あの目が、やけに神経にさわる。
 見下ろされるのは、身長のせいだとわかっているのに、それだけではなく、あの瞳に、何か別のものが浮かんでいるような気がして、それが、どうしても気のせいには思えなくて、ざりざりと、神経を逆撫でされる。
 人を小馬鹿にしたような、目つき。うっすらと浮かんだ冷笑。気のせいだと、必死で思おうとすればするほど、あごを軽く上げ、下目に、不敵にこちらを見返すあの瞳が、目の前にちらついて、思わず、むっと唇を結ぶ。
 目障りだと思ってから、そのくせ、視線が、絶え間なく動きを追っている。
 自分の肩を、自分で抱いた。

*   *   *   *   *   *   *

 「いいだろ、これ。」
 目の前に立って、下には何も着けていないらしい、黒い皮のライダースーツを見せびらかす。
 背の高い、手足のひょろりと長い体に、確かにそれは、よく似合っていた。
 皮の厚みに負けない、胸や肩の、ちょうどいい盛り上がり方や、鈍く光る黒に、圧倒されすぎない、首やあごの線、男くさいくせに、どこかに、一瞬、やけにもろそうな、すきがある。
 触れれば、きしきしと音を立てるだろう、その革の手触りを、ふっと指先に感じたような気がして、慌てて視線を逸らす。
 目を奪われていたのは、その、意図しないいかがわしさのせいだと知っているから、思わず自分を恥じた。
 「タトゥーも増やしたんだぜ。見るか?」
 「見せなくていい。」
 そんなもの、と、語尾を鋭く、吐き捨てるように言った。
 嫌悪感は、刺青にでも、この男自身にでもなく、丈高い体全体から匂う、雄くささに魅かれている、自分自身に対してだった。
 獣の匂いがする。今着ている、皮のせいばかりではなく、人工皮膚そのものがまるで、人の体のために造られたわけではないのだと、誤解しそうなほど。
 人の手にはかからない獣だから、ねじ伏せて、牙を抜いてしまいたくなる。
 自分にだけに従順な、卑屈な瞳の飼い犬のような、そんな扱いを、してやりたくなる。
 ちぇっと、からかうように、舌を打つ音が聞こえ、また目の前に立つ、背の高い体を見上げて、小さな言葉を投げつけてやる。
 「あきれたな、ギルモア博士が、よく何も言わないもんだ。」
 「オレの体だぜ、何だって好きにするさ。」
 こんな会話は、もう、飽きるほど繰り返している。
 また、あの目が見下ろす。
 必死で、自分を抑えようとしているのを見透かしていて、それを、さも下らないとでも言いたげに、こちらを、目を細めて見下ろしている。
 傲慢なやつだと、思って、けれどそう感じるのは、自分の中の卑屈さのせいだとは、気づかないふりをする。
 つけ上がりやがって。
 思ったそのままが、舌の上を滑った。
 「・・・甘やかされたい放題で、いいご身分だな。」
 「アンタは、甘やかしてくれないけどね。」
 にやっと、横に広い、唇の厚い口元が、笑う。
 思わず、坐っていたソファから、腰が浮いた。
 肘掛に置いた手で、ソファの、ざらざらとした生地に指先を食い込ませて、不敵なふりの笑顔を、こちらからもにやりと返す。
 「生憎と、俺の性には合わなくて、残念だったな。」
 意趣返しのつもりだった。やり込めたと思って、閉じた唇の線を見つめて、勝ったと、一瞬だけ思った。
 ほんとうに、一瞬だけの、ことだったけれど。
 「甘えるのは、性に合わなくもないくせに。」
 自制する間もなく、自分よりも背の高い、今は黒い革に包まれた体の前に、勢いよく立ち上がっていた。
 「何だと。」
 声が震えていた。頬に血が上るのが、見上げた瞳の動きに、うっすらと映って見えた。
 その目がまた、軽蔑らしい色を、ひと刷け、濃くした。











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