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ボグミンのうた

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(1) 黄と青

 お陽さまが、さんさんと照らす地面の上を、てくてくてくてく歩いていて、目の前の、背高い花の上に、ちょうちょが飛んでいるのが見えた。
 ちょうちょは、金色の羽から、きらきらと光る粉をこぼして、ふわりと花びらをかすめ、まるで、そよ風が吹いたように、花を揺らして、ふわふわふわふわ、花の上を飛び続けている。
 彼は---真っ赤に逆立った髪、高い鼻、体全部が黄色くて、髪の毛と同じくらい赤いひらひらを首に巻いている彼は、それを、淡い緑色の目を大きく見開いて眺めていて、うずうずと、耐え切れないというように、ぶるっと肩を震わせた。
 ちょうちょは、そんな彼をからかうように、すぐ下の花の花びらを、ぱしんと羽で叩いて、さらに高く浮き上がると、そこから離れて行こうとする。
 あ、と思わず声を上げて、彼は、飛ぶちょうちょうを追いかけ始めた。
 腕を思い切り伸ばして、ちょうちょには届かない。彼は、とても小さかったので。自分と同じほどの大きさのちょうちょを、彼はそれでもあきらめずに追いかけてゆく。
 そうして、そんな彼を気の毒に思ったのか、ちょうちょが、羽をひらひらさせながら、宙で止まった。
 ここまで届く?と訊きたげに、彼の方を振り返って、その場でぱたぱたと羽を振って、彼は、ちょうちょしか見ていなかった。
 とん、と地面を蹴る。細い小さい、けれど力強い、黒いブーツの爪先で地面を蹴って、とんと飛び上がる。
 小さな彼は、両手を伸ばして、ちょうちょを捕らえるために、小さな手を精一杯広げて、彼は、高く高く飛び上がる。ちょうちょがいる宙へ向かって、明らかにそれよりも高く、飛び上がる。
 ちょうちょは、彼の跳躍に驚いたように、体をねじって、慌てて頭の向きを変える。そうして、羽を合わせて、するりと彼の腕の輪から逃れると、またぱたぱたと、どこかへ飛び去ろうとする。
 残念ながら彼は、飛び上がることはできても、ちょうちょと同じように、空を飛び続けるということはできないらしい。空回りした腕の重さに引かれるように、飛び上がったと同じ高さを、頭から先に落ちてゆく。
 もっと残念なことに、その先は、しっかりと固い、彼には馴染深い地面ではなくて、太陽の光を集めて輝く、淡い銀色の水面だった。
 ちょうちょに夢中で、水辺まで来てしまっていたことに気づかなかった彼は、驚いて、少し怯えた表情のまま、水の中へぽちゃんと落ちて行った。
 彼は泳げない。まるで、高く飛べるための代償だとでも言うように、水はぬるぬると彼にまとわりついて、呼吸をしようと開けた口の中に、容赦なくなだれ込んでくる。そうして、喉をふさいで、呼吸を止めてしまって、彼は、揺れて歪んだ視界の中で、苦しさに大きくあえいで、むやみに手足をばたばたさせた。
 地面を歩く時は、あんなに軽々と動く体が、今は、しっかりと水に絡め取られ、彼は少しずつ目を閉じながら、自分の吐き出した、呼吸の泡の小ささに、息の混じらないため息をこぼして、ちぇ、と舌を打った。
 ふと、いきなり体が軽くなる。
 まるで、さらわれるように、体が浮き上がって、突然、ぽちゃんと、水の外へ飛び出した。
 あ、と声を出す間もなく、水から飛び出た体は、ぽんと勢いよく地面の上に放り出されて、彼は、何が起こったかわからないまま、水に濡れた体を起こして、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
 そうして、彼の目の前に、水の中から現れた青い体が、すくっと立ち上がる。
 「大丈夫かい。」
 深い、ひどく耳の奥に、優しく響く声だった。
 鼻先や、髪の毛の先から、ぽたぽた水をたらしながら、青い彼を見上げて、その、色の深い大きな丸い目や、濡れた土と同じ色をした膚や、すうっと伸びた手足に、ぼうっと見惚れる。
 「気をつけた方がいいよ。キミは、ボクみたいには泳げないみたいだから。」
 色は違うけれど、ふたりはよく似ている。そして、ちっとも似ていない。青い彼の首からも伸びている赤いひらひらを、確かめたくて、手を伸ばした。
 同じように濡れている青い彼は、同じようにぽたぽたと水をたらしながら、その手に向かって、色の濃い指先を差し出して来る。
 「立てるかい?」
 助けがいると思ったのだろうか、手を取って、また、深い声が訊いた。
 ふたりのいる地面は、水を吸って、湿り始めている。
 早く、いつもの乾いた地面を踏みしめたくて、素直に青い彼の手を取った。
 立ち上がって、地面をしっかりと踏んで、それから、ようやくにっこりと笑った。
 黄色い彼の頭には青々とした葉が、青い彼の頭上には白く大きく開いた花が、やわらかな風に揺れている。

(2) 赤と紫

 頭上にお陽さまのある明るいうちは、大きな怪物が襲ってくることは少ないとは言え、それでも歩いていて油断はできない。
 ただ歩いているように見えて、けれどスキなく周囲に気を配り、自分を食べようと身構えている、他のいきものの気配に、注意深く耳を澄ませる。
 1歩前に進んだ途端、目の前の地面が小さく盛り上がって、わしゃわしゃと、細い足を絡め合わせるようにうごめかせて、つやつやと光る殻が飛び出してくる。
 丸い目をした、こちらを食べて生き延びる、小さな虫だ。
 ぱっと後ろに跳びすさり、飛び上がった瞬間に、大きく息を吸い込んだ。そして、地面に降り立った瞬間に、こちらへうねうねと向かってくる"虫"に向かって、ふうっと大きく息を吹きかける。
 その息は、ただの呼吸ではなく、口から出た途端に、炎に変わる。ぼうっと、その炎に、虫は焼き焦がされてしまった。
 虫は、すっかり焦げてしまって、ふわりと吹いた風に灰がさらわれ、もう目の前には跡形もない。
 「ワイをなめると、痛い目にあうのコトヨ。」
 大きな丸い鼻、細く小さな目、体も顔も丸い。体は真っ赤で、首には黄色いひらひらが揺れている。妙に甲高い声が響いたのに、地面の下にいた他の虫が怯えてしまったのか、急に辺りが静かになる。
 彼は、満足そうに、もう一度ぼうっと小さく炎を吐いて、ちょっとだけ胸を張って、また歩き出した。
 歩く頭上に揺れるのは、白いつぼみだ。彼の鼻と同じほど丸い、けれどもう少し大きなつぼみは、彼が、地上に出て来てから、それなりに長い時間が経っていることを示していた。
 彼はずっとひとりだった。口から吐き出す炎が、いつも彼を守ってくれていたし、ひとり隠れて眠る夜も、おしゃべりの相手がいないことだけが不満なような気がしていたけれど、それ以外のことを思ったことはない。
 けれど、長くひとりでいればいるほど、不便なことが増えてくる。
 高いところへは飛び上がれないとか、水の中へは入って行けないとか、大きなものを動かせないとか、毒ガスの噴き出しているところへは進んで行けないとか、口から吹き出す炎は、襲いかかってくる、大小さまざまな敵を追い払ってくれはしたけれど、それ以外のことには、役に立たないことも多かった。
 水があれば、先へは進めないし、段差のあるところへは上がっては行けないし、目の前を岩に塞がれていれば、引き返すしかない。毒ガスをうっかり吸い込んで、1日中げほげほと咳き込む羽目になったこともある。
 長く地上へはいるけれど、そういうわけで、行動範囲はあまり広がっているわけではなかった。
 そのことを少し不満に思いながら、今日もまた、何か変化はないかと、ひとり辺りを歩き回っている。
 それ以上は先へ行けない水辺へやって来て、辺りをぐるりと見渡す。水に入ると溺れてしまうのは、とっくに試して知っている。いつも、そこへ行くたびにそうするように、ちょっと唇を突き出して、くるりと向きを変えた。
 そうして、水辺の傍にある、大きな木の根元に、紫色に光るはっぱを見つけた。
 少し驚いて、体を前に突き出すようにして、その葉を見つめてから、それが、自分の頭上に生えていたはっぱとそっくりなことに気づいて、もっとびっくりする。
 濃い緑色の葉は、まるで誘うように紫の光に縁取られて、彼は、引き寄せられるように、その葉のところへ足を運んだ。
 そうして、その光が、手を焼いたり傷つけたりしないことを確かめるように、ゆっくりとそっと手を伸ばして、葉から伸びたやわらかそうな茎に両手を添える。添えて、それから、思い切り引っ張った。
 ぽこん、と音がして、弾けた土がぱらぱらと落ちて、そこに、大きな、紫の彼が現れた。
 いきなり地上に引きずり出されて、紫の彼は、戸惑ったように辺りを見回して、そこに坐り込んだままで、赤い彼を見下ろす。
 坐ったままの紫の彼と、そこに立っている赤い彼の視線は、けれど位置が同じで、やや見上げる形で、土に汚れた、紫の彼の顔を見つめて、赤い彼は、おう、と思わず声を上げた。
 仲間だと、言わなくてもわかる。
 頭上のはっぱは、もう少し待てばつぼみに変わるだろうし、首に巻いたひらひらも、紫の彼には赤だったけれど、まったく同じものだった。
 「ワイと一緒に行くね!」
 笑いもせず、言葉も発さずにこちらを見ているだけの紫に向かって、赤い彼は、びしりと決めつけるように言った。
 紫の彼は、逆らいもせず、ん、と軽くうなずいて、ゆっくりと立ち上がった。
 立ち上がった紫は、見上げれば首が痛くなるほど、背が高くて、大きくて、赤は思わず、驚いて体を後ろに引いた。
 「一緒に、行く。」
 まるで、赤の言葉を移したように、紫がやっと言った。
 上から降ってくる言葉に、赤はまた首を伸ばして、この大きな体を隠すには、新しい隠れ場所が必要だなと、思ったけれど、まだ口にはしなかった。

(3) 色、いろいろ

 「水のにおいがする。」  青が、くんくんと鼻を鳴らした。
 「あっちじゃないのか?」
 ついさっき溺れた水辺の方向を指差して、黄は、ほんのちょっと顔をしかめた。
 「違う、あっちからだよ。行ってみよう。」
 「オレは泳げないんだぞ。」
 「もしかしたら、キミが飛び越せるくらいかもしれないじゃないか。」
 たった今出会ったばかりだというのに、青が自分とずいぶん違うのに黄は気づいている。
 言うことがいちいちもっともで、それがほんの少し腹が立つ。
 もたもたそんなことを考えていると、青はさっさと黄の手を取って、先に立って歩き出した。
 「キミが溺れたらボクが助けるよ。」
 そう青が力強く言って、黄を振り返って微笑んだ。
 その笑顔がまぶしくて、けれどそんなふうにきっぱりと言われてしまったことが悔しくて、黄は、どんな顔をしたらいいのかわからなくて、とりあえず地面を眺めることにした。
 それから、青に手を握られていることに気づいて、急に恥ずかしくなって、その手を払ってしまった。
 「離せよ、ひとりで歩ける。」
 唇をとがらせてそう言うと、青はごめんと申し訳なさそうな顔をして、黄の手を離す。
 黄はまだはっぱだけれど、青の頭上には、もう大きく花が咲いている。青はもう、地上に出てからずいぶんになるに違いなかった。
 だからきっと、こんなふうに自信に満ちて行動できるのだ。青の後ろを、こんなふうにしょぼくれてついて行かなければならないのは、自分がまだはっぱのせいに違いないと、黄はまだ唇を突き出したままで思った。
 ちぇっと、青には聞こえないように舌を打つ。
 腕を伸ばして、頭上で揺れる葉を撫でた。
 黄にもそうとわかるほど、水の匂いが強くなっていた。

