Shape Of My Heart



 絡んだ手足と、重なった胸や肩や腰や、まだ熱をはらんだまま、けれど止めていた呼吸を、再び深く吸って、吐き出して、膚が少しずつ乾いてゆく。
 早く躯を引かなければと思いながら、もう少しだけと、呼吸ふたつ分、自分を甘やかす。
 重なった胸の下で、深く吸い込んだ息があって、無理をさせたままでいることに罪悪感がわいて、そっと、いつものように、繋がっていた躯をほどこうとする。
 あ、と声が追いすがった。
 同時に、浮いた背中が腕を伸ばして、足まで絡みついてきて、引き止めようとする。
 「まだ・・・」
 最後まで言わずに、ほんの少し細めた水色の瞳が、下から言葉足らずを補ってくる。
 終わってしまっているのに、熱の引いた躯をまだ絡め合って、繋がったまま、少し胸を浮かせて、どうすべきかと、わずかに戸惑う。
 自然に、躯が解けてしまうのに任せればいいのだろうかと思いながら、けれど不自然な姿勢で、相手の躯を痛めないかと、それが心配になる。
 「・・・まだ」
 また、青い唇が言った。
 名残りを惜しんでいるのだと、瞳がつぶやいていた。
 熱を与え合って、分け合って、溶けるほど互いを貪ってから、またふたつに分かれる瞬間の、胸の間に吹き込む冷たい空気が、ほんの少し切なくて、だから、まだ汗に湿った胸を重ねて、終わってしまうその時を、ほんの少し先へ伸ばす。
 躯を繋げたまま、また抱き合った。
 腕に力は入れずに、額や、やわらかなまぶたに、触れるだけの口づけを落とすと、ねだるように頬をすりつけてくる。
 おそろしいほど白い膚に、刻み込んで色を流し込んだ頬の線が移ってしまわないかと、少しだけ不安になって、あごをこすりつけ合いながら、小さく笑う。
 そうして、相手をなだめているつもりで、自分もあやされているのだと気づいて、抱き合う腕に、わずかだけ力を込める。
 見つめてくる水色の瞳の中に、浅黒い膚の、線を刻んだ自分の顔が見える。
 こんな時だけ、ほんの短い一時とは言え、自分をまっすぐに見つめてくる彼の心中が、その瞳の色の中に現れているような気がして、まるで額をくっつけるように、顔を近づけた。そうして、鼻先をこすり合わせて、じゃれ合うように、軽く噛みついてくる唇を、口づけで受け止めて、また少し、呼吸が湿る。
 終わってしまっているはずなのに、まだ離れがたくて、膚と唇をやわらかく触れ合わせながら、けれどそれ以上には至らないように、こっそりと慎重になっている。
 躯はまだ、相変わらず繋がったままだった。
 鋼鉄に包まれた体は、内側も、冷たい金属の塊のはずなのに、一体どういう意図で、そこまで生身の頃そっくりに再現されたのか、抱き合う腕にも胸にも、ふたり分のぬくもりがある。
 けれど、生身の頃と同じと思うのは、単なる錯覚かもしれなかった。生身の頃は、遠い遠い昔話になってしまっていたし、ふたりとも、あれこれと比較できるほど、豊富な経験があるわけではなかったので。
 他人のぬくもりを求めることに、罪悪感を抱く必要は、これっぽっちもなかったけれど、普通ではないことに、知らずに臆病になっていたとしても、それを誰かに責められる筋合いもなかった。
 少なくとも、ふたりの間柄では、"普通でないことに対する説明"は必要なかったし、普通でないゆえの不自由さを、くどくどと説明し合う必要もなかった。
 気楽と言えば、気楽だったのだろうか。
 それでも、こうなってしまうまでに費やした時間の長さを思うと、ふとめまいを覚える。
 困っている友人に手を貸すように、互いに腕を伸ばし合って、けれど、そこから先へ踏み込むことは、友人であることとは、どうしても相容れないことだったから、その部分に目をつぶるには、ふたりはある意味では親しすぎたし、別の意味では、疎遠すぎた。
 戸惑うばかりで先に進まずに、焦れながら、けれどどうしてか、抱き合う腕をほどくことは、どうしてか互いに思いつかなかった。
 また、腕に力を込める。強く引けば、すぐに切れてしまいそうな、細い柔らかい銀色の髪に、指先を差し込んで、そっとかきまぜる。
 とっくに冷えているはずの躯が、まだ熱い。互いに、吐き出してしまったはずの熱は、消えずに、ぬるくゆるく、皮膚の一枚下を炙り続けているような気がした。
 彼が、開いたままの膝をすり合わせるように、軽く体をゆする。小さな動きが、ふと、内側の体温を上げる。わずかなうねりが、傷つきやすい皮膚をこすって、不意に甦る感覚があった。
 普段にない仕草でねだられるままに、まだほどかないでいる躯が、ひたっている熱に、また応え始めていた。
 困惑に、知らずに薄く頬を染めて、今度こそ、本気で躯を引こうとした。
 でないと、とても困ったことになる。
 下で、皓い体が、急に動いた。
 わかっているはずなのに、わざわざ煽るように、肩を少し滑らせて、しがみついてくる。
 見下ろした頬も、血の色を刷いて、薄い唇が、羞恥に少しねじれている。
 ほどくどころか、躯は、前よりももっと深く重なって、そして、腰を引き寄せて重ねた鉛色の足首が、かちんと、かすかな音を立てた。
 彼の立てたその音が、背骨を震わせて、そうして、潮騒のように身内に満ちて来たのは、ずっとこのままでいたいとそう思う、その人へのいとしさだった。
 ふたりとも、一緒に、言葉を失っていた。
 夜が、いつまでも終わらなければいいと、そんなことを思いながら、彼の肩を抱き寄せて、彼の体を抱き込んで、近く合わせた躯を、またゆっくりと動かし始める。
 伸びて反る背骨を、なぞるように、彼の熱くて冷たい爪先が、一緒に、同じ速さで、動いていた。


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