俺たち、ボグミン
-白と紫のちっちゃな物語-






 あたたかくて湿ったところで、うつらうつらしていたのに、急に頭のてっぺんを引っ張られて、なんだと思ってるうちに、急に明るいところへ出た。
 まぶしくて、目をぎゅっとつぶって、頭をぷるぷる振って、自分の手足を確かめたら、目の前に、別の足が見えて、見上げたら、大きな誰かがいた。
 真っ赤なひらひらを首に巻いて、紫色の服で、なんだかこわい顔で、こっちを見下ろしている。
 へんなやつ。
 後ろを振り返ったら、穴がぽっかり開いていて、ああ、俺はそこに埋まってたんだなと、根拠もなく思った。
 この大きなやつが、俺を引っ張り出したらしいのだけれど、どうしてそんなことをしたんだろうと、また、そのへんな大きなやつを見上げて、俺は思った。
 自分の周りを見回して、目の前のやつを見上げて、何となく形が似ていることに気づいて、仲間かなあと思ったけれど、何を言ったらいいのかわからなくて、俺はまだ、黙ったままでやつを見上げていた。
 ぺたんと土の上に坐ったまま、ぼうっとしていてもしかたないし、また穴の中に戻ろうかと、そちらを振り返った時に、そいつがそばへ寄って来た。
 「土だらけ。」
 大きなそいつの手は、同じように大きくて、なにをされるのかなと思って、少し肩をすくめたら、あちこちについていた土を、ぱたぱたと払ってくれる。
 よく見たら、土の色を拭った俺の服は真っ白で、俺の首にも、やつと同じ真っ赤なひらひらが巻いてあった。
 目の前に、一緒に坐り込んだそいつは、やっぱり大きくて、そして、頭のてっぺんに、ちっちゃな緑のはっぱが揺れていた。
 俺にもあるのかなと、頭の上に手を伸ばしたら、色と形はわからないけれど、細い茎とちっちゃなはっぱが指に触れて、それでようやく、俺とこのへんなやつは仲間らしいと納得する。
 紫のそいつは、俺の白い服から土を払い落とし終わると、今度は、首に巻いたまっかなひらひらで、俺の顔を拭い始めた。
 「・・・汚れる。」
 俺が言うと、紫はちょっとだけ手を止めて、軽く首を振った。
 「別に、いい。」
 じゃあ、今度は、俺が俺のひらひらで、紫の顔の汚れを拭ってやろうと---そんなことが、あるなら---心に決めた。