 紫を後ろに従えて、歩いてたどり着いたのは、小さな水の流れだった。
 小さいけれど、飛び越すには少々幅がありすぎる。赤は、自分の短い足と、大きく突き出た丸い腹を眺めて、その水の流れを越えるのは無理だと、賢明な判断を下す。
 そんな赤の後ろにいた紫は、けれど赤を追い越して、どんどん水へ近づいていく。
 「危ないネ! 溺れるアルよ!」
 もう少しで、水の中に爪先を差し入れようとしていた紫の、首に巻いた赤いひらひらを、赤は寸でのところで強く引っ張って、迂闊にも水に入ろうとした紫を止めた。
 紫は、急に体を後ろに引かれ、バランスを崩して、どたんと地面にしりもちをつく。途端に、辺りの地面がどしんと揺れた。
 その勢いで思わず飛び上がってしまった赤は、あきれた顔で紫を見て、
 「ワイがつぶされてしまうのコトよ。」
 何だか、とんでもない相手を道連れに選んでしまったのかもしれないと、ほんの少し後悔してみる。
 紫は、まったく表情も変えないまま、何事もなかったように、ゆっくりと地面から立ち上がった。
 「ここから先へは行けないのコトね。水に入ったら溺れるアル。」
 紫に言い聞かせるように、赤は、そう低い声で言った。
 紫は、赤を見下ろして、うなずくでもなく返事をするでもなく、わずかに顔を傾けて、それから、周囲をぐるりと見渡した。
 土から出て来たばかりで、言葉もよくわからないのかもしれないと、赤はやれやれとそんな紫を見上げて、もう一度水の方へ振り返る。
 自慢の火も、水の流れを止めることはできない。それなら引き返すしかないと、紫にそれを伝えようと首を回すと、そこに紫の姿はなかった。
 「ドコ行ったアルね!?」
 まさか水に入ってしまったのでは、と水の方を見るけれど、ゆらゆらわずかに揺れる水面は、それ以外はとても静かで、あの大きな体が溺れている姿など、もちろんない。
 うろたえて、きょろきょろしている赤の耳に、ずずっ、ずずっと、何か大きなものを引きずる音が聞こえ始めた。
 木のたくさん生えた、水の流れてくる方向から、紫の、少し丸まった背中が現れ、その背中の陰から、地面に引きずられる、大きな木が見えた。
 紫は、ゆっくりと赤のところへ戻って来て、その木から手を離した。
 「おまハンが倒したのカ?」
 紫が首を振る。
 「あっち。いっぱい折れてる。」
 今やって来た方向を指差して、紫が珍しくよどみなく言った。 
 夜になるとうろつき始める、巨大で凶暴な生きものが、この木の群れの中を走り回ったのかもしれない。その木には、葉の繁る細い枝の姿すら見えず、両方からぽっきりと、ひどく踏み潰されたのか、無残な折れ口をさらしている。
 滅多と会うことのない、会えばただではすまない、大きな生きものたちのことを思い出し、それから、こんな大きな木を、汗もかかずに運んできた紫を、驚きを隠せずに見上げて、赤は意味もなく額をかいた。
 「コレ、どうするネ?」
 赤に訊かれたことには答えず、紫は黙ったまま、木の真ん中辺りに両手をかけ、その木を、勢いもつけずに肩の上に担ぎ上げた。
 赤は細い目をいっぱいに見開いて、ひいと喉の奥で悲鳴を上げ、紫がその木を、流れる水の方へ放り投げるのを、呆然と眺めていた。
 ばっしゃんと、いきなり落ちて来た木に叩かれた水が音を立て、流れの小ささに似合わない量の水しぶきを上げる。思ったよりも、水が深いことを示していると気づいて、赤はけれど今は、紫の力に驚くばかりだった。
 放り出された木は、水辺の、こちら側とあちら側に渡され、木がぐらぐらと動かないことを確かめるように、地面にしっかりと押しつけるような仕草をした後で、紫がまた黙ったままで、赤の方へ振り向いた。
 目の前に渡った木の橋と、そこに立つ、背の高い、力強い相棒の姿を交互に眺めて、赤は、喜びのあまりに火を吹きそうになって、慌てて口を両手で押さえた。

 水辺が何やら騒がしい。
 黄と青は、顔を見合わせて、そちらに向かって走った。
 自分たちを襲うかもしれない、大きな生きものたちなら、用心しなければならなかったから、一生懸命足音を小さくして。
 水辺のこちら側に渡って来た赤と紫に先に遭遇したのは、足の速い黄の方だった。
 黄は、とても驚いて---思わず、地面を蹴って、宙に飛び上がってしまったくらい驚いて---、水辺からこちらを見ている、自分とよく似ていて、まったく似ていないふたりを、大きな目をいっそう大きく見開いて、じろじろと眺めた。
 「おまえら、何だよ。」
 「そっちこそナニあるネ?」
 やっと追いついた青が、いきり立つ黄の赤いひらひらを、後ろからぐいっと引いた。
 「・・・ダメだよ、そんなケンカ腰じゃあ。」
 小声でそう言うと、すいっと前に出て、青は友好の笑みを、にっこりと浮かべた。
 「ボクら、仲間だろう? 色は違うけど、ほら。」
 赤を見て、紫を見上げて、黄を振り返って、青は、自分の頭上の白い花を指差して見せた。
 青の笑みにつられたように、赤は、ぐるりと他の3人を見渡して、紫を見上げて、紫がうなずくのにうなずき返して、自分のつぼみを、ふるんと揺らして見せた。

(4) 仲間

 「おまえら、どこから来たんだよ?」
 横柄な口調で、黄が、赤と紫に向かって訊いた。
 赤はむっとした表情になって、大きく反らした胸の前で腕を組むと、自分より少し背の高い黄に向かって、
 「水のあっち側からアルね。おまハンらこそ、ドコから来たアルね?」
 「オレらはあっちから来たんだよ。」
 青が、自分に向かって、め、というような表情をしているのをきれいに無視して、黄は自分の背後を指差して見せた。
 「ワテ、こっち側に来たの、初めてアルよ。こっちにもいっぱいこわい生きものいるネ?」
 腕を解き、青の方を見上げて赤が訊くと、青は途端に少しまじめな顔になってうなずいた。
 「日没の前に、どこか一緒に隠れられる場所を探した方が良さそうだね。ばらばらより、一緒の方がいいだろう?」
 青は、あくまで礼儀正しい態度を崩さずに、全員の顔を見渡した。
 黄は肩をすくめ、赤は身を乗り出してうなずき、紫は、そんな赤を見てから、青に向かって同意の仕草をする。
 全員の同意を得た後で、青が大きくうなずいて、それから、青は紫の後ろを指差した。
 「ところで、あの木は誰があそこに渡したんだい?」
 赤と紫は一緒にそちらに振り向いて、実はそのことを、同じように気にしていた黄は、けれどよそを向いたまま、耳だけそちらへそばだてる。
 「このヒト運んだアルね。すごい力持ちヨ!」
 後ろに立っている紫を、親指で指し示して、弾んだ声で赤は答えた。
 へえと、声を立てたのは、青よりも黄が先だった。
 紫は自分のことが話題になっていても、口をはさむでもなく、ただ赤の後ろに黙って立っている。
 「すごいな。じゃあ、キミは何ができるの?」
 青が赤に訊くと、赤は待ってましたとばかりに、大きく息を吸い込んで、ぼうっと口から炎を噴いた。
 今度はおおっと黄が顔を輝かせ、その火の明るさに引かれるように、青の前に顔を突き出してくる。
 「すげえ!」
 まだ熱の残る、赤の火が走った跡を目で追って、黄は、さっきまでの横柄な態度をすっかり忘れてしまったように、大きく目を見開いて、口も一緒に大きく開けて、赤の方に感嘆の視線を向けた。
 赤は、そんな黄のために、もう一度だけ小さな炎を吐いて見せて、ふふんと笑った。
 「ボクら一緒だと、いろんなことができそうだね。」
 「おまハンたちは、何ができるネ?」
 「ボクは泳げるよ。水に入っても平気なんだ。」
 「オレは高く飛べるんだぜ!」
 青の語尾をひっさらうように、黄は胸を張って、自分の方を指差して、とても大きな声で言った。
 赤と青は、そんな黄に、敬意を表する表情を一瞬だけ浮かべて、それからふたりで、この辺りについての情報交換をし始めた。
 つぼみの赤と花の青は、まだはっぱの黄と紫よりも、明らかに地上に長くいて、あまり広い範囲ではないにせよ、辺りのことに詳しかったので。
 とりあえず、4人が一緒に、夜の間に隠れていられる場所を見つけなければならなかった。
 自分のことを忘れてしまったように、赤とばかり話をし始めた青の傍で、それでもしばらくは、ふたりの会話に割り込もうと努力をしていた黄は、あからさまに、大事な話だから邪魔はするなという態度をふたりから見せられ、ついにため息をついて、退屈だという態度を取ることに決めた。
 そうして、みんなが話をしている間中、一言も口をきかずに、ただそこに突っ立っている、赤の後ろにいる紫のそばへやって来た。
 赤の後ろにいても大きいけれど、すぐそばに立つと、紫はもっと大きい。
 その紫の傍で、胸の前に両腕を組んで、黄は、一生懸命話をしている赤と青を眺めている。
 「・・・おまえ、でかいな。」
 同じはっぱ同士のよしみで、仲良くしてやるかと、とりあえず声を掛ける。
 紫は横目で、数秒黄を見つめた後、また赤と青の方へ視線を戻した。
 「なんか言えよ。しゃべれないわけじゃないんだろう?」
 ちょっとだけ腹を立てたように言うと、紫がまた視線を返してくる。
 その、大きなぎょろりとした目で見下ろされると、実はほんの少しこわいなと思ったのだけれど、黄は腰に両手を当てて、ことさら胸を張って見せると、ついでに唇も突き出して見せた。
 紫は、そんな黄の態度に、一向に動じる様子もなく、瞳を左右に、わずかに動かして、考え込むような表情をつくった。
 「しゃべるの、苦手。」
 動かしにくそうに口を動かして、短くそう言った紫を見上げて、一瞬ぽかんとしてから、黄は、急に合点が行ったように、そうかそうかと大声で言った。
 それから、いきなりばんばんと紫の背中---正確には、やっと届く、腰の辺り---を叩いて、
 「心配すんなって! オレらが一緒だろ!」
と、とてもうれしそうに言う。
 実のところ、紫は何も心配などしていなかったのだけれど、黄色い、自分に比べれば、ずいぶんと小さい、このよくしゃべる仲間のことを、今のところは嫌いではなかったので、その頭上に、ぴんと立った葉を眺めて、無言で応えておくことにした。
 黄はとても上機嫌に、ずっと紫のそばでにこにこしていた。

(5) 行こう!

 とりあえず、と青は、みんなを眺めて言った。
 「行ってみたいところがあるんだ。ボクひとりじゃ無理だけど、みんな一緒なら、多分大丈夫だと思う。」
 立っているそこから、後ろの方を示してそう言うと、
 「行ってみたいところって、どこだよ。」
 案の定、黄が上目遣いに、何となく疑わしそうに訊く。
 紫と赤は、黄を見て、青を見て、青が苦笑したのに、また黄を見た。
 「心配しなくても、水はない辺りだよ。溺れたりはしないから。」
 黄は肩をすくめ、ふんとそっぽを向いて、そんな黄を、まるでたしなめるように紫が見下ろしているのには気づかず、ちょっとだけ気まずくなった空気を、まぜっ返すためなのかどうか、赤がとても元気な声で、腕を振り上げて言った。
 「じゃあ出発アルね! みんなで一緒に行くアルね!」
 先に立って歩き出した赤の、みんなとはそれだけ違って黄色い首のひらひらに、まるで引かれて行くように、まずは青が続いて歩き出した。
 その後を紫が黙ってついて行き、そっぽを向いていた黄は、慌てたように、紫の大きな背中の陰に、ちょっとだけ肩を丸めてついてゆく。
 「なんだよ、ちゃんとどこに行くか、言やいいだろ、なんだよ、オレばっか・・・」
 ぶつぶつ後ろで、はっきりしない声で、何やら言い続けている黄を何度か振り返って、紫は、ひとりでくすりと笑った。


