Points Of Authority
どうしてこんなに、愛しいんだろう。
触れたくて、手を伸ばす。アンタが、オレに振り返る。アンタは表情も変えず、けれどオレの手を振り払うでもなく、また、横顔を向ける。
拒絶ではない。
オレがアンタを欲しいと思うほど、アンタがオレを欲しがってるのか、それは知らない。
確かなのは、アンタの機械の腕の、冷たさと硬さだけ。
腕に触れる。振り返れば、おまえがいる。
切なそうに、いつも唇を結んで、けれど瞳が、何よりも雄弁に語っている。
傷を舐め合うのは、嫌いだ。惨めすぎるから。
機械になった体を慰め合って、互いの不幸を嘆く気にはならない。
それでも、おまえの瞳の熱に、思わず我を忘れることがある。
平和な時に、夜はいつも静かだ。
夜通し見張りに立つこともないし、防護服を着たまま、どこかの空の下で眠る必要もない。
アンタの指から、硝煙の匂いが消える。笑顔が、穏やかになる。
だからオレは、平和な時を恋しく思う。アンタが、優しくなるから。
夜の間にこっそりと、声を殺して抱き合う。静かに、誰にも聞こえないように。
アンタの掌に触れる。硬い、金属の手。口づけて、そして舌を滑らせる。
空を飛びたいと、思ったことはあったろうか。
雲の間を抜けて、地上を見下ろしたいと、願ったことはあったろうか。
軽々と宙を舞い、澄んだ空気に包まれたいと、望んだことはあったろうか。
空の青さは、一体どこまで続くのだろうと、上を見上げて考えたことはあったろうか。
おまえに訊いてみたいと思いながら、なぜかまだ、果たせずにいる。
空を飛ぶおまえを見るのが、好きだと、言ったことがあったろうか。
血も通わない体で、オレたちは、それでも膚を合わせる。
ほんものでない、人工の皮膚。触覚だけを信じて、次第に熱くなる、よくできたにせものの皮膚。
まるで、オレたちそのもののように。
それでも、アンタだ。機械だろうと、プラスチックの皮膚だろうと、それが、アンタだ。オレの知っているアンタは、生身の体を失った、サイボーグだ。
そんなアンタを愛しいと思うのは、間違いなんだろうか。
愛さえ許されないオレたちは、それでも、愛のまねごとを繰り返す。
古い記憶を頼りに、まだ生身の頃、確かに触れ合わせた、ほんものの皮膚の感触を思い出しながら、互いを探る。
時には失望と、時には絶望と、時にはほんの小さな喜びと、時には微かな希望と、そんなものを混ぜ合わせて、オレたちは、肌を合わせる。
まねごと。にせもの。オレたちに許される、唯一のもの。
それでも、ないよりはましだと、オレはアンタに言う。アンタは、そんなオレに、ひどく悲しい瞳を見せる。
おまえに触れる。少なくとも、生身に見える、その躯に、指を滑らせる。
皮肉なことに、その指先は、にせものの皮膚さえなく、機械が剥き出しのまま、乱暴にすれば、おまえの皮膚を破りかねない。もし、おまえの皮膚が、ほんものなら。
にせもの同士。すべては、偽り。真似事。ごまかし。
愛を口にするおまえは、滑稽なほど真摯で、その必死さに引きずられているふりをして、俺は、いつも自分から目を反らす。
愛を信じたがっているのは、おまえではなく、この俺自身なのに。
愛を、にせもの呼ばわりして、嘲笑う。
皮膚も体液も、熱も、どれもほんものではなく、そこに発生する愛しさすら、ほんものだとは思えない。
思えないのは、俺自身の弱さだと、おまえの屈託のない笑顔が、いつも思い知らせてくれるけれど。
最期に触れた人の膚は、暖かだったろうか。それとも、死人のそれのように、青冷めて凍りついていたのだろうか。
少なくとも、ほんものの皮膚。俺たちが失くしたものの、ひとつ。
それはもう、二度と戻ってくることはない。俺たちが、愛することを、奪われたように。
おまえに触れる。少なくとも、生身に見える、その躯に、指を滑らせる。
皮肉なことに、その指先は、にせものの皮膚さえなく、機械が剥き出しのまま、乱暴にすれば、おまえの皮膚を破りかねない。もし、おまえの皮膚が、ほんものなら。
にせもの同士。すべては、偽り。真似事。ごまかし。
愛を口にするおまえは、滑稽なほど真摯で、その必死さに引きずられているふりをして、俺は、いつも自分から目を反らす。
愛を信じたがっているのは、おまえではなく、この俺自身なのに。
愛を、にせもの呼ばわりして、嘲笑う。
皮膚も体液も、熱も、どれもほんものではなく、そこに発生する愛しさすら、ほんものだとは思えない。
思えないのは、俺自身の弱さだと、おまえの屈託のない笑顔が、いつも思い知らせてくれるけれど。
最期に触れた人の膚は、暖かだったろうか。それとも、死人のそれのように、青冷めて凍りついていたのだろうか。
少なくとも、ほんものの皮膚。俺たちが失くしたものの、ひとつ。
それはもう、二度と戻ってくることはない。俺たちが、愛することを、奪われたように。
愛は決して不可能じゃない。ただそれは、少しばかり違う形をしている。
おまえのからだ。人間でもなければ、女でもない。俺たちは一体、何をしている?
好きだと思う気持ち。触れたい。もっと知りたい。相手と自分が、まるで隔てもなく、ひとつになったように、感じたい。
触れ合うことは、錯覚だ。俺たちは、何も生み出さない。俺たちは何も、生み出せない。
それでも。オレはアンタに触れていたい。欲情とか愛とか、名前がいるなら、アンタが考えればいい。
にせものの熱情の後に来るのは、いつも絶望だ。
明日の絶望のために、今日の希望を捨てる必要はない。
抱きしめる。まるで、おまえそのものが、失いたくない、希望や夢、そのものであるかのように。
現実から目を反らしているだけなのだと、俺の中の誰かが囁く。今さら、夢や希望を信じるのは、愚かなことだと、俺を嘲笑う声が聞こえる。
自分を、この世界に繋ぎ止めるために、おまえが、まるで、俺が"生きている"この世界そのものであるかのように、俺はおまえと繋がろうとする。
躯を繋げて、心の片端を、結び合わせようとする。
俺は、そして、生きている。
アンタを抱きしめて、アンタが眠ってしまうまで、俺はアンタを眺めていよう。
せめて安らかな夢をと、空のどこかにいる神さまに、祈る。
苦痛に満ちた瞳を閉じて、子どものように体を丸めて、眠りに落ちるアンタを、まるで守るように。
確かに存在する、何か。
愛と呼んでも、まねごとと言っても、大した違いはない。大切なのは、オレたちが、一緒にいるということ。オレたちが、一緒の生きているということ。
アンタの明日が、希望に満ちたものでありますように。
アンタの眠りが、優しい安らぎをもたらしますように。
アンタのすべてが、オレとともにありますように。
アンタの傍にいるのが、また明日、オレでありますように。
アンタのために、オレが生き延びることができますように。
アンタの死が、永遠の先にありますように。
アンタが、アンタでありますように。
アーメン。
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