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Frosty, But Kindly

 ああ、まだ生きているのかと、思ってから、ふっと苦笑をもらした。
 背の低い、大きくはない建物だったけれど、爆発に巻き込まれて、ただですむはずはなかった。
 叩きつけられた壁は、建物の土台から、せいぜい2メートル程度残っただけの、今はもう、建築物の残骸でしかなく、見渡す限り、瓦礫と化した、その爆破の跡で、ハインリヒは、倒れていた体を、その壁にすがって、ゆっくりと起こした。
 コンクリートや、金属の、焼かれて焦げて、溶けた、奇妙な臭い。いつの間にか覚えてしまった、人の体の焼ける臭いがないことに安心して、それから、小さく安堵の笑みをこぼす。
 防護服は、あちこち黒く焦げ、穴が開き、長いはずのマフラーはどうやら、首に巻いた部分以外は、きれいに吹き飛ばされてしまったらしかった。
 バチパチと、いやな音を立てる右半身は、マフラーと同じほどこなごなに吹き飛ばされ、無残な名残りを晒している。
 二の腕が半分なく、右の腿も、脚と、かろうじて呼べる程度の部分しか残っていない。
 右目も、視界が歪んでいて、無事だった左手を伸ばして、頬に触れると、裂けて剥がれた人工皮膚が垂れ、その下の、金属の装甲があらわになっているのが、指先に触った。
 試しに、眼球を動かして、上下左右を見ると、ジーッと、右の耳元で、これもまたいやな音がする。
 生身なら、即死だろうなと、思って、また苦笑いに、きちんと形の残っているらしい唇を歪めた。
 壊れるのは初めてではない。いつものことだ。もっとひどい壊れ方をしたことだってある。
 死ぬことはないのだからと、思って、目を閉じた。右のまぶたが、少し時間をかけて、歪んだ右の視界を覆い、また、ジーッといやな音を立てる。
 気が遠くなることもなく、眠気もなく、動けない、半壊した体で、そのまま、まぶたの裏の闇の中で、今もまだ正常に動いている脳を、忙しく駆け巡る思考の破片を、ただ、拾い上げては、夢を見る代わりに、楽しんだ。
 そうやって、時間を潰しながら、まぶたを持ち上げても闇が消えなくなる頃、殺風景な、ほんものの夢の中へ落ち込んで行った。


 「ちょっと会わない間に、ずいぶんな有様じゃないか。」
 大きな声ではないのに、こんな、すべてが四方へ散り広がってしまうような風景の中でも、よく通る、響く声だった。
 左の耳から入り、右の耳から通り抜けながら、また、ジジッと雑音が混ざる。前よりも、ひどくなっているなと、ひどく静かに思って、目の前で、腰に両手を当てて立っているグレートを、ハインリヒは、少しだけあごを上げて、眺めて。
 薄い胸を、やや反らし気味にし、ハインリヒの壊れた体を、検分するように、視線が斜めになる。
 よく動く大きな目が、忙しく上下して、唇の端が、少し困ったように垂れ下がる。
 「ま、そんなもんは、基地に戻りゃ、連中がよってたかってきれいに直してくれるってわけさ。」
 軽く投げ捨てるような口調で言って、肩を大げさに、肘から曲げた両の掌を上にして、すくめて見せる。
 言動すべてが、常に芝居がかっているのは、役者と言う、生身の頃の前身のせいだと説明されて、さぞかし舞台でなら映えただろう、その嫌味にも見える大きな仕草に、今はなぜか、生きているのだと実感する。
 「基地に戻らなければ、ここで一生、このままだ。」
 足元をすくうように、笑いを浮かべて、言葉を返した。
 「瓦礫と一緒に、ここで朽ち果てる、それもまた一興。」
 ハインリヒの、自虐と自嘲を含んだ言葉に、ひるみもせず、すかさずまた、芝居で使うだろう声が、戻って来る。