 赤と肩を並べて、青は、もう何度も来たことのある方向を、しっかりとした足取りで進んでゆく。
 水の流れてくる方にある、小さな森よりはこちら寄りに、紫が掛けた、小さな橋から見れば北西の方向に、黒いブーツの爪先を向けて。
 自分の足で行けるところには、もう全部行ってしまったけれど、行けないところは山ほどある。今から行くところは、そのひとつだ。
 「こっちに何がアルね?」
 前を指差しながらそう訊く赤に、ちょっとだけ形のいい眉を寄せて、青は沈んだ声で答えた。
 「多分、洞窟か何かの入り口だと思うんだ。」
 「どんなところアルね?」
 重ねて訊く赤に、青は、歩きながら腰を折って、顔を近づけた。
 「地面から火が噴いてて、岩がたくさんあるんだ。キミなら何とかできるんじゃないかと思って・・・」
 少しだけ歯切れ悪く、青がそう言うと、赤はぱっと顔を輝かせて、ついでに後ろを振り返った。
 「火と岩ならワテらに任すアルね! きっと大丈夫ヨ!」
 「そうだね、きっと何とかなるよ。」
 火を吹く赤と、あの大きな木を水に渡したという紫と一緒なら、あそこから先へ進めるかもしれない。
 もうずっと、そこに立って、ぼんやりと眺めて、それだけで日没まで過ごしてしまった幾日かを思い出して、青は、ほんの少しだけ大きくなった希望のために、赤に向かって笑いかけた。
 「でも、その洞窟に、何がアルね?」
 もっともな質問だと思いながら、赤の好奇心旺盛さにほんのちょっと驚いて、青はまた前に真っ直ぐ頭を上げて、少し表情を引きしめた。
 「わからないけど・・・そこにあるかもしれない・・・」
 つぶやくように言うと、赤が怪訝な顔をする。
 「あるって、ナニがネ・・・?」
 「キミたちは、知らないのかな、黒いドクロのこと・・・」
 「黒いドクロ? ナンね、それは? 見つけると、いいコトあるノかね?」
 青は、少しだけ考え込むような表情を浮かべた。そうして、赤から視線をそらして、首を回して、後ろにいる黄と紫を見つめながら、
 「・・・いいことかどうかは、まだよくわからないけど・・・」
 赤が、わからないとでも言いたげに、頭をかいた。

(6) 墜落

 青が言った通り、高い崖のすそに当たるところは、遠目でもわかるほど、真っ赤に燃えていた。
 見渡す限り、その崖は左右どちらにも高々とそびえていて、青はもちろん、どこかから上へ上がれないかと、ずっと先まで歩いて行ったことがあるけれど、様々な障害物に遮られて、それ以上先へは進むことができなかった。
 青は、黄を振り返って、
 「キミだと、飛び上がれるかもしれない。」
 火が燃えているのは、明らかに穴らしいところを、岩でふさいである部分だけだ。火さえよければ、高く飛びさえすれば、上へは上がれる。
 黄は、ちょっと首をかしげて、さあなと、青への答えを焦らすような仕草をしてから、つかつかと前へ寄った。
 紫は後ろから、赤は青のすぐ傍で、崖の上を見上げて、距離を測っている黄を、じっと見つめている。
 「・・・まあ、試してみるか。」
 地面から噴出す火を慎重によけて、そこから右へ、10歩ほども離れてから、黄は、上をもう一度見上げて、息を深く吸って吐いて、横に広い口をきゅっと結んでから、崖の上目指して、思い切り飛び上がった。
 片手を伸ばして、崖の上、あるいは急な斜面のどこかにでも、指の引っ掛かる場所へ、そんなところを、指先が探し当ててくれることを祈って、黄は思い切り飛び上がって、一瞬で近づいた、崖の上はけれど、ほんの少し遠い。
 思わず舌を打って、それでも必死で手を伸ばして、ブーツの爪先を引っ掛けようと、体全体を斜面に張りつかせる。ざらざらと、崩れた斜面の土が、下へこぼれて行くのを追って、黄の体も、ずるずると滑り落ちてゆく。
 「わっ!」
 泥だらけになりながら、体が落ちてゆく。赤いひらひらは、まるで、地面から吹き上がる火のように見えた。
 下で待っている、青や赤や紫たちには背を向ける形で落ちながら、彼らの表情など見えるわけもないのに、真っ青になって、自分の無様な姿を目で追っているみんなの姿が、はっきりと見えたような気がした。
 固い地面に、背中や腰を打ちつけることを予想して、痛みに顔をしかめた瞬間、太い腕に抱き止められていた。
 閉じていた目を開けると、縦横に白い線の走った、紫の浅黒い顔が目の前にあって、びっくりして、体を反転させようとすると、その腕が、黄の体を、そっと地面に下ろしてくれた。
 「・・・た・・・助かった。」
 呆然とした声でそう言うのが、精一杯だった。
 紫は、ほっとした表情で、地面にまだ坐り込んだままの黄の頭にそっと手を置き、そうして初めて、驚きに身動きもできなかった青と赤が、慌ててふたりのそばへやってくる。
 「大丈夫かい?」
 「痛いとこナイあるカ?!」
 軽く首を振って、泥を払いながら立ち上がって見せると、黄は
 「大丈夫だ。」
 しっかりした声で、そう言った。
 「悪かったよ、こんなこと、頼むんじゃなかった。」
 「心配するなよ、ちょっと汚れただけだろ。」
 心底後悔しているような、青には珍しい表情に、黄はちょっと唇を突き出して、自分と一緒に地面から立ち上がった紫に、
 「な?」
と、同意を求めるように肩をすくめて見せる。
 「とりあえず、火を何とかして、岩をどけてみるアルね。」
 気落ちしてしまった青の背中を、軽く叩きながら赤が言う。
 そうだねと、まん丸い赤の顔と腹を見下ろして、青はやっとかすかに笑った。
 「ワイの自慢の火、見せるアルね! 地面を溶かして、火を吹く穴をふさいでしまうアルのことヨ!」
 赤が、全身を揺すり上げて---転がった方が、絶対に速そうだ---、噴出す火の方へ駆け出してゆく。気の早い赤は、もう口から火を吹き出し始めていた。
 「よし!」
 勢いよく追い駆けてゆく青の後ろから、まだ汚れた肩を払いながら、黄はゆっくりとついてゆく。黄を気遣うように、紫はその隣りを、もっとゆっくりと歩く。
 「助かったぜ。」
 歩きながら、腕や肩を撫でて、変な痛みがないかと確かめながら、黄は、紫の方は見ずに、そう言った。
 「ありがとな。」
 紫は、少しだけ顔を傾けて、正面を向きながら、ん、と短く応えた。
 あちらで赤が、大きな掛け声とともに、洞窟の入り口をふさぐ岩の群れさえ溶かしてしまいかねない勢いで、地面に向かって火を吹き出していた。

(7) 穴

 赤の火は、地面から炎の噴出す穴の周囲の土を溶かしてしまい、溶けた土に穴はふさがれ、炎が姿を消すと同時に、紫が、そのすぐ後ろに積んである石を取り上げて、穴の跡に乗せてしまった。
 そうして、いくつかあった炎の噴出す穴をつぶし、後は、紫が、山のように積まれた岩を、何でもないことのように崩してゆく。
 「すげえ・・・。」
 崩れて、こちらにも転がってくる岩につぶされたりしないように、3人は少し離れたところで、黙々と動く紫の背中を眺めていた。
 「あいつ、体もでっかいけど、力も強いなあ。」
 黄が、赤を見下ろして、そんなつぶやきをこぼしている。
 えへんと、まるで自分が誉められたように、赤が丸い腹を突き出す。青はそんなふたりを横目で眺めて、胸の前で組んだままの腕をほどかない。紫の仕事ぶりを、まるで検分するように、ほんの少し顔を傾けて、けれど口元は、うっすらと微笑んでいた。
 岩はすばやく、けれど慎重に取り分けられ、そろそろ姿を現し始めた昏いうろ---奥に深いように、見える---の前に、みんなが通れるだけの隙間は空けて、入り口の半分以上はふさいだままだった。
 やっと紫が丸まっていた背中を伸ばし、はるか後方で自分を作業を眺めていた仲間を、手を振って呼んだ。
 黄が我先に走り出して、青が続いて、赤が転がるように駆けてゆく。
 「中には誰もいないかなあ・・・。」
 ひとり言のようにつぶやいてから、青が、紫が残した岩々の隙間から中を覗き込む。
 紫が崩して積み直した岩は、入り口の下半分を覆って、正面から見てもわからない位置に、彼らだけが通れるくらいの、小さな小さな入り口を残してある。
 中を覗いて、そこにまた無言で立っている紫を見上げて、青は、見た目からは想像もつかない紫の細やかな仕事ぶりに、いっそう感心して、青は今度こそ大きく破顔した。
 紫の後ろに、隠れるように立っている赤と黄をうながして、青は、そろりとうろの中へ入って行った。
 中は暗い。奥へは、一体どれほど続いているのか、ここからはよくわからない。後ろを振り返って、半分以上ふさがれている入り口を眺めて、
 「何もなさそうなら、今夜はここに隠れていようか。」
 青は、赤と黄と紫の顔を順々に眺めて、そう言った。
 入り口からは、おそらく誰も入って来ないだろう。危険な生きものたちから隠れるには、紫がそう目論んだだろう通りに、ここはちょうどよさそうだった。
 「とりあえず、中、調べるアルね。」
 「そうだな、穴の中なら水はなさそうだしな。」
 溺れたのによほど懲りたらしい黄が、奥へ、とがったあごをしゃくりながら言う。
 「じゃあ、行こうか。」
 肩をすくめて見せた青を先頭に、赤、黄、紫の順で、真っ暗な洞窟の中を、奥に向かって静かに歩き出した。
 中はひんやりとしていて、足音以外、音はない。一体どこに光があるのか、完全な闇というわけではなく、それでも目を凝らさなければ、前方に何があるかは、ほとんど見えなかった。
 もっとも、見えたところで、先にあるのは、ただ延々と奥へ続く、洞窟の壁や地面や天井だけで、皆が恐れている巨大な生きものや、大きくはなくても凶暴な生きものの気配は、まだどこにもない。
 とりあえず、隠れるならよさそうな場所だと思いながら、青は、いつものように少し背をかがめて、みんなが後ろにいることを確かめながら、しっかりとした足取りで歩いてゆく。
 やがて、洞窟は、ゆるく右へ方向を変え、先へ進むにつれ、闇が薄くなってゆく。次第に、互いの背中や顔が、ぼんやりと、そしてはっきりと見えるようになって、不意に、青の赤いひらひらを、赤が後ろから強く引いた。
 「なんだい、痛いよ。」
 思わず足を止めて、赤の方へ顔だけ振り向けて、青は初めて少し怖い顔をする。赤はちょっと肩を縮めて、不安そうにぼそぼそと言った。
 「・・・大丈夫アルね? 妙に明るいの、ナニかあるネ?」
 青は、ちょっと素っ気なく赤からひらひらを取り上げながら、
 「多分ね。何かいたら、キミの火で何とかなるだろ?」
 そう考えているのはうそではなかったけれど、この場は、不安がっている赤をおだてて、安心させるために、今は闇よりも色の濃い頬をゆるめて、青は、ひどく軽い口調で返した。
 「心配ねえよ。」
 黄が、小さく口笛を吹きながら、赤の肩越しに言った。闇の中でも鮮やかな黄色と、髪の赤と、軽薄な物言いと、奥からもれてくる光よりも、その場を明るくしてくれる。もちろん、黄の言うことに根拠もへったくれもないのは、みんな承知の上で。
 「そういうことだね。行こう。」
 青はまた、みんなに背を向けて歩き出した。
 今度はゆるく左に、そしてまた右に、もう一度右に、そうやって、うねうねと曲がる壁に従ううち、ようやく、光の元らしきところへたどり着いた。
 その頃には、洞窟の中は、やわらかく明るく、外の昼間ほどではなくても、日没の近くの、ほんの少し薄暗くなったかと、そう思う程度の光に満ちていた。
 白っぽい金色の光は、洞窟の奥の行き止まり近くの地面からもれている。
 じりじりと、爪先を滑らせて近づくと、地面には、ぽっかり穴が開いているのが見えた。光はそこからやって来る。何がどうなっているかは、ここからはわからないけれど、とにかく、穴が開いていて、どうやら、中に入っていけそうだと、おそるおそる上から覗き込みながら、思って、青は、穴を囲むように並んでいる、みんなの方へ向いた。

