Distance



 多分、最初に逢った時から、魅かれてた。
 引き結んだ薄い唇、硬そうな頬の線、金属の掌を、隠すように腕を組んで、アンタはオレの前に現れた。
 全身武器の004。あだ名は死神。
 皮肉笑いと自嘲しか、アンタからは期待できなかった。

 
 なんで笑わないんだよ。
 そう、オレはある日突っかかった。
 アンタは、不意に頭を垂れ、機械の拳を、オレの前に差し出した。
 表情筋が、ないんだ。笑いたくても、笑えない。
 あの、ろくでなしの科学者どもは、アンタの体をいじくることばかりに夢中になって、アンタの、いちばん人間らしい部分を忘れちまってたらしい。
 俺は、笑えないんだ。
 そう、アンタが言った。


 今なら、アンタは笑ってくれるだろうか。
 アンタのことが、好きだと、まるで少年のようにオレが言えば、アンタは笑ってくれるだろうか。
 それとも、汚らわしいものでも見るように、肩を引いて、アンタに触れるオレの腕まで、拒もうとするんだろうか。
 やっと、人間らしい表情を取り戻したアンタが、オレに向かって笑いかけてくれる。
 愛しさを、込めて。
 オレは、そんなことを思う。
 かなわない想いだろうと、知りながら。


 アンタが好きだ。
 言えない想い。口に出せない気持ち。
 いっそ、告げてしまえば楽になると思うのが、もちろんうそだと知っていて、それでもオレは、時折アンタに告げてしまいたい衝動に駆られる。
 軽蔑か罵りか、それともアンタは、その拳を使って、オレを殴りでもするだろうか。


 それとも。

 
 ありがとうと、うっすら笑って、その手を、オレに向かって差し出すだろうか。


 アンタが好きだ。
 いとしいと、思う気持ちを止められない。
 衝動を、抑えられない。
 アンタのことを思って、アンタに触れる自分を想像する。
 笑えるようになったアンタの、その笑顔をもっと見たいと、心の底から思う。
 アンタを抱きしめて、どこまでも飛んでゆきたい。
 どこか、遠くへ。オレたちだけで。

 
 アンタが好きだ。
 それだけのことが、言えない。
 口に出来ない。
 嫌われるのが恐ろしくて、多分オレたちの間にある、友情まで壊れるのが恐くて、オレは臆病に唇を引き結ぶ。
 まるで、昔アンタがそうしたように。
 表情のない横顔で、オレは、泣き出したいのをがまんする。


 アンタが好きだ。
 胸が苦しい。痛みで、死にそうになる。
 呼吸を求めて喘いでも、ほしいのは、呼吸ではなく、言葉だと気づく。
 アンタが、オレに話しかける。
 時には、うれしそうに、時には、幸せそうに、時には、苛立ちを隠して、時には、怒りを込めて。
 そのひとつびとつを、受け止めながら、つのるだけの想いを、オレはひとりで持て余す。

 
 いつか。
 この想いが伝われば、オレは二度とアンタの笑顔を見なくなるかもしれない。
 それとも、アンタは、オレに向かって、極上の笑みを、投げかけてくれるんだろうか。
 煙草の火を分け合って、微笑みながら、長い友人のように、語りかける。
 オレがアンタを好きだと知っても、アンタはまだ、オレの大事な友達のままで、いてくれるだろうか。

 
 ここに、ひとりで立ち尽くしている。
 アンタのことばかり考えている。
 アンタの声を、思い出そうとしている。
 伸ばした指先を、また握り直している。
 ・・・・・・アンタが、好きだ。


 笑顔とその声の、両方がオレはほしい。
 忘れないために。
 離れていても、アンタを、そこに感じるために。
 皮肉笑いでも自嘲でも、嘲笑でも哄笑でも、侮蔑の笑いでさえ、いとしいとすら思う。
 アンタを好きだと笑って言えば、ああ、そうかと、笑ってアンタが返してくれる、そんな時が来るんだろうか。
 アンタに手を伸ばして、その頬に触れられる時が、来るんだろうか。

 
 また、自分の肩を抱いて、アンタが好きだと、ひとりでつぶやく。
 アンタに届けと、祈りながら、でも、どうか、ずっとばれませんようにと、願いながら。
 望みのない想いを抱えて、重い胸を持て余して、夢の中で逢えるかもしれないアンタに、オレはそっと微笑みかける。
 夢の中。アンタの笑顔。
 夜をまたひとつ重ねて、つのる想いは、また静かに、降りながら積もり、心の底にたまってゆく。
 胸の奥に、言葉の塊をまた飲み下して、泣かないために、オレはひとりで目を閉じた。


戻る