Lifeless Dead



 あまりにも、頑なに背を向けるから、それならそれでも良いと、思いながら、思い切れない。
 人は所詮、究極にはひとりぼっちなのだと、思い知っているからこそ、人ではない身で、そんなことをつぶやいてもみる。
 仲間の数は、あまりにも限られていたから、互いに守り合って、かばい合って、支え合って、いつだって、生き延びるために、戦い続けてきた。
 その前面に、ひるみもためらいもせずに立ち、全身に積み込まれた武器---いや、彼そのものが、武器だった---を使って、死を恐れないふりで、敵の中へ切り込んでゆく。
 死を恐れないのではない。死そのものだと名づけられ、その名を背負って、その名と、その名を背負った自身を忌み嫌って、彼は、自分が死そのものではないことを、自ら思い知るために、死へ赴いてゆく。
 死を名乗るものは、死をもたらしても、死の訪れを待つことはない。だから、死の訪れを恋焦がれて、待ち望んで、彼は、その死の名が、にせものであることを信じたくて、死の中へ飛び込んでゆく。ほんものの死に、出逢えることを、信じて。
 破壊の爪跡の残る廃墟に、ゆらりと立ち、黒く汚れた顔で、にやりと笑う。
 見慣れたその、ひずんだ笑みに、時折、恐怖を呼び覚まされる。
 死がそこに立っている。
 黒く焦げ、汚れ、赤い、血のように緋い戦闘服に身を包んで、長いマフラーが、戦場の血なまぐさい風になびけば、それはまるで、死神の持つ、鎌のようにも見えた。
 人ではないから、死神と呼ばれるから、世界の果てに、ひとりぼっちのように、こちらに背中を向けて、無言のままでいる。
 その背に、時折、伸ばす手が、ためらって、止まる。


 死神の、その手に触れたものには、死が訪れるのだろうか。
 人ではないのは、彼だけではなく、素手で破壊を行える、強大な力を与えられて、今も時折、自分以外のものに触れることに、逡巡する。
 壊しはしないだろうかと、伸ばした指先が、一瞬、止まる。
 壊すことはない。もう、すっかりこの体に慣れてしまっている。どう扱えばいいのか、知り尽くしている。
 それでも、ためらいは消えず、世界のすべてが、こわれものでしかなく、大きな体と強大な手は、傍若無人に世界を荒らす、巨人のようにも思えた。
 破壊する手と、死をもたらす手と、ふたつは、どこか似ていた。似ていて、けれど、その手はそれぞれ、違う役割を選んだ。選ぶ余地が、あったと言うのなら。
 飾り気もなく、武器のままの彼の右手を、取り上げる。壊す気遣いはない。ふたりとも、人工皮膚の下は、戦車並みの装甲だ。他の誰とも、そうすることが恐ろしくて、人恋しさを押し隠して、互いの肩を抱き寄せ合う。
 腕を伸ばし、互いの体に回す。肩と胸を合わせて、背中を、軽く叩く。
 人くさい、そんな動作を、心のどこかで嘲笑いながら、それでも彼は、繰り返さずにはいられないのだと、知っている。人の形をした兵器にされてしまったことが、どれほど彼を傷つけたのか、知っていて、けれど、慰める言葉は使わない。
 慰め合うためではなく、ただ、人が、他人の体温を求めずにはいられなくて、それを埋め合わせるためだけに、その手で触れても安全な誰かに、触れるというだけの話だった。
 人の形をした兵器がふたつ、人間らしさの名残りのために、この世界で唯一こわれものではない互いに、腕を伸ばす。
 抱き合って、互いの呼吸の数を数えて、人工心臓の音を聞いて、兵器に、無駄に残された人間らしさを、互いの皮膚の上に見出して、ひとりではないのだと、言葉には出さずに、安堵する。
 死神は、唇を歪めて笑い、それは、彼自身を嘲笑っているように見えた。


 守ろうと、思っているわけではない。
 にせものであると、ほんものでなくなってしまって、久しいと言うのに、必死に証明しようとしている彼は、それを、自らの死によってしか表せないのだと思い込んでいて---ほんとうは、思い込みなどでは、ないのかもしれないけれど---、あまりにも死に急ぎたがるから、敵の中へ、正面から切り込んでゆく彼の背中を見守って、無事に戻れと、いつも心の中で祈る。
 人ではなくなってしまった今も、自分に語りかけ続ける、精霊たちに、彼の無事を、そっと祈る。
 どうか、守ってくれ。逝かせないでくれ。大事な仲間だ。喪わせないでくれ。
 ひとりで生き続けるのは、つらすぎる。
 手前勝手な望みだと知りながら、遠去かってゆく背中を見るたびに、そう祈らずにはいられない。
 死を名乗るからこそ、死により近く、そして、死そのものから、誰よりも遠く、そのことを、涙を流さずに嘆きながら、嘆きの代わりに、冷笑を浮かべてみせる。
 硝煙の匂いのする、その手を取り上げる。強く握る。重なり合った、薄くて、けれど丈夫な金属片がこすれ合って、ぎぎぎと、生身ではありえない音を立てる。
 視線は重ねずに、重ねた手を、同時に見下ろして、死ぬこともなければ、壊れることもないのだと、互いに、別々に、心のどこかで思う。
 守りたいわけではない。ただ、失うことが、怖かった。


 背中から両腕を回して、腕ごと、抱きしめた。
 「どうした?」
 横顔だけで振り返って、怪訝そうな顔をする。
 肩にあごを乗せ、目を伏せて、表情を隠しながら、何でもないと、短く返した。
 逆らいもせず、けれど、それ以上動きもせず、そうか、とだけ彼は言った。
 鉄骨さえ、粘土のようにねじ曲げる、太い両腕の中で、彼は、死神の名に似合わない、どこか悲しげな表情で、じっとしていた。
 両腕に、ゆっくりと力を込めたけれど、彼の体は、やはりびくともしなかった。


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