(8) 前進

 「この中に、行ってみようよ。」
 青は、穴のすぐそばで、体をかがめて、みんなの方を見上げて、ゆっくりと低い声で言った。
 赤が、ぶるぶるっと肩を震わせて、口元に手をやった。黄も、その隣りで、青と穴の入り口を見比べて、目を見開いた。紫は、赤の後ろで、相変わらず何も言わず、何も顔には浮かべず、青をただ見下ろしている。
 「この下に、あるかもしれないんだ・・・」
 奇妙に真剣な横顔で、そうつぶやいた青に、黄が突っかかるように言葉を返す。腰に両手を当てて、胸を反らして、強い意志を示すためのように、唇をしっかりと結んで、下目に青を見る。
 「あるって、何がだよ。」
 「アレかネ、さっき言ってた、黒いドクロかネ?」
 「何だよその黒いドクロって。」
 「ワテも知らないのコトあるヨ。初めて聞いたネ。」
 小鳥のさえずりのように、際限なくおしゃべりを始めた黄と赤を眺めながら、青はゆっくりと体を起こして、まるでこの場になどいないように、無言で静かなままの紫を見上げてから、また、さらに時間をかけて唇を開いた。
 「黒いドクロを見つけたら、ボクたち、もっと大きくなれるんだ。そうしたらもう、怪物を恐れなくてもいいし、隠れて夜を過ごさなくてもいい。」
 「大きくなれるって、こいつみたいにか?」
 黄が、疑い深そうに、紫を親指で指し示して見せながら、大きく肩をすくめた。
 「違う、もっとだ。ボクらが知ってる、誰よりも、何よりも大きくなれるって、そう聞いた。」
 「聞いたって、誰に?」
 黄が、疑り深い表情のまま、青を問い詰める。
 形のいい眉をひそめて、まるで、痛みに耐えるような表情をそこに浮かべてから、青は、上目になるように、あごを胸元に引きつけた。
 「・・・ドクロのことを教えてくれた仲間たちは、みんな怪物に食べられちゃったよ。」
 黄は、それを聞いて、即座に黙り込んだ。
 赤は、気まずげに両手の指を下向きに合わせて、その指と青を交互に眺めた。
 紫は何も言わず、眉も動かしていなかったけれど、その色の深い瞳だけで、青に慰めの言葉をかけているように見えた。
 「ドクロを見つけたら、もうボクら、びくびくしなくてもよくなるんだ、だから---」
 「じゃ、行こうぜ。」
 青の言葉を最後まで言わせずに、黄が、穴のふちに足をかける。
 「オレが先に行くから、おまえら、ちゃんとついて来いよ!」
 「ちょっと待てよ! ちゃんと確かめてから---」
 青が腕を伸ばした時には、もう黄は、ひらりと穴の中へ、その身を滑り込ませていた。穴のふちから、逆立った鮮やかに赤い髪の先と、それを追って、赤いひらひらが消えてゆく。ひらひらの端をつかもうとしたけれど、指先をかすめて、黄はもうとっくに、穴の中へ消えてしまっていた。
 「・・・ムチャだな、もう・・・」
 後に残された3人は、額を突き合わせるようにして穴の中を覗き込んで、けれどもう、深い闇の中に飲み込まれた黄の姿は見えず、一体どれほど深いのか、黄がどこかへたどり着いたという声もまだ聞こえない。
 「じゃあ、ワイらも行くアルね。」
 赤が短い手足を、穴のふちにかけて伸ばして、丸い体をそこに押し込めようとする。
 「・・・ドクロ見つけたら、お祝いに、何かおいしいモノ、いっぱい食べるネ!」
 青の方に手を振って、さり気なく自分の背中を支えてくれている紫に振り返って、もぞもぞと体を揺すりながら、赤が穴の中へ消えた。
 しばらく、落ちてゆく赤の声が聞こえていたのも途切れ、青と紫は、丸い闇を覗き込んで、青は、うっかり苦笑いをもらしていた。
 「一緒に、行く。」
 紫が、珍しく自分から口を開いて、伸ばした腕ですばやく青を抱き取ると、意外な身軽な仕草で、穴の中へ飛び込んで行った。
 はぐれないように、紫にしがみついて、落ちてゆく闇の足元を、青はじっと見つめていた。

(9) 再会

 穴の底に、硬い地面や冷たい水たまりを期待していた青は、しがみついている紫の大きな体が、ふわりと、何かやわらかなところへたどり着いたのに、ひどくびっくりした。
 紫は、足の下を、まだ青を抱いたまま、掌で何度も撫でてから、ようやく青をその上に下ろした。
 「・・・コケだ。」
 そうして、頭上の穴へ、柔らかな金色の光を放っているのも、そのコケだった。
 ぶ厚く生えたコケは、けれど次々と落ちてきた彼らの重み---大半は、紫のだったけれど---で少しだけへこみ、けれどそれも、じきに元通りになってしまうのだろうと、紫を見上げながら青は思った。
 「なんだよ、やっとご到着かよ!」
 後ろから、突然黄の声が飛ぶ。
 落ちてきたこの穴の底は、意外と広々としていて、時々影があるのは、また他へ行く小さな道なのか。天井も、見上げるほど高い。青は、声の方へ振り返りながら、辺りをぐるりと見渡した。
 「奥はわかんねえけど、ここには何もないぜ。」
 隣りに赤を従えて、黄が、まだコケのところにいる青と紫に向かって言った。
 「あるのは、光るキノコくらいのモノね! おいしくなかったアルよ!」
 口元をひん曲げて、いかにも腹立たしいと言いたげな口調だった。そんな赤に、青だけではなくて、珍しく紫も少しあごを引いて、驚いた表情を浮かべる。
 「・・・食べたのかい・・・?」
 じゃりじゃりする砂を噛んでしまったように、への字の口元から舌を伸ばして、青は心底まずそうな仕草をして見せた。
 「ちょっとなめてみただけあるヨ! ついでに少し齧ったアルね! まずくて死ぬかと思ったアル!」
 「・・・まずくて死ぬんじゃなくて、毒かもしれないのに・・・」
 青のつぶやきは、腹立たしげにまくし立てる赤の耳には、届いていないようだった。
 まあまあと、腕を振り上げている赤を黄がなだめて、
 「まずいけど、毒じゃないってわかっただけでもメッケもんだろ?」
 「・・・あれを食べなきゃならない羽目になる前に、上に戻りたいもんだね。」
 青は、そこここに生えている、青白く光る、ひょろひょろとしたキノコを眺めた。紫よりもずっと背は高く、少し触れてもふらふらと揺れそうな、頼りない風情に見える。そのキノコたちのおかげで、穴の底は、見るに苦労しない程度に明るい。
 赤の飽くなき好奇心には感謝しつつ、青はやっと、金色のコケの上から下りた。
 「とりあえず、歩いてみようよ。何か見つかるかもしれないし、上に戻る道も、見つけなきゃならないし。」
 「上に戻る道って、そんなもん---」
 「確かめてからここに来たかったんだけど、それを言う前に、キミが穴に飛び込んじゃったからね。」
 ほんの少しだけ、黄の無鉄砲をたしなめるように、青が声を低くして言った。
 赤がまた、言い争いになるのかと、事の成り行きを、おろおろと見守っている。
 黄は、胸の前に腕を組んで、唇を突き出して、青に向かって斜めの方向に顔を向けた。上目遣いににらんでいるような目つきには、けれど、明らかに自分の失敗にうろたえている色が見える。
 それを確かめてから、青は、それ以上追求することはせずに、肩をすくめてうっすらと笑って見せた。
 「来ちゃったものは仕方ないよ。何とかなるさ、きっと。」
 穏やかな終結に、安心したらしい赤が、素早く腕を伸ばし、宙に向かって指を突き出し、
 「なら探検に向かうネ! ワテが先頭ネ!」
 そうして、3人で笑い合ってから、ふと頭数が足らないことに気づく。
 「・・・あれ? でかいの、どこに行った?」
 慌てて周りを見回す黄と赤と青の、紫の姿を探す視線の先の薄い闇は、けれどひっそりと静まり返っている。

(10) もうひとり

 紫は、先に歩き出していた。
 青白く光るキノコや、金色のコケが珍しくて、それをもっとよく見たくて、指先でそっと触れると、地上で触れた木や土と、同じような、同じではないような感触があった。
 3人はにぎやかにおしゃべりを始め、実のところ、紫は、その騒がしさに、ほんの少しだけ閉口していた。
 うるさいと言うほどのことではなく、ただ、たまには静かに、自分たちの声のない時間があってもいいだろうと、そんなふうに思って、あれこれ言い合っている3人の傍をそっと離れて、穴の底の静けさを、ひとりきりで少しだけ味あわせてもらおうと、紫は、そこは少し闇の濃い辺りへ、そっと歩き出す。
 土の中は静かだった。暖かく湿っていて、聞こえる音と言えば、水の音と土を踏みしめる音と、赤に引き抜かれるまでは、手足を縮めて体を丸めて、眠ってばかりいた。
 穴の底は、土の中に似ている。静かで、湿っていて、暗くて、けれどここは、少しだけ空気が冷たい。
 紫は、壁に右手を置いて、迷ったりしないように用心しながら---とは言え、大した広さではなさそうだったけれど---、足音を忍ばせて先へ進んで行った。
 みんなのいるところは、広場のようになっていて、そこから数ヶ所、さらに奥へ進む道があるらしい。紫は、いちばん近くへあった道へ、するりと入り込んで、ゆるく前へ進む壁伝いに、光るキノコに時々触れながら、まだ聞こえるみんなの声に、ちょっとだけ肩をすくめた。
 あの騒がしさなら、少しばかり遠くへ行ってしまっても、見失うようなことはなさそうだったから、紫はかまわずに歩みを進め、少しずつ静かになる穴の底のさらに先へ、奥深く入り込んでゆく。
 青の言っていた黒いドクロが、一体どんなものでどんな形をしていて、どんな大きさで重さなのか、そんなことも一向にわからないまま、もしかするとこの先に、その青の求めるドクロとやらがあるのかもしれないと、前方に向かって目を細める。
 見つかったら、みんなもう、夜を恐れなくていいのだと青が言った。とても大きくなって、食べられたりしなくていいのだと、けれどそう言われても、土から出たばかりの紫にはよくわからない。
 そんなことのひとつびとつ、きっとみんながそれぞれ---青は的確に、赤は親身に、黄は明るく---教えてくれるのだろう。
 後ろから聞こえていた声が、いつの間にかすっかりと消え、さまざまなことを考えているうちに、道は少しずつ細くなり、天井も低くなってゆく。この横道は先細りになっているのだと気づいて、紫は、少しだけ立ち止まって、天井と足元をぐるりと見渡した。
 ひどく静かで、そろそろ戻ろうかと思いながら、もう少しだけ先へ行ってみることに決める。
 歩くたび、空気が冷たくなってゆく。妙なところだなと、思いながら少しずつ背の低くなるキノコを眺めて、紫はやっとみんなのところへ戻ろうと決めた。
 そして、最後の一歩を踏み出した途端、目の前の地面に、小さな葉が揺れているのを見つけた。
 その横道の天井は、そこからさらに急に低くなって、紫は、体を折らずには前へ進めず、地面に這うようにして、その葉に近づいた。
 キノコと同じように、ぼうっと光って見える。光の色は、やわらかなうすみどりだった。
 掌をその上にかざし、その葉から、確かにこぼれる気配を読み取って、紫は、驚きに目を見開く。
 仲間に違いなかった。こんなところに、ずっとひとりでいたのだろうか。引き抜いても大丈夫なのだろうか。どんな姿をしているのだろうか。
 赤に引き抜かれた時のことを思い出しながら、紫は、その頼りなく細い茎に、そっと手を掛けた。
 人差し指と親指と、それだけで充分だった。つまんで、引いて、茎の先に、崩れた土の中から現れたのは、光るキノコと同じ色の瞳をした、首に赤いひらひらを巻いた、白い仲間だった。
 はっぱの小ささと同じく、体も小さい。黄よりも青よりも小さい。銀色の髪をふるふると振って、ぺたんと地面に坐り込んだまま、ぼんやりとした目で紫を見上げていた。
 全身が白っぽく光っているように見えるのは、ここが暗いせいなのだろう。
 この、小さな白は、何が得意なのかと思いながら、紫は、そっと手を差し出した。
 恐れるよりも不思議そうに、白は、紫のその手と顔を交互に見て、それから、まるで投げるように自分の手を乗せてきた。
 手も白くて小さくて、紫は、壊してしまわないように、そっとその手を引いて、白をその場に立たせる。
 白の前にしゃがんだまま、まだ土だらけの髪や肩や胸を、指先で払って、青の言う黒いドクロを見つけたら、この白も自分よりももっと大きくなれるのだと、そんなことを考える。
 立ち上がった白は、光るキノコに、色も姿も似ていて、壁際に黙って立っていたら、まぎれてしまって見分けがつかないかもしれないと、紫は声は立てずに、喉の奥だけで笑った。
 とにかく、仲間には違いない。頭上の葉と、首の赤いひらひらと、似ているところもまったく似ていないところも、赤や青や黄と同じだった。
 「一緒に、みんなのところへ、行く。」
 体をかがめたまま、とりあえず立ち上がった紫から視線を外さずに、白が、鸚鵡返しに言った。
 「みんな?」
 紫がうなずいて見せると、白は、顔を少し斜めにかしげた。
 迷っているというのではなく、みんなというのが何かわからないらしい。
 連れて行けば、青と赤と黄が、よってたかっていろいろ教えてくれるとわかっているから、紫は、なるべく静かににっこりと微笑んで見せてから、両手で白を抱き上げた。
 紫の肩にあごを乗せて、白はまだ合点の行かない表情で、けれど怖がる素振りも見せずに、元来た道を戻ってゆく紫の赤いひらひらを、ぎゅっと握った。

