Possession



 ジェットがシャワーを浴びている時は、すぐにわかる。
 部屋のドアから、ふらふらとあちこちに、気まぐれに歩き回った跡をたどると、最後にはバスルームの、半開きのドアの前まで、ぽつんぽつんと服が落ちている。
 その跡を追って、床に放り出されているひとつびとつを、苦笑いしながら拾い上げる。
 バスルームのドアからは、水音と白い湯気がもれていて、服の持ち主が、その中の気配を、ドアの外に伝えていた。
 腕の中の服には、まだ、ほの暖かく体温が残っているような気がして、ハインリヒは、意味もなく頬を赤らめた。
 靴下と、大きなバスケットシューズは見つかったのに、下着が見当たらず、ハインリヒは、部屋中を見回した。
 拾い集めた服を、ベッドの上に置いて、ベッドの下までのぞき込んだけれど、それらしいものは見つからず、床にしゃがみ込んだまま、また、見える範囲で、部屋の床を見渡した。
 それからようやく、服の山の中の、デニムの布地に目を止めて、ジーンズをはく時には、時々下着を着けないことがあることを思い出す。
 信じられん習慣だな。
 初めて、服を脱がせながらそれに気づいた時、思わず手を止めて、ハインリヒはそう言った。
 ジェットはへへっと笑って、けれど照れる様子もなく、止まったハインリヒの手を取って、ジーンズの中に、その手を、自分のごともぐり込ませた。
 脱がせる手間が少なくていいだろ。
 返事をする前に、唇をふさがれた。
 確かに、と思う。
 抱き合って、腕を伸ばし、腿から腰に手を滑らせる時に、固い、青い布地のすぐその下に、素肌を感じるのは、素直にそそるものがあった。
 扇情的とでも言えばいいのか、淡い緑の瞳を潤ませて、見下ろしながら、誘う。
 隠すこともなく、ひどく直接的に、欲しいと伝えてくる。
 オレは、アンタみたいに、禁欲的なふりした偽善者じゃないんだ。
 冗談めかしてそう言われ、見解の相違だなと、腹を立てることもしなかった。
 過程が大事か、結果が重要か。それだけの違いだ。たどり着く先がわかっているなら、たどり着いた先に何が待っているのか、知っているなら、それを手早く手に入れようとするか、わかっているからこそ、手に触れるまでの手順を、あちらこちらと試してみるか、単なる趣味の違いだと、ハインリヒは思う。
 床からようやく起き上がって、ベッドの上の、ジェットの服の山に手を伸ばした。
 ジーンズを、そこから抜き取って、ふっと気まぐれを起こして、自分の腰に当ててみた。
 見下ろすと、サイズは変わらないように見えるけれど、明らかに、少し長い。腰の位置がやたらと低いくせに、少し丸く、白くなっている膝の位置はあまり変わらず、けれど、裾が、床を泳いでいた。
 ちょっとだけ、ふん、と思ってから、ジェットの、手足の長さを思い出す。細く、しなやかに、長い手足。その手足が、自分を巻く。絡んで、引き寄せる。
 自分のよりは、いくぶん薄い体。そいだような腰と、けれど、弾き返す硬さの、腹筋と、そこからするりと落ちてゆく、なめらかな、下腹への線。
 ジーンズは、まるで、ジェットの素肌のようだった。
 肌に直接、何の隔てもなく、この固い布をまとうのは、一体どんな感じなのだろうかと、ハインリヒは思った。
 ジェットのジーンズが、はけるだろうかと思ってから、そんなことは、実はどうでもいいのだと、不意に気づく。
 シャワーの水音は、まだ続いていた。
 いつだって、きちんと石鹸の泡を流さずに出て来る。濡れたままの髪を、拭きもせずに出て来る。
 靴を、脱いだ。靴下も、脱いだ。
 素足で、バスルームの方へ歩いてゆきながら、片手に、ジェットのジーンズを引きずったままでいた。
 このジーンズを濡らしたら、ジェットは怒るだろうかと思いながら、声もかけずに、半開きのドアに手を伸ばす。
 ちゃんと、石鹸の泡を、流してやらないと。髪も、拭いてやらないと。
 言い訳だと、内側で声がした。
 禁欲的なふりをした、偽善者らしいからな。
 苦笑いが、口元に浮いた。
 このジーンズに、少し前まで包まれていた、今は濡れているジェットの素肌に、触れたいと思った。
 ジーンズに、ふと、嫉妬する。
 ドアを押し開けながら、ばさりと、足元に、ジーンズを落とした。
 ドアの中に入りながら、振り返って、ジーンズを、軽く蹴る。蹴って、ドアから遠去ける。
 それから、ドアを、きっちりと閉めた。


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