prologue...
−2月5日、ここに来い−

2月2日にアルベルトがいきなりジェットに送りつけてきたfaxの示していた場所は、何時か夏に行ったことのある、日本にある貸し別荘だった。
この冬に雪山の中かよ!?
一瞬、"行きたくない"と思いかけたくらい、夏場のその別荘地帯は涼しかったと記憶していて、ジェットはfaxの紙を握ったままブルッと身震いした。
N.Y.だって暖かい場所じゃない。その上で更に寒い場所へ来いと言うアルベルトの気が知れなくて、愛されてないのかも……と落ち込み、ぼんやりともう一度、手にした紙を眺めて、ふと気付いて、慌てて端のほうに書かれた走り書きを読む。

−誕生日を祝いに行ってやれなくてすまない−

愛されてんじゃん! 俺!
どうやら2月2日の埋め合わせに、急いで週末の滞在先を確保してくれたらしいその一文に、それならばスキー場もないような雪山の貸し別荘でも仕方ないかと納得して、fax用紙を抱きしめた。
そして、ひとしきりくしゃくしゃになった紙を抱きしめた後、バイト先に電話して週末の休みをもぎ取り、いつもドイツへは自力で来るなとうるさいアルベルトに配慮して、日本行きのフライトの空席を確保して、クローゼットを漁って、比較的まともなシャツとジーンズを掴んでランドリーへ走った。
準備はO.K.

そして週末。
あまりの空港からの遠さと交通の不便さに、何度も挫けそうになりながら、あまりの雪の深さに何度も遭難しそうになりながら、ジェットはやっと、その山小屋に辿り着いた。
山間の早い夕暮れの中、開けた扉の中から零れだす灯りが暖かく、冷え切ったジェットの身体を包む。
温まった空気の中、パチパチと燃える暖炉の側に立つシルバーブロンドの男が、ゆっくりと振り返った――。

 

 

 

 