(11) みんな

 元来た道を戻ると、上から落ちてきた広場の方角から、わいわいがやがやと騒がしい声が聞こえる。
 案の定、自分を探して追って来たらしい、他の仲間たちだと気づいて、紫はその声の近くで足を止めて、抱いていた白を地面に下ろした。
 白は、いきなりの地面に驚いて、音に少しおびえて、紫の黒いブーツにしがみついて、その後ろに隠れてしまった。
 赤と黄と青が、ゆるく曲がった辺りから、途切れもないおしゃべりと一緒に顔を出す。そうして、そこに立っている紫を見つけて、
 「うわあ!」
と、悲鳴を上げたのは黄だった。
 「なんだよ、いなくなったと思ったら、また突然現れやがって。」
 黙って姿を消したのは悪かったと、そう表して、軽くあごを引きながら、紫は静かに、赤と青と、それから、あんまり驚いたので転んでしまった黄を、手を引いて助け起こしながら、順に眺めた。
 「・・・その、白いのは・・・?」
 青が、紫の足の後ろを指差して、黄の肩越しに訊く。赤も黄も、一緒に青の指差す方を見た。
 「奥で見つけた。引き抜いた。仲間。」
 まだ足にしがみついて、一生懸命姿を隠しながら、それでも好奇心を押さえきれずに、みんなの方を覗いている白に軽く振り返って、紫は、簡潔に起こったことを伝える。
 簡潔すぎて、赤と黄と青が、それぞれ自分たちの想像で、一体何が起こったのかを補わなければならないらしいことには、けれど紫は頓着はせず、大きな体をかがめて、隠れている白を、そっとみんなの前に連れ出した。
 「なんだよ、まだこんなのがいたのかよ。ちっちぇえなあ、それにしても。」
 黄が、やっぱり遠慮もなくそんなことを言いながら、白の頬を指でつつく。白は、初対面の黄に突然そんなことをされて、やっぱり気に入らないのか、むっと口元をへの字にして、ぷいと横を向いた。それから、他のふたりにも何も言わないまま、紫の足の間から、またその後ろへ隠れてしまった。
 青が、黄の後ろでため息をつく。
 「まあいいや。キミが引き抜いたんなら、キミにはなついてるはずだろうし。そのうち、ボクらにも慣れてくれるよ。」
 苦笑いしながら紫を見上げると、黄がぐるっと青を振り向いて、
 「なんだよ、オレが怖がらせたって言うのかよ!」
 青にくってかかろうとする黄を、赤が丸い体で間に入って、慌てて押しとどめる。
 青は、ちょっと胸を反らし気味に、そこで両腕を組むと、
 「そんなことは言ってないよ。土から出たばっかりで、勝手が良くわからないんだろうねって、そう言ってるだけだよ。大体キミは、何でもかんでも先走りしすぎだよ。」
 「なに言ってんだよ! オレがいなきゃここまでも来れなかったクセに!」
 「溺れてたキミを助けたのはボクだよ。」
 「泳げなくて悪かったな。おまえはオレみたいには飛べないだろ!」
 「いいかげんにするアルね、ふたりとも。」
 なるほど、姿を消していた間、こんなやりとりがずっと続いていたらしいと、3人の方を眺めて、紫はわからないように苦笑いした。
 白は、ふたりの言い争いに、すっかり毒気を抜かれて、けれど自分の方へは害意はないらしいと悟ったのか、また足の後ろから紫を見上げて、首をかしげて見せた。
 「心配ない。」
 そう言ってから、茎の細い頭上のはっぱを避けて、紫は白の頭を撫でた。
 ようやく、青と黄の口論をむりやりに終わらせて、赤が、またみんなの先頭に立つと、広場へ向かって腕を突き出す。
 「行くアルね! 黒いドクロを探すアルね! ケンカしてるヒマなんかないアルよ。」
 赤は、みんなを置いて、さっさと歩き出した。
 もっともだ、という顔つきで黄をちらりと見てから、青が続いて歩き出す。
 黄は、肩をいからせて、赤い髪をいっそう逆立てて、
 「ちぇっ! なんだよオレばっかり!」
 それでも、駆け出して、青を追い抜いてから、振り返ってわざとあかんべーをすると、先へ歩く赤と、胸を張って肩を並べた。
 青は肩をすくめ、やれやれという表情で紫と白を振り返り、紫は、白を見下ろしてから、先へ歩くみんなの方へ、軽くあごをしゃくって見せた。
 ゆっくりと歩き出す紫のすぐそばを、小走りに追い駆けて、けれど白は、途端に足をもつれさせて、顔から地面に倒れてしまった。
 慌てて起き上がる白を、紫は黙って抱き上げて、みんなに遅れないようにまた歩き出す。
 土から出て来たばかりで、また手足がうまく動かないのかもしれない。片腕に抱いた白に、特に慰めの言葉は掛けずに、けれどまた土で汚れた白の額と頬の辺りを拭ってから、紫はもう一度、銀色に光る白の髪を撫でてやった。
 前を歩くみんなを眺めて、紫を見て、白が前へ指を突き出す。
 「みんな?」
 また首をかしげて訊くから、紫は、みんな、と口移しにしてからうなずいて見せた。 
 ほんのちょっと、納得の行かないというように口をへの字に曲げたまま、白はぎゅっと紫にしがみついた。

(12) 発見

 また、落ちてきた穴のある広場にみんなで戻って、そこで足を止めた青が、みんなの顔を見渡して、さて、というふうに胸の前に腕を組んだ。
 「ひとりずつで行動してもいいと思うんだけど、どうせ急いでも仕方ないし、みんなで一緒に、何かないか探そうよ。」
 「黒いドクロか?」
 黄も、青の真似をするように、胸の前で腕を組んで訊いた。
 「ドクロもだけど、上に戻れるような、何か穴とか、道とか、そんなのの方が大事だと思うよ、ボクは。」
 「上に戻れれば、いつでもここには戻って来れるアルね。」
 黄の方を、全員で見て、何の準備もなしにここに降りて来てしまったことを、責めるわけではなくて、けれど一応、黄の無鉄砲については、全員---新参の白はともかく---の意見が一致している、という視線に、黄はぷうっと頬をふくらませて、そっぽを向く。けれど何も言い返しはせずに、
 「で?」
と、青に、先を促した。
 「さっきみたいな横穴とか、横道とか、ひとつひとつ調べて行こうよ。大した数があるわけじゃなさそうだから、手分けするほどのこともないと思うし。」
 広場は、それなりの広さがあるけれど、確かに、眺めて見える横穴や横道の数は知れていて、けれど、もし横道の先が枝分かれしていれば、下手に入り込めば迷ってしまうかもしれないし、ひとりで迷子になるくらいなら、いっそ全員でと、青は思う。
 ひとりひとりのできることを考えれば、全員でいれば必ず、何か解決策が見つかるだろうという目算もある。
 今のところ、青に従って間違いはなかった---まだ、何も危険なことも起こっていない---から、事の次第がわからずにきょとんとしている白を除いて、他の3人が青を見て、深くうなずいた。
 青を先頭に、赤と黄が肩を並べ、その後ろを、紫が白を抱えたまま歩き出す。紫がすでに入り込んでしまった横道は、ちらりと入り口を眺めただけで通り過ぎて、次へ進む。これはただの横穴で、大した奥行きもない。一応、ぐるりと中を歩いて、壁を触って叩いて、みんなで肩をすくめ、首を振って、次へ行く。
 3つ目も4つ目も、同じように何も見当たらないただの横穴だった。それだけで、広場の外周三分の一は回ってしまい、気の短い黄が、いらいらと地面を蹴り始める。
 そもそも、そんなに簡単に黒いドクロが見つかるわけはないと思っている青は、振り向いて、黄の短気をたしなめるように眉を寄せて見せてから、けれど何も言わずにまた前を向く。
 焦ったって仕方ないしな。第一、今はドクロよりも、上に戻る道か縦穴か、それらしきものを見つけるのが先だ。
 青は、みんなに背を向けたままで、きゅっと唇を噛んだ。
 少なくとも、今はひとりではないと、そう思って、唇をほどく。
 7つ目の穴は、他よりも、ほんの少し深かった。みんな一斉に、もしかして奥に何かあるかもと、期待に目を輝かせる。けれど、光るキノコのところどころに生えた、ゆるく左に曲がる壁を伝って、入ってきた入り口が見えなくなった辺りで、穴はそれ以上奥へは続かずに終わってしまう。
 黄が、あーあと大袈裟に声を出した以上に、青は落胆に肩を落してしまった。
 「まだ他の穴もあるアルね。」
 赤が、いつの間にか青の隣りに来ていて、その肩を叩いた。
 「そうだね。」
 慰めを受け止めて、失望を声に出さないようにしながら、それでも青は、ふうっと大きくため息をついてから、くるりと向きを変える。元来た道を戻るのも、青が先頭だ。どの辺りで黄がかんしゃくを起こすかなと、そんなことを思いながら、重い足を前に運んだ。
 その時、それまでずっとおとなしく紫に抱かれていた白が、いきなり紫の腕の中でもがき始めた。紫の肩を押しこくって、明らかに下に降ろせと、少しばかり乱暴な仕草で示して、紫が腕をゆるめると、とんと地面に飛び降りて、白はとっとと穴の一番奥の壁へ向かう。けれどまた足がもつれて、べたんと顔から転んで、紫が慌てて手を伸ばして助け起こすより早く、自分で起き上がると、痛そうに、赤くなった鼻先を撫でながら、またとっとと小走りに壁際へ向かう。
 青と黄と赤は、一体何事かと、紫の大きな背中越し、白の小さな背中を見ていた。
 白は、穴の最奥、その地面にしゃがみ込むと、小さな手をそこに当てて、突然土を掘り始める。白の手では、ざくざくというわけには行かず、砂埃程度の土を必死でかき分けていた。
 「何か、あるのかな。」
 青が、紫のそばにやって来て、見上げながら訊いた。
 「わからない。」
 紫は白の方を見たまま首を振ってから、青---と赤と黄---をそこに置いて、そっと白に近づいた。
 一生懸命地面を掘っている白を驚かさないように、とてもゆっくり歩いて行って、白のすぐ隣りに、とても静かにしゃがみ込んで、紫も地面を掘り始めた。
 白と紫の、大きさのまったく違う、色違いの背中が並んでいるのは、とても奇妙な眺めで、黄は実のところ、笑いをこらえるのに必死になっていた。
 青は、ひどく真剣な表情でふたりを見守って、赤は、はらはらどきどきしながら、まるで自分も地面を掘っているように、両手をやたらと胸の前で動かしている。
 紫の手は、白の手の何倍も大きかったし、力も強かったから、地面に開いた穴はどんどん大きく深くなって、白が埋まってしまえそうなくらいになった頃、無言で作業をしていたふたりは、同時に手を止めた。
 白は、穴の中に一生懸命手を伸ばして、中から現れたそれを持ち上げる。紫は、白が落ちたりしないように、さり気なく首の赤いひらひらをつかんで支えて、白が立ち上がるのを助けていた。
 白が、それを胸の前に抱えて、みんなの方へ振り返る。みんなの頭よりも少し大きい、白い丸い、今は泥に汚れた、卵のように見えるそれが何なのか、まだ誰にもわからなかった。

