Lay My Body Down
いつだって、こんなふうに爆風に吹き飛ばされるのは、いい気分ではない。
熱に叩かれ、体が飛ぶ。衝撃で、防護服が引きちぎれ、そして、腕や足を、吹き飛ばす。
右肩の近くで、ばしっという破裂音がして、体が飛ぶよりも早く、どこか後ろの方へ、飛ばされて行った。右足は、地雷を踏んだために、最初に吹き飛ばされた。
他の誰よりも重い、武器貯蔵庫の体は、不発弾で終わるはずだった地雷を、起爆させてしまったらしい。
巻き添えを食らう誰も、周りにいなくて良かったと、地面に叩きつけられて、思った。
004は、焦げた匂いをかぎながら、残った左腕で、体を軽く起こした。
右腕は肩からなく、右足は、膝から下が飛ばされている。防護服は、右半分がぼろぼろになり、右の脇腹は大きくえぐれ、そこで剥き出しになった小さな無数のコードが、ちぎれ、パチパチと音を立てている。
そして、あちこちから流れ出る、白っぽい循環液。
大きく舌打ちしてから、さて、と004は思った。
頭の辺りを吹き飛ばされなかったのは、ひどく幸運だと思いながら、脳内通信装置の届く範囲に誰かいるだろうかと、少しばかり唇を歪める。
最初に頭に浮かんだのは、空を飛んでいる002---ジェット---だった。いずれ、空に上がる煙を見つけて、ここへやって来るだろう。それまで循環液がすべて流れ出てしまわないことを、004は、うっすらと祈った。
こうして損傷すれば、人間ではない体が、剥き出しになる。
焦げた体は、それでも生身の火傷とは違う。えぐれた筋肉は、もちろんほんものではない。そこからのぞくのは、無数に絡み合い、組み合わされた、大きな部品と小さな部品。004と呼ばれるサイボーグであることを、こんな時には、痛烈に思い知る。
ちくしょう、と、軽く舌を打った。
地面に横たわり、深い森の中で、004は、木々の葉の連なりのすき間からこぼれる、青い空の破片を仰いだ。
パチパチと、体のあちこちから音が聞こえる。循環液が、こぼれて地面に吸い込まれてゆくたび、体温が少しずつ低くなっていくのがわかる。
仮死状態になって、一体どのくらい保つのか、004は知らなかった。
壊れるのは初めてではない。けれど、長い間、こんな状態のまま放置されたことは、一度もない。
いつも、仲間が傍にいたので。
破損すれば、素早くギルモア博士の元へ運ばれて、修理される。
破損、修理。自分でそんな言葉を使いながら、004は、苦笑いをもらした。
俺は、機械だ。
破壊のために。それがたとえ守護のための破壊ではあっても、破壊に変わりはない。
ふん、と自分に向かって鼻を鳴らす。
少なくとも、生身の人間だったことは、あった。もう、ひどく遠い昔のことではあるけれど。
壊れると、心まで弱くなる。死ぬことが恐ろしいわけではなく、死ねないことの方が、恐ろしかったので。
死ねない。死なない。ただ、壊れて錆びついて、どの辺りまで正気の意識があるのかは、見当もつかない。それでもいずれ、錆びついた体の中で、心も果ててゆく。まるで、生身の体が腐り果てるように、心が、腐ってゆく。鋼鉄の体が、形をとどめたままで、ただ錆ついてゆくその中で、代わりのように、いつまでも生身のままの心が、腐ってゆく。
機械の体。生身の心。
動けなくなると、ロクでもないことを、考えるもんだな。
ゆっくりと、瞬きをする。
それから、少し気分を変えて、004は通信装置を使って、近くにいるかもしれない仲間に呼びかけ始めた。
吹き飛ばされた。動けない。来てくれ。誰か。来てくれ。誰か。
助けてくれ、という言い方は、あえてしなかった。
壊れた体から気を反らすために、目を閉じ、ゆっくりと、焦りを声に乗せないように気をつけながら、呼びかけ続ける。
誰か、来てくれ。
草を踏む音が聞こえ、明らかに、体の大きな誰かが、傍にやって来る気配が、した。
首を上げて、音の方向を探ろうとするより先に、ぬっと、大きな影が、視界を陰らせた。