「遅かったな」
「悪ぃ、雪が思ったよりすごくてさ」
ジェットは自分のびしょ濡れになって、色の変わったジーンズを指差した。
その様子に、遅れたのを咎めるでもなく、ハインリヒは小さく笑った。
「お前は街育ちだから、慣れてないんだろう」
「NYにだって雪くらい降るさ。ただ膝まで埋まるようなのはめずらしいけどな」
「どうせ靴の中までびしょぬれだろ。早く脱いで、こっちに来い」
ハインリヒは暖炉の前の温かく、熱が伝わってくるスペースを空ける。
「…なぁ、靴はともかく、ジーンズまでここで脱いでいいのか?
それともここで今すぐオッケーって誘ってるワケ?」
ジーンズのボタンに手をかけたジェットに「馬鹿!」という声が飛んでくる。
「2階の右側の部屋に行って着替えてこい。左側の部屋は俺が使ってるから入るなよ」
「ヘイヘイ」
せっかくの招待主の機嫌を損ねないよう、ジェットは素直に言葉に従うことにした。
別に到着後の抱擁と熱いキスを期待していた訳じゃないけどさ、とこっそり呟くことは忘れなかったが、それをハインリヒが聞いていたのかは定かではなかった。
雫を撒き散らしながら階段を上り、大人しく右側の部屋のドアを開けようとして、ちらりと左に目をやる。見るなと言われると見たくなるのが人間の性分って奴だ。
ジェットは足を向けかけて、それから自分の行動の痕跡が余すところなく残ってしまうと言うことに気付いて、ひとまず着替えを先にすることにした。
適当に突っ込んできた荷物の中までなんだか湿っている気がする。
服を脱いで少し考える。
ドアを開け、階下に向かって呼びかける。
「シャワー使える?」
「当たり前だ」
何故か不機嫌そうな声が返ってくる。
着替えを抱えて裸のまま下へ降りると、自分の濡らした床を、ハインリヒが拭いているのが目に入った。
不機嫌の理由はこれかと、ジェットは内心で呟いて、俯いているハインリヒの白いうなじに軽くキスをした。
「手伝わないならどいてろ。」
邪険に、腰に回そうとしていた腕を振り払われ、ジェットは、ちぇっと唇を突き出して、まだ濡れた髪を拭いながら、それ以上ハインリヒの機嫌を損ねないように、素直にそこから離れた。
暖炉の前の、ハインリヒが坐っていただろうクッションの、少しへこんだところに手を乗せて、まだ床をきれいにしているハインリヒの背中を眺めてから、ジェットはわざとそこに腰を下ろした。
暖炉の前はもちろん暖かかったけれど、それ以上に、あるかないかの、かすかなハインリヒの体温を感じているような気がして、ジェットは、片方の膝を胸の前に引き寄せて、聞こえないようにため息をこぼす。
ふたりきりだなと思って、もう一度、ハインリヒの方を見た。
せっかくの、こんな時だと言うのに、頑なに不機嫌なハインリヒの背中に、どう声を掛けていいか今はわからず、いつもの軽口も出ないまま、ジェットは、自分のために並べてくれたらしいもうひとつのクッションを、所在なさげにぽんぽんと叩く。
ハインリヒのとりつくしまもない態度が、薄いセーター越しに触れた、裸の胸のせいなのだと、ジェットが知る由もない。
今も、こちらを一向に見ようともしないハインリヒが、かすかに濡れたジェットの、薄く筋肉の浮いた胸や腹に、目のやり場に困っているのだと、ジェットに自覚があるはずもなかった。
もう一度、ぽんぽんとクッションを叩いて、そうして、床から体を起こしたハインリヒがこちらへ来る足音が、やっと斜め後ろから聞こえて、ジェットは、自分ではそうと気づかないままで、少しすねた表情を浮かべて、肩越しに振り返っていた。
「なぁ…」
気まずい雰囲気を変えようとした声はそこで遮られ、濡れた髪の上からパサリと乾いたタオルが降ってきた。
ジェットの視界は白く埋まった。
それはこの別荘にたどり着くまでの道中、吹雪で白く染まった景色に似ていたが、違うのは温かさだ。
隣のクッションに座る気配。触れ合う硬い肩。
タオルの上から撫でるようにかき混ぜられる、その指の感触に、ジェットは思わず首をすくめた。
「なんだよ…」
「…ちゃんと拭け」
タオルの隙間から盗み見ると、先程とは打って変わったように穏やかな表情のハインリヒの白い頬が、暖炉の炎に照らされて赤く染まっていた。
互いに別の土地で暮らしていた時間を少しずつ埋めるように、二人の体温が少しずつ、ジワリと上がる。
タオルを被ったまま表情を見せずに、ジェットは眼の奥で笑った。
「ジェット、おめでとう。少々遅くなってしまったが…」
白い視界の向こうから、ハインリヒの柔らかな息づかいが聞こえる。体温はハインリヒの服をすり抜け、直接触れているようだ。
「サンキュ。来るのにちょっと手間取ったけど、着いた先にこんなプレゼントが待っていると思えば、願ったりさ。すげえプレゼント、くれるんだろ?」
「うるせぇ」
ハインリヒは白いタオルでジェットを更に包みこんだ。
ジェットは形のいい唇から、苦しそうに息をする。
躊躇するような一瞬の後、唇にハインリヒが触れるのをジェットは感じた。