 力があり余っていて、丸めていた手足を思い切り伸ばしたくて、その、暗い湿った場所で、自分を取り囲む土たちとだけ話をしているのに、ほんの少し飽きていて、だから、そこから出ることに決めた。
 腕を、少しだけ伸ばしてみて、それから、土を掘った。目の前が明るくなるのに、意外と時間がかからず、足を引っこ抜くのにだけ、時間を取られた。
 外へ出ると、土に汚れた紫色の服を払って、それから、埋まっていた大きな穴を見下ろして、土が、元気でな、と言ったのが聞こえた。
 「おれ、行く。」
 どこへかはわからなかった。
 手足はちゃんと動いたし、頭に生えたはっぱも、あおあおとしているように思えた。
 自分は、とても元気なのだと思って、それから、仲間を探そうと、唐突に思いつく。
 ひとりではないはずだ。このままずっと歩いてゆけば、同じように土に埋まった仲間に会えるだろう。力のみなぎる腕は、その仲間を土から引き抜くのに、役に立ちそうに思えた。
 歩き疲れたり、さびしくなったりすると、土の上に坐って、掌で地面を撫でて、土と話をした。
 土は、地面いっぱいに広がって、ひとつにつながっているように見えるのに、触れるその場所場所で、その小さな小さなつぶつぶひとつひとつ、それぞれ独立しているような、そんな感じがした。
 土に触れていると、元気があふれてきて、励まされているような、そんな気がする。
 土から出て、ずいぶん時間が経ったけれど、仲間はなかなか見つからなかった。
 頭にゆれるはっぱは、時々、元気をなくしたようにしょぼんとたれて、そんな時には、穴を掘って、爪先だけ土に埋まった。
 そうしている時、ほんの少しだけ、ほんとうに、ほんの少しだけ、そのまま穴を大きくして、また全部埋まってしまおうかと、思うこともあったけれど、そのたびに、どこかにいるはずの仲間を探そうと、自分を励まし続けた。
 そうして、ある日、土の中からひょこんと出ている、ちいさなはっぱを見つけた。
 驚いて、足を止めて、一瞬だけ信じられなくて、頭の上のはっぱを、思わず引っ張った。
 はっぱは、仲間を見つけて喜んでいるのか、驚いているのか、それとも、仲間を見つけると、そんなふうに反応するのか、ぴんとまっすぐに立った。
 地面から突き出たはっぱは、自分のそれに比べると、色も淡くて、ずいぶん小さいように思えた。
 けれど、かすかにほのぼのと、ピンクの光を振りまいていて、ここから出してと、言っているように見えた。
 細い茎の回りの土を掘って、それから、茎に両手を添えて、渾身の力をふりしぼった。
 ぽこん、と、あっけなく、土の下から小さな体が現れる。
 何が起こったかわからないと言いたげな、白い顔が、こちらを見上げた。
 頭上の空の色と同じほど、淡くて青い瞳、今は土に汚れているけれど、白いらしい服、首に巻いた赤は同じに見える。頭のてっぺんのはっぱの揺れ具合もそっくりだ。
 見た目はずいぶん違うけれど、仲間だ、とそう思った。
 そっと手を伸ばして、驚かさないように、力を入れすぎないように、白い服から土を払う。
 逆らわない、小さな白い体を見下ろして、仲間だと思って、うっすらと笑顔が浮かんだ。




 ふたりきりというわけはないだろうから、他の仲間を探しにゆこうと、大きな紫が言った。
 逆らう理由もなかったし、他にすることもなさそうだったので、地面に開いた穴が気になったけれど、俺は紫と一緒に行くことにした。
 心の中で、俺もひとりはいやだと、思ったことは言わずにいた。
 大きな紫は、歩くのはゆっくりでも、俺より歩幅が広いので、少し油断すると、どんどん置いて行かれる。俺の姿が見えなくなると、振り返って、一生懸命走る俺が追いつくのを、何も言わずに待っている。
 俺と違って、浅黒い顔や手の色と、とても大きな体。頭のてっぺんで揺れるはっぱも、俺のよりも大きい気がした。
 あまりしゃべらないからよくわからないけれど、やっぱりへんなやつだと思う。
 紫と並んで歩くのは、とても疲れる。話しかけようかと見上げていると、首が痛くなる。困ったやつだ。
 他の仲間も、こんなに大きいのかなと思って、俺はほんの少しがっかりした。
 広い広い野原は、いつまで歩いても終わらない。見かけるのは、地面に埋まった、小さな石の頭ばかりだ。
 あの石の上に上がれば、紫と少し近くなるなと、思ったその時、ぱしゃんと、はっぱに何か当たった。
 それは、当たった瞬間に弾けて、砕けて、ぱらぱらとどこかへ散った。
 「何だ?」
 空から落ちて来たなと思って、上を見上げると、それがどんどん落ちてくる。
 空は、今は薄い灰色に変わっていた。
 「・・・雨。」
 ぱしんぱしんと、落ちてくるそれが、はっぱを打って、体を打つ。当たったところが、じんわりと湿ってくる。
 空から降ってくる大きな粒は、はっぱに当たるとひどく痛かった。
 「痛い!」
 慌てて両手を伸ばして、はっぱをかばおうとするけれど、その間にもどんどん粒が落ちてくる。
 「雨、待てば、そのうちやむ。」
 紫が、掌を上に向けて、粒を受け止めながら、ぼそっと言った。
 「雨だか何だか知らないが、やむ前にはっぱに穴が開きそうだ。」
 俺は、思わず、何の心配もなさそうな紫に向かって、大声で怒鳴った。
 地面は、粒を吸い取って湿り、俺の髪も、濡れ始めていた。
 雨を避ける場所もなくて、俺は頭を両手でかばいながら、きょろきょろと辺りを見回す。はっぱがちぎれてしまう前に、この雨とやらがやんでくれることを、まばたきしながら祈った。
 紫が、そんな俺のそばに寄ると、俺の頭上に、ふわりと、首に巻いた赤いひらひらを広げる。地面に引きずるほど長いそれは---それも、やっぱり俺の赤いひらひらよりも、大きくて長いように見えた---、かざせば、小さな俺なら雨をよけるのに充分で、はっぱに当たらないように、俺の上に広げて、紫がにっこり笑ったのが見えた。
 落ちてくる粒が、ぱしゃぱしゃと、広げた赤いひらひらに当たる。はっぱに当たらない限りは、そんな音も、悪くはなかった。
 俺は、ようやく安心して、紫が広げてくれた赤いひらひらの下で、はっぱから手を下ろして、雨の降る光景を眺めていた。
 濡れたはっぱの先から、ぽとんと、小さな粒が地面に落ちる。
 紫も、はっぱからも指先からも、濡れた雫を滴らせていた。
 雨がすっかりやんでしまうまで、紫は、そうやって、俺を雨から守っていてくれた。




