動作のお題20 #猫54
* 54である必然性はないけど本人は楽しいので気にしないが吉。01:手を伸ばす
手は大きすぎるかと思ったから、指先だけを差し出した。匂いをかいで、それから前足を乗せて、掌を開けと言う仕草をするから、ゆっくりと手を見せた。指先に乗るあご、細めた目、初めて触れた日。喉の震えるゴロゴロ言う音が、喉を鳴らす音と初めて知った日。
02:本を読む
淡く灰色の影の掛かる毛色は、お気に入りの本のページの紙の色とどこか似ている。今はその開いた本の間に寝そべって、読書の邪魔の真っ最中だ。どけてもどけても上がって来るので、諦めて別の本を手に取ると、ちょっとじろりと、水色の瞳ににらまれた。
03:寝転がる
歩く足元にまといついて、歩みを止めると目の前に寝転がる。腹を見せて、ちょっと招くような手つきで。誘われていると思い込んで腹を撫でると、3秒後には抱え込まれた腕を後ろ足で蹴られる始末だ。今日も元気ならそれが何よりだ。
04:歩く
のそりのそりと部屋の隅を歩いていて、名前を呼ぶと振り返る。存外たくましい肩の辺りから首をねじって、水色の鋭い視線は用もなく呼ぶなうるさいと言う意味かと思って、それでももう一度呼ぶと、今度は尻尾を高々上げて駆け寄って来る。05:座る
読んでいる本の前に坐る。読んでいる新聞の上に坐る。PCを使っていればモニタの前へ坐る。椅子に坐れば膝の上に坐る。横になれば胸の上に坐る。顔を近づけると、額を軽くぶつけて来て、それから冷たい鼻先が触れて来る何もない日曜の午後。06:ものを投げる
薬を飲んだ後で丸めた薬包紙が大好きだ。どこかへ投げてやると、走って行って拾って戻って来る。また投げる。取りに行く。拾って戻って来る。また投げる。そうやって食後のひと時を過ごした後で、午後の掃除であちこちから出て来る、丸めた薬包紙の山。
07:あやとり
イワンの帽子と手袋を編んだ後の残り糸で、ジョーから教えてもらったあやとりの輪を作る。指に絡めて、どうやったかと悩んでいるうちに、横からちょいちょい手を出されて、いつの間にか猫じゃらしに変わっている。次に作るのは専用のおもちゃになりそうだ。
08:ツッコミを入れる
つけっ放しのラジオからあまり好みでない冗談が流れ、そちらを見ると、爪を出さない手でスピーカーを叩こうとしていた。同じ声が、また困った冗談を言う。他の誰かが笑う。今度こそぱしりと前足がスピーカーを叩いて、どうだとこちらを見るから、微笑み返しておいた。09:立ち上がる
急に動くと驚かせるので、どこにいるかをまず確かめてから、それからゆっくりと立ち上がる。床に膝をついた辺りで、なぜかこちらに寄って来て体をすり寄せる。食事の時間を思うのかもしれないけれど、恐らくこれは好意の表れだと自惚れることにする。10:つまづく
水入れを洗うために、今だけ浅皿に水を入れておいたら、中を覗いてこちらを見上げてなぜか文句を言う。知らん振りして皿を洗っていたら、こちらを向けと体を伸ばした拍子に、後ろ足を浅皿の縁に引っ掛けてしまった。足が濡れたといっそう怒る。誰のせいだ。11:ものを掴む
またたびの入ったおもちゃでひとり遊んでいる。掴んで、放り投げて、飛び上がって、また掴む。飽きもせず繰り返しているのを、飽きもせず眺めている。そのうち、一緒に遊べとおもちゃをくわえてやって来た。取り上げる手に飛び掛るけれど、爪はきちんと引っ込めている。
12:手紙を書く
珍しく便箋を出してペンを取ったら、気配をかぎつけてテーブルの上に飛び乗って来る。紙の上に寝そべり、ペン先にじゃれつき、噛んで牙の穴の開いた便箋を折り畳もうとして、白いひげが乗っているのに気づく。苦笑と一緒に、そのまま封筒へ入れた。13:洗濯物を干す
日に透かすと白く光る銀色の毛が、どうやっても取れない。タオルにもシャツにも何もかもに、あの銀色の毛がくっついている。そして多分、なければ淋しいのだろうと思う。ポケットから取り出した鍵束にも絡みついている、銀色の毛。
14:服を着る
着替えるために脱いだシャツに、振り返るともう乗っている。これは俺のもので、おまえに貸しているだけなのだとでも言うように、しっかりと折り畳んだ脚を敷き込んだ体の下で、戻って来るまできっとそこから動かない。そこで交じる、違う生きもののふたつの体温。15:歌う
触れてもいないのに、喉を鳴らすような音を立てて、その音が時々、鳩の鳴き声のように、やわらかくまるい声に変わる。くるくるかぷるぷるか、無理矢理文字にするとそんな風なその音を聞くと、自然に口元がほころぶ。一緒に同じ音を立てそうになる。16:飛び降りる
ひやりと冷たい掌──前足──が、頬の辺りを押して来る。それから唇を押して来る。その後でまぶたを、ざらざらの舌で舐めて、それでも起きなければ耳朶を噛まれる。毛布をかぶって寝た振りをしていた腹に、どしんと四つ足が飛び降りて来て、思わず叫ぶ日曜の早朝。17:蹴る
膝の上に抱え込んで、喉と腹を撫でる。喉を鳴らすのに飽きると、腹に回した腕を抱え込んで、後ろ足で蹴り始める。そうしながら、毛づくろいのようにこちらの手を舐めている。わかりにくい好悪の感情は、けれど決して爪を出さない後ろ足で充分露わだ。
18:背負う
寝ていれば顔を踏みつけて胸に乗る。起きれば洗面台にかがんだ背中へ飛び乗って来る。背中に回した腕で支えて、まるで子どもでも背負ったように、不自由な姿勢で歯を磨く。歯磨き粉が嫌いなくせに、伸び上がって匂いを嗅ぎに来る猫はほんとうに不思議な生き物だ。
19:絵を描く
歩いている足元へじゃれついて来る。踏みそうになるのを避けると、床へ寝転んで腹を見せる。軽く曲げた前足に誘われて、床へ膝を折って、その腹へ掌を乗せる。ふかふかのそこを撫でて、指の走った跡が波の模様に残るのが、親愛の証の肖像画のようだ。20:抱きしめる
組んだ両腕の上に乗せるように抱くと、まるで自分自身を抱いているようにも思える。自分を抱きしめるために、人は小さな生き物を抱きしめたがるのかもしれない。にゃあと声はなく鳴いてこちらを見つめて来るのに、鼻先のキスのために顔を近づけた。