一瞬の躊躇が、かえってインパクトを強くする。
瞬時にして跳ね上がった体温が、布越しのもどかしさを通して、体中に広がる。
タオルは剥ぎ取らずに、ジェットも躊躇いをかなぐり捨てて、ハインリヒに指を伸ばした。
見えない視界の中、指先で首筋を探り、這わせて、頬までの距離を滑るように愛撫する。
それを止めようとするかのようにタオルを抑えていたハインリヒの手が離れて、それでいながら唇の温もりは遠くならないまま、被されていた布が滑った。
間近で出会う、互いの眼差しが近く、タオルで隠していた表情が近く出会って、一瞬、音がなくなったような気がした。
唇が、離れて、落ちたタオルの後、直に触れ合う。
だがそれも一瞬で、ハインリヒはふいっと顔を逸らせてソファーから立とうとした。
「これだけ?」
その腕を捕らえて引き留め、ジェットは上目遣いに訊ねてみせる。
無言の間の後、小声で「好きにしろと」という言葉がハインリヒの口からこぼれて、暖炉の火が映りこんだようなその顔に、ジェットは大きく笑って見せた。
「じゃあ、雪」
雪の見えるところへ行こうと、カーテンの引かれていない窓辺へ、ジェットはハインリヒを誘った。
「お前、裸じゃないか」
「大丈夫、見てる奴なんて、誰もいないから」
「いや、そういう問題じゃなくて…」
いまだに人前で平気で肌を晒すジェットの習性が理解できないハインリヒは、ため息をつくとジェットに引かれるまま窓辺に行った。
カーテンのない出窓の外には、モノトーンの景色が広がっている。
「わ、オレの足跡が消えてる!」
ジェットがやってきてからのわずかな時間の間で再び降り出した雪に、足跡というより道筋はすっかり消されていた。
「…何だか、世界には俺達だけしか存在しない気分になるな」
ふとそんな言葉をハインリヒが口にする。
「ああ…いいね、ソレ。だったら、他の奴なんて気にしなくていいだろう?」
誘いかけるジェットの視線に、ハインリヒは唇を少しだけ噛んだ。
「………お前は寒くないのか」
「だって、アンタが熱くしてくれるんだろう?」
少し低い位置にあるハインリヒの肩に手を置く。
抗われるかと思ったが、ハインリヒはジェットの手に自分の手を重ねただけで、視線をそらす。
「…俺の右手は冷たいぞ」
「じゃ、そこはオレがあったかくしてやるよ」
手に力をこめると、あっけなくハインリヒは後ろに倒れこんだ。
そのまま出窓の張り出し部分に上半身を押し付け、飢えた獣のように、むさぼるようなキスをハインリヒにしかける。
下唇を軽く噛み、その痛みで薄く開いたところに舌を割り入れる。口腔に擦りつけ、迎えるように差し出された相手の舌を絡めとる。
付け根から強く吸うと、ハインリヒは苦しそうに喉を鳴らした。
それを聞いて、ジェットは少し唇を離し、何度か啄んだ後、キスを首筋へとずらした。
絡め合った指先を解いて、ジェットの手がゆっくりとハインリヒの肩から胸を撫でていく。
また布地越しの感覚だ。
そう思うとジェットは少しおかしくて、口角を持ち上げて笑った。
それから、またゆっくりとした仕草でハインリヒの胸元のボタンを外す。
「ねえ」
耳元で囁くと、ハインリヒは小さく息を飲み、床にようやく爪先だけ着いていた足を、そっとジェットの脚に摺り寄せた。
「アンタが、オレのために用意してくれたもの全部、見せてよ」
その楽しむような囁きに、ハインリヒは薄く目を開けると、
「見たきゃ、来いよ」
と、ジェットの冷えた背中に腕を回した。
ふたり揃って、冷え切った窓際から体を離し、けれど唇はほどかないまま、ジェットにはもう脱ぐほどの服もなく、ハインリヒはまだ素肌を晒さないままで、もつれる足元でよろけながら、さっきジェットが上って下りた階段へ向かっていた。
ジェットの長い指は、もうハインリヒの不機嫌に、少しばかり肩を引いていたことなどすっかり忘れたように、せわしく動きながら、ハインリヒの素肌を探ろうとする。
ハインリヒの右手は、しっかりとジェットの首を引き寄せて、唇が外れないように、その奥でしっかりと絡め合わせた舌が、雪音にまぎれて、濡れた音を立てていた。
階段を、ようやく4段上がったところで、少しばかり先を急ぎすぎたジェットに押されて、段差に腰を掛ける形に、ハインリヒの体が落ちた。
その体を、腕を引いて引き上げながら、けれど、立ち上がるわけではなく、ジェットはそのまま覆いかぶさってゆく。
「おい…」
抗議するために、唇が一瞬だけほどけ、けれどハインリヒの抗う声は、ジェットの舌と喉に飲み込まれた。
階段の途中で、手足を絡め合って、ハインリヒの服を、どうにか剥ぎ取って、剥き出しになった鉛色の右肩に、唇へよりももっと深い口づけを落として、けれどそのジェットの髪をつかんで、ハインリヒは容赦なくその背高い体を、自分の上から取り除けた。
這うように、ジェットの手足をすり抜けて、階段に手足をついて上へ上がる。そのハインリヒを、ジェットも這いながら、追う。
