蜘蛛

木無アズさま@ DRAGON*SOUL



お前さんは、蜘蛛に似ているな。


月明かりの嫌に明るい夜、グレートはそう言った。
俺は、ネガティブなイメージしか沸かずに横目でグレートを見た。
裸の上半身が、嫌になまめかしく青白いベッドの中でうごめく。


お前さんを見たものは、その銀色の美しい糸で、絡め取られていく。
お前さんは、この世で一番美しい蜘蛛だ。


グレートだからこそ言える恥ずかしいくらい気障な台詞に俺は目を逸らした。


そんな俺をグレートは可笑しそうに見つめた。


そうさ、お前さんは蜘蛛さ。
何でも絡め取る。この老いぼれた蛾も、若々しい蝿も…な。


その言葉に、一瞬凍りつきそうになる。
それは、明らかにあの赤毛の青年、ジェットのことだと思った。


こっちにおいで。My Dear.
グレートは悲しそうに微笑う。
ハシバミ色の目が、薄暗い部屋の中で妖しく光る。
俺は、あんたを愛している。
何度、その瞳に向かって呼びかけただろう。
そして、その手を離さないようにしがみついて。
俺よりも、あんたのほうが蜘蛛にふさわしいんじゃないのか?
俺は、あんたから逃げられないのだから。
少しおどけてグレートの暖かい胸にそっと頬を寄せる。
心音が、心地いい。


俺が蜘蛛なら
きっと毒蜘蛛か何かだろうな。


グレートの手が、俺の頭をなぜる。
そのリズムは、ずっと慣れ親しんできたものだった。


離さない。
離れない。



俺は、蜘蛛に似ているか?
ジェットにそう尋ねた。


あんたが蜘蛛?
なんだよそれ。


ジェットの目が俺の目を射抜く。
緑の目が、俺の目を捕らえる。


蜘蛛である訳がない。
蜘蛛ならば、これほどまでに獲物に心を掻き乱されない。


意味わかんねぇな。
そういって、俺の腕を掴んだ。


あんたは、あんただ。
蜘蛛でもゴキブリでもねぇよ。


ゴキブリは例えに出してなかったんだが。
強引に、話を終わらせられたことに少しいらだちながら、
それでもそれが心地よくなってきていることに戸惑いを隠しきれなかった。


お前は、蝿だな。


俺はそう言うと、ジェットは眉をしかめた。
どうゆう意味だよ、それ。


蝿のように、俺の周りを五月蝿くまわる。
でも、蝿と違うのは、お前はそれほど不快じゃないって事だ。


今日のあんた、意味わかんねぇ。
俺は蝿じゃねぇし、あんたも蜘蛛じゃねぇ。


彼に比喩的な事を理解してもらう方が無理だとは解っていた。
そう、それでいいんだよ。
お前は、そうやってそこにいてくれたらいい。
俺は、どうしても振りほどけない感情を持て余していた。
ジェットの手が、シャツの中に滑り込む
雨が、降り始めた。



俺がもし蜘蛛ならば
手繰り寄せられる糸を持つのならば
グレートもジェットも
この手の中に
いつまでも



雨が、降り始めていた。
グレートは空を見上げた。
銀色の糸は、切れてしまった。
残ったのは、抜け殻のこの体と
美しい蜘蛛の死骸だけ。
蛾も蝿も
どちらも愛した哀れな蜘蛛の



煙草を投げ捨て、
車に乗り込み
そのまま闇を走り続ける。
銀色の余韻を目の奥に残して。


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