(13) 特技

 白が、顔の前にそれを抱えて、よろよろと歩き出す。みんな一斉に、白の方へ腕を差し出して、今にも転びそうな白---とそれ---を支えられるようにと身構えた。
 紫は、汚れた手を払ってから、白を抱き上げようか、それとも白からそれを取り上げようか、それともそれとも白の背中辺りにでも手を添えようか、散々迷ってから、結局助けないことに決めた。正面にいる青と黄と赤には、それに隠れて見えなかったけれど、上から見下ろす紫には、額に汗を浮かべた、とても必死な白の表情がよく見えたので。白の白い顔は、すっかり泥に汚れていたので、それをきれいにするのは忘れないようにしようと、それだけはしっかりと心にとめて、紫はゆっくりと白のそばを歩いてゆく。
 白は、ずいぶんと長い時間をかけて、青と黄と赤の前にやって来て、腕が短いのでそうは見えなかったけれど、ほら、というように立ち止まって、青に白くて丸いそれを差し出した。
 「なんだろう、これ。」
 青が、白からそれを受け取って、何か聞こえないかと、耳を近づける。
 黄は、触ってみようと手を伸ばしたけれど、青がそれを避けるように、すいと横に動かした。
 目の前にやって来た白いそれに向かって、赤がひくひくと、それに負けないくらい丸い鼻を動かす。
 「甘い匂い、するアルね!」
 「ええ?」
 青が唇をへの字に曲げて、その隣りで黄が、満面の笑みを浮かべる。
 「じゃあ、なにか食えるものか!?」
 「知らないアルね。でも甘い匂いするアルよ!」
 「・・・食べるって、一体、どうやって・・・」
 青のてのひらに乗ったそれは、少なくとも外側は固くて、歯を立ててもびくともしなさそうに思えたし、食べるなら、せめて洗ってからと、まだ泥だらけのそれを見下ろして、青は思った。
 地下だけにあるものなのかもしれない。こんなものは、少なくとも今まで見たことはない。青は、どうしようかと、それを抱えたまま迷っていた。
 そんな青の目の前に、白が両手を必死で差し出す。青から、丸いそれを取り上げようとしているらしいと気づいて、
 「どうしたんだい? これがほしいのかい?」
 小さな白の方へ、ほんの少し腰をかがめた途端、白がそれをぱっと取り上げて、頭の上に持ち上げたかと思うと、そのまま地面に投げつけた。
 「うわっ!」
 声を上げたのは黄で、みんなの目の前で、白くて丸いそれが、ぱりんと地面で割れて弾けた。
 ぱしゃんと、驚くみんなの目の前に、金色の水たまりが現れる。甘い匂いが、天井までいっぱいにあふれ返る。赤が、とてもうれしそうに、みんなを押しのけて前へ出る。
 「蜜アルね! 美味しそうネ!」
 黄の無鉄砲をとても責められないすばやさで、赤は両手を金色の蜜たまりに差し込んで、とろりとしたそれをてのひらの上にすくい上げる。ずずっと音をさせて、そうしてまたたくまに手の中を空にする。
 「美味しいアルよ! みんなも飲むヨロシ!」
 「ほんとか!?」
 毒かもしれないとは、赤と黄のふたりは、絶対に思わないらしかった。
 それでも、青も、甘い匂いと、ふたりのとてもおいしそうな様子に誘われて、そこに立っている白と紫を見やってから、紫が深くゆっくりうなずいたのに励まされ、両手を拭ってから、蜜たまりに近づいた。
 「いい匂いだね。」
 こんないい匂いのする蜜は、地上でもなかなか見つからない。第一、こんなにたくさんの蜜なんて、花からはとても取れない。
 青が蜜に口をつけると、ようやく紫も、白を促して、蜜たまりに手を伸ばした。
 青の、毒かもという懸念は、どうやら杞憂に終わったらしく、5人がかりで飲んでも飲んでも一向に減らないように見えた蜜たまりが、ようやく地面に染みを残すばかりになった頃にも、誰も、苦しいとかおなかが痛いとか手足がしびれるとか、そんなことは言い出さない。
 むしろ、みんな揃って蜜でいっぱいになったおなかをさすって、
 「もう動けねえ・・・」
 黄がそう言ったのに、すばやく同意する。
 「しばらく、おなかが空く心配だけはなさそうだね。」
 赤は、いっそう丸くなったおなかを天井に向けて、苦しそうに息をしながら、そう言った青に、こくこくと首を振った。
 紫は、やっと手に残った蜜を舐め終わった白の顔を、赤いひらひらで拭いてやっているところだった。
 ふうと、何度目か大きく息を吐き出して、青は、ぐるりとみんなの顔を見渡した。
 「地面に埋まってるものを見つけるのが、キミの特技みたいだね。」
 「・・・そうみたいだな。」
 青と黄がそう言うと、白はふたりの方を見て、けれど何も言わずに眉を軽く寄せてから、紫の方をまた見上げた。
 「埋まってるもの見つける、じょうず、そう言った。」
 ふたりの言葉を訳すように、紫がゆっくりと言う。白は、ちょっと唇をとがらせて、肩をすくめて、斜めに顔を傾けたまま、黄と青の方へ振り向いた。
 赤の小さないびきが、かすかに聞こえ始めていた。

(14) ひとりじゃない

 おなかがいっぱいになって、眠ってしまった赤を起こすのもかわいそうで、今日はとてもたくさんのことが一度にあったので、みんな疲れていたから、誰が言い出したわけでもなく、その場にとどまって、少し休もうということになった。
 黄は、仰向けになっていびきをかいている赤の丸いおなかにもたれて、すぐに寝息を立て始めた。
 紫はまだ眠らずに、自分の膝の中でうつらうつらし始めた白を見下ろしていて、青は、紫が先に眠るのを待とうかと、赤と黄の方を何とはなしに見やりながら考えていたけれど、そのうち、とても気持ち良さそうに眠っている3人の姿に眠気を誘われ、結局その場に、ごろりと横になった。
 「ごめん・・・ボクも眠いや。」
 仰向けになって、土の天井を見上げて、ひとりまだ眠りに入る様子のない紫に、あいさつのように手を振る。
 紫は、青に手を振り返して、心配するなというふうに、うっすらと笑って見せた。
 ここには、おそろしい生きものはいないように見えたし、とても静かで、薄暗くて、不安なく眠れそうだと、青は思う。
 体の前に、首の赤いひらひらをかけて、頭の後ろに両腕を枕代わりに組んで、青は紫がかった茶色の瞳を閉じた。

 水の底の土はやわらかくて、あまり苦労せずに外に出ることができた。
 こぽんと、呼吸をした泡が、水面へ向かって上がって行くのを数回見送って、青はようやく勇気を出して、その泡の後を追った。
 水から顔だけ出して、辺りをうかがうと、水辺に、同じ色をした仲間がたくさん見える。頭上に生えているのは、はっぱだったりつぼみだったり、あるいは、とても鮮やかな白の花だったり、青は、うれしくなって、必死で腕で水をかき始めた。
 水辺は遠くて、なかなかそこへはたどり着けず、もう1回水の中にもぐって、休もうかなと思った時、水辺にいる仲間たちが、突然ゆらゆらと輪郭をゆがめて、色も変えて、黒いドクロの怪物に変わった。
 青と同じほどの大きさの黒いドクロの怪物は、ぐにゃぐにゃと伸びたり縮んだり、となりにいるドクロとくっつきまざり合って、水に浮かんでいで呆然と眺めているだけの青の目の前で、巨大な、ひとつの化け物になる。
 天を突くほど大きな、黒いドクロの化け物は、高笑いをしながら、後ろになびく黒いマントを腕を振って払う。体中、どこも全部真っ黒だ。胸の上に浮かんだ、白い骨の線と、ギョロリと大きな、ぎらぎら光る白目と、むき出しの歯を除いては。
 気味の悪いその姿に、青はすくみ上がった。
 黒いドクロは、その辺り中の空気を全部吸い込むように、大きく胸を張って、口を開いた。
 ぬわーはっはっはっはっはっはぁっ! おまえも、食ってやろう。ありがたく思うがいいわっ。
 地響きがするほどの大きな笑い声が、耳の中にじんじんと響く。水の中へ入ってくるドクロの化け物から逃げようと、青は必死に水の中にもぐり込んだ。
 もう一度、水底の土の中へ還れば、食べられたりはしないだろうと、そう思う。
 水の中に入っても、黒いドクロの笑い声はまだ聞こえていて、鳥肌の立ちそうな、その気味の悪い声に、青は知らずに腕を上げて、両耳をふさごうとしていた。
 水底にたどり着いて、目の前の、水でやわらかい泥を、必死でかき分ける。自分が逃げ込むための穴を、精一杯のスピードで、掘ってゆく。
 水が大きく揺れた。ドクロの怪物が、もうそこまで来ていた。
 青は、恐怖に耐え切れなくなって、腕を止め、後ろに振り返った。
 ゆらめく、泡の立つ水の中、水面からこちらを覗き込む、巨大な黒いドクロがあった。
 大きな手が、青をとらえようと、迫ってくる。ドクロは、揺れる水で輪郭が定まらず、形のない、どろどろとした、いっそう恐ろしげな怪物に見えた。

 目を覚まして、目の前に、巨大な影があった。
 「わっ!」
 うっかり少し大きな声を出して、慌てて体を起こすと、それが自分を見下ろしていた紫なのだと気づく。青は、大きく息を吐き出して、ようやく肩の力を抜いた。
 「・・・おどかした・・・」
 「いや、夢を見てたんだ、ごめんよ。」
 すまなそうに、自分の方へ差し出していた腕を引っ込める紫に、青は、額の汗をぬぐいながらそう言った。
 水の中ではない、あの黒いドクロの腹の中でもない、あの洞窟の、穴の底のままだ。
 青は、確かめるように顔をめぐらせて、まだ眠っている、他の3人を見つける。
 赤はまだいびきをかきながら、その赤のおなかをまくらにして、黄がすうすうと、そうして、ゆっくりと上下する赤のおなかの真上に、白がうつ伏せに、音も立てずに眠っている寝顔が見えた。
 あははと、思わず小さく笑いをもらして、白をそこへ寝かせたのだろう紫の方を、ようやく見上げた。
 「キミは、寝たの?」
 紫が首を振る。
 みんながそばにいることに安心したら、またあくびが出た。青は、何となく水の底から出て来たばかりの頃のことを思い出しながら、目の前の、紫の赤い首のひらひらを引っ張った。
 「一緒に寝ようよ。まだ、どうせみんなは起きないだろうし。」
 ぐっすりと寝入っている3人は、どんな夢を見ているのだろうかと思いながら、青は、じいっと紫を見つめた。
 紫は、少しだけ考え込むような表情をつくって、そうして、素直に青のそばに、大きな体を横たえた。
 横向きに、こちらに体の前を向けた紫に背中を添わせるように、青もまた、地面に横たわって、今度はいやな夢を見ずにすめばいいなと、思いながら目を閉じた。
 ふわりと、体の上に掛かったのが、紫の赤いひらひらだと、薄目を開けて確かめて、けれど振り向くことはしなかった。
 もう、ひとりでおびえずすむのだと、紫が掛けてくれた赤いひらひらの端を、青はぎゅっと握る。

