Come Again
丁寧に舐め上げるシェーンコップの舌の湿りと熱に耐え切れずに、タイミングを見誤って、ヤンはシェーンコップの唇の端に果ててしまった。頬と顎を汚すそれを、ちょっと驚いた後で、シェーンコップがにやにやしながら親指の腹で拭い、さっきまでヤンのそれに絡めていた舌先を覗かせて、ちろっと舐める。
特に感想はなく、それでも斜めに見上げて来る視線にからかいの色をはっきりと認めて、ヤンはまるで何か失敗でもした子どものように、顔と首筋を赤らめて、シェーンコップから視線をずらした。
いくらかは口の中に入ってしまったらしいのを、シェーンコップはためらいもせずに飲み込んで、残りは手の甲で拭って顔から痕を落とす。
ヤンはそれを、消え入りたいような気持ちで見ていたけれど、シェーンコップにすれば、戦闘中に浴びる血飛沫よりよほど健全な汚れ方だったし、ヤンのだと思えば、汚れたと言う感覚もないのだった。
シェーンコップが、それから、当然のようにヤンの躯を自分の下に敷き込もうとするのを、ヤンはなぜかするりとその手を抜けて拒み、逆にシェーンコップの肩を押して、自分が上の位置へ動く。鼻先の触れ合う距離でシェーンコップを見つめて──にらんで──、そこから躯を下へずらして行った。
おやおや、と可笑しそうにシェーンコップが、獰猛な獣みたいな笑い方をする。ヤンは赤い顔で、上目にまたシェーンコップをにらみつけた。
手を添え、目の前で見ると、武器以外の何物でもない眺めに、シェーンコップがそう予想した通りに怯んで、ヤンはそれでも逃げはせずに、決心した通りに唇を開いた。
何度か試したことはある。嫌いではないけれど、単なる不慣れで、シェーンコップが良くなさそうだったので早々と諦めた。今日は何となく、シェーンコップの揶揄するような態度を見返してやりたくて、普段はあるとも自覚のない負けず嫌いが、なぜか今頭をもたげて来る。
すでに唇の端が痛む。シェーンコップが自分にしたようにと、思い出しながら、けれど喉の開き方も分からずに、無闇に舌の奥まで飲み込もうとして、吐き気にむせる羽目になった。
シェーンコップが、そこから唇を外せとヤンのあごに手を添えて来るけれど、ヤンは意固地にシェーンコップの手を払い、顔を伏せたまま続けようとした。
「閣下。」
静かな、けれどきっぱりとした声で呼ばれ、
「ありがたくお受けしますが──」
言いながら、少し強い力でヤンの肩を押し、そうされてやっと唇を外したヤンを、シェーンコップはベッドの下へ、こっちだと導いた。
「こちらの方が楽ですよ。」
自分もベッドから足を降ろし、端に腰掛ける形に、軽く開いた膝の間へヤンを引き寄せて、後はなだめるようにヤンの髪を梳く。ヤンは、結局何もかも言いなりの自分に腹を立てながら、それでもシェーンコップの言う通りにそこに這い込んで位置を定めると、改めて唇を開き、またシェーンコップのそれを飲み込んだ。
ヤンのやり方が下手なのか、舌の上でほんのわずか硬さが失せて、それでも張りつめた輪郭はヤンの舌は頬裏を突き刺して来る。喉へ届かせないようにタイミングを上手く計れず、結局唇を外して手指を絡ませながら、舌を使うことにした。
どこをどうしろと、シェーンコップが静かに上から声を降らせて来る。まるで以前、誰かにそうして教えたことがあるように、指示が的確で、言われた通りに従うと、確かに舌の上でシェーンコップのそれが跳ね、そしてシェーンコップが甘く声を漏らすのが聞こえた。
稚拙な動きではあっても、粘膜の熱さに包まれれば反応はする。意図したものかどうか、ヤンが、それ越しに自分を上目に見るのに、シェーンコップはそのままヤンの柔らかい頬をめちゃくちゃにしてやりたくなる。
代わりに、色の濃いヤンの眉を親指の腹でそっと撫で、同じ動きで同じ色の髪を梳いて、そのやり方で大丈夫だと励ますように、時折そっと、ヤンに気付かれないように、口の中で位置を変える。
覚えの悪い生徒ではないのだ。恐らく指導教官の腕が悪いのだろうと、かすかに苦笑を刷いて、言われたことは忘れずに繰り返すヤンの舌の動きに、ほんの時折、シェーンコップは波にさらわれそうにさえなる。
舌を精一杯伸ばし、絡みつかせて来る。敏感に震える皮膚を覆い尽くすように、熱の固まりのような舌を、熱の塊まりのようなシェーンコップのそれに這わせ、尖らせた先の舌を、先端へ差し込んで来た。
ぬるりと、ねばる湿りを探り当てて、ヤンの舌先が軽くねじ込まれるように動き、どこでそんなことを覚えて来たと、シェーンコップは思わず腰を浮かし掛ける。
舌の位置はそのままで、ヤンの唇と頬裏が、再び包み込んで来た。喉奥へ進むにつれ、先端から外れた舌は休みなくシェーンコップのそれに絡みつき続け、及第点と脳裏でつぶやきながら、シェーンコップはヤンの頭を、犬でも褒めるように撫でた。
