something important (7&5)



 みんなでだらだらと酒を飲んで、酔いが回るうちに、ひとりふたりと、それぞれの部屋に引き上げて姿を消し、いつの間にか、グレートはひとりでまだ酒を飲み続けていた。
 酔いを醒ましてしまうのが何となく惜しくて、ひとりで飲む酒には慣れていたから、物音ひとつしない家の中で、自分ひとりがまだ起きていることを気にもせず、グレートはグラスを傾け続けている。
 それでも、そろそろ部屋に引き上げるか、あるいは部屋の明かりを消して、今坐っているこのソファで朝を迎えてしまうか、いいかげんに決めた方が良さそうだと、今はもううっすらとしか残っていない酔いの中で、ふわふわと考え始めていた。
 夜明けにはまだ間があったけれど、夜更かしというには遅すぎる時間になりつつある。さて、そろそろいいかげんに切り上げるかと、けれどなかなか腰を上げられない。ゆるい酔いの余韻のせいであったし、そして、ソファのやわらかさが心地良くて、離れがたいせいもあった。
 けれど、と、ちろりとソファの背を見やって思う。
 酔ったこのままここで寝てしまったら、きっと風邪を引く。そしてここには、毛布や上掛けの類いは何もない。
 シャツ1枚しか着ていない我が身を、ほんのちょっと残念がったその時に、忍ばせた足音が、すぐそこへやって来た。
 ぬっと、大きな影が見えて、ちょっとあごを引いて目を開けば、びっくりしたグレートと同じ程度には驚いた表情をわずかに浮かべたジェロニモが、毛布らしきものを手に、そこにいた。
 「なんだおまえさん、まだ寝てなかったのか。」
 慌てて声を低めて、グレートは訊いた。
 酒など一滴も口にはしないのに、酒盛りの最後の辺りまで付き合っていたけれど、それでも部屋へ引き上げると腰を上げたのは、もうずいぶん前だ。
 「それは、こっちの台詞だ。」
 同じように低めた声が、けれどよく通る。残った酔いよりもさらに心地良く、グレートはその声を聞いた。
 「酔いつぶれて、ソファで寝てるんだろうと思った。」
 わざわざ持って来たらしい毛布を、それを持った手を軽く上げて示す。そうして、ジェロニモがうっすらと微笑んだ。
 「ベッドで寝るか、ここで寝るか、ちょうど迷ってたところだ。」
 「枕も持ってくればよかったか。」
 「それには及ばんさ。」
 まだグラスを片手に、空いた方の手で、ソファのすみにあるクッションを、ぽんぽんと軽く叩いて見せる。
 「おまえさんの心遣いだけで、充分だ。」
 グレートは、突然現れたジェロニモの姿に、ようやく今夜の酒を切り上げる決心をつけて、ほとんど空のグラスを、目の前のコーヒーテーブルの上に置く。ボトルには、まだ少し酒が残っていたけれど---空になったボトルも、そのそばに2、3本あったけれど---、それには苦笑だけを返して、にやりとジェロニモへ視線を移した。
 「おれなんかのために、あったかいベッドをわざわざ抜け出してくるなんざ、おまえさんもずいぶんと親切なこった。」
 照れ隠しに、ありがとうと言う代わりに軽口を叩く。ジェロニモがこちらへやって来て、差し出してくれた毛布に、グレートはソファに坐ったままで腕を伸ばした。
 ジェロニモの方は見ずに、クッションの位置を整え、頭を乗せるのにちょうどいい高さになるように腐心しながら、グレートは、そこへ横たわるために、引き寄せた足をソファの上に乗せる。ジェロニモは、それを黙って見下ろしている。
 抱いてベッドまで運んでくれと言ったら、ジェロニモはきっと、冗談だとも思わずにそうしてくれるのだろうなと、グレートはちらりと思った。ベッドの方が寝心地はいいに決まっている。けれど、そこまで歩くのが面倒くさくて、グレートは、今夜一晩---何百回目かの、一晩---の仮寝の小さな宿の上で、ジェロニモの持ってきてくれた毛布を広げて、爪先からしっかりと体を包み込む。
 「・・・風邪を引かれると、みんなが困る。」
 横たわろうとした体を止めて、グレートは、肩から斜めにジェロニモを見上げた。
 まだ落とさない、ぶしつけな明かりの中で、ふたりの視線がかちんと合った。
 気遣いというのは、あまりにはっきりと示されると、とても照れてしまうものだから、グレートはそれを笑い飛ばしてしまうことにした。
 「おれみたいなおしゃべりが2、3日寝込んだら、静かでいいってみんな思うに決まってるぜ。」
 ジェロニモが、ふっと唇をゆるめる。
 きちんと冗談として通じたのだと、それを見届けてから、グレートはやっと、クッションの上に頭を乗せて、広げた毛布の下にもぐり込んだ。
 「明かりは消してってくれ。」
 目だけ出して、ジェロニモにそう頼むと、グレートは眠るためのように、大きくまたたきをする。
 ジェロニモは、すぐには立ち去らずに、天井の明かりを消すスイッチを見やってから、またグレートを見下ろした。
 「・・・言葉をよく知る者は、ほんとうに大事なことは、滅多と口にされることはないのだということも、よく知っている。」
 まるで音楽のように、言葉が降って来た。ああ、いい声だと、毛布の下で大きく息を吸って、ゆっくりとまた目を開いて、けれどグレートは、何も返事はしなかった。
 合わさった視線は、なめらかにほどけて、また音もなく、ジェロニモの足が動く。
 「おやすみ。」
 立ち去る背中が、軽く左右に揺れている。ほどなく、明かりも消えた。
 足音に耳を澄ませて、闇の中で目を開いて、瞳をそちらへ動かすと、
 「お休み。」
 グレートは、今度こそ眠るために目を閉じた。


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