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 真夜中をとうに過ぎ、けれど夜明けは、まだ遠い時間だった。
 すべてのものは寝静まり、深い闇の中へ、ひっそりと沈み込んでいる。


 さて、と004は、何気なく腰にあるスーパーガンに触れた。
 「そろそろだな。」
 傍に横たわった002に、ひそめた声で言った。


 黒く汚れた頬と防護服。生気の乏しい膚の色は、循環液を大量に失ったせいだった。
 右足は、腿からちぎれている。爆発に巻き込まれて、吹き飛ばされたのが、昨日の戦闘中のことだ。
 空も飛べず、加速装置も使えない。
 仲間からはぐれ、ふたりきり、敵から逃れて、何とか身を潜めて、危険をやり過ごした。
 他の連中はすでに遠くへ逃げたのか、脳波も届かず、できることと言えば、安全と思える時間に、002を抱えて逃げることだけだった。


 「ドルフィン号を見つけるのは、そう面倒じゃない。敵に見つからずに森を脱け出せるように、祈るしかないな。」
 冗談めかして、それでも目の色は真剣なまま、004は言った。
 「アンタの足が、マッハ並みなことを祈るよ。」
 「うるせェ。」
 ふたりで、声をそろえて笑う。


 002が、004に向かって、手を伸ばしてきた。
 それを、励ますように、力づけるように握ってやると、002が目を細める。


 「なあ、アンタ、神さまって、信じるか?」
 唐突な問いに、004が、闇の中でもそうとはっきりわかる、怪訝そうな表情を見せた。
 002が、唇の端で笑う。
 「空を飛んでて、この上に天国があるのかって、時々思う。でも、オレたちは、そこへは行けない。」
 「おまえはともかく、俺はムリだな。人殺しは、門前払いだ。」
 「アンタなら、こっちから願い下げだって言うくせに。」
 また、002が笑う。その通りだと、004も唇を歪めた。


 手をつないだままで、002は静かな声で話し続けた。
 「神さまが何にもしてくれないなら、オレたちは自分で何とかするしかない。愛も許されないオレたちは、そんなものも信じられない。そしてオレたちは、間違いなく、天国なんかじゃ歓迎されない。」
 淋しげな、声だった。


 「オレたちが戦ってるのは、何の為なんだろう。神さまが何とかしてくれるって、ガキの頃に言われたのは、一体何だったんだろう。愛さえあれば何とかなるって、みんな言った。でも、何にも起こらない。悪くなるだけだ。どうして神さまの代わりに、オレたちがこんなふうに傷つかなくちゃならないんだろう。」


 「俺たちが諦めたら、もっと悪くなるからさ。」
 静かに、きっぱりと、004は言った。


 「俺たちは、誰の為に戦ってるわけじゃない。俺たち自身の為に、戦ってるだけだ。神だとか愛だとか、そんなおためごかしは、俺たちには必要ない。そうだろう? 俺たちは、自分の仲間を助けるためだけに、こうして戦ってる。俺は、おまえのために、おまえは、俺のために。そうだろう?」
 004が、ひどく優しい笑顔を見せた。
 それにつられて、002が、安心したように微笑む。
 「俺たちは、正義の味方なんかじゃない。俺たちは、ただ静かに生きたくて、そのために戦ってるだけさ。神さまなんざ、知ったこっちゃない。天国で、俺たちが歓迎されないなら、俺たちは地上で、ここで生きるしかないんだ。」
 ああ、そうだな、と002はつぶやいた。


 ふたりは、同時に黙り込んで、ふと見つめ合った。
 もう一度、力を込めて002の手を握ってから、004は、辺りの様子をうかがった。
 「さて、そろそろおしゃべりはよして、出発した方がよさそうだ。」
 002を抱え上げると、身を低くして、もう一度、004は周囲を見渡した。
 「喋るなよ。舌、噛むぞ。」
 「ああ、わかってるよ。」
 002が、004の首に両腕を回し、ぴったりと体を寄せて、固く閉じた唇を見せた。その唇は、少しだけ笑っていたけれど。


 「俺たちは生き延びるさ。たとえ、神が滅びたって。」
 ひとり言のように、最後に004が言った。
 004の肩に額を寄せ、002が小さくうなずく。


 闇の中へ、駆け出した先は、生き延びるための希望。ふたり分の。
 樹々をよけて走りながら、ふたりの後ろで、夜目にも鮮やかな黄色いマフラーが、冷たい夜の空気の中に、まるで生きているようになびいていた。




ホヤウカムイさまへ、勝手に捧ぐ。
娯楽室の、イラスト「The Cyborg Soldier」へのオマージュ・・・のつもり(泣笑)。
ああああ、自分の表現力と想像力の欠如に落涙。すいません。


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