WWの喜劇 3
ローゼンリッターの連中にも困ったもんだと、キャゼルヌはため息をつく。ヤンが行方をくらますたび、シェーンコップと一緒に違いないと目星をつけて、ローゼンリッターの隊員をつかまえてはせいぜい凄みを効かせて──事務の専門家が陸戦部隊に向かってやるには、児戯にも等しいと分かっていて──シェーンコップはどこにいると訊くのに、彼らはそう問われた瞬間すっと表情を消して、存じませんとまったく抑揚なく答えて来る。ひとりの例外もなしにだ。
彼らが立ち去った半時間後には、別に誰から聞いたとも言わずに、ヤンはキャゼルヌのところへやって来るのだから、話が伝わっているのは間違いないのに、真っ直ぐ素直にローゼンリッターから、ヤン──シェーンコップ──の居場所を聞き出せた試しはないのだった。
あれは例えば、ヤンがシェーンコップの居場所を尋ねたとして、彼らはヤンになら素直に答えるのだろうかと、キャゼルヌは頬杖をついて考える。
ローゼンリッターは、犬すら舌を巻くほどシェーンコップに忠実だったし、そのシェーンコップはヤンの番犬然と振る舞って、軍閥の始まりだと茶化せない空気に、頓着する気もないようだった。
ふたり一緒と見当をつけて、居場所は何となくキャゼルヌにも分かっている。シェーンコップの執務室へ強引に押し入れば、そこにヤンの姿を見つけるだろうことは想像できた。できても、そうはしたくないキャゼルヌだった。
あのふたりが、ふたりきりで一緒にいるところを見たくない。見たくないのではなくて、邪魔したくないのだ。
シェーンコップといる時に、全身の力を抜いたようなヤンを見たことのあるキャゼルヌは、優秀な部下であると言う以外に、シェーンコップがいつの間にかヤンの中に居場所を占めて、そう言えば酒の量が減っているようだとか、寝足りているのか顔色が良く見えるとか、困ったようにではない笑い方をするようになったとか、そんなヤンの小さな変化に明らかに関わりがあるのを、キャゼルヌは見抜いている。
ヤンだけではなく、シェーンコップも、初対面の頃に比べれば随分と穏やかに振る舞うようになったし、誰彼構わず噛みつく野犬と評判だったローゼンリッターと共に、今では騎士とか紳士とか、そんな言葉が彼らに対する印象の中に加わるようになっていた。
大したもんだ。ヤンとシェーンコップの両方へ、キャゼルヌは思った。
ヤンが怠け者で、基本的には面倒くさがりの怠惰な人間であることは変わりはないし、シェーンコップが、相手構わず毒舌と皮肉で絡んでゆくのも変わらない。それでも、ふたりともまとう空気にどこかあたたかさが含まれて、あれはいわゆる人間が丸くなったと言う奴なのか、彼らよりも年長で、そこを先に通り過ぎているつもりのキャゼルヌは、そういうことだと思い込もうとする。
そうではないと感づいているくせに、そうだと思い込む方が楽だから、あれは単に彼らが歳相応の大人になったと言うことなのだと、年長者の立場で理解している振りをする。
大人がふたり、何をしようと勝手だし、キャゼルヌが口出しをする立場でもない。それでも、もう長い間ヤンに対して兄のような、あるいはもう父親のような気分でいたキャゼルヌは、そのヤンに突然ずかずかと無遠慮に近づいたあの男に、不安なのか不愉快なのか、何かそのような気持ちを抱いて、ふたりへ向かってああそうかとあっさり言うこともできないのだった。
ヤンの奴が幸せそうなら、それでいいじゃないかと、無理矢理自分を納得させようとして、けれどヤンの隣りに立つのがあの男で、その周りをさらにローゼンリッターたちが十重二十重に取り巻いている、その眺めに不安を抱かない人間がいたら会ってみたいものだと、いつものやや毒を含んだ気持ちで、キャゼルヌは考えている。
自分に妹がいたらと思ったことがあった。あるいは、自分がヤンよりもっと年上でもっと早くに結婚していて、娘がせめてもう10上だったらと、もう何度思ったかしれないことを、キャゼルヌは再び考えて、もしもでもも通用しない現実に、やはりため息をつくしかないのだった。
よりによってあの男かおまえ。
自分の娘になら、絶対に選んで欲しくない輩だ。自分の友人として考えるなら、面白い男だと笑って済ませられる。けれど、自分に親(ちか)しい誰かが選ぶ相手として、キャゼルヌ自身が好ましいと思うかと言えば、素直にうなずけはしない。
別に悪いヤツじゃないさ。女癖が悪いと言う噂を除けばな。
とは言え、その女たちから悪い評判を聞くわけでもなく、人の扱いは至極真っ当、ただしどの付き合いも長く続かないと言うだけのことで、そんな男がなぜかヤンに懐いて、近頃はその女たちとの話も立ち消えだ。ヤンのために行いを正したのだと考えれば、案外可愛いところのある奴だとも思えた。
キャゼルヌは、あごに指先を添えて知らず考え込むポーズを作り、女にせよ男にせよ、シェーンコップのことを悪し様に言う誰も、周囲に特には見当たらないことに思い至ると、これはもしかして自分ひとりの空回りなのかと、また肩を揃えて並ぶふたりのことを思い浮かべた。
おれはお前さんがどうも苦手でね。特にヤンのことを考えるとな。
シェーンコップにそう面と向かって言ったら、多分あの男は、唇の半分をねじ上げて、それはそれはと、うやうやしくキャゼルヌに向かって頭を下げるくらいのことはするだろう。嫌味ったらしいそんな仕草が、なぜか半分くらいは茶目っ気に薄められて、残りの半分は奇妙な優美さにさらに薄められてしまうのだ。
そして結局キャゼルヌは、シェーンコップのそんなところを気に入っているのだ。苦手と思いつつ、嫌いにはなれず、むしろ案外人好きのする、ヤンとは違うタイプの可愛げのある男だと思うのは、これは恐らくキャゼルヌの、年長者としての余裕なのだろうし、妻子持ちの男としては文句のつけようのない人生を送っている男の、それとはまったく違う人生を歩もうとしているふたりへの、友人としての不安と危惧と、そしてかすかな羨望のようなもの。異質なものに対する憧れ。自分では絶対に手に入れられないものを、手に入れようとしているのかもしれない、自分に親(ちか)しい人間ふたりへの、ある種の妬み、ある種の憧憬、キャゼルヌは考えながら、遠くを見るように目を細めている。
ふん。好きにしろ。
今も多分、シェーンコップの肩を借りて昼寝でも決め込んでいるだろうヤンの姿を想像して、キャゼルヌは舌打ちの真似をした。
そろそろここから立ち上がって、ヤンを見つけるために、シェーンコップかローゼンリッターの誰かを探しに行くのに、もう10分時間をやろうと、キャゼルヌは天井に向かってわざと偉そうに考える。
そうする口元には、はっきりと微笑が浮かんでいた。