 耳を打った、今度は少し低められた声が、ジジッと、雑音と混ざる。
 まるでなだめるように、こちらを笑顔で見つめているグレートに、ハインリヒは、わざと人工皮膚の剥がれた方の横顔を見せて、ふんと鼻で笑いを返した。
 「直ったらまた、壊れるために、戦うのか。」
 風が、まるで、呼ばれたように、瓦礫の上を吹き過ぎて行った。
 長いマフラーが、グレートの後ろでひるがえり、土と灰の色しか見当たらない風景の中、鮮やかな色を添える。
 ふたりは、何も言わずに、ただ、見つめ合っていた。
 挑むような視線を受け止めるグレートは、ただ、そのはしばみ色の瞳に、悲哀の色を浮かべて、その揺れる視線を受け取って、ハインリヒは、見えないように、唇を噛む。
 互いに、思うこと、感じることは、同じだった。
 グレートの口元から、次第に笑みが消え、そこに現れたのは、苦しみを、いくつかも通り抜けてきた、若くない男の貌だった。
 老いが、皮膚の上に刻みつけられる、ほんの一瞬前に、時間を止められてしまった体。
 同じように切り刻まれ、引きずり出され、押し込まれ、異物として生まれ変わってしまった、目覚めの時の驚きまで、同じだったのだろうか。
 見下ろした、機械と生身──に、見えるだけではあったけれど──の入り混じった体を、叩き壊してしまいたいと、ハインリヒが思って、その心すら閉ざしてしまったように、グレートも、今は、形を自在に変えることのできる新しい体の中で、一体己れが何者なのかと、悩む心を抱えているのだろうか。
 それ以上、しわの深くなることはない、笑い顔の下で、涙もなく、泣くことがあるのだろうか。
 自嘲と冷笑以外、今は唇を歪めることさえないハインリヒは、ほんとうに、人形そのままのような表情で、ただの機械になろうと、なってしまった方が楽だと、自分に言い聞かせ続けている。
 グレートの瞳が動いて、ハインリヒの、人工皮膚の剥がれた、顔の右半分と、まだ普通に見える左半分を、交互に見ているのだと知れる。
 ハインリヒの、壊れてしまっている体を眺めながら、痛々しい表情を浮かべるくせに、そこから視線を外そうとはしない。
 むしろ、ぱっくりと切り裂かれた、自分の体の内側をのぞき込んで、見据えるように、何かを見極めようとでもするかのように、グレートは、ハインリヒを見つめ続けていた。
 ついに、沈黙に耐え切れず、やはり口を開いたのはハインリヒの方で、グレートの視線を避けるように、吹き飛ばされてしまった右腕に、左手を添えて、叫ぶように、言った。
 「あんたは──あんたは、どうして、そんな目で俺を見る? 俺が、珍しい見世物だからか? 世にも珍しい、兵器まみれの人形だからか? 壊れるくせに、壊すために改造されて、こんな俺を、あんたは、憐れんでくれるのか?」
 人工声帯から、しぼり出した声が、ひび割れて、耳の奥にまた、さらに雑音が混じった。
 聞き取りにくい声は、それでもグレートにはきちんと届いたのか、ひくりと肩が揺れたけれど、相変わらず視線は揺るぎもせず、表情も変わらない。
 ジジッ、ジジッと、回路が焼き切れるような音が、体の奥で響き始めていた。
 両腕を、だらりと体の脇にたらし、グレートは、ふと眉の間にしわを寄せて見せる。
 すうっと、息を吸い込んで、言葉を吐き出す唇の動きを、ハインリヒは視線で追った。
 「機械の人形なのは、おまえさんだけじゃないだろう、死神どの。」
 グレートに向かって、突き出すようにしていたあごを、思わず胸元に引き寄せ、ハインリヒは壁から少し離れていた背中を、とんと、元に戻した。
