きれいに刈り揃えられた、意外に柔らかな---ほんものではない---髪に、そっと唇を寄せる。
 「残念だな。そうなら、ボクが毎朝、剃るのに。」
 今度は、今は顔の皮膚の色とまったく同じ、浅黒い頭皮の部分を、また撫でる。
 「傷つけないように、ちゃんと剃ってあげるのに。毎朝。ボクが。」
 言葉を、ぽつりぽつりと並べて、髪の毛のない、妙につるりとした頭を撫で、その手を首の後ろに滑らせた。
 そのまま、真正面に向き合った自分の胸に、その頭を抱き寄せて、額より少し上に、音を立てて接吻する。
 「残念だな、ほんとに。」
 毛布の下の素肌に、額や頬が触れ、戸惑っているのが、ふと硬張った首筋でわかる。
 視線をずらせば、いやでも目に入るピュンマの全裸に、困惑しているのがわかっていて、抱き寄せた頭を、もっと強く引き寄せる。
 「まだ、早いよ。」
 首を折り、額からずらした唇で、耳をはさんだ。
 「まだ、みんな寝てる。」
 両手を、頬から滑らせて、軽くあごを持ち上げた。
 「・・・森に行く、鳥に、エサやる。」
 重ねた唇の奥で、最後の抵抗のように、声がもれた。
 「残念だな・・・今日は、遅刻だよ。鳥には、後で謝ればいいよ。」
 振り払うことなど、たやすいはずのピュンマの腕に、逆らわないまま、ジェロニモの、少し赤らんだ頬が、軽く上向いた。
 「・・・一緒に、シャワーを浴びようよ。」
 観念したように、濃い茶色の瞳が、ゆっくりと閉じた。
 にやっと笑って、明るい部屋の真ん中の、ベッドの上で、ピュンマはするりと、肩から毛布をすべり落とした。


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