乱れた服に、身動きを取られながら、ハインリヒは、階段を上がりきった、左の部屋の前で、力尽きたように仰向けに倒れ込み、追って来たジェットが自分の上に、また覆いかぶさって来るのを、まるで待ちかねたように、両腕で引き寄せていた。
「…冷たいぜ、ここは。」
肘や膝に触れる木の床は、凍ったように冷えていて、けれどそこに横たわったハインリヒの肌の熱さに煽られながら、ジェットは、熱っぽくささやいていた。
「だったら」
ハインリヒが、右手を持ち上げて、左の部屋のドアを指差した。
「俺が暖めてやる。」
ドアを蹴り開け、もつれあい、ベッドへとダイブするように倒れこんでジェットは楽しげに笑った。
たちまちハインリヒのファスナーに手が伸び、すべてが曝け出される。
反らされた胸に唇を這わせ、平静を装う吐息を乱しにかかった。
ふとその時。、ジェットの視界の隅にある物が映った。クローゼットの扉が開かれ、そこに一着のジャケットがかけられている。
ハインリヒ本人のものにしてはいささかタイトな作りで、袖も長い。色合いもシックな茶系で、銀髪に似合うものではなさそうだ。
「ヒュー」
わざとらしく耳元でささやくような小さな口笛で、ジェットは喜びを表現した。
一度ベッドから離れ、手を伸ばしてその上着を手に取る。「サンキュ。これ、オレにだろ?」
頷かれるまでもなく、上質の生地でできた上着を素肌の上から羽織って見せる。
その長身は、キザなほどに似合ってハインリヒはベッドの上で苦笑した。
その格好のままに白い肌に乗り上げて、ジェットはハインリヒの下肢へと唇を寄せた。
「お礼をしなきゃな、ハニー」
寒さで硬く閉ざされた蕾に口付けが落とされ、閉ざされていた薄い唇から淫靡な吐息が漏れ始めた…。
「っとその前に、せっかく貰ったジャケットが、皺になるといけないから」
囁いて唇をはずすと、名残惜しそうに瞼が震える。
ジェットは、ジャケットを肩からはずし、袖の部分をハインリヒの唇に触れさせた。
キスの真似事。
「ほら、これならジャケットも寂しくないぜ」
その言葉に、ハインリヒは自分が寂しいと言われた気がして赤くなった。
プレゼントを考えたとき、ハインリヒは服を選んだ。
そして選ぶとき、細いが自分より一回り大きいジェットの体躯を思い出し、服をなぞることで、触覚を反芻した。クローゼットに入れるときには、喜ぶ声が聞こえた気さえした。
「アル、嬉しいよ。ずっと着るよ」
もう一度ハンガーに掛け直されたジャケットは、主張するように、一度だけ揺れた。
「ありがとうな、プレゼント。こっちも貰っていい?」
ちらりと同時にジャケットに視線を投げて、台詞の後で視線を戻して、不機嫌な表情を取ったハインリヒに、ジェットは笑う。
もう、貰い始めていて、リボンも紐解いた状態だ。
裸の背中を丸めて、続きの為に口を寄せる。
ハインリヒがまた熱い吐息を吐き出して、腰を振るわせた。
舌で少し強く擦り上げてやると、上方で掠れた声が上がり、プレゼントの自覚があるのか、抑えない反応にジェットの身体も熱くなる。
雪の降る、音のない夜に響く音。
「オレ、我慢できないかも」
言い訳のように呟いて、ハインリヒがそれを承諾する前に、男の両膝裏に手を掛けて抱え上げ、緩み始めた蕾をあらわにすると、溶かすように舌を這わす。
「…ジェット、ぁ、この、枕の下、に」
何があるとまでは言われなくても察して、必死に探ろうとするハインリヒを手伝って、潤滑剤のボトルを探り出した。
押し上げれば簡単に開くキャップをもどかしく親指で押し上げると、とろりとした水色の液体を自分の掌に押し出す。
少しだけ、つんとしたような香りがして、ジェットはボトルのラベルをよく見てみる。
「アル…これ、メンソールタイプだけどいいのか?」
とまどうような表情をハインリヒは浮かべる。
どうやら、あまりラベルを見ずに購入してきたらしい。
「だから、少しスーっとすると思うけど」
「…いい、大丈夫だから…」
ハインリヒのそこは、ジェットを欲しがって、唾液でぬるつきながら、ひくひくと震えていた。
ジェットは掌から指先にこぼすようにしながら、ハインリヒのそこに液体を流し込む。
自分の掌の温度で温めたつもりだが、それでも熱くなった部分には十分冷たかったらしい。
「ひぁっ……!」
「ゴメン、冷たかった?」
言いながら、ジェットは液体のぬめりを借りて、揉み解すようにしながら、指先を差し込む。
「く………うっ…!」
「久しぶりだから…かなりキツいな」
唇を噛み締め、指の挿入に耐えるハインリヒの髪にキスをする。
何度もそれを繰り返すと、ようやくハインリヒのそこが緩みだして、ジェットの指を押さえ込むように動き出す。「あ…」
「いいの、アル…?」
「う…なんだか……いつもと、違う…。中が…」
「ああ、スースーするんだろう?だからメンソールタイプだって言ったじゃないか」
「あ、ああ……そうか……」
ハインリヒは小さく頷いたが、正直どこまで分かっているのか、とジェットは少しだけ不安になった。
