膚 (85)



 抱き合っていた腕を、外したり絡めたり、物憂く肩をぶつけ合ったりしながら、眠りに戻れない早朝、ジェロニモは、ベッドから起き上がるしおをうかがっていた。
 何となく目が覚めてしまって、寝返りを打って、そこに、目を開いて、こちらを見ているピュンマを見つけて、眠れなかったのかと、ジェロニモは怪訝な視線を送る。
 「目が覚めちゃったんだよ。」
 自分のせいかと、申し訳なさそうな表情をつくりかけると、くすんと笑って、ピュンマが額と額をこすりつけに来る。
 そうやって、また互いに腕を回し合って、静かにじゃれ合う。
 動くうち、毛布がずれ、寒くはなくても膚に冷たい空気が触れ、あらわになった腰や足を、暖かさを求めて重ねる。
 ピュンマが体を起こし、ジェロニモの上に乗って来た。
 指の長い、大きくはない手をジェロニモの頬に乗せ、そうやって顔を包み込んで、鼻先をこすりつける。ゆっくりと、軽く唇が合わさって、ため息のように、ジェロニモの耳の奥で、呼吸の音が聞こえた。
 頬を包んでいた手が、少しだけ離れ、今度は指先で、ジェロニモの白い刺青をなぞりに来る。
 他よりもずっと薄くて柔らかい、まぶたや目元の皮膚を撫でて、そうすればまるで、刻み込まれた白い線がこすれて消えるのだとでも言うように、ピュンマは執拗に、ジェロニモの刺青に触れていた。
 「他には、刺青はないんだろう?」
 それが、ひどく淋しいことであるかのように、ピュンマが訊いた。
 ジェロニモは首を振って、自分では決して見ることのない体の、ひどく奥深い部分まで知っているピュンマに、他に隠すような傷も刺青もないと、濃い茶色の瞳に言わせた。
 「ボクが入れても、何も見えなくなるだけだけどね。」
 赤や青や緑色ばかりの、ごくありきたりの染料で膚を染めるなら、ピュンマの黒檀の肌は、その色すべてを飲み込んでしまう。
 白い膚の人間たちが、気狂いじみた熱心さで安っぽい刺青を入れるのを、実のところジェロニモは、口にはせずに、少しばかり悲しく思いながら見ている。
 あれはあれだと、思ってはみても、自分にとって膚に色を流し込むということが一体どんな意味を持つのか、それを考えるたびに、白い膚に人工の色を浮かべて悦に入っている連中を見ると、ほんの少しだけ、皮膚---人工の---の裏側に、粟が立つような気がする。
 どれほど願おうと、決して、ジェロニモやピュンマのような人間たちの手には入らない白い膚を、極彩色に染めて、そうやって失った白さの分だけ、白さをより際立たせて、どちらにせよ、その膚の白さの価値は、決して損なわれることはない。
 ピュンマが言おうとしていることは、そんなこととは関係なかったけれど、ジェロニモはピュンマの指の下の、膚に彫り込んだ線を、まるで目の前で眺めているかのように思い浮かべながら、何度か大きく瞬きをした。
 「ボクの部族じゃないけど、別のところで、皮膚を切って、傷口に灰を塗り込む連中もいる。わざと傷跡を残すんだ、いろんな形に。」
 いろんなやり方がある、とジェロニモは思った。
 まだ刺青に触れているピュンマの背中に腕を伸ばして、盛り上がった肩甲骨の辺りを撫でる。
 たくさんの傷跡はあっても、そんなふうに、わざわざつくられたらしい痕のないピュンマの黒い肌を、ジェロニモは、心の底から愛しいと思った。
 くすんと、またピュンマが笑う。
 刺青から指を外し、また頬を包み込んで、
 「いつか、キミの体のどこかに、跡を残したいな。ボクのだって、すぐにわかるような、そんなのを。」
 微笑みは、冗談を指し示していたけれど、声には、真摯な色が、にじんでいた。
 「刺青なら、いちばんいい。」
 鋼鉄の体を覆った人工の皮膚に、そんなことができる道理もないとわかっていて、それでもそんなことを口にするピュンマの心情を、きちんと推し量るのは、少しばかりせつなすぎるように思えて、ジェロニモはそれには反応を返さないまま、頬に乗ったピュンマの手に、自分の掌を重ねた。
 選択がないということは、悲しいことだ。
 白い膚を持たないということは、そういうことだ。
 それを悲しいと感じないために、途方もない努力を必要とするのだと、"彼ら"は永遠に気づかない。
 自分が、自分であるために、ある日ある時刻み込んだ頬の線を、今はまるで、そう生まれついてしまったかのように、ジェロニモは意識することすらない。
 けれどそれがつまり、膚の色を忘れるということでは、決してないのだ。
 まるで、自分の頬の白い線を、ピュンマへ移すように、ジェロニモは大きな掌で、ピュンマの黒い頬を包んだ。
 形のいい頬骨と、目元をなぞって、掌の中でピュンマが微笑んだを見て、ジェロニモも、つられたように笑った。


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