Because The Night



 古いカセットデッキに、テープを放り込んで、ジェットは明かりを消した。
 かちりと、大きなスイッチを押した音が聞こえて、それから、聞いたことのない音楽が流れてくる。
 英語の歌詞に合わせて歌いながら、薄闇の中、ジェットが、もうベッドで裸になっているハインリヒの方へやって来る。

 もっと近くに抱き寄せて
 お願い、わかって

 なぜだか、女の歌だと思った。
 ジェットの腕が伸び、歌の通りに、ハインリヒを抱き寄せた。
 長い、しなやかな腕。その中に取り込まれて、ハインリヒは、喉を反らして瞳を閉じた。
 
 手を取って、ほら、シーツの下に入って
 もう、傷つけられることはないから

 夜ごとの、儀式のようだった。こうして抱き合って、互いを確かめる。そこにいることを、膚を重ねて確認する。
 唇を合わせ、歯を合わせて音を立てた。滑稽さに、ふたりでくすくすと笑う。
 笑いはいつも、不安と背中合わせだったけれど。

 愛は天使、欲情のふりをして
 ふたりのベッドの中で、朝が来るまで

 ジェットと胸を合わせ、どちらもふくらみのない体は、ぴったりとすき間もなく、重なり合う。
 その心臓も、皮膚も、骨も、筋肉も、ほんものではなかったけれど、いとしさに、変わりはなかった。
 機械の腕を、自分の背中の下に敷き込んで、ジェットの視界からそっと隠した。

 愛を信じてるの、感じるにはほんものすぎる
 連れて行って、奪って行って、さらって行って、今

 冷たい機械の体を、ハインリヒは、ほんの少し恥じている。ことにこうして、ジェットと繋がり合う時には。
 熱くはならない部分を、必死にジェットに触れさせまいと、したこともあった。
 それでもジェットの口づけは、ハインリヒの内側を、疼くほど熱くする。それは、体温ではなかったけれど。

 だって、夜は恋人たちのもの
 だって、夜は欲情のため
 だって、夜は愛し合う者たちのため
 だって、夜は、ふたりのもの

 口づけを外して、ジェットが歌った。
 驚いて体の動きを止めて、自分の目の前で、唇を動かすジェットを見ている。
 ふたりは恋人同士ではなかったけれど、魅かれ合う者同士だった。他の誰とも、分かち合えないぬくもりだった。


 ジェットは、歌い続けた。
 ハインリヒの、重い足を持ち上げ、それから、背中の下に隠れていた、鉛色の右腕を取り出し、自分の胸に引き寄せる。
 こすり合わせるのは、皮膚でも粘膜でもなく、さまざまな形の金属の表面だった。

 だって、夜は恋人たちのもの
 だって、夜は欲情のため
 だって、夜は愛し合う者たちのため
 だって、夜は、ふたりのもの

 人間の形をした機械が2体、人間の真似事をしている。歌いながら。
 ひどく人間くさく形を変えた躯を、繋げてこすり合わせながら、熱を確かめ合う。
 金属同士がこすれ合って、発生した熱を、ふたりは笑いながら、解放しようとする。


 歌えよ、とジェットが、不意に頭の中に話しかけて来た。
 ハインリヒは、歌のリズムに合わせて突き上げられ、歌のためではなく、声を上げる。
 それから、言われた通りに、流れる音に、自分の声を乗せた。

 だって、夜は恋人たちのもの
 だって、夜は欲情のため
 だって、夜は愛し合う者たちのため
 だって、夜は、ふたりのもの
 
 それは、真実なのかもしれない。頼りない現実の中で、それだけが、真実なのかもしれない。
 ジェットの声に合わせて歌いながら、ジェットの動きに合わせて躯を揺らしながら、ハインリヒは、思った。
 真実は、躯を繋げて、そこに生まれる、熱の中にあるのかもしれない。


 明日があるとは限らないから、恋人たちは、夜を分け合うのかもしれない。
 恋と欲情を混ぜ合わせて、愛をつくり出すために、夜の中に沈み込んでゆくのかもしれない。
 与えて、与えられる快楽の中に埋没して、忘れたい昨日があるのかもしれない。


 明日こそ、破壊されてしまうかもしれない。
 もう、修復などできないほど、ばらばらに吹き飛ばされるかもしれない。
 ふたりは、闘うための機械だったから。
 

 ふたりが分け合う夜は、真似ごとでしかなかったけれど、ほんもののことなど、ふたりにはどうでもよかった。
 互いを感じる行為に、にせものもほんものもなく、互いの内側の熱さだけを、信じていればよかった。
 数え切れないほど重ねた夜の記憶を頼りに、ふたりはまだ、希望を失わずにすんでいる。


 また朝がやって来る。
 機械の身を、陽の光の中に晒す、朝がやって来る。
 にせものの躯を重ね合わせる夜を、待ちわびる、朝がやって来る。


 ジェットが、耳に舌先を差し入れた。生暖かい唾液の感触に、敏感な皮膚が、ふと震える。
 声を注ぎ込むように、ジェットが、Baby、と呼んだ。
 体の位置をずらし、囁いたばかりの唇に向かって首を伸ばしながら、ハインリヒは、また歌い始める。

 だって、夜は恋人たちのもの
 だって、夜は欲情のため
 だって、夜は愛し合う者たちのため
 だって、夜は、ふたりのもの

 ふたりの間にあるのは、愛でも欲情でもない。
 ふたりの間にあるのは、ほんとうにかすかな、ほんものの希望だった。
 夜目にも鮮やかな、ジェットの赤い髪に向かって、ハインリヒは、そのにせものの右腕を、せいいっぱい伸ばす。




リクエストいただきました、さとみさまへ捧げます。
イメージ通りかどうか、まったく不明ですが、煮るなり焼くなり踏んづけるなり(苦笑)。
リクエストってのを、完璧に甘く見てました、こいつ(爆)。


戻る