「005。」
まるで、森全体に溶け込むようなオーラを放ちながら、005が、大きな体を、横たわる004に向かって、ゆっくりと倒してくる。
切り取られた森の一部が、自分のそばで呼吸をしているような、そんな気がした。
「腕、足、取れた。動けない。」
004が思ったことを、読み取ったように、そのまま繰り返す。
004は、ほっと、息をついた。
「みんな、遠い。近く、誰もいない。一緒、逃げる。」
言いながら、そっと手を伸ばして004のマフラーを外し、005は、それで右足の切断面を覆い始めた。
手や体の大きさからは、想像もつかないほどの繊細さと優しさで、004の体をそっと起こし、今度は、自分のマフラーで、焦げてしまっている右肩の跡を覆う。
包帯代わりの、黄色いマフラーに巻かれた004の体を、005は、大きなその胸と腕で支えた。
その時、ふたりの改造された耳に、ジェットの噴射音が聞こえた。
005の肩越しに、上空を見上げ、ちっ、と004が大きく舌を打つ。
通信装置の脳波が、空を飛んでいた002にも届いたらしかった。こちらへ向かって、大きくなる音に耳をすませながら、005の腕の中で、004は眉を寄せる。
破損した体を晒すのは、いやだった。誰に見られるもの、いやだった。ことに、002---ジェット---には。
ひとりで動くことすらできない、こんな情けない姿をわざわざ晒すのかと思うと、舌を噛み切りたいほど、悔しくなる。
もう来なくていいと、そう伝えようかと思った時、005が、突然防護服を脱ぎ始めた。
何をするつもりかと、目を大きく見開いた004を、脱いだ防護服で、くるりと包む。
005の、人並み外れて大きな体を包む防護服は、膝下のない足を隠すには、もちろん長さは足りなかったけれど、腕がなく、脇腹に大きく穴の開いた上半身を、すっかり隠してくれた。
少なくともこれで、他の仲間には、じかに壊れた体を晒すことは避けられる。
005の、無言の気遣いに、004は驚きを隠さずに、その、浅黒い膚の中の、優しい瞳を見上げた。
「ダンケ。」
無口な彼に、短い礼の単語を送って、004は、その胸に、次第に力を失ってゆく体の重みを預けた。
残った左手で、内側からしっかりと上着の前を合わせて握り、004は目を閉じた。
「行く。」
短く言った声が聞こえ、大きな腕が、ふわりと004を抱き上げる。
ぶ厚い、大きな胸に頭をもたせかけ、地面から伝わる体の揺れを、004は何かに似ていると思った。
大きな強い体は、いつも、誰かを支え、守るために、そこにある。常に、誰かの盾になるように、前に立ち、胸を張る。太く長い腕が、001を抱き上げる時には、誰よりも優しくなる。
無言でそこに立つ005は、彼が見えるという、自然の精霊そのもののようだった。
切り取られた森が、自分を包んでいる。004は、頭の隅でそう思う。実際に004を包んでいるのは、005の、防護服だったけれど。
走らずに、けれど早足で、森の中を進む。
頬に触れる浅黒い膚が、自分のそれと同じ人工皮膚とは、信じ難いほど暖かい。
防護服を脱げば、その下に現れるのは、さまざまに改造された体だったけれど、005の体は、002のそれよりも、もっと生身らしく見えた。
機械と、明らかにわかる自分の体とは、似ても似つかないと、また004は自虐的に思う。
きーんと、高い音が、耳に聞こえた。
002が、すぐ近くに来ているのだと、わかる。
005が足を止め、上空を見上げた。
光と、青い空の色と、005の濃い茶色の瞳が、プリズムのように、視界にはじける。それを見上げて、004は、ゆっくりと意識を滑り落として行った。
途切れる意識の片隅で、自然の精霊、守護神と、005につぶやきかけたような気がしたけれど、それは夢だったのかもしれない。
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