YJシェーンコップ×ヤン。

逢い引き

 ひとりでポクポク歩いて来て、ひょいと顔を覗かせる。
 たまり場の隅で固まった連中は、誰かが持ち込んだ安っぽいポルノの鑑賞会の真っ最中だった。天井の高い部屋の中に、むやみに高く響く女優の喘ぎ声を横目に見ながら、ヤンは真っ直ぐシェーンコップのところへやって来た。
 「楽しそうだね。」
 鑑賞会の連中を指して言う声音が、女の情熱的な声とは真逆に、冷たいほど平たい。シェーンコップは彼をはるか下に見下ろして、
 「勘弁してやって下さい。あのくらいしか楽しみってものがないんですよ。」
 ふうんとだけ言って、ヤンはシェーンコップの前で肩を回す。ついて来いと言う仕草に従って、シェーンコップは、途中で目の合った隊員のひとりに、外すからなと目顔で伝えて、ヤンの小さな背の後ろを歩いてゆく。


 いまだこの男の考えていることはよく分からない。
 君、男は大丈夫かな、と問われて、自分と寝ろと言われているのだと悟りはしても、なぜわざわざ自分を選んだのかと、ヤンにそっと触れながら思う。
 それを訊いたら、
 「君と寝た女性たちがみんな、君は自分を丁寧に扱ってくれたって言ってたから。」
 あのいつもの、感情のない表情と声であっさり答えた。
 君は優しいねとヤンは言うけれど、それは違うとシェーンコップは、口にはせずに思う。優しいのではない、自分が誰かの肩に手を伸ばしただけで、殴ろうとしていると思われる見掛けだからだ。そう誤解されないように振る舞っているに過ぎない。
 合意の上でも、女たちにのし掛かっただけで、見た目はりっぱに強姦だ。だからいちいち何をするにも彼女らに合意を得るし、彼女らがひと言でもいやと言ったらその瞬間に動きを止める。何もかもすべて、自分を守るためにしていることだ。
 人が──彼女らが──それを指してシェーンコップを優しいと言うのなら、それをわざわざ言い訳することもなかろうと、思っても、なぜかこの男に同じことを言われると、心のどこかに引っ掛かる。
 違いますよ提督、私はそんな男じゃありません。
 今も自分に腕を巻いて来るヤンの薄い腹に腕を巻き返しながら、真顔でそう言ったら、この男は何と言うだろうかとシェーンコップは考えている。
 ふうん、と、何の色もない声で応えて、止めずに手を動かし続けるのかもしれない。
 服を剥ぎ取るといっそう薄く貧相になる体。はたから見れば、女相手よりよほど犯罪めいて見えるのを知っていて、シェーンコップはただそっとヤンに触れる。
 そんなシェーンコップへ、君は優しいねと下から言う口調が、ただそのままのようにも皮肉のようにも、あるいは何か煽りめいた台詞のようにも聞こえて、それを絶対に口にはしないヤンが一体何を欲しがっているのかシェーンコップには読み取れず、結局何ひとつ変えずに、できることと言ってせいぜい、ひげ面をヤンのなめらかな首筋へこすりつけることだけだ。
 痛いよとも言わずに、少し赤くなるのは、触れたひげのせいか、それとも上がった血の色のせいか。
 滅多と声を立てないヤンの、声を聞きたいと言う気も起きず、むしろその声を一度も聞かないまま事が済むように、シェーンコップはゆっくりと穏やかにヤンに触れてゆく。
 繋げる躯も、無理はせずに、潤滑剤を掌で温めて使うのはヤンに対してと限ったことでもない。それすら、ふうんと、何か珍しい動物でも見るようにシェーンコップを見やるのが、一体この人は今までどういう扱いを──誰に──されて来たのかと、訊いてみたい気持ちも湧く。口にはしないけれど。
 あんた、とわざと心の中では雑な呼び掛けをして、口では司令官と言い、一体オレにどうして欲しいんですか、そう続けるのは言葉にはしない。
 したところで答えてくれるような男ではないと思っているし、躯のおしゃべりは、時々言葉のおしゃべりよりも口数が多く、そして飾りっ気を剥ぎ取られて、あまりにも生々しいか、それゆえに相手の深淵を覗いたような気にさせてくれるかのどちらかだ。
 不思議と、底知れないこの男を抱いて、シェーンコップは皆目見当がつかないと言う相変わらずの気分と、躯をほどいた後で、この男の何かを掴んだような気になる、別々の瞬間が同時にある。
 優しく扱われるのに慣れていず、そうされることを率直にシェーンコップに求め、それに応えるシェーンコップを意外そう見て、体の表面にそれらしい跡は見えなくても、様々傷つけられて来たのかと、シェーンコップは邪推する。
 傷だらけの自分の皮膚が、こすれて傷つけそうだと思うヤンの膚の少年めいた照りにふと、ろくでもない思惑で触れた輩もいたのかと思いついた。
 ヤンは一体、どちらをどれだけほんとうに求めているのか。優しく扱われることか、血を見るほど乱暴にされることか。そうはっきりと指図されない限りは、暴力めいた所作は見せるつもりはなく、君は優しいねと、どこか皮肉を感じさせる口調で言うそれを真っ直ぐに受け止めて、シェーンコップは自分の指の触れた跡さえヤンの上には残さない。