(15) けんか

 赤、白、黄の順で目を覚まし、黄の騒々しさで紫は目を覚まし、青は、いちばん最後に黄に揺すぶり起こされた。
 おなかは満ち足りていたし、たっぷりと休んだので、みんな元気になって、また洞窟の冒険を続けようと、赤を先頭に歩き出す。
 白が蜜の卵を見つけた横穴---にしては、少し深いけれど---から出て、次の横穴へ向かう。何かが見つかることを、あるいは、地上へ戻れる道か何かが見つかることを、みんながそれぞれに祈りながら。
 上から落ちてきた広場は、まん丸ではなく、奥に深い楕円の形をしていて、その奥のぐるりを回ったところで、横穴は10個目を数えた。
 ほとんどのは、入った瞬間に最奥の壁があるくらいに浅く、一目で何もないとわかったし、白もぷいとそっぽを向いて、興味もなさそうに次へ移る。元気があり余っているから、誰も疲れたとは言わないけれど、何の収穫もないことに、そろそろ退屈し始めている。
 白は、今は黄と紫の間で、短い手足を一生懸命振って、みんなに遅れまいとついてくる。
 12個目に、また少し深い穴を見つけた。
 ひどく曲がりくねった穴で、みんなきょろきょろと辺りを見回しながら、少しだけ足音を小さくして、ゆっくりと中を進んだ。
 「・・・何かアルかね。」
 「どうだろうなあ、今まで何もなかったし、ボクも、そんなに簡単に黒いドクロが見つかるとは思ってないけど・・・。」
 先頭を、肩を並べて歩く赤と青の会話を聞きとがめて、黄が、いきなり小走りに、青の背中をどんとつついた。
 「何だよ、おまえが行こうって言うから、オレたちここまで来たんだぜ。」
 青はびっくりして、後ろの黄を振り返りながら、
 「ボクだって、どこに何があるかなんてわからないよ。蜜の卵だって、ボクが見つけたわけじゃないし。」
 「おまえ、泳ぐ以外は何にもできないんだなあ。」
 黄が、とてもバカにしたように、にいっと唇の端をつり上げてそう言った。
 青は、珍しく黄の挑発に乗って、足を止めてくるりと振り向くと、
 「じゃあ、キミは飛ぶ以外に何ができるんだよ!」
 横穴の途中で、みんなは立ち止まって、青と黄の、ことの成り行きを、特に赤ははらはらと見守っている。
 「ここに来ようって言い出したのはおまえだろ! だったら何か見つけてみろよ!」
 「先に、何にも調べずに飛び込んだのはキミじゃないか!」
 赤はおろおろと青の後ろを歩き回って、いつふたりの間に入って、下らない口げんかの仲裁をしようかと、タイミングを見計らっていた。
 そんな赤の気遣いになど、青も黄も気づかない様子で、ついにふたりは、怒りの形相で同時に腕を振り上げた。
 「たまたまオレを助けたからって、いい気になるなよな!」
 「今度、何かあったって、ボクはキミのことなんか助けてやらないよ!」
 「助けてくれなんて、オレがいつ頼んだよ!」
 売り言葉に買い言葉で、一向に止まる様子もなく、激しさを増すだけのふたりの争いは、ついにつかみ合いになり、赤と紫の間で、ふたりは泥だらけになりながら、ごろごろと地面を転がる。
 上になり下になり、互いに首の辺りをつかんで、先に離した方が負けだとでも言うように、転がりながらにらみ合っている。
 「アンタたち、やめるアルね!」
 赤が、ついに見かねて、ふたりを止めようと手を伸ばした。
 けれどそれより一瞬早く、紫が、その時に上にいた黄を片手でつまみ上げ、一緒にくっついて持ち上げられた青を、もう片方の手でつまみ上げ、大きく両手を開いて、まだ暴れているふたりを引き離す。
 「離せよ! 下ろせ!」
 黄が、首の後ろ辺りに両手を回して、必死に紫の手から逃れようと、じたばたともがいている。
 青の方は、そうなってやっと頭が冷えたのか、まだ黄の方を険しくにらみながら、けれどしゅんと肩を落していた。
 「やめる、下ろす。やめない、このまま。」
 紫が、ふたりを交互に見ながら、とても低い声で言った。
 「そうアル! アンタたち、みっともないアルね。ケンカなんかやめるアルよ!」
 紫の前に走り込んで来て、下からふたりを見上げて、赤がぐっと反らした胸の前で両腕を組んだ。
 黄は、紫の力にはかなわないと悟ったのか、暴れるのをやめ、けれどぷいとそっぽを向いて、ぷうっと頬をふくらませる。青もそれを見て、ふんとあちらを向いた。
 赤は、まったくと小さくこぼして、大きく腕を振り上げると、ふたりをぐいっと指差した。
 「ワテら、一緒に黒いドクロ見つけて、大きくなるアルのコトよ。こんなところでケンカしてるヒマなんかないアル。」
 「黒いドクロなんて知るもんか。」
 黄が、いいっと、青に向かって歯をむいた。青は、むっとして、べーっと桃色の舌を出して見せた。
 「アンタたち、いいかげんにするアルね! もういいアルよ! アンタら置いて、ワテらだけでドクロ探しにゆくネ! ワテ先に行くアル!」
 赤は、ふんふんと、鼻から火を吹く勢いで肩をいからせ、みんなを置いて、さっさとひとり歩き出す。
 それを見て、青と黄は慌てて、赤を止めるように両腕を伸ばした。
 「おい待てよ! やめるよ! やめるから待てよ!」
 黄が先に言う。青も、困った顔で、赤の方へ、同じようなことを言った。
 赤は、もったいぶった仕草で足を止め、くるりと大仰に体の向きを変えると、のっしのっしと胸を張って歩いて戻ってきて、またふたりの間で立ち止まる。
 「なら、仲直りするアルね。」
 まだ紫につまみ上げられたままのふたりの右手を一緒に取り上げて、引き寄せて近づける。
 握手しろと言われているのだと気づいて、青と黄は、ちょっとだけ抗うように、腕を引いて、互いに泥だらけの顔を見合わせた。
 黙ってことの成り行きを見守っていた紫が、ふたりを励ますように、ふたりを引き離すために広げていた両手を少し近づけて、軽く肩をすくめた。
 「・・・なかなおり。」
 自分も赤に賛成だと、そう示して、ふたりを交互に見て、深くうなずいて見せた。
 黄はぷうっと頬をふくらませ、青も黄をまだにらんだまま、それでもゆっくりと手を近づけて、ようやくしぶしぶと互いの手を握る。
 「これで一件落着ネ。」
 赤は腰に手を当てて、胸を張って宣言した。
 紫は、ふたりが握手をほどいたところで、ゆっくりとふたりを地面に下ろし、そうしてまた、みんなで歩き出そうと、穴の奥へ向かって回れ右をする。
 「あれ? あいつどこ行った?」
 泥を払いながら、黄が辺りを見回す。白の姿がない。てっきり自分の後ろにいるのだろうと思っていた紫は、ちょっと慌てた。
 「おーい! どこ行ったー?」
 黄が穴の奥に向かって、両手を口元に添えて、大声で呼ぶ。穴の中に声が跳ね返るばかりで、返事はない。
 また、何か埋まっているものでも見つけたのだろうかと、青が、穴の先へ探しにゆこうと足を前に出した時、黄が、広場に近い方を指差して、
 「いた!」
と大声を出した。
 みんなが、黄の指差した方へ顔を向けるよりも早く、その先にある光るキノコの小さなやぶに、黄はとっとと駆け出していた。
 白は、キノコの群れの中に身を隠すように、その陰の向こうから、こちら側をじいっと見ている。不安気に小さな肩をいっそう小さく縮めて、上目遣いが、少しおびえているのだとわかる。
 光るキノコとよく似た色の白は、そんなところにいると、キノコと見分けがつかず、ゆいいつ鮮やかに赤い首のひらひらで、そこに白がいるのだと知れる。
 みんなは、白を見つけて、ほっと安堵の息を吐いた。
 「何してんだよ、そんなとこいたらわかんないだろ。かくれんぼのつもりか?」
 突然のけんかにびっくりして、こわがってそこに隠れたのだとわかるから、けんかの張本人の黄は、照れ隠しに大きな声でそんなことを言いながら、白の手を取って、キノコのやぶから白を引きずり出した。
 白はよたよたとそこから抜け出て、黄に手を取られたまま、ずるずるとみんなの方へ引きずられて行った。
 「しっかり見張ってろよ!」
 妙に不機嫌な口調で、紫の赤いひらひらを引っ張りながら、黄がそう言った。
 紫の赤いひらひらを、白の小さな手につかませて、黄は、大げさに手足を振って、みんなの先頭に出た。
 「行こうぜ! グズグズすんなよ!」
 先に立って歩き出す黄の背中は、まだ泥で汚れている。
 その背を見て、青はくすりと苦笑をもらした。自分の泥を払ってくれている赤と、肩を並べて黄の後を追い、さらにその後を、紫がゆっくりと歩き出す。振り向き振り向き歩く紫の後を、白が、赤いひらひらを必死につかんでとことこと歩く。

(16) 外へ

 大して深くはなかった、その12番目の穴の奥にあったのは、地面に埋まった、丸い岩だった。岩は、半分だけ地面から顔を出していて、そのすぐ後ろが、12番目の穴の終わりの壁だった。
 相変わらず、他には何もない。それでも、青と赤と黄は、その岩の後ろと、穴の最奥の壁の間に、何か隠れてはいないかと、一応きょろきょろと眺めて回る。
 「穴だぜ。」
 黄が、埋まった岩の真上を見上げて、そう言った。
 みんなでいっせいに、黄が見上げた方を見上げて、そうして、岩の真上に天井に、ぽっかりと穴が開いているのを発見する。
 「上に続いてるアルかね・・・。」
 赤が、奇妙に不安げな声で言うと、
 「・・・どうだろう、真っ暗だし、行き止まりじゃないかなあ。」
 青がそう答えた。
 第一、穴の開いている天井には、黄しか届かないだろう。どちらにせよ、出口かもと、そこを這い上がってゆくのは、とても無理な相談だ。
 誰が吐き出したのか、小さなため息の音がかすかに響く。
 それを合図に、みんなはその岩から離れて、また広場へ戻ろうと、穴の外に向かって歩き出した。
 その時、白だけが岩の方へ走り出すと、まるで岩を抱え込むような仕草で、ぺしぺしと岩を叩き始める。
 「なにやってんだよ。」
 黄がすっとんきょうな声を出した。
 白は、小さなてのひらで、みんなが自分を呆然と眺めていることなど知りもしないふうに、固い岩を叩き続けていた。
 紫が見かねたように、とりあえず白の方へ歩み寄った。
 白がそんなことをして、岩が割れるはずもなく、けれど紫なら、何が目的かはわからないけれど、岩を叩いて壊すことはできるかもしれなかった。
 「どいてる。」
 白が振り返って、ちょっと不満げに唇の端を下げて、それでも素直に、岩から離れた。
 紫は、白が叩いていた辺りをてのひらで撫でてから、それから、大きく腕を振り上げて、強く握ったこぶしを、そこに打ち当てた。
 岩の表面に亀裂が走り、力が足りなかったかと、紫がまた腕を振り上げた時、まるで殻が割れるように、岩の表面がばらばらと崩れ落ちる。
 そうして、そこに現れたのは、激しく水を噴出す、地面に空いた穴だった。
 「すげえっ!」
 黄が大きな声を上げて、噴き上げる水の行方を眺めている紫のそばへ、小走りにやってくる。ふたり一緒に見上げたのは、天井の穴に向かって噴き上げる水と、そして、その水の勢いで貫通してしまったらしく、天井の穴の最後に見える、明るい光の輪だった。
 「・・・この水に乗ったら、外に出られるのかな・・・?」
 黄が、珍しく弱気に訊いた。
 「・・・たぶん。」
 紫が、これも珍しく浅くうなずいた。
 「外に?!」
 赤と青が同時に叫んで、ばたばたとふたりのところへやって来た。白も、いつのまにか、黄と紫の間に立って、水の行方を眺めている。
 みんなで、ずらりと水の噴出す地面の穴を囲み、天井の穴を見上げて、その先にちらちらと見える明るい光の輪と、その光を反射して、きらきらと光っている水と、光の輪の中に見える、どうやら間違いなく地上のものらしい色や形を見つけて、言葉にはせずに喜んでいた。
 「じゃあ、行ってみようか・・・?」
 青が、みんなを見回しながら言った。へへっと黄が、胸を反らして、青の方を横目で見た。
 「オレ、一番手。」
 言うが早いか、噴き上げている水の中へ、ひょいっと飛び込んでゆく。
 「ええええええ! ちょっと待てよ!」
 青が引き止めようと手を伸ばした時には、黄の赤いひらひらは、もう天井に吸い込まれていた。
 みんなで、黄が噴き上げられてゆくのを、痛いほど首を伸ばして見送っている。黄の驚く声が縦穴の中にいつまでも響いて、それから、どうやら穴の外へ出たのか、何も聞こえなくなった。
 「・・・だいじょうぶそうアルね・・・」
 「だといいけど・・・」
 「じゃあ、ワテ次アル。」
 赤が、指をなめて耳の中へ差し入れ、むっと息を止めた。それから、えいやっと、思い切ったように水の中へ飛び込んでゆく。赤の姿は、音もなく水の中へ吸い込まれ、そして、声さえ聞こえなかった。
 赤の後を追うつもりなのか、ひとりで水の噴出す穴のふちによじ登ろうとしていた白の赤いひらひらを、紫がつかんだ。
 「ひとり、あぶない。」
 じたばたもがく白を、ちょっとだけにらんでから左腕に抱えると、紫は、青の方へ振り返った。
 「一緒行く。」
 え、と慌てる青を、すばやく右腕に抱え込んで、紫はどんと水の中へ飛び込んだ。
 白も青も、激しく噴き上げる水の中、振り飛ばされまいと、必死に紫にしがみつく。紫も、大きな腕でしっかりふたりを抱きかかえていた。
 水の中でも平気な青とは違って、白と紫は、自由に呼吸ができずに少し困っていた。けれど少しずつ明るくなる視界の中、薄められた空色が、いっぱいに広がり始めていた。そこに少しずつ緑が交じり、そろそろ溺れそうだと、白と紫が同時に思った時に、ふわりと体が水の外へ出た。
 それから、どしんと地面に放り出される。
 地上だった。