様子を伺いながらそっと指を増やして中を探る。
「あ……」
慣れない感触のためか、羞恥のためか、そこはより熱を持ち始めている。
眉根を寄せて小さく息を洩らす顔を見下ろしながら、ジェットは自分の唇を舐めた。
体が冷えていたせいか、いつもよりは反応の大人しかった自分の体が目覚めはじめている。
腰を大きく揺らしながら下腹を擦り付けると、ハインリヒはジェットの肩を掴んでいた手を胸から腹へと撫で下ろした。
「入れるよ?」
いい? と囁くと、ハインリヒは自分の手を添えて、それをそっと導いた。
指を抜く瞬間、名残惜しげに震えた粘膜は、けれどすぐにやって来た熱を感じて、小さくわなないた。
「あ、あっ……!」
ハインリヒは小さく声をこぼしながら背を反らした。
手足の先は冷たいのに、胸や背中や腹の辺りは、血の色が上がるほど熱い。
それよりももっと熱い中へ、じかに触れながら、ジェットはけれどわざと、深くは入り込まない。
広げられて、押さえつけられた下肢はジェットに預けたまま、ハインリヒが上半身をねじる。まるで、冷たいままの右腕を恥じるように、左手で、意味もなく右肩を押さえていた。
左腕に隠れた、顔半分、引きつれた皮膚の線や、その下で大きな呼吸にあえぐ筋肉の形、それを熱っぽく眺め下ろして、ジェットは、さらにもっと下へ、視線をずらした。
繋がったところが、よく見えるように。ハインリヒの膝を押さえつけて、浅く、まだゆるく、まるで、滑らかな下腹に、入り込んだ自分の形が見えるとでも言うように、ジェットは、呼吸を抑えて目を凝らす。
相変わらず、自分も、ハインリヒも、もう人ではないのだとは信じられない熱さに、首の骨の溶けるような眩暈がする。
ハインリヒはまだ、左腕の下で、声を殺していた。
もう数日、こうやって過ごせば、きっと、こんなハインリヒを見下ろしながら、ろくでもない言葉のひとつかふたつ、あえぐ声さえもらさない彼の、この青い唇から、悲鳴のように引き出すことを楽しむ余裕もできるのだろう。
今はとても無理だと、ジェットは、へへっと自分を笑ってから、ハインリヒの左手をつかんだ。
薄く、赤く染まった頬と口元と目元と、驚いているハインリヒに構わず、少しばかり乱暴に両手をつかんで、そのまま首の後ろにまとめてしまうと、ジェットは、余裕のなさそのまま、ハインリヒの内側へ深く入り込んだ。耳元で反った喉が、悲鳴で裂けた。
重ねた胸と、ジェットと繋がって、軽く持ち上がっている腰と、ジェットに全身を押さえ込まれて、そうして、全身を叩き込まれて、ハインリヒは、大きくあえいだ。ジェットは、後先も考えずに肩を動かしながら、耳元に響く、悲鳴のようにかすれた声の、けれど湿った呼吸に、自分の心臓の音が重なるのを待っている。
ジェットが動くたびに、力なく揺れていたハインリヒの両脚が、ゆっくりと持ち上がって、まるで自分からジェットを深く誘い込むように、今ではジェットの腰を抱え込んでしまっていた。
声は、もっと湿りを帯びて、ジェットの動きに、力もなく従っていただけの体が、次第に、自分勝手に動き出していることに、ハインリヒは気づかない。
首の後ろでまとめた両手に、ジェットの手指が絡む。色も大きさも違う掌と指が、まるで繋がった躯と同じように、複雑に絡まり合っている。
ハインリヒは、水色の瞳を見開いて、目の前にあるジェットの耳に、甘く噛みついた。
いっそこの二つの身体が一つに溶けて、混じりあったならどんなにいいだろうか。
ジェットは耳元で感じる甘い吐息が、そう聞こえたような気がしてならなかった。
「来て…」
絡め合うその熱を抱き、熱い楔を打ち込んだままにハインリヒの腰を抱え上げ、自分の上に乗せながらジェットは枕に背を預けた。
「っく…ぁあ」
低く呟くハインリヒの吐息混じりの声が耳から忍び込み、ジェットの背筋を駆け抜ける
己の体重で余計に深く咥え込んでしまったそこが、限界ギリギリのところで快楽をかき集めてしまうのを、悟られまいとしてハインリヒは無意識に腰を浮かせた。
「あ、すげぇ…」
「はっ…ん、あ、ああっ」
腰を抱かれ、性急に突き上げられてハインリヒの白い背がしなる。
仰のいた喉元は無防備に曝け出されて、ジェットはそこに噛み付きたい衝動に駆られた。
奥底で自身を包み込んでくる熱が、まるで逃がすまいとするかのようにまとわりついてくる。
もっと、奥へ…
そう求めているかのように、白い腰が動き出した。
ハインリヒ自身も熱い滴りですでに濡れ、ジェットの下腹の上で切なげに揺れている。
「ああっ…アル」
その指でそれを包み込み、互いにリズムを感じて。二人の熱が打ち付けられて、波打ち際のように音を立てる。
「っジェット…はぁっ」
求め、求められ。締め付けられ、追い上げられる。熱が…混ざり合う。
想いを素直に言葉でできない不器用さを、互いを掻き抱く腕の力に込めて。
胸の内から搾り出すような喘ぎとともに、二人の波は一つになって砕けた…。



