負け犬
目の前に、かすかな線の入った、なめらかなみぞおちが、近づいてくる。
きれいな線を描いて、軽く盛り上がった胸と、着やせする、厚みのある肩と二の腕。そのくせ、腰は削いだように、細い。えぐったような、背中から腰にかけての線は今、ローライズのジーンズで、よけいに強調されている。
細くて長い指や、一見華奢に見える、頬からあごにかけての線のせいで、服を着ていれば、むしろ薄い体に見えるのに、脱げば、驚くほど厚みを増す。抱けば、いつもしっかりと、骨にこたえるような重みを預けてくる。
その体を、目の前に運んできて、ジェットは、ジーンズのボタンに、軽く指を添えていた。
「ほら、見ろよ。」
親指ではじいたそこには、銀のリングが通っている。
丸い、形のいい、腹の真ん中のへこみに、わざと穴を開けて通したそのリングを、まるで見せつけるように、引っ張って見せる。
皮膚が引っ張られ、見ている方が痛みを感じるような、そんな眺めだった。
ハインリヒは、嫌悪ではなく眉をしかめ、たしなめるように、ジェットを見上げる。
「博士に、何て言うつもりだ。」
へへっと、ジェットが笑った。
「別に。穴が開いてまずいなら、取り替えてもらうだけさ。」
投げ捨てるようにそう言って、それから、ハインリヒの目の前に腰を軽く突き出すと、ローライズの、隠すべき、最低限しか覆っていない青くて硬い布地を、ゆっくりと剥ぎ取り始める。
下着を着けない素肌---人工皮膚であることが、信じられない---が現れ、腹に光る産毛が、次第に濃くなり、髪の色を思わせる、赤みがかった体毛が、ちらりとのぞく。
前を開いて、ねだるように、差し出す。
腰の、細くなった線に、両手を添えて、引き寄せてやると、頭上で、息を深く吐いた音が聞こえた。
みぞおちに舌先を滑らせ、触れてほしいだろう場所は、しばらく放っておく。
下目に、銀色に光るリングを観察してから、それを、唇に挟んだ。
かちりと歯を立て、リングの通った人工皮膚を、柔らかく舐めてやる。
痛みがあるのか、それともくすぐったいだけなのか、ふっと腹が波打った。
いたずら心を起こして、歯で、リングを引っ張ってやると、ジェットが喘ぐように、声をもらした。
ハインリヒの、鉛色の右手に、自分の手を乗せ、それから、右手で頭を引き寄せる。
ジェットの体に繋がったリングを、口の中にすっかりおさめて、かちかちと音を立てながら、舐める。
甘噛みするたびに、ジェットの全身が震えるのが、リングの通った皮膚越しに、伝わる。
「・・・なあ・・・」
潤んだ声で促され、見上げると、声よりも潤んだ、淡い緑の瞳が揺れていた。
とっくに、喉やあごの辺りをかすめていた、もの欲しそうなそれに、ようやく触れてやる。
右手の指を絡め、好き勝手はできないようにして、喉の奥まで飲み込んでやる。
あまり時間をかける必要ななかった。
そうされるよりは、そうする方が好きなジェットが、自分から躯を外して、ハインリヒの膝の間に、頭を滑り込ませてくる。
赤い、逆立った髪を撫でてやると、子犬のような声を上げて、夢中になって、顔を振る。
白い、広い背中に手を伸ばし、狭まった腰の線をたどって、腰に引っ掛かっているだけのジーンズの下に、右の掌を滑り込ませる。
体を倒して、そうとは思わずに、ジェットの喉の奥に突き込む羽目になると、喉の奥で、苦しそうな音を立てて、それでも離さずに、必死に唇を使う。
ハインリヒのために、そうしているように見えて、実は、それはジェット自身のためだった。
腕を伸ばし、ジェットの下肢に、背中から触れてゆく。
指先を滑らせると、喉の奥が開くのがわかった。
ハインリヒが、体を傾けるのに合わせて、首を背中の方へ折り、背中を弓なりに反らせて、腰を高く突き上げる。
入り込んでくれる指先を促して、わずかに腰を振る。
唇を侵させて、押し入る指先に、もっと大きく膝を開く。
低い、そのくせ甘い喘ぎが、濡れた唇からもれ、指に絡みつく熱さに、ハインリヒは、そこに埋もれる自分を想像して、思わず果てそうになった。
骨をしゃぶる犬のように、夢中になって顔を振り立てているジェットを、ようやくそこから引き剥がし、横柄に、あごをしゃくって、上に乗るように促すと、どこか熱に浮かされたような、少し空ろな目で、ジェットがローライズの、細身のジーンズを脱ぎ捨て、ハインリヒの上に、覆いかぶさって来る。
助けてはやらない。手も貸さない。
ジェットが、自分で濡らしたそこへ、両手を添えて、自分で、導く。
狭く柔らかい熱の中へ、ハインリヒを誘い込んで、肩を揺すって、喘ぐ。
筋肉が、うごめくさまを眺めながら、その全身で包み込まれ、貪られているのだと、ハインリヒは思う。
思うさま動き、味わって、ハインリヒを、食む。
侵されているのは自分の方なのだと、そう思う。
ふと思いついて、みぞおちに右手を伸ばし、くすぐるように、腹筋の線をなぞった。
そうするだけで、狭く絡みつく熱が、さらに上がる。
眉を寄せ、耐えながら、ハインリヒは、かちりと、銀のリングに指先を通そうとした。
無理に引っ張れば、人工皮膚でも、いつかは裂けてしまうだろうと思って、ふと、そうしてみたい衝動に駆られる。
リングから指を外し、胸元へ、掌を滑らせた。
そうしてまた、ジェットの、揺れる全身を眺めながら、硬くとがった胸の突起に、リングを通して、それを引きちぎりたいと、思った。
ジェットの皮膚を突き破る金属の輪が、まるで、機械の体を晒した自分の、化身のように思えた。
わざとうるさく喘ぐジェットは、どこまでも深く、ハインリヒを飲み込んで、そこで、ハインリヒの熱をなだめ、自分の熱を飼う。
ふくれ上がる熱を、内側と外側でこすり合わせて、弾ける瞬間を、見定める。
あごを突き上げて、伸びた喉が上下する、うっすらと汗を刷いた、その線に、ハインリヒは、ふと欲情する。
自分の形に、喉を開いていたジェットの姿を思い出して、よみがえった、唇の奥の濡れたぬくもりが、今自分を包んでいる、湿った筋肉の、内側の熱さに、瞬間、重なる。
思わず体を起こして、弾けながら、ジェットの背中を抱き寄せた。
噴き出した汗に、重なった胸が、ぬめる。
また、負けたのだと、卑屈な視線を上目に送ると、ジェットが、にやりと唇をねじ曲げて、ハインリヒを見下ろしていた。
不敵な笑みが、人工皮膚に突き刺さって、不意に感じた痛みは、ジェットが皮膚に穴を開けた痛みと同じだろうかと、ふと思った。
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