余裕を失っていると自覚したのは、どうやらヤンも同じだったのか、頬も首筋も真っ赤に染めてシェーンコップを見上げる回数が突然増える。もういいと言って欲しいのだと、その、潤みばかりの闇色の瞳が告げているけれど、シェーンコップはそれを意地悪く無視することにした。
爪先を、ヤンに気づかれないようにずらし、そこに開いているヤンの腿の内側を撫で上げる。ヤンの腰が浮いて、同時に、口の動きが止まった。そこで主導権を取り戻したシェーンコップは、爪先をもっと大胆に動かして、ヤンのそれをこすり上げる動きをした。
一度果てたのに、そうして、シェーンコップへ唇を与えているうちに再び熱が吹き返して、ヤンはまたシェーンコップへ向かって顔を振り立て始め、今は自分からシェーンコップの脚を抱え込むようにして、そこへ両脚の間をこすりつけている。
ヤンは、全身でシェーンコップを欲しがっていた。口の中を明け渡して、同じ熱の粘膜でシェーンコップをこすり上げながら、けれどほんとうに欲しいのはここにではないと、底光りする瞳に言わせても、シェーンコップはまだ許してはくれない。始めたことはきちんと終わらせなければと、いつもは皮肉笑いにねじれる唇の形に言わせて、唇からあふれる唾液でヤンがあごを濡らす間に、シェーンコップの膝の辺りは、ヤンのそれでぬるつき始めている。
まるで、自慰の手伝いでもしているような気分だった。ヤンが果てるために、自分の躯を貸し、一体いつの間に、舌や喉の奥までこんな強欲になってしまったのか、全身をヤンに与えて、貪られて、躯に加えられる感覚よりも、そうして淫らに開かれ切った、目の前のヤンの様子に、シェーンコップの脳の中がかき回されてゆく。
シェーンコップは、自分に向かって必死に顔を振る、そして抱きかかえた自分の足に内腿をこすりつけているヤンの、熱のこもった項を引き寄せながら、ヤンの喉奥へ果てたい衝動に襲われた。
喉を叩かれて、必死に吐き出そうとする苦しげなヤンの表情へ、不意に生まれた嗜虐心をそそられ、それでも、そんなヤンを見たら自分はきっとひどくうろたえてしまうと、シェーンコップはいつもの自分を取り戻して、ただ優しくヤンの髪と首筋を撫でた。
頬へ両手を添え、やっとヤンの唇を遠ざけ、ふっくらと、いつもよりも丸みの強く見える、今は真っ赤になった唇から白く泡立った唾液──だけではない──が長く糸を引く。上向いたヤンは、ひどく残念そうにシェーンコップを見上げ、まだそこにシェーンコップが残っているように、半開きの唇の間で舌を卑猥に動かしていた。
直接の感触よりも何よりも、そのヤンの口元の眺めのせいで、頭の後ろで白く弾けた何かのせいで、シェーンコップは気づくと、まだ添えられたままのヤンの手に自分の掌を重ねて、こすり上げる動きの数秒後に、ヤンの口元へ向かって果ててしまった。
ヤンは、求められたわけでもないのに、舌を差し出してそれを受け止め、シェーンコップに見せつけた後で唇の間に引っ込めた。
慣れない味に顔をしかめながら、それでも吐き出しはせずに、濡れた唇を拭おうとしたヤンの腕を引き、シェーンコップは自分の上へ引き上げる。
ヤンの二度目がまだ終わっていない。膝の上に坐らせて、背中から抱く形に、ヤンのそれへ掌を押し当てても動かしはせず、シェーンコップは後ろからヤンの首筋や耳を噛んだ。
シェーンコップを使った自慰の続きだ。ヤンは結局、シェーンコップの掌へ向かって躯を揺すり、そこへこすりつけて、顔が見えない安心感か、いつもより大きな声を立てて、まだシェーンコップの吐き出したそれで汚れたままの自分の口元やあごへ、指先をひたすような動きをする。
躯を繋げないやり方で、それでも全身を揺すり上げて、皮膚の感触だけに追い上げられる。足りない接触は、脳が勝手に補完する。両脚の間で発情しながら、欲情に満たされるのは脳の方が先だ。
粘膜ではなく、ヤンはシェーンコップの掌の熱に溶かされた。自分を満たして来る質量は、唇と喉の奥でだけ記憶して、今はゆっくりとシェーンコップの手の中で脱力し、汚れた顔を拭いもせず、首をねじ曲げてシェーンコップに唇を寄せた。
予定外の、いつもとは違うやり方に、満足とも不満足ともまだ感想を伝え合う余裕はなく、それでも互いの体に巻いた腕は外さない。唇の間で行き交う舌先の残った熱さに、また兆して来そうな予感に、ふたりは共犯者の笑みを分け合う。
ヤンは、自分のそれで汚れたシェーンコップの顔を撫で、シェーンコップは汚れたヤンの口元へ指を滑らせる。もう一度とうなずき合ったのが、またその唇でと、そんなつもりだったのかどうか、確かめないまま、また自分の下腹へ向かって体をずらそうとするヤンを、シェーンコップは止めはしなかった。