(17) 隠れる

 噴き上げるのが、そう言えば水だったのだと気づいて、溺れてしまうかもしれないと思った時には、もう水の外へ放り上げられていた。
 ふわりと浮き上がった体が、どんどん下に落ちていって、けれど黄は、器用にくるりと空中で一回転すると、うまい具合に、下から飛び出してきた、水の噴き上がる穴のすぐ傍へ、きれいに着地する。
 地面に両手を着いたままで、ぷるぷると頭を振って、水を払った。
 「ふう。」
 一息ついて、さて立ち上がろうかと思っていたら、真上から真っ赤な影が落ちてきた。
 「ひええええええ。」
 赤い影は手足をじたばたさせながら悲鳴を上げていて、その丸い影が赤だと気づいた時には、黄は落ちてきた赤の下敷きになって、ふたりで一緒にじたばたと、地面の上で手足を振り上げることになった。
 「いってえ!」
 おおげさに声を上げて、自分を下敷きにした赤をなじるように、黄はほんの少し涙で潤んだ目で赤をにらむ。
 赤はびしょ濡れのまま、まだ何が起こったかよくわからないように、焦点の合わない小さな目で、きょろきょろと黄や黄の後ろの水柱を眺めていた。
 地面にぺたんと坐ったままのふたりのそばに、今度はどしんとすさまじい音を立てて、紫が着地を決めた。
 両手にそれぞれ、青と白を抱えて、みんなはいっせいに、水を払うために、ぷるぷると頭を振っていた。
 「外だ・・・。」
 青が、わずかに微笑んで、辺りを見回しながら言う。
 「外アルね。」
 応えるように赤が言って、うれしそうに黄に飛びつく。
 青はぴょんと紫の腕の中から飛び降りると、その赤の背に飛びついた。
 3人がはしゃいでいるそばで、紫はそれには加わらないまま、けれど内心は、同じように地上に戻れてよかったと、ちゃんと喜んでいる。
 白はまだ紫に抱えられたまま、しきりに目をこすっていた。
 初めて地上に出て、太陽の光を浴びて、ちりちりと真っ白い肌が痛んでいる。明るさに慣れない目も、ひりひりした。
 青と黄と赤が、日暮れまでに隠れる場所を見つけようと、頭をつき合わせて相談し始めたのを、まだ黙ったまま眺めて、紫は、やっと白の仕草に気づいて、その小さな指をつまんで止めた。
 白の目は、水に濡れたせいではなくて潤んでいて、紫に指を取り上げられると、今度は何度も何度も瞬きをし始めた。
 それから、白は、少しだけいまいましげに空を仰いで、光を注ぐ太陽に向かって、むっと唇を曲げて見せた。
 「ひかり、まぶしい。」
 紫の方を見て、瞬きしながら、白はこっくりとうなずいた。
 ふたりがそんなやり取りをしている間に、他の3人は、すぐ傍の大きな木の根元に、地面に飛び出た太い根が何本も絡まった陰を見つけ、あそこはどうだろうと、好奇心旺盛な黄が、もうそちらに走り出して、さっそく偵察を始めている。
 「大丈夫みたいだぜ!」
 鼻先を突っ込んで、するりと中に入り込んで、それからやっと顔を出して、黄が声を投げてくる。
 「みんな一緒に、中に入れそうかい?」
 口の回りを両手で覆って、青が訊くと、黄は親指を立てて見せた。
 それを見てから、赤が紫の方へ振り返って、
 「大丈夫アルかね。」
 ちょっとだけ心配そうに言う。紫が入れなければ意味がないのだ。
 「入り口は案外大きそうだし、多分大丈夫だよ。」
 行き当たりばったりの冒険をひとつ終えて、少しばかりおおらかな口調で、青が微笑んだ。
 「急いだ方がいいアルね。もう夕方になるアルよ。」
 赤が、みんなを促した。
 黄は、根っこの陰から顔を突き出し、手招きしながら、
 「早く来いよー!」
と、怒鳴っている。行こうかと、青が歩き出し、赤が肩を並べ、4歩遅れて紫も歩き出した。腕に抱えたままの白を、光から守るために、自分の赤いひらひらで覆って、先へゆく赤と青の背を追いながら、これから来る夜には、一体どんなおそろしいいきものがいるのだろうかと、ちょっとだけ不安になった。

(18) 夜

 長い夜だった。
 案外と大きなうろになっている、絡まりあった木の根と地面のすきまで、外の明るさがにじんだ濃い青に変わる頃まで、みんな、地面にぐるりと輪になって坐って、地下でのできごとを笑い合ったり、明日の朝にはどこへ行こうかと話し合ったり、ほとんどは声を弾ませて過ごしていた。
 最初に赤が、おやすみと言って地面に寝転がり、青と黄が見合って、じゃあ寝るかと、そう言った。青はその場で横になり、黄は、わざわざ赤のそばまで行って、またその丸いおなかの辺りに頭を乗せた。
 頭上の花も葉もつぼみも、そうなればたらんと力もなく、白と紫は、まだ眠れずにふたり、土から出て初めての夜を迎えていた。
 紫も、一応は仰向けに地面に横たわったものの、自分のおなかの上でうつぶせに、そこに耳をくっつけるようにして、けれど眠れずにもぞもぞと動く白が気になっている。
 なかなか眠れないのは、紫も一緒だった。
 赤も青も黄も、もう寝息を立て始めている。静かだと思える辺りの気配には、夜風になぶられて身をこすり合わせる、木々の葉の音が時折まじる。それから、おそろしいいきものとやらの足音らしきものも、まれに騒々しく挿入された。
 けれどその騒々しさは遠くのどこかで、地面が揺れることもなく、外に出さえしなければ安全なのだろうと、白と紫は、すやすやと眠り込んでいる仲間の方を見て、互いにそっとうなずき合った。
 「みんな?」
 白が、とても小さな声で言った。
 「みんな。」
 紫は、少しだけ頭を浮かせて、白に答えた。
 「みんな、黒のドクロ探してる。見つける、みんな大きくなる。」
 白が、何のことだというように、色の薄い眉を寄せる。まだ小さな、白の頭に生えた葉をいためないように、紫はそっと白の頭を撫でた。
 「みんな、一緒に大きくなる。」
 白ももちろん一緒にだと、そう伝えるために、紫は微笑んだ。
 白は興味なさそうに、ちょっとだけ唇を突き出してから、また紫のおなかの上に顔を伏せる。
 それきりしばらくの間、白が身じろぎもしなかったので、紫は白が眠ってしまったのだと思った。
 土の中では、いつも手足を縮めて、背中を丸めていたから、こんなふうに体を伸ばして眠ることには、まだ慣れない。土の湿りや暖かさや、そんなものを懐かしく思い出しながら、まだ初めての夜じゃないかと、紫はほんの少し自分を笑う。
 白が、ごしごしと、額を紫のおなかにこすりつけた。また顔の向きを変えて、ため息のように深く息を吐いて、紫の方は見ずに、白が細い声で言った。
 「・・・みんな。」
 「みんな。」
 間を置かずに、紫は繰り返した。
 「くろい、ドクロ。」
 「黒いドクロ。」
 「いっしょにおおきくなる。」
 「一緒に、大きくなる。」
 まるで、しゃべる練習でもしているように、白は、紫が言ったことを口移しに繰り返していて、紫は、それがきちんとしていると示すために、白の後にゆっくりと繰り返していた。
 自分も、しゃべるのはまだ苦手なのにと思いながら、紫は、土の外にいる時間が自分よりももっと短い白のために、みんな、とまた繰り返す白に付き合って、赤や黄や青の口の形を思い出しながら、こちらを見てなんかいない白に向かって、ゆっくりと口を動かしていた。
 黄と1日一緒にいれば、きっとしゃべるのも、そう苦手ではなくなるだろうと、あちらで眠っている3人を眺めて、また白に視線を戻して、いつのまにか、かすかに寝息を立て始めている白の小さな背中に、そっと掌を乗せて、紫は、初めての夜のために、やっと眠ろうと思う。
 目を閉じる前に、もう一度だけ、みんな、と、誰へでもなく、宙に向かってつぶやいた。

(19) 日々

 朝が来て、昼になって、そして夕方になると隠れ場所を探して、夜にはひっそりと眠る。
 朝と昼の間には、みんなであちこち歩き回っては、何かないかと探した。
 木の上や、あまり高くはない崖の上には、黄が飛び上がり、水があれば青が潜り、大きな岩や倒れた木は、紫が全部どけて、火を噴き上げる穴には、赤がお返しの火を吹いた。白はいつも地面に目を配り、何か埋まっていないかと、みんなで期待しているのだけれど、今のところ収穫はない。
 大きなはっぱの形をした虫や、花のふりをして地面に埋まっている大きな怪物や、二本足で歩く、丸い背に斑点のある赤い怪物や、でくわすたびに、赤と紫が応戦した。
 逃げ足の早い黄と白の心配はあまりないけれど、たまに逃げ遅れた青を、紫が黄や白の方へ放り投げるという荒業も何度か必要だった。
 誰もがそうやって、1日1日、自分のできることを一生懸命やって、あまりひどい仲違いもせずに、黒いドクロを一緒に探し続けている。
 一体どこにあるのか、黒いドクロは、まだどこにも姿を現さない。
 がっかりして1日を終えても、暗くなれば必ず、赤が、とても弾んだ声で先のことを語った。
 大きくなったら、あんなことをしよう、こんなことをしよう、こんなこともできる、そんなこともできる。
 そのうち黄が、自分のしたいことを声高に話し始め、それを青が微笑んで聞いている。紫と白は、ほとんど表情も変えずに、赤と黄のやりとりを眺めている。
 おそろしいいきもののあふれ出す夜は、暗くて長かったけれど、みんなで一緒にいれば大丈夫だと、誰もが勇気づけられていて、どんな困難も、一緒に乗り越えられると、そんなふうに素直に信じられるようになっていた。
 赤は、火の力を鼻にかけたりはしなかったし、黄は、溺れかけたことでもうすねたりはしなくなっていたし、青は、少しばかりの無鉄砲や無茶は、笑ってしまえるようになっていたし、紫は相変わらずしゃべるのは苦手だったけれど、みんなの考えることはいつだってわかっていたし、白はまだいろんなことに慣れていないけれど、でもとてもすばしこくて、みんなの足手まといになるようなことは、決してなかった。
 黒いドクロを求めて、みんなはもっともっと先へ進まなければならなかった。水辺をぐるりと迂回して、森を抜けて、小さな谷間を歩いて、どこにあるとも知れない黒いドクロを、みんなは、ずっとずっと探し続けている。
 太陽の下を歩き続けるうちに、まだ淡い緑色だった紫と白の頭上のはっぱは、しっかりと深い緑色に変わり、白はもう、色の薄い目を太陽の光に焼かれることもなくなって、紫に抱えられなくても、みんなに遅れずにきちんと歩けるようになっていた。
 朝日が昇って明るくなれば、今日こそ見つかるかもしれないと、みんな笑顔で外に飛び出す。たとえその1日が徒労に終わっても、みんなは決してあきらめることをしなかった。
 ひとりきりではなく、仲間が一緒にいるから。
 今日がだめなら明日が、明日がだめならあさってが、そうやって、1日の終わりを迎えながら、夜の眠りの中で、黒いドクロの夢を見る。
 そうして、7つ目の夜が明けようとしていた。