窓が白く光る。雪明かりだ。
後始末を終えて二人は、交互にシャワーに入り、ジェット用のベットに潜り込んだ。
先程の熱が芯に残っているのか、二人の体は残り火のようにやさしく温かい。
予想に反して柔らかい肌に、ジェットは、今日何度目かのキスをする。
手を重ね、体で包もうとする。
するとハインリヒは、むずがる子供のような仕草をして、上体を起こし、じっとジェットを見つめた。
「ジェット」
言いかけて口を噤み、また開いて、躊躇う。
「…ジェット」
もう一度、意を決したように言いかけ、止めてそして、小声で続けた。
2日には、NYに行ってやれなくてすまなかった。
小さく、そう言って、眉間にしわを寄せて、ジェットに背を向けて横になった。
FAXの隅に書いてあったのと、同じ言葉。
寒そうな後ろ向きの肩にキスをしても、払われる素振りはなくて少し嬉しくなる。
プレゼントのジャケットの肌触りも、プレゼントになってくれた人も、小声の言葉も嬉しくて、シーツを引っ張って身体を寄せてみた。
「Happy Birthday」
小さな声が、少し眠そうだった。
「Thank you. Honey」
返してみたが、反応が薄い。
覗き込めば静かな寝顔。
まあいいさと、思ってまた肩にキスをした。
深い雪に囲まれたこの別荘で、明日も明後日も、他にいく所があるわけじゃないからと。


END


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