浅薄で凡庸
2003/01/25(Sat)
半世紀ぶりくらいに、自分の文章を、紙で読んだ。
撃沈。
あまりの薄さ軽さに、頭抱えそーになった。っつーか、抱えてヘコみ中。
村上春樹とか赤川次郎の4流のパロのコピーを、手書き原稿にしてみましたって感じに、軽い。よーするに、読めた代物か、コレ?って。
何というか、印刷された文字そのもの書体とか、そういう字面自体から受ける印象って、バカにできないんだなあと、実感。
長年使ってたサンヨーのワープロは、わりと丸っこい字体で、線も細かったから、紙面から受ける印象が白っぽいのは、そのせいさって思ってたんだけどー、どうやらこいつの文章は、元から白っぽい(つまり薄い)らしい。
日本語を日常的に使わなくなってから、自分の文体が軽くなった(悪い意味で)のは自覚してたけど、これほど薄くなってるとは、自覚ございませんでしたー。恥。
横書きで書く文章は、やっぱり横書き的文章になるらしくて、どうも縦書きが似合わない。まあ、それはそれでいいんだけど、こんな時に、絵描きの人の書いた文章なんか読んだ日にゃ・・・。
まあ、それでも筆折ろうとは思いませんがー、でもなんか、思ってた以上に浅薄な自分の文章に、かなり失望というか・・・やっぱり文章って、紙で読んで初めて客観性が自分で持てるんだなあって。
下手だよ、おめー、語彙少ないよー、表現力なし、薄すぎ、読み流せちゃって、全然頭に残らない、読みやすいって言うのは、ようするに、読み手の感覚に引っかからないってことだしー・・・とまあ、なんかもう、オリジナルまた書こうかなあ☆なんて言ってたのが、地獄に落ちるほど、恥ずかしい・・・。
まあ、それでも量書いてるうちに、何とかなるのかなあ、それなりに。なるといいなあ。
やっぱ、Alice In Chains書いてた頃の文章が、自分としてはいちばんかもしれない・・・高校の頃書いた文章の方が、濃くて詰まってる気がするのは、気のせいだろーか。
息が詰まるほど、詰め込む気はないけど、延々空白な行間が続く文章も、ナニこれ?って感じだし・・・ひとりよがりな、読むのが苦痛な文章だけは、なるべく書かないことを目指したい。
やっぱり、映像が頭にある人間が、映像的センスがなくて、文章変換してるって辺りに、すでに無理があるんだろーか。それって、言語的センスのない人間が、フィンランド語を英語に訳そうと(しかも第一言語はアメリカ英語)してるよーなもんだな。
なんか、書かせてもらってあのレベルは、申し訳ないなあ、というのが、本を開いた印象。本人には、一応ワビ入れましたが。
でもって、こんなタイミングで、また別のところで書かせてもらっちゃったりとか・・・した後で、己れの文章を紙で読んで失望しまくると同時に、書かせてくれた人たちの作品のすごさに、涙する、と。
ああ、救われない。
まあ、穴埋め的文章が必要な人たちもいるから、と自分を慰めつつ・・・でもやっぱり、何か書かせてもらう時は、自分のための文章を書く時とは違う責任が生じる。
自分が、ヘッタクソーと言われるのは自分の勝手だけど、ヨソさまのところでそれはイケません。
もっときちんとマジメに精進しよう。
・・・でも、そう思いつつ、わざわざ、ああいう人たちが、こいつをご指命ってのは、それなり通じるものがあったのかなあと、自惚れてみたい気もする。
まあ、嫌いな作品書くヤツに、わざわざ書かせはしないだろうから、どこかを、それなりに気に入っていただいたのよね、と、必死ではかない希望にすがりつつ・・・。
吐くほどまずい文章書いてるとは思わないけど、吐かない程度に、毒にもならない文章では、あるだろう。
どうせ下手なら下手なりに、毒があるとかさ、せめて。
そういう中途半端な凡庸さがいや。もっと精進しようっと。