 ゆっくりと動くシェーンコップの腿へ、ヤンが掌を当てて来る。筋肉質のそこへ、指を食い込ませ、弾き返されて、それでも引き寄せるように腿に触れ、そこから、妙に慣れた仕草で掌を上へ滑らせて来て、動くシェーンコップを煽り立てるような指使いをする。
 そんなこと、と、動き続けながら、低くシェーンコップがつぶやいた。
 「こんなことしてるの、映像で見たんだ──。」
 進むシェーンコップに合わせて、ヤンが喉を反らしながら言う。
 「・・・ポルノなんか、見るんですか。」
 「みんなが、見てたから・・・。」
 みんなと言うのが誰なのか、通りすがりに盗み見する羽目になったのか、それとも皆で楽しんだその中に、自分もいたと言う話なのか。一切合切、戦争と本と歴史以外に興味もなさそうで、実際に興味がないとシェーンコップは読んでも、生きる限りそんなものと縁を切るのは無理と自身が知っていて、あんたみたいな人でも、そんなもの見るんですねと、特に意地悪ではなくシェーンコップは思った。
 適当に泥をかぶった人間の方が、色々とやりやすくはある。酸いも甘いも噛み分けて、物事は白と黒にきっぱり分かれるものではなく、大半はぼんやりとした、様々な濃度の灰色に満ちているものなのだと、この世の仕組みを理解している相手の方がやり合うのは楽だ。
 純粋培養の箱入りみたいな顔をして、この男は恐ろしくしたたかだ。こうやって、何らかの愉しみのためにシェーンコップを使って、それでも自分の利や保身のためにシェーンコップを切るとなれば、一瞬も迷わずにそうするだろう。
 わたしのために死んでくれと、ヤンが無表情に言う姿が、シェーンコップには容易に想像できる。そうして自分はきっと、なぜと問いもせずに、ええ分かりました司令官閣下とうなずくのだろう。
 再び腿へ戻ったヤンの手はさらに下がり、ほとんど膝裏へ触れるようにしながら、シェーンコップはそのヤンの手指の跡が自分の皮膚の上に残っているような気がして、ああこれは所有のしるしに違いないと思った。
 声を立てないヤンの上へ体を落とし、骨張った腕が、今度は自分の背を抱きに来るのに、自分の全身に巻き付いた鎖を思い浮かべて、ヤンを穿ちながら、拝謁を許された臣下のように、シェーンコップは内心でヤンへ向かって膝を折って頭を垂れている。
 ヤンに所有され、それを恥とも感じず、むしろ今の方が誇り高く頭を上げていられるのはなぜなのか。
 この男から受ける信頼と言うもの、シェーンコップが味わったことのない、熟した果実からほとばしる甘い果汁のようなそれ。唇を濡らし、あごと喉へ滴り、それでも飲み込むには十分な量が胃の腑へ落ち、ヤンはシェーンコップを信じると言い、シェーンコップはそういうヤンを信じた。
 そうして、シェーンコップはヤンが自分を理不尽に踏みにじることはないと思い、ヤンはシェーンコップが自分を裏切ることはないと思っている。
 ヤンの皮膚が言う。君は優しいね。
 そう思われるなら、そういうことにしておきましょう。ヤンの内側へ出入りを繰り返して、シェーンコップはひとりごちる。
 筋肉の鎧のような体で、ヤンを傷つけないようにそっと抱いて、ヤンの内側にも外側にも自分の痕跡を残さずに、けれどヤンが自分の上に何かの跡を残してはくれないかと、シェーンコップは感傷的に考える。
 優しく扱われるのに慣れていないのは、シェーンコップも同じだ。踏みにじられたいわけではなくても、不慣れな扱いに戸惑って、傷だらけの自分の体に、ヤンがひとつくらいヤンのしるしを残してはくれないかと、そうすれば、自分が誰のものか常に思い知れるのにと、シェーンコップはそっと、音のしないノックのように、ヤンの内側をかすかに叩く。
 ヤンの開いた両脚の、内腿がひやりと腰の辺りに触れ、自分の熱を冷ますように、シェーンコップはそこへ掌を当てた。押し当てはせず、ただそっと添えるように。
 ヤンの皮膚が慄えたのに引きずられて、シェーンコップも自分の震えを隠さずに、声を殺すためかどうか、ヤンがシェーンコップの肩口へ唇を押し当てた。
 唇越しの歯列の硬さに、それが開いて自分の皮膚を噛み切らないかと思うけれど、ヤンはいつものように最後まで声を立てず、乾けば跡形もない汗だけが互いの間に滴っている。
 躯が離れようとすると、ヤンがシェーンコップのあごを撫でた。何もしていない風の、実はきちんと手入れされているそれへ指の腹を滑らせて、ヤンが微笑む。まだ赤みの差す頬に浮かんだそれは、奇妙な素直さでシェーンコップへ礼を伝えていた。
 次はもっと優しくしようと、取り上げたヤンの指先へ、静かに唇を寄せるシェーンコップの片頬にも、何に対してか感謝の笑みが浮かんでいる。

戻る