 同じ仲間とは言っても、白いのは、ずいぶんと小さい。
 首に巻いた赤いひらひらと、頭のてっぺんのはっぱ以外は、似ているところを探すのに苦労しそうだった。
 生まれて初めて---土を出て以来---の仲間だったから、一緒にいる勝手がわからず、並んで歩いているだけで、ついうっかり怒らせてしまう。
 横にいるものだとばかり思っている白が、見下ろしても見当たらなくて、慌てて足を止める。そうすると、はるか後ろから、一生懸命走って、こちらにやって来るのが見える。
 はっぱが大きく揺れて、真っ赤なひらひらと一緒に、後ろへぴんとなびいている。必死に駆けてくる様が、何となく微笑みを誘うのだけれど、そんな顔で立ち止まっていると、追いついた白は、下から空と同じ色の目を吊り上げて、むっと唇をとがらせる。
 怒っているのだとわかったのは、そんなことを繰り返した、ずいぶん後のことだった。
 なるべくゆっくり歩いても、歩幅が違うので、どうしても白をおいてけぼりにする。そんなつもりはなくても、また白を怒らせる。白は、ずっとそんな顔でいるわけではないけれど、ちっとも笑わない。
 仲間なのに残念だと、そう思う。
 他に見つかるかもしれない仲間も、こんなに小さくて、笑わないのだろうか。
 それはそれでかまわないけれど、ひとりだけ大きいのは、少しだけ淋しい気がする。
 もしかすると、白は笑わない種類の仲間なのかもしれない。こんなに違うのだから、そんなことがあっても、不思議ではない。
 ああ、そうなのかと、ひとりでうなずきながら、白に合わせてゆっくりと歩く。
 どれだけゆっくり歩いているつもりでも、白をおいてけぼりにすることをやめられず、何回目なのか、必死の形相で、小さな肩をあえがせながら走ってくる白を待つ間に、不意にいいことを思いついた。
 白を、土から引っ張り出した時と同じに、両手を差し出して、白を抱え上げた。
 驚いてじたばたする白を、軽々と持ち上げ、肩に乗せて、そのまま歩き出す。
 おい、と白が、頭を両手で抱え込んで言った。
 「・・・ずっと歩いてたら、疲れるぞ。」
 ちらりと横目に見た白は、怒ってはいないようだった。
 「そうしたら、下ろす。また歩く。」
 肩に乗った白は、きょろきょろと、そこから周囲を見渡している。何となく、楽しそうに見える、ような気がした。
 白の頬が、ほんの少し赤いのは、首のひらひらの赤のせいだろうかと、思いながら歩き続けた。


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