 破壊のための兵器人形に、与えられた呼び名だった。ナンバーで呼ばれることと、死神と呼ばれることと、どちらがどれだけましかと思って、どちらにも吐き気を覚えながら、けれど、アルベルト・ハインリヒと言う、生身の、ほんものの名前を名乗ることは、また同時にためわれていた。
 死神と言う、肌に粟の立ちそうなその呼び方を、グレートはさらりと口にする。元から芝居がかった口調に、その呼び方は決して大げさにはならず、奇妙に冗談めいて──冗談になるはずもないにも関わらず──聞こえることに、ハインリヒは、気づいていた。
 けれど今は、冗談のその気配はなく、むしろ、ハインリヒに、自覚などしたくもない現実を、まざまざと思い知らせてくれる。
 おまえは誰だと、声がした。
 機械なのか、人間なのか。人殺しなのか、聖人なのか。生きているのか、死んているのか。
 吹き飛ばされ、引きちぎれ、ひしゃげた体でここに佇んでいる。
 体の中に、無数の回路と金属片を抱え込み、破壊のために、生み出された。生まれ落ちたのは、間違いなく、人間の、生身の母親の腹からだ。けれど、生まれ変わったのは、硬い白い、手術台の上でだった。
 目覚めて、そこに、人ではない己れの姿を見出して、そして、普通に死ぬことはできないのだと悟った。
 死すら、この醜い身には、許されない。
 死神を名乗りながら、死から、もっとも遠いところへ連れ去られ、置き去りにされたのだと、悟って、そこには、絶望が在った。
 そして、絶望は、常に"人の"友であるはずだった。
 人と機械の、その混沌とした境界で、それでも己れを見失いたくないという、わずかな、弱々しいその希望のために、ハインリヒは、機械になりきることを選んだ。
 絶望がある限り、自分の中の、人である部分は死なないのだと、そして、機械である限り、死なせてはもらえないのだと、喜ぶべきなのか、悲嘆にくれるべきなのか、その両方がない交ぜになった心を抱えて、ハインリヒは、笑うことを忘れた。
 俺は機械だ。俺は兵器だ。
 けれど、そんな自分を、醜いと、死ぬほど嫌悪することは、やめられない。
 機械にすり替えられ、人の形をした兵器に改造されてしまったその内側で、硬い鋼鉄に包まれながら、まだ生身のまま、やわらかな心が、今はもう、どこまでが自分自身で、どこからが機械なのか、わからなくなってしまったこの存在を、忌み嫌うことを、やめてはくれない。
 殺したいほど憎いと、自分のことを、思う。
 そうして、こんな自分を、わざわざ助けるために、探しにやって来たグレートを、思うさま罵ってやりたいと思う。
 グレートが、胸の前で、両腕を組んだ。
 かすかな、ため息の音が、聞こえた。
 「まったく、おまえさんと来たら・・・」
 諦めたような、呆れたような声と同時に、ぐにゃりと、グレートの輪郭が歪む。ひしゃげた形に、くねくねと線画動いたかと思うと、また元通りの人の形に戻って、そして、そこに、ハインリヒが現れる。
 斜めに肩を下げ、上目遣いになるほど、あごを引き、両腕を、しっかりと胸の前に組んで、その薄い唇は、自分が思っていた以上に、皮肉笑いに歪んでいた。
 驚いてから、まるで打たれたように肩を後ろに引き、ハインリヒは、自分そっくりに化けたグレートに向かって、思わず叫んでいた。
 「やめろ! 俺になんか化けるな!」
 ふふっと、唇を動かさずに、グレートのハインリヒが嗤う。
 手足のすべてそろった、焼け焦げひとつない姿で、壊れた人形のように、引きちぎれた姿で、地面に坐ったままの、ほんもののハインリヒを、まるで蔑むように、見下ろしている。
 唇と、全身が、悔しさで震えた。
 どうしてグレートが、惨めな姿でいるハインリヒを、嘲笑するような真似をするのか、わからなかった。
 グレートのハインリヒは、どうだ、と見せびらかしでもするように、組んでいた腕を解き、体の横で、大きく開いて見せる。皮肉笑い──ほんものの、真似をしているだけなのだろうけれど──は、今は、奇妙な苦笑に変わっていた。
 「自分の姿を、こうやって見るのさえ、いやかい。」
 耳の奥で直接聞く自分の声とは、少し違ったけれど、グレートの声でもないそれは、ハインリヒの声に、違いなかった。
 壊れていない声帯は、雑音もなく、きれいな声を、滑り落とす。
 目の前に立つ、グレートが化けた、自分の姿を見上げて、ハインリヒは、ぎしりと奥歯を噛んだ。
 同じ姿──一方は、五体すべてそろい、一方は、あちこち壊れて──で、ふたりはまた、黙って見つめ合った。
 また風が吹き、黄色いマフラーと、銀糸の髪が、ばさりと舞う。
 埃とオイルにまみれた、ハインリヒの銀の髪とは違って、グレートのハインリヒの髪は、光を集めて輝いてさえいた。
 「・・・じゃあ、あんたは、俺を連れに来た死神か・・・?」
 虚勢だと、すぐにばれるだろうと知っていて、それでも、精一杯の皮肉笑い──いつもの、馴染みの表情──を浮かべて見せた。
 まるで、表情が入れ替わったように、今度はグレートのハインリヒが、驚きに、薄い唇を突き出す。
 それから、少なくとも、冗談めかしたやり取りが始まったことに安堵の苦笑を混ぜて、唇の端が持ち上がる。
 「にせものじゃあ、おまえさんを連れて行けるところは、たかが知れてるがね。」
 喋りながら、聞きながら、ハインリヒは、少しずつ、確実に増えて大きくなる、体の内側の雑音に、耳を澄ませていた。
 「おれたちには、ほんものの死神が必要なんだ。これ以上、にせものなんか、必要ないだろう?」
 グレートのハインリヒが、一歩、前に足を踏み出した。
 「おれじゃあ、駄目なんでね。」
 目の前に、影のように、軽く胸を反らして立つ、自分の姿を、首を伸ばして見上げた。
 洗いざらしのように、色の薄い自分の姿は、ひどく現実離れして見えて、そこだけ鉛色の、マシンガンの右手だけが、奇妙に現実味を帯びて見えた。
 グレートの──にせものの──ハインリヒは、にっこりと微笑んで、その右手をゆっくりと、ほんもののハインリヒに差し出してくる。
 鉛色の、ほんものなら、硝煙の匂いの染みついているその手は、今、ハインリヒを、現実に引き戻そうとしていた。
 差し出された掌を眺め、また、自分そっくりに化けたグレートを見上げ、ハインリヒは、ジジッと混じる雑音に負けないように、腹の底から声を出した。
 「"生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ"(ハムレット)。」
 声が、張りつめて、そして、瓦礫の風景の中に、四散してゆく。語尾は風にさらわれ、けれど、その意味深さは、きちんと、グレートの耳に届いたはずだった。
 ハインリヒを模した姿が、不意にぐにゃりと歪んだ。歪んで、ひずんだ空間を切り取ったような輪郭が、また元に戻り、どうしてか、今ひどく懐かしい気のする、元のグレートに、戻る。
 再び現れた──ほんものの──グレートがは、ハインリヒに向かって手を差し出したまま、にっこりと、優しく微笑んでいた。その、微笑みをたたえた唇が、通る声をすべり落とし、空気が、低く震えた。
 「”臆病者どもは、己れの死の前に、死を何度も経験するが、勇気ある者は、ただ一度きり、死を味わうのみ”(ジュリアス・シーザー)。」
 どうだと言いたげに、片方の、ほとんどあるとも言えない眉が、得意そうに上がる。
 やり込められたのだと悟って、ハインリヒは、張りつめていた気を一気にゆるめて、そして、はあっと、ため息を吐いた。
 全身から力が抜け、がくりと首を前に折って、それから、頭を振りながら、笑った。
 何かするたびに、ジジッと音を立てる体の内側からこぼれ出る、大きな笑い声を止められずに、ハインリヒは、腹の底から笑っていた。
 あははと、風にさらわれる声が、四方に広がり、頭を上げ、首を伸ばし、大きく口を開けて、人工皮膚の破れ、たれ下がった顔を、目の前のグレートから今は隠しもせず、ハインリヒは笑った。笑いながら、泣いていた。
 涙は、左の目からしかこぼれず、それを、左手の甲で拭って、笑いをようやく止め、口元が笑い、目元で泣く、奇妙な、けれどどこか晴れ晴れとした表情で、ようやく、差し出されたままだったグレートの手に向かって、ハインリヒは、左手を差し出した。
 グレートは、気難しい主人を、ようやく笑わせた道化役者のように、満足げな、安堵に満ちた瞳を向けて、うやうやしくその手を取る。
 片手に、その手を取り、空いた手を腰の後ろに回し、体を前に傾けて、おごそかな仕草で、グレートは、涙の味──やはりそれは、塩からいのだろうか──のするだろう手の甲に、そっと唇を押し当てた。
 「御意のままに、死神どの。」
 上目に、はしばみ色の瞳が動く。
 その瞳にまた、尊大なふりで微笑みを返し、ハインリヒは、グレートの芝居の幕が下りたことを知る。
 拍手をしようにも、両手がない。直してもらわなければと、思って、この男には、永遠に──文字通り、永遠に──勝てないのだと、思い知る。
 「さて、帰ろうぜ。」
 いきなり、いつもの剽軽な声に戻ると、くるりと背を向けて、グレートはハインリヒの前にしゃがみ込んだ。
 両手の腰の辺りに真っ直ぐに伸ばし、早く、とそこで手招きする。
 背負ってやるからと、促されているのだと悟るまでに、一瞬かかった。
 戸惑って、けれど素直に壁から背中を剥がし、ずずっと地面を滑って、グレートの肩に、残った左腕を伸ばした。
 グレートの手首が、腿の下に回って、首にしがみついた途端に、意外と軽々と、体が宙に浮いた。
 「重いな、おまえさん。」
 しかめた横顔を、肩越しに振り向けて、グレートが言う。
 「当たり前だ。何しろ、兵器貯蔵庫だからな。」
 首を絞めないように気をつけながら、左腕を胸の前に回し、しっかりと胸を背中に乗せた。
 グレートが、横顔を向けたまま、ほんの一瞬だけ、淋しそうに微笑んだ。
 「・・・重いのは、それだけじゃないさ。」
 ハインリヒの、返すはずの言葉は、風に吹かれて消えた。
 一度、乗せた胸を、軽く背中から浮かせ、自分を背負って運ぶために、少し前屈みになった肩の、意外に薄い線を眺める。そこに背負っているのが、ハインリヒの壊れた体だけではなく、何か別の、誰も知らないものなのだと思って、そして、自分の肩に乗った、似たような重さのことを思った。
 まだ、涙に汚れたままの左の頬を、そっとグレートの首筋にこすりつけて、重い、壊れた体を背負って歩き出すグレートの、足元に転がる瓦礫の山が、次第に遠ざかるのを横目に見ていた。
 揺れるその背のぬくもりに、耳障りな体内の雑音も静まる頃、グレートが、のんびりと歩きながら、口笛を吹き始めた。
 突き出した唇が奏でる、どこかで聞いたことのあるメロディーは、吹く風に乗って、どこまでも運ばれてゆく。
 繰り返し繰り返し、同じメロディーを吹き続けるグレートの背の上で、風の中に消えてゆくその音を追いながら、時折、ジジッと体の中で鳴る音を、耳が拾う。
 拍手を送る両手がないことを、また残念に思いながら、グレートの胸の前に回した左手に、ぎゅっと力を込めた。

* 2003年発行、74アンソロ「